【282】エンディング かくありて恋は終わる
着替えのためにやって来た邸ですが、初めて閣下に会った邸です。地下道があり酒場と通じていたあの邸。
大きさはそれほどでもありませんが、室内は凝ってます。あの時はそれほど良く見なかったので分からなかったのですが、外側と内装の差はヴィース巡礼教会レベル。
「婚礼衣装も良かったが、こっちもいいな。庶民だから思わず下品なことが頭を過ぎるが、これ一体幾らかかったんだ?」
着替えたわたしをキース大将が見て、目元を少し緩めて頷いて下さった。ほとんど穏やかな表情から変わらないキース大将の、この柔らかな表情。
周囲に女性がいなくて良かった! まあ、わたしも女性なんですけどね!
「金額は聞かないほうがいいわよ」
わたしのドレス作成に全て携わっているフリオさんの答えに、
「だろうな」
キース大将は肩をすくませた。
パーティーに出席して下さるキース大将がこの邸にいる理由ですが、警備のためです。
わたしが着るドレスは「金額は聞かないほうが良い」とフリオさんが言うくらいには高価ですので、盗難の恐れがある。
そのため警備を付けていたのですが、急遽猊下とババア陛下さまがお越しになったことで、公園の警備のほうに人員を割きたいとキース大将が希望し ―― 猊下とババア陛下さまになにかあったら、国が危ういので当然の決断ですが、我が国はそれほど余剰人員はいない。
そこでドレスを置いている間この邸の警備についていた者たちは、親衛隊を引き連れたキース大将とわたしが一緒にやってきたら、交代で公園に向かうことに。
キース大将がここに居ることで、親衛隊がこの建物を守る……という図式を取った。
当初は「今日担当の親衛隊を付ける。俺は一人でも大丈夫だ」とキース大将は仰ったのですが、少しして「やはり一緒に行く」と予定を変更なさいました。
理由は聞いておりません。
ちなみに本日、パーティーで飲み食いできない親衛隊はユルハイネン隊。
後日、みんなで楽しめよとこちら持ちで場所を提供することになっている。
「はい、準備完了」
ヘアセットも終えて部屋から出ると、
「ユルハイネン……」
首に刃物を突きつけられたユルハイネンがいた。
ユルハイネンは両手を頭の後に置き、随分と小柄な女性に腕を掴まれ、首に剣を……なにしてるんだ? ユルハイネン。
|アーダルベルト・キース!|
女性はキース大将の名前を。想定内! ……ん? この女性どこかで見たことがあるな。艶のある栗毛にいかにも女の子といったくりっとした瞳の……あああ! 思い出した、隣国フォルズベーグの王女セシルについていた騎士の女の方だ!
えっと……たしか王女はキース大将のことを気に入って……。
|王女殿下がお会いしたがっている! 部下の命が惜しかったら、ついてきなさい!|
やはりキース大将狙いか!
なんかもう……謎の感動が押し寄せてくるわ。
さすがキース大将。
「ユルハイネン! なにをしている!」
キース大将が怒鳴りつける。
|わたしが話をしているのです|
「貴様、なんのつもりだ、ユルハイネン!」
女騎士が”無視すんなー”って叫ぶけど、ガチ軍人閣下のキース大将の怒鳴り声の前にかき消されております。
お嬢さまがどうこうできるような相手じゃありませんからね。
「妃殿下はこちらへ」
フリオさんに手を引かれたのですが、それを制してユルハイネンと女騎士を見る。
廊下には親衛隊隊員たちもいるのですが、隊長の首に刃物が突きつけられているので動けない。
ユルハイネンは本当に何を考えているのだ?
