【277】花嫁、晩餐会で話を聞く
狙撃準備を整えていたツェツィーリア・マチュヒナ(死亡)と組んで、わたしの同期に危害を加え、ジュリアさんをはめようとしたボイスOFFの成りすましがどこかに潜んでいる ―― そんなことを聞いたら、周囲に注意を払うしかない!
陛下と猊下が同乗する車両への荷物の運び込み。その最中に何者かが紛れ込んではいけないと「きりっ!」とした面持ちで監視しようとしたのだが、
「姉さん。大事な話があるんだ!」
うちの弟が大事なのだと激突してきた。
デニスよ、姉さんは大事な任務が……と思う反面、デニスがわざわざこう言ってくるということは、なにか重大なことが?
「なんだ。デニス」
「スタルッカさんも一緒に来て欲しいんだ」
「スタル……もしかして、デニス。三時間ちかく前に駅で見かけたのか?」
「うん。でもそいつが偽物なのは、もう分かってるよ」
「へ?」
うちの弟がよく分からない ―― とは言え、何者かを見たというのであれば、話を聞くべきだろう。
ジュリアさんに付き添っているボイスOFFの所へ出向き、ちょっと来て欲しいと頼み……
「翻訳はわたくしに任せやがれ!」
フォルクヴァルツ閣下も一緒に来てくださった。実際通訳がいるのはありがたいし、内容が危険でもフォルクヴァルツ閣下なら知っても大丈夫なので、断る理由がない!
蒸気機関車君たちが居る車両へ。
【この人に見えるけど、違うのか】
<この人にしか見えないけど>
【セレドニオはどうして違って見えるのだ】
蒸気機関車君たちはボイスOFFを見て「この人だ」と ―― ボイスOFFの扮装をした人物を見かけたらしい。
「なんでお前たち、どうしてウィルバシーに擬態した人に興味を持ったんだ?」
他の人ならまだしも、蒸気機関車君たちですよ(弟含む)! それも専用列車の整備を任された彼らが、その最中に人間に興味を持つなんてあり得ない! 断言できる。デニスの姉歴十四年のわたしだからこそ、断言するよ!
〔おかしかったからですよ、隊長さん〕
それに答えてくれたのは、前衛彫刻家であるセレドニオ君だった。彼は「擬態」に違和感を覚えたらしい。
〔本人の顔じゃない顔が見えるんですよ。顔が二重に見える……といってもあまり通じないのですがね。世の中にはそういう人が稀にいるんです〕
あ、それ、多分室長的なヤツですね。深く追求しないほうがいいよー。下手に近づくとマズイ存在ですから。
〔子供の頃から”オバケ”と名付け、近づかないようにしているので問題はありません。ただ今日見かけたオバケに、デニス君が近づこうとしたので止めたのです〕
セレドニオ君がオバケに気付き声を上げる。その声を聞きデニスが視線を向けた先に、ボイスOFFに見えるオバケがいた。
「声を掛けようとしたんだけど、セレドニオ君が必死の形相で腕を引っ張り頭を振るから、声は掛けなかったんだ。で、見てたら彼は普通列車に乗ってさ。一緒に首都に行くって聞いてたから、そこでおかしいなと気付いたんだ」
もしもボイスOFFと勘違いしたまま、犯人にデニスが声を掛けていたらどうなったか……考えると冷や汗がぶわっ! と吹き出してきた。
前衛彫刻家であるセレドニオ君とデニス、通常会話は通じないが、デニスが近づこうとしたことで、なにか所縁のある人なのは分かったので、あとで何らかの手助けになればとスケッチブックを取り出し、木炭でさっとスケッチをし残してくれた。
〔これがオバケが被ってた顔。そっちの人にそっくりで、驚きました〕
そこにはたしかにボイスOFFが描かれていた。もちろんデニス以外の蒸気機関車君たちとボイスOFFは初対面だ。
描かれた絵を見て、ボイスOFFも言葉を失っている。ついでにわたしも言葉を失った。
〔それで、オバケの本来の顔はこちらです〕
セレドニオ君がスケッチブックを捲ると、そこには、あれほど必死に覚えようと見たのにもかかわらず、すでにぼんやりとしか記憶に残っていない顔が ―― ルカ・セロフ……っぽい。
なんとなく分かるけど、リドホルム男爵ほどはっきりと特徴を捉えていない……けど、ルカ・セロフの特徴を備えているような……そもそもコイツ特徴ないわー。
〔特徴を捉え辛いという特徴があるので、あの一件以来良く覚えています。描くのは難しいのですけれど〕
あの一件?
