【271】花嫁、招待客を出迎える
婚約公表の夜会後、軍の昇進式典がありました。
キース中将は今回の防衛戦の功績により大将に昇進です。
怖ろしい速度で昇進しておりますが、三万対十万で国家を防衛しきったばかりか、最後は攻めに転じて敵を潰走させた指揮官ですので、大将に昇進も当然かと。
うん、わたしが異国で蒸気機関車を走らせている最中に、最後の一戦があって、その際にキース中将は攻めに転じ、オゼロフ師団を叩きのめしたんだって。
聞けば最前線に出向いていたとか……。
「リリエンタール閣下が置いていった重しがいなくなったのだ、出るに決まってるだろう」
涼しげな表情でさらっとそう言いやがったー!
これだから血気盛んな総司令官は困る!
「死にはしない。全ての責任を負う立場なのは分かっている」
穏やかな雰囲気ですが、その雰囲気をまとったまま最前線に行ったのですね!
「小官には止める権限はございませんので」
たとえその場にいたとしても、わたしにキース中将を止めることはできません。
「さあ、どうかな?」
「?」
そしてキース中将はキース大将に。
軍の礼装には大将だけがまとうことが許される、表は金で裏は赤い、踝まであるマントを着用。白い軍礼装と鮮やかなマント、そして花が散るかのようなキース大将の表情。
「み、みみ、耳……」
軍の女性たちの黄色い歓声が鼓膜を突き破りそう。
キース大将は微動だにしません……強い。慣れというものは怖ろしい。
ヴェルナー大佐は少将に、ヒースコート准将も少将に昇進なさいました。
室長ですがこういう式典のない時に、ひっそり少将に昇進なさるとのことです。
この式典にはもう一つ大きな発表が。
それは「結婚しても士官女性は軍に残す」これをキース大将が宣言し、実際に結婚して残る女性士官と、その夫が壇上のキース大将の背後に並ぶ。
女性士官の夫ですが、わたし以外はみな士官。
軍内というか人事局で「上官からの紹介」って形で、昇進とセットで組み合わせたのだそうです。
時代的に上官が見合いを組むのは珍しいことではないどころか、ありがたい時代。更に昇進が約束されている相手となれば ――
もちろん結婚後も働くことを容認できる男でなくてはならず、また両家の家族ともども認めてくれなくては……ということで、五組ほどしか成立しませんでしたが。
士官結婚適齢期ど真ん中のわたしですので、五組全員士官学校時代の同期や先輩 ―― トロイ先輩とサンドラ、シュルヤニエミとテレジアが結婚することに。
「ぐああああー! これでずっとキース閣下のお側にいられる! イヴのおかげよ!」
サンドラはわたしが写真を持って行った時には、既に縁談が組まれていたそうですが、情報漏洩禁止だったので話せなかったとのこと。それに関しては構わないのだが、
「いやいや……っていうか、トロイ先輩、サンドラでいいんですか?」
夫になる人の前で、キース大将とずっと一緒にいられる! って良いのかよ?
「閣下だからな。むしろ閣下に心を奪われているのなら、変な浮気もしないから安心だ」
トロイ先輩の返事といったら。
そしてみんな頷いているのが……って、閣下まで頷いてる!
ちなみに働く女性との結婚に関して、トロイ先輩は、
「実家は八百屋で、母親はずっと働いているからな。結婚したら働いては駄目という考えはない。むしろ、結婚しても働く良い嫁だと大歓迎だ」
なんら抵抗はないそうです。
「二人でばりばり働いて、メイドを雇う生活するのよ」
「そうだな。クローヴィスたちはメイドがいる生活をしてきたから、憧れないだろうが、子だくさんな貧乏八百屋の息子と、住み込みの使用人の娘にとっては、メイドや乳母は憧れなんだ」
ええ、まあ確かに憧れはしませんが……思えば父さんって甲斐性あるんだなあ(住み込みメイド二人雇用・妻は社交と奉仕活動のみ・子供三人大学進学費用全額用意・不自由のない生活・二年に一度は家族で旅行)
「是非とも叶えてくださいね」
みんなが「イヴより先に、妊娠出産して軍での道を切り開いておくから!」と ―― いや、待て! そういう時代だとは分かっているが、気合い入れ過ぎだ。
「女性士官の国外作戦任務の前例をイヴが成し遂げてくれたから、次は自分たちだって。ほら、みんな気が強いから、好きにやらせてやってくれ」
「トロイ先輩……」
全くの余談ですが、ハインミュラーは適齢期で独身ながら、婚約者持ちで浮気していたので、今回の出世コース結婚からは除外されたそうです。自業自得だ! 馬鹿め!
