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【002】代表、旅立つ

前回のあらすじ


アントンは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の皇帝を除かなければならぬと決意した。アントンは天性の政治家だ。アントンは、聖魔王である。終末のラッパを吹き、最愛の妃と遊んで暮す。けれども嫁に対する悪意には、人五千億倍に苛烈だった。

 キース大将の執務室 ――


「どうしてくれる」

「……」

閣下(キース)!」

「黙れ、クローヴィス」


 ひぃぃぃ! 儚い詐欺がお怒りになっている!

 階級的にいって”黙れ”と言われたら、黙らなくてはならないのですが、キース大将が右腕を捻りあげている相手は、わたしの息子!

 まだ息子になってはいませんが、息子になることが確定しているのです! 母として助けないという選択肢はない!


「何か言え、サーシャ(・・・・)


 サーシャに力籠もってるー。

 キース大将に腕を捻りあげられているのはジークムント。

 止めてー! キース大将、ジークムントの右肩を壊すのは止めてー。左肩壊れてるんですから! いや、壊したのはキース大将っぽいのでご存じでしょうが。わたしの息子の肩を壊すの止めてください!

 言葉でいっても伝わらないと思うので、キース大将を羽交い締めにして、なんとかジークムントを救出 ――

 なんで少佐ごときが、大将にそんな暴挙にでたのか?

 原因はわたしにもあるので!

 むしろわたしが悪いといいますか、ことの始まりはブリタニアス駐在武官のアイキオ中佐から届いた一通の手紙。

 キース大将宛てで、内容は「シーグヴァルド・ルオノヴァーラ大尉が身柄の保護を求めている」というもの。

 ブリタニアス駐在武官補佐として、途中まで一緒に向かっていたルオノヴァーラ大尉がキース大将に「助けてください!」してきたのだ。


「どうしてくれるんだ? ギュンター・ディートリヒ大佐」


 その理由はルオノヴァーラ大尉の勘違い。そう、ルオノヴァーラ大尉はわたしとジークムント(ギュンター)が、恋人同士だと勘違いしていた。

 あの時点でジークムント(ギュンター)はわたしの護衛だったので、特別扱いして当然なのだが、それを知らない人たちは違う意味で特別な存在に映ったらしい。

 ……で、わたしと閣下の婚約が発表され、結婚し ―― ギュンター・ディートリヒ大佐はいつのまにか消えた(・・・)

 これは元からの計画だったらしいのだが、ルオノヴァーラ大尉は「イヴ・クローヴィスに手をだしかけたから、閣下に抹消されたんだ」と考え、わたしとジークムント(ギュンター)の仲を吹聴した自分も危ない! と、キース大将に助けを求めた。


「それは」

「シーグヴァルド・ルオノヴァーラ大尉は優秀な人材だ。その前途に厄介なものを持ち込まれると困る」


 もちろんディートリヒ大佐は死んでいませんし、ルオノヴァーラ大尉に害が及ぶということはないのですが……口だけでは信用できませんよねー。


「……」

「だからお前には生き返ってもらう、サーシャ。いいや、ギュンター。いいな」


 キース大将のそれは、命令だった。


「御意」


 こんな流れでジークムント・フォン・リースフェルト伯爵はしばらくの間、ギュンター・ディートリヒ大佐に戻り、オリュンポス(オリンピック)に出場するわたしたちの引率としてブリタニアス君主国へ。そこで直々にルオノヴァーラ大尉の誤解を解くとのこと。

 その際はわたしも同席する予定です。


 ところでキース大将、ジークムントの腕を捻りあげる必要なかったのでは?


小僧(サーシャ)の生意気面を見ていると、腕を捻りあげたくなる。なによりルース人だしな」


 もー! 儚いけど苛烈なルース嫌い! でも大統領選挙ではルース皇太子(リリエンタール)に投票しちゃう複雑な儚い詐欺!