〔この人、マーリニキー・ボンバ作戦阻止の時、車両を脱線させた人です〕
衝撃の事実! でもたしかにあの場にルカ・セロフはいたんだから、そういうことしても、おかしくはないか。
こうしてセレドニオ君の持って生まれた才能により、もう一人が判明した。
あとは危ないからわたしたちに任せてねーとスケッチブックも回収し、ほっと一息ついた。
芸術家って凄い。
イレギュラー極まりない出来事はありましたが、予定の一時間遅れで駅を出発し、車内食堂で猊下と陛下と閣下とわたしの四人で晩餐……。
もともと予定されていたことではありますが、緊張しないはずがない!
しっかり晩餐会用のドレスに着替えて晩餐に挑みました! 挑むは違うだろう? 気持ちは挑むなんですよ!
食堂内はワインレッドで上飾り付きのサテンドレープカーテンが下り、シャンデリアには明かりが灯され、料理はきっと一級品ですが、味しねえぇぇぇ!
マナーに精一杯なんですよ! マナーが染みついているならいいのですが、中産階級の最上級マナーと王侯貴族の緩いマナーだったら、どっちが上か? 分かりきったことだろう。
[緊張しているのですか、姉妹イヴ]
[は、はい! 猊下]
[いまは猊下ではなく、ガレアッツォと呼んでください。アントニウスの妃にお会いするのを、わたしガレアッツォは楽しみにしておりました]
お会い? 今お会いって仰った? スープ飲んでたせいで、聞き間違ったとかじゃなくて?
[世俗の階級でいいますと、わたしは貴族の端くれで、アントニウスは王族の一人。それも大陸でもっとも古き家柄の当主。とてもアントニウスと直接お話などできるような身分ではありませんよ]
スプーンからだばだばとトマトの冷製スープが皿に戻ってゆく。マナーもなにもかも吹っ飛んだ!
[そのアントニウスの妃とのお話ですから、わたしも緊張しております]
いや、絶対緊張してないと思います。猊下のご表情の穏やかな雰囲気といったら。雰囲気を付けたのは、お顔立ちが覇王系なので、雰囲気だけありがたく頂戴しているのです。
[手紙が届きましてね。アントニウスが食べものの好き嫌いを主張するようになったと。アントニウスは好き嫌いがない子でした。ですがそれは、好きなものも、嫌いなものも分からなかっただけ]
「……」
[イヴァーノは昔から気付いておりましたが、アントニウスはトマトが嫌いなようです]
えっ? と思って閣下を見ると、いや、トマトの冷製スープ食べられていますが。あれかな? 加熱したトマトが嫌いとか。
あとさボナヴェントゥーラ枢機卿閣下、ベンノおじさんの下宿に毎日のようにトマトを差し入れ、固めのトマトを握って閣下の頬にぐりぐりして……たんですけど。
[教皇]
もちろん閣下も黙ってぐりぐりされているわけではなく、すぐにぺしっ! って手を叩いて拒否なさっておりましたが。
[好き嫌いがあって尚、克服するのは良いことです。でも、何もないのは、好き嫌いをするよりも良くありません]
[昔たしかに言われたな]
[妃と一緒に食事をするのを楽しみにし、妃がいない時は”これは嫌い、あれも嫌い”と言いだし、料理長を務めるジャン=マリーはとても楽しい毎日を過ごしているそうです]
空になったスープ皿が回収され……って息子が給仕として回収しにきてますが、いいのそれ? むしろ息子だから一緒に食べようよー!
魚料理 ―― 真鯛のポワレが並べられ、
『昔から感動が薄い男だったのよ』
グロリア陛下がそのように語られた。
『グロリア』
『なに? アンソニー』
『お前が言葉を選ぶとは珍しいな。正直に言っていいのだぞ、感動など一つもしない男だったと』
『あら? 言って良かったの』
グロリア陛下が言うには、閣下は人からなにか教えられたことはないのだそうです。
ふあ? と、ポワレを食べながら聞いてみますと、閣下は人の会話を聞いているだけで言葉を覚え、文字も誰かが読んでいる文章を目で追って覚えてしまったのだそうです。
なにそれ、こわい。控え目に言って、超大天才じゃない?
『だからアンソニー、一歳くらいの頃は女官言葉を使ってたのよ』
オネエ言葉といえばアレだが、一歳の閣下が周囲にいる人たちを真似て女性的な喋り方をしていたのは、想像するだけで可愛い。幼子が周囲にいる人の口調を真似ることはよくあることですからね。カリナも子供の頃は継母口調で「でにち、かたじゅけなちゃい!」って言ってたしね。
『その可愛らしい閣下を拝見したかったものです』
なぜこの世界にはデジカメがないのだ!