そんな会話をしていた同期や先輩たちと共に壇上へ。
わたしは壇上で軍に残ることを表明し閣下が、
「妻と共にロスカネフに腰を据える」
そのように発言なさった。
周囲が水を打ったように静かになり、そしてうなり声のような歓声が上がった。
「大統領! 大統領!」
「大統領万歳!」
大統領コールが!
閣下はまだ大統領選挙に出馬するともなんとも言っていませんよ!
鳴り止まぬ大統領コールを背に、わたしたちは壇を降り ―― その日の号外に閣下がロスカネフの大統領に出馬する可能性が高いと書かれた。
昇進式典後の晩餐会を終えた翌日、クライブから号外を手渡され、閣下の過去の功績が書き連ねられた文章を前に「うわ、テンション高っ!」と呟いてしまったのだが、わたしは悪くないと思うの。
「よろしいのですか?」
「構わぬ。出馬はしてやるのでな。選ぶも選ばないも自由だ。それが選挙というものだ」
「選挙か。わたしもいずれ教皇選挙を制さねばな」
「それは金でどうにでもなろうよ、イヴァーノ」
「アントニウスは、金要らないもんな。世界一の金持ちの癖して、投票買収しなくていい才能を有するって、まさに神の寵児」
さらっと票の買収話をしないでいただきたいです!
もちろん言いませんけどね!
室内にいるキース大将と視線を交わすと「黙ってろ」って言ってるのが分かる。
ええ勿論言いませんとも!
本日ですが、昇進したキース大将、枢機卿閣下と閣下と共に、わたしの自宅から少し離れた場所、去年の誕生日に婚約指輪をもらった所に来ている。
あの時はなにもない場所だったが、現在は洒落たお屋敷が建てられておりました。
なんでもこのお屋敷はゲストハウスだそうで、結婚式に参列して下さる南北の新大陸とアバローブ大陸の総督がお泊まりになるのだそうです。
ちなみに親友たち(枢機卿閣下を含む)はシーグリッドの元自宅であるモーデュソン邸に。ババア陛下さまと猊下は閣下のお城に滞在することになるそうです。
ちなみにベルバリアス宮殿はわたしの親族とか部下の宿に……うん、地方の親戚も呼ぶので宿は必要なのですが……。
「それにしても、これ旨いな」
「お口に合って良かったです」
ボナヴェントゥーラ閣下が食べているのは、わたしとカリナが作った、ドライフルーツ入りのパウンドケーキ。
「お前は聖体でも食べていろ」
「独り占めはないだろう、アントニウス。仲良く食べないといかんぞ」
「イヴとフロイライン・クローヴィスが作ったものは、独占していいのだ」
お二人が仲良くお話しながら食べてらっしゃいます。
キース大将にもお勧めしたら、一切れ取って食べて下さいました。一口でな!
もちろんわたしも一口で食べられますが、儚い雰囲気で一口はどうなの! でも儚いけどさ!
閣下と枢機卿閣下はもちろんナイフとフォークで食べてます。
「クローヴィス、三総督の注意点は聞いているか?」
「……三人に均等に声を掛ける、でしょうか?」
「そうだ。聞いているならいい」
「ちゃんと閣下からお聞きしております」
「以前、浮かれて小僧が副官になることについて、説明しそびれていたからな」
「……」
そういうことありましたねー。
「ところでクローヴィス。今日の装いも良いぞ。お前は何を着ても似合う希有な美貌の持ち主だな」
「ぽひゅ……」
「なに、情けない声を上げているのだ? クローヴィス」
上官に褒められた。それも儚い微笑みつきで!
本日の格好はパフスリーブのエンパイアラインドレス、色はほんのりクリーム色。
胸元はまあまあ開いておりますが、誕生日にいただいたペリドットのパリュールを装備し胸元を隠すことに成功。
トレーンはいつもの如く長いのですが、重くはないのでどうってことはない。
そうこうしていると、リースフェルトさんが三総督の到着をお知らせにきた ―― いやね、二時間近く前に敷地には到着していたのですが、色々と準備があったらしく、わたしたちは知らぬ存ぜぬしていたのです。
鷹揚に待ってやるのも、主君の務めとキース大将に言われたのですが、主君ってなんですかー。
準備が整ったということで三総督が待つ部屋へ ―― 閣下がわざわざ部下に会うために足を運ぶのは、珍しいというかまずしないのだそうです。
でも三総督が揃った場合は、彼らを閣下のいる部屋に通す方式を取ると「誰が最初に入室するか」で争いになるのだそうで、それを避けるためにも三総督が膝をついて頭を下げている部屋に向かう方式にしているそうです。
広間に入ると、軍礼装の男性三人が、事前に聞いていた通り跪いている!