「もともと同行する予定でしたので」


 右肩をおさえながら、ジークムントはそう言った。

 そうジークムントはわたしの護衛としてついてくる予定だった。ディートリヒでも護衛はできるので問題はないらしい。


「ルオノヴァーラ大尉の誤解は解いてくださいね」


 勘違いする人ですが、良い人ですので。


「分かりましたイヴさん……しばらくディートリヒになるので、感覚をつかむために”少佐”でよろしいでしょうか?」

「もちろん。わたしもディートリヒ大佐と呼ばせていただきます」


 練習しないとぽろっと違う名前が出てしまいかねないので。

 オリュンポス(オリンピック)出場選手はわたしを含めて五名。出場種目は六種目、わたしだけ二種目出場で他の四人は一種目で、マラソン、円盤投げ、レスリング、ボクシングに一名ずつ。射撃と乗馬以外は女性は出場できないので、当然全員男性でもちろん軍人。

 レスリングとボクシングは階級というものが存在していないので、どちらもスーパーヘビー級とヘビー級な体格。


「クローヴィス少佐が出場できたら、優勝は確実だったろうな」

「たしかに。あの左ストレートは効いた。対戦相手にも、クローヴィス少佐ほど強いヤツはいないだろう」


 出場選手はみな軍人なので、軍内の訓練の一環として、レスリングの代表選手にレスリングで勝ったことはある。単純に持ち上げて(カレリンズ)落とした(・リフト)だけだが。

 ボクシングもまあ、なんの名台詞かは知らないが、当たらなければどうということはないし、こっちのパンチをあてれば勝てるので。

 ちなみに二人が男女混合みたいな感じで話しているのは、世界初の女性参加種目である乗馬と射撃は男女混合なので、自分たちが出場する競技も女性が出るとしたら男女混合だと思っているらしい。


オリュンポス(オリンピック)のラストを飾る、目玉種目ですので頑張ってください」

「応援しています」


 陸上競技組にそう言われ ―― ヴェルナー少将に確認したところ、


「大賞典馬場馬術はオリュンポス(オリンピック)の花形種目だろうが。知らなかったのかよ」

「す、済みません。マラソンなんかが人気かなと思ってました」


 オリンピックの目玉っていったら、陸上競技のイメージが。マラソンなんか凄い人気なんじゃないかなーって。大賞典馬場馬術が花形だなんて、思いもしませんでした。


「マラソンなんて、人気のない種目の代表じゃねぇか」

「そうなんですか?」

「観客が見ていられるのは、ほんの少しだけだからな。競技場を出ていったら、三時間近く帰ってこないんだぞ。人気あるわけねぇだろうが」


 ……あ。中継とかないんだー。あるわけなかったわー。そもそもテレビないし。実況中継もできないだろうから、確かにそれじゃあつまらないかも。


「お前なら、トップ選手と併走して観戦できるだろうが、普通のヤツはそんなことできないからな、クローヴィス」

「ということは、併走しながら観戦してもいいのですね」

「まあ好きにしろ。たかだか42kmと少しだ。お前ならウォーミングアップ程度だろうクローヴィス」

「もちろんでございます、ヴェルナー教官殿!」


 思わずびしっ! と敬礼してしまったわたしは悪くない。

 ヴェルナー少将に「この位走れるだろう」と言われて「え?」って表情をしたら、走れるようになるためにと、提示した距離の倍走らされるからさ ―― 士官学校時代の魂百までも!

 敬礼したらぼふっ! ってヴェルナー少将に頭を叩かれたけど、昔よりずっと優しかった。もちろん痛いけどな! いい音するけどな!


 オリュンポス(オリンピック)は地味イベントなので、選手五名と引率一名で行ってもおかしくはないのだが、キース大将は各種目一名ずつの補欠六人も確保。さらに海外の大きなイベントなので、視察のために若手軍人も海外出張として同行させることに。

 出世するためには、海外出張も必要だからね。

 彼らはキース大将の執務室で辞令を受け取った。

 視察はトロイ先輩とサンドラ、テレジアとシュルヤニエミの婚約組と、


「独り身同士、仲良くしよう」

「……おまえ」


 エサイアスとピンク……じゃなくてハインミュラーの六名。エサイアス、振ったわたしが言うのもおかしいが、ピンクとお前は全く意味が違う独身だからな! 全然違うから!