『わたしは可愛らしくはなかったがな』
閣下は「はあぁ。ババアめ」という気持ちを隠されないが……喋るなとは言わない。
『本当に可愛くなくて可愛い子だったわ』
グロリア陛下は閣下の才能に気付き、周囲から女性を排除し、男性言葉を言えるよう、また外国人 ―― 将来的に聖職者にしようとしていたので、古帝国語を扱える聖職者も教育係として配置した。
閣下はそこでも、もの凄い勢いで知識を習得し、
[わたしが迎えにいった時には、聖典を隅から隅までしっかりと読み暗記し、外典も全て網羅し、滑らかな古帝国語とシシリアーナ語を話せるようになっていました]
さすが神に愛される天才、五歳の時点で聖職者の知識は完璧だったそうです。
[八つの時には神学者を打ち負かし、公会議にて意見を求められるまでになりました]
閣下って血筋凄いけど、頭脳もそれに勝る人なんだなー。
肉料理が運ばれてきて、シャトーブリアンの味を楽しめるくらいまでにはリラックスできました。緊張し過ぎて味が分からなかった前菜よ、済まなかった……。
『リチャードもジョージも軍事的才能がないから、アンソニーも軍人の才能はないとみんな思っていたのよ。ねえ、ガレアッツォ』
[ええ、そうでした]
衝撃の事実! 祖父と父親は、全く軍事的なことに関して聞いたことはありませんが、閣下がそのように思われていたのですか。
『リチャードとジョージの戦略無能ぶりと、それを補うかのような卓越政治力は大陸各国が知るところだったから、アンソニーも似たような皇帝になると思われていたわ』
まさか祖父と父の卓越した政治力と、唐突に現れた軍事的能力を兼ね備えた大天才だったとは、誰も思わなかったんですね。
まあ、何となく分かる。ここまで揃ってたら、軍事的才能くらいは持っていないで欲しいと凡人は思う。
そんな凡人の卑しい願い虚しく ―― 閣下は軍人としての才にも恵まれたわけです。
「イヴ。肉を追加しなくてよいか」
「大丈夫です、閣下」
シャトーブリアン美味しいし、幾らでも食べられるけれど(比喩に非ず)、この場でお代わりはしません。
「ちなみにな、イヴよ。本当にわたしは軍人としての才がないものと思われていたらしく、幼年学校の入学試験は受けていないのだ」
「?」
「特別枠で入学させられた。神童と謳われて生きてきた子供が、試験を受けて哀れな成績を取り、挫折させるのも可哀想だろうという判断でな」
「……」
世界で一番無駄な裏口入学させられたのですね、閣下。そして全く要らぬお気遣いですね。
そういうのが御曹司を駄目にするのではないのでしょうか?
幼年学校入学後は、わたしですら存じ上げる通り、圧倒的な才を見せつけ……幼年学校に入る前から圧倒的ですが。
『あれにプロポーズしたら”軍人になりたくない”って断られたのよ』
あれとは閣下のお父さまゲオルグのことです。何でも昔、グロリア陛下はゲオルグに「それと別れて、わたしの王配にならないか」と誘いを掛けたそうですが、ゲオルグはそのように断ったとのこと。
「ゲオルグが神聖皇帝に就かなかった理由も、軍人になりたくないからだった」
衝撃の事実連発中!
ゲオルグが神聖皇帝にならなかったのは、神聖皇帝だった閣下の祖父よりも先に亡くなったからだと思っていたのですが、
「立太子の時点で拒み、三男のコンスタンティンを王太子として差し出したくらいだ」
ゲオルグは立太子すらされていなかったらしい。
てっきり立太子されていながら、皇帝よりも先に亡くなったので、王太孫が立ったとばかり。
その後も、グロリア陛下と猊下がご存じな「神聖皇帝リヒャルト」と「バイエラント大公ゲオルグ」の話をいろいろとして下さり ―― 現金なものですが、楽しい晩餐が終了した。
「本当はイヴと一緒に退室したいのだが、教皇とババアに話があるので」
「分かりました。でも閣下、あまり長話をしてはいけませんよ。明日首都に到着したら、歓迎の夜会がありますので。みなさましっかりと体を休めてくださらなくては」
「そうだな」
閣下はわたしの手の甲にキスをし ―― わたしは迎えにきたジークムントと一緒に食堂から出た。