「ユルハイネン、どういうつもりだ。なぜ背後を取らせた?」
わたしも大声でユルハイネンに問いかける。
|無視をするな! いまはわたしが、アーダルベルト・キースと話をしているのだ!|
「お前、その程度の相手に背後を取られるような男じゃないだろう。首に刃物? そのくらい容易く躱せるだろうが」
女騎士が叫んでいるが、こっちの知ったことではない。
ユルハイネンを人質にしてキース大将を王女の元へ連れていこうとしているのなら、ユルハイネンを殺すことはできない。
それなのに首筋に刃物をあててしまっている辺り、馬鹿だなー素人だなーとしか。
そういう場合は耳朶に刃物近づけるんだぜ。耳朶一個くらいなら切り落としても、まだ人質としての価値はあるから。それなのに首筋なんかに当てたら「本気」を見せられないから苦労するんだぜー。
急所に刃を当てていないと逃げられる? ああ、その程度の腕力の人は、こういう真似しないでください。腕力でねじ伏せられる人だけがしていい行動です。人道的には駄目だけど。
「隊長」
もう隊長じゃねえよ! まあ隊長の気持ちでお前のこと怒鳴ってるけどな!
「ちっ! あとで覚えてろよ、フォルズベーグの」
わたしの隣にいるキース大将の迫力が……怒ってる、これは怒ってる。かなりガチで怒ってる。早くユルハイネンを解放してご免なさいするんだ!
そしてユルハイネン、お前そんな小柄で華奢な女に遅れをとるような男じゃないだろう。
お前の実力はよく知っている。
オディロンには勝てなかったが、もっとも良く戦ったと、オディロンですら評価しているくらいだ。
「ふんっ! ユルハイネン。たしかに男は引きずるが、女が男ほど引きずるかどうかは知らんぞ」
完全に女騎士を無視したキース大将が、訳の分からないことを言いだした。
「……」
だがユルハイネンには通じるらしく、表情を変えた。
「わたしは確かに引きずったが、二十年以上経った今となっては、何一つ思い出すことはできん。生きている人間と出会い話をし生活していくうちに、忘れていくものだ。悔しいことに、死んだ恋人よりもユルハイネン、お前のことのほうが今では鮮やかだ。永遠に忘れないと思った相手ですらその程度だ。相手にとってお前はなんでもない。更に夫はアレだぞ。無様に死んだところで、誰もフォローなんぞしない。わたしだってしない」
ん? なんか廊下にいる隊員たちの空気も「うわぁぁぁ……」みたいな感じになってる。
|話を聞きなさい! 王女殿下が体調を崩し、あなたに会いたいと|
必死に叫んでいる女騎士には悪いが、面倒なのでわたしが行こう!
パンプスを履いたまま足をざっと開き構える。ロングスリーブのドレスを着てはいるが、戦えないわけではない。
「待て」
隣に立っているキース大将に手首を掴まれてしまった。
「お前ならあの女を吹っ飛ばしたところで無傷だろうが、ドレスが持たん可能性がある。裂けてしまったら困るだろう」
「ドレスよりユルハイネンの命の方が大事なので。馬鹿ではありますが、あれでも大事な部下でしたし、きっとこの先も部下なので守ります」
ユルハイネン、お前がここで死んで二階級特進したとしても(この状況だと多分しないけど)士官学校を出ていないお前は、わたしの現在の地位まで来られないんだぞ。一生部下のままだぜ!
「だとよ、ミカ・ユルハイネン」
キース大将が手首を掴む手に力を入れてそう言うとユルハイネンは素早く身を捩り、女騎士の襟元を掴んで床にたたき付けた。
まさに一閃という言葉が相応しい、見事な動きだった。
そして、聞いてはならない音が廊下を伝ってきたので、あっちこっち骨折したんだろうなあ。
女騎士さんよ、そんな華奢な筋肉量でその男に掛かっていったら駄目だよ。反撃されたら、防御しきれないでそうなるのは明らかだ。
|あ……あ……|
悲鳴も上げられずうめき声を漏らしている女騎士にキース大将は近づくと、儚い笑みを浮かべて鳩尾に踵を入れた。
儚い詐欺は本日も絶好調です ―― まー追撃して、戦闘力を奪うのは当たり前ですし、
「俺の部下の首に刃を突き立てたんだ。殺されなかっただけ、ありがたいと思え」
異国の嫋やかな女性と自国の粗ちん部下なら、アホでも部下のほうを取るのがキース大将。
さすが、わたしたちの総司令官閣下! どこまでもついていきます!