「ウルライヒとハインミュラーはクローヴィスの護衛も兼ねる。これが大統領閣下の外遊日程だ。どれだけ妻と離れたくないのかが分かる、ばかばかしくなるような日程だ」


 キース大将はそう言って机に乗せた書類を持っていけと指示を出した。

 わたしは事前に通達があったので知っているが ―― オリュンポス(オリンピック)のためにブリタニアスへと向かうのだが閣下も一緒で、まず海を渡ってドネウセス半島へ。そこで閣下は大統領として半島の三カ国の首脳と会談。


「各国が開く晩餐会には、お前たちも招待されているから、気合いを入れていけ。そんな表情をしたところで、招待が取り消されたりはしない。ブリタニアスでは女王主催の晩餐会にも出席することになる。その予行練習とでも思え」


 キース大将が儚い笑みを浮かべて、ハイプレッシャーをガンガンかけてくる。さすがこの時代に、平民で大将まで昇進する男は違う。

 ドネウセス半島最後はバルニャー王国で、そこから再び海路でブリタニアス君主国へと向かうことになっている。


閣下(キース)、よろしいでしょうか?」

「発言を許可する」

「ブリタニアス君主国では、リリエンタール閣下も夜会を開くので、この六名の出欠を聞いてくるよう頼まれました」

「全員出席」


 部下の意見など聞かずに、崖からドレスアップした部下を突き落としまくるスタイル! それがわたしたちの総司令官!

 キース大将の執務室を出るとサンドラに声をかけられた。


「クローヴィス少佐、折り入ってお話が」

「なんだラハテーンマキ少尉」

「いいマナー教室知りませんか、クローヴィス少佐」


 それなりにマナーは覚えているが、国王主催の晩餐会や夜会などに出るとなると、見直ししたくなるのは分かる。


「しくじったら、夫の出世にも影響するのよね」


 そう呟くのはテレジア。

 うん、夫婦もしくはパートナーと出席となると、片方の失態がもう片方にもかかるな。わたしもそれが一番緊張する。

 閣下は公の場で失敗することなどなく、いつもわたしをさりげなくフォローしてくださるが……トロイ先輩とシュルヤニエミが閣下レベルで失態をフォローできるか? となるとムリだろうな。


「影響はするんじゃないか? わたしは、一緒に行く人がわたしの失態くらいでは、びくともしない人だから」


 もちろん気を付けてはいるけどさ!


「クローヴィス少佐。わたしからもお願いします。テレジアに侯爵令嬢としてのマナーを」


 シュルヤニエミが無茶ぶりしてきた!

 この短期間でテレジアを侯爵令嬢に仕立て上げろとか、ムリだよ!

 テレジアは超極貧没落侯爵令嬢で、貧乏ざまぁ系子爵令嬢だったユスティーナよりも貧乏だった ―― 運悪く(当人がこう言ってた)父親が領地を全部売却して爵位相続税を分かき集めて侯爵を継いでしまったがために、生まれたときから極貧侯爵令嬢というハードモードな人生を歩んできた。

 母親は現実主義者だったので、貴族のマナーよりも学問で学校に行かせてくれたが、貴族のマナーを覚えるより勉強しなさいだったため、テレジアは貴族令嬢的なマナーは全く身についていない。

 だが侯爵令嬢という肩書きはついてまわる。

 きっと夜会の場とかに出たら、かなりキツく判定されることになるのがテレジアだ。


「リリエンタール閣下に頼んでみる」


 閣下に「マナー追い込みかけたいので」と頼んだところ、室長がマナー講師になりすましやって来てくださいました。

 海外出張組は全員がマナーの追い込みをかけ ――


「士官学校卒は、集中力も違うし飲み込みも抜群だね」


 室長から合格点をいただけました。


「心配ならば、わたしが教えてやるが」


 でもやっぱり不安なところはあるんですよねと漏らしたところ、時間があるかぎり閣下が教えてくださると。


「失礼ながら閣下。閣下のマナーは王のそれですので、庶民に教えるものではございません」


 でもアイヒベルク閣下がそれを阻止。言いたいことはなんとなく分かります。


「そうか。だが王のそれでもよいのでは?」

「閣下の品と風格、持って生まれた王器あってこその王のマナー。それがない者が同じ行動を取ったら、ただの下品な人間もどきになり果てます」

「そんなものか?」

「はい」


 わたしもアイヒベルク閣下に全面同意するしかなかった……ということで、閣下のマナー教室はムリでした。

 そんな感じで慌ただしく準備をし ―― 首都ではユスティーナと陛下、キース大将たちに見送られ、港ではヴェルナー少将に見送られわたしたちは旅立った。


 陛下とユスティーナが良い雰囲気だったのを、わたしは見逃さなかった! 頑張れユスティーナ、幸せになってください陛下!


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