黒髪が新南大陸のペガノフ総督で、明るめな茶色の髪が新北大陸のロックハート総督で、くすんだ金髪がアバローブ大陸のクレマンティーヌ総督……らしい。
閣下が椅子に座り、わたしは隣に立ち ――
【おもてを上げよ】
室内にいたアイヒベルク閣下が、三人に顔を上げるよう指示を出すと、我先に! という感じで顔を上げ、
「……」
「……」
「……」
視線がわたしを捉えて硬直した。
言いたいことは分かる。閣下の婚約者に会えると思って顔を上げたら、デカイ男がドレス着て立ってるとか、驚くしかないだろう。残念ながら女なんですけどね!
【我が妻、イヴ・クローヴィスだ】
閣下の言葉に三人はじわじわと、この大きい生き物が女だと気付い……
{陛下、そこに居るのは人間なのですか?}
ペガノフ総督が「それ、人間かよ?」ってルース語で聞いてるような。うわー! わたし人間にすら見えんのか! え、でも今までそんなこと言われたことないんだが。
ドレス? ドレスを着ているから人間に見えない?
<陛下よ。それは古代最も優れた彫刻ではないのですか?>
クレマンティーヌ総督が何語で言っているのかは分からないので、内容も不明ですが「なにそれ?」感だけは伝わってきます。
『陛下。他の二人と同じことを言うのは愚かだと分かっておりますが、それは彫刻ではなく人間なのですか?』
ロックハート総督も「それ人間?」って言ってるー!
え、なに、そんなに人間離れしてるの、わたしって。やはり大女がドレスは駄目だったんだー! 世の中の酸いも甘いも絶望も地獄も知っている三総督(平均年齢五十三歳)をパニックに陥らせるわたしの性別詐欺!
性別詐欺を働いている自覚はありましたが、まさか、そんなにも!
【朕の妃の美しさを前にしたとき、称賛できぬのは分かっていたが。まったく、お前たちの語彙の少なさに呆れる】
……で、三総督から謝罪されるとともに閣下が教えて下さったのですが、どうもわたしが「古代彫刻の至宝」に見えたのだそうです。
『あまりにも完璧な美で、それ以外表現できず。申し訳ございませんでした、妃殿下』
色々と突っ込みたいのですが、下手に突っ込んで三総督が解任されたりしたら困るので「ソウデシタカー」で済ませた。
キース大将の視線がとても優しく感じるのは、わたしの判断が間違っていないからだろう。
三総督の挨拶を受けたわたしたちは「贈り物を」ということで、またもや移動中。本来閣下は足を運んだりしないのだが、キース大将曰く「献上品が常識外れ」な量とのことで、ゲストハウスには持ち込めないので庭に積んでいるので、是非とも見て欲しいと。
キース大将が贈り物の量を知っているのは、検疫とか輸送などの絡みで、先に報告を受けているから。
また本日この場にいるのは「こいつ等は書類以外のものを持ち込む可能性もある」ので、自分の目でしっかりと確認して、申請されていない物を発見したら、国外退去させるのでやって来たとのこと。変な物、持ち込んでないといいなー……なんて軽い気持ちで庭に出たらエライ物を目にすることに。
積まれているんですよ!
<美姫には象牙と決まっておりますので!>
クレマンティーヌ総督のセリフを翻訳してもらわなくても、何が持ち込まれたのかは分かった。象牙だ。
この時代はまだ象牙に関して問題はないので、騒ぎ立てるわけにもいかないのだが、
「閣下。象牙は申請通り五○トンでした」
五○トンの象牙が目の前にある事実。
『皇帝の妃には太陽に映えるこれが一番です』
ロックハート総督が持ってきたのは鼈甲。……が、こちらも山積み。
この時代は象牙同様、鼈甲もまだ大丈夫ですし、心からの贈り物にケチをつけたりするとアレですが、
「閣下、申請に間違いはありません」
「そうか」
五○トンはないと思う。でも単位は間違いなくトンだ。
{女性の美しさを引き立てるのは赤にございます}
ペガノフ総督が持ってきたのは赤珊瑚……量は聞くな! 見える範囲根こそぎ持ってきたんじゃね? ってレベルだよ!
『御子が誕生したときの機会に』
そして、ちらほら聞こえてきたのだが、三総督はもっと持ってきたかったらしいのだが、キース大将が許可を出さなかったので諦めたのだそうです。
ありがとうございます、キース大将! もちろん三総督にもありがとうと言いたいのですが、まずはキース大将に。
何にせよ贈り物なのでしっかりと受け取りますが、結婚とオリュンポスが終わったら、この贈り物について少し考えよう……。