「ベッケンバウアー、これを片付けろ」
「止めてー! それは止めてー! キース閣下」
ベッケンバウアーと呼ばないでといいながらフリオさんは、女騎士を引きずっていった。ベッケンバウアーってどこかで聞いたことがあるんだけど……誰だっけ? 閣下のご親族の中にいたような……思い出せないから、あとで閣下に聞いてみよう。
「ユルハイネン、一体どういうつもりだ?」
あの程度の力量のヤツに捕まって、のこのこキース大将の前まで敵を連れてくるとは、どういう了見だ!
「目の前で殺されたら、一生覚えていてもらえるかと思いまして」
ユルハイネンが端正な顔を歪めて、アホなことを言いだした。
「たしかに一生忘れないかもしれないが、別に生きていても忘れんぞ。士官学校を素行不良で中退した同期のこと、忘れると思うか?」
ユルハイネン、わたしのこと馬鹿にしてるのか!
いくら脳筋のわたしだって、忘れたりしないぞ!
「そういうことではなく!」
大声で叫んだが、別にお前の大声怖くねーし。大声如きで怯むと思うか? ヴェルナー少将の声なら怯むけど。
「どういうことだよ? さっさと言え」
わたしはこれからパーティー会場入りして、可愛いカリナとか、可愛いリーゼロッテちゃんとか、可愛いエルヤ(従姉妹娘)やシーグリッドなど、待ってくれている可愛い少女たちの元へと向かわなくてはならないのだ。
「イヴ・クローヴィスのことを愛しているんだよ!」
歪んだ表情に苦みを乗せ、ユルハイネンは言った「イヴ・クローヴィスのことを愛しているんだよ!」と……はいぃ?
落ち着け、まあ落ち着け自分。
ユルハイネンの言ったことを整理しよう。
1.目の前で殺されたら記憶に残ると思った
2.イヴ・クローヴィスのことを愛している
二番目については、同姓同名の人か? ……違うよなあ。ユルハイネンのダークグリーンの瞳が、目の前にいるわたしだと物語っている。
ということは「愛している相手の記憶に、死んで残りたかった」ということかな。
「いきなり何を言い出すんだ。いままでそんな素振り、見せたことなかっただろう」
なんだ? 他人のものになると、よく見える派なのか?
それはどうなんだ、ユルハイネン。
「ずっと、好きだってアピールしてたじゃないか!」
「はああ?」
ユルハイネンが意味不明なことを言いだしました!
お医者さま! お医者さまはいらっしゃいませんかー! 脳と神経と目のお医者さまはいらっしゃいませんかー! 重篤な患者です!
……などと内心で呟いていたところ、
「クローヴィス。お前が鬱陶しいなと思ったこいつの語りは、全て気を惹くためのものだ。女にもてる話然り、お前が男にしか見えない語り然り、射撃の競技大会の時に見学にいったの然り」
キース大将が怖ろしいことを仰った。
なにを言ってるんですか? キース大将。ユルハイネンのそれらの言動から、好意を感じ取れって無茶ですよ!
止めてくださいよと、キース大将を見たら……そのアイスブルーの瞳が「本当だ」と物語っていた。
そうか、あれがアプローチだったのか…………。
エサイアスとかユルゲンの愛情に気付けなかったことに関しては、わたしも鈍すぎたんだろうな、男みたいな女だと自分に言い聞かせ頑なになっていたのだろうと反省すべき点はあるが、こいつに関しては一切わたしが反省する点はねえ!
「ユルハイネン。お前馬鹿だろ」
この一言に尽きる。
「それは……」
ユルハイネンは俯き ―― 思い当たる節があるのか、気付かなかったわたしに悪態をついているのかは知らないが、わたしが知ったことではない。
「はぁ……閣下。こいつの処分ですが、なかったことにしてくださいませんか? あまりにも馬鹿過ぎて、罪に問いたくありません」
降格理由が「好きな相手の心に残りたくて目の前で死のうとした」とか、馬鹿過ぎて泣けてくるわ! ハインミュラーの愛人精神攻撃以来の虚脱感ですわ!
「この邸内のことに関しては、お前の裁量に任せる。邸内はあの人の領域だ、こちらも簡単には手出しできん」
「閣下は簡単に従いませんよね」
「まあな。だが今日ばかりは、黙って従いたい気分だ。大体、なんとあの人に説明したら良い?」
キース大将も匙を投げる馬鹿っぷり! ユルハイネン、お前の愚行ひどいぞ!
「ユルハイネン、今回のことは一発殴って終わらせてやる」
無罪放免というわけにもいきませんので ―― 法治国家にあるまじき私刑を執行いたします。繊細なグローブを脱ぎ捨て、握り拳を作り、
「歯、食いしばれ! ユルハイネン!」
叫ぶとユルハイネンは顔を上げ、素直に歯を食いしばったので、腹に拳を入れてやりました。
普通「歯、食いしばれ」だと顔を殴られるから、腹に力を入れそびれたっぽい。
腹を抱えて崩れ落ちるユルハイネンに注意しておく。
「吐瀉物がかかったら困るから、歯を食いしばらせただけだ。いかなる時でも、どこに拳をくらってもいいように、力は込めておけ。お前が格闘の先読みに長けていることは分かるが、それに頼りすぎて他の防御が疎かになるところが良くない」
お前優秀過ぎる上に、余裕を出すから駄目なんだよ。もっとこう、泥臭く基本に則れよ!
「花嫁に……そこまで、だめ出し……されると、思いません、で、した……よ」
完全に廊下にかがみ込んだ状態のユルハイネンに、
「あとな! 好きな相手には、素直に好きって言えよ。まずはそれからだ。次は失敗するなよ! わたしが言えるのは、それだけだ」
お前のその分かりづらいアプローチは止めろ! と忠告し ―― キース大将が馭者を務めてくれた馬車に乗り込み中央公園へ。
本当は馭者はフリオさんだったのですが「女騎士の後始末をしろ」とキース大将に命じられて、馭者交代に。親衛隊は五名が騎馬でついてきます……本当は六名だったんですけど、約一名わたしが拳で沈めたもので。
「……キース閣下」
「なんだ?」
「あの……」
ユルハイネンを諭す際に、亡くなった恋人のことを語っていらっしゃったのだが……。
「気にするな。もう本当になにも覚えていない、思い出そうとしても痛みもなければどうとも思わん。思い出はあるが、ユルハイネンと死んだあれ、どちらが大事かと聞かれたら、躊躇わずユルハイネンを選ぶ。そういうことだ」
「そうですか」
歳月って残酷なようで優しいような、でも寂しさも感じる。
ここでキース大将に寄り添ってくれる誰かがいたらいいのだが……。
「ああ……まあ、ユルハイネンとお前ならお前を選ぶがな」
「それ、嬉しいような、嬉しくないような! 比較がユルハイネンは!」
「ははは! そうか!」
馬車は正面入り口を通り抜け、会場まで突き進み ―― サンドラがキース大将があまりにかっこよくて倒れてたけど、いつものことなので。今はそっと支えてくれるトロイ先輩という婚約者ができたからいいけど……いいのか?
馭者を務めて下さったキース大将が、そっと手を出してくれたので、手を乗せエスコートされ馬車を降りた。
「イヴ、待っていたよ」
「お待たせいたしました閣下」
「少し遅かったが、どうした?」
「南の無人島に行く案件が発生いたしましたが、拳で沈めて参りました。あとはいつものキース閣下事案です」
はきはきと答えたところ ――
「そうか。ならば仕方ない。むしろ早かったほうだな」
「尽力いたしましたので」
「お前はもてるな、キース」
「クローヴィスほどではないかもしれませんが」
閣下は笑い、わたしとキース大将にシャンパングラスが配られ、閣下の乾杯でパーティーが始まった。




