【270】花嫁、結末を知る
「庭で休憩って大事なんだな」
「そうねー」
わたしとユスティーナの二人は、会場から庭へと出てぼーっと夜空を見上げながら、休憩しております。
夜会の警備を担当していた時代は、なんで庭でぼーっとしてるんだよ、貴族の責務なんだから室内でもっと社交に勤しめ! と思いながら警備していたのですが、実際責務になると、まあ大変。
「わたしに付き合わせて悪いわね」
わたしはロスカネフ貴族ではないので、話し掛けられない……閣下のご威光で直答不可になっているようなので、キース中将やヒースコート准将など見知った人とだけ話をしていてもいいのですが、ユスティーナはそうもいかず。
陛下の妃に内定ですが、身分はまだ侯爵令嬢なので、同じ家柄の人たちが我先にと話し掛けてきて、ユスティーナが面会者を捌ききれなくなりかけた所で、閣下から「二人で庭を楽しんでくるがいい」と。
閣下のお達しの前には、我が国の貴族はたとえ公爵でも逆らえず、わたしたちは庭へと出た。
庭まで追ってくるのでは?
本日の招待客は庭に出ることを許されていないので大丈夫。
普通の夜会はそんなことはないのですが、本日は閣下が特別に計らってくださったのだ。
「悪くない、悪くない」
「すぐに戻らないといけないと思うんだけど。はあ……公爵家の当主から声を掛けられる日がくるなんて、思ってもみなかったわ」
「そーだなー」
「言っておきながらだけど、リリエンタール閣下との直答に比べたら、どうってことないんだけどね」
「ははは」
かがり火で照らされている大噴水の縁に腰をかけそんな話をしていると、警備ではない動きを取る人物がこちらへと近づいてきた。
手に持っていた空になったシャンパングラスを握る。
賊ならグラスを割って壊してから、得物にさせてもらう。
わたしとユスティーナは立ち上がり、誰が来るか? 待ち構えていると、
「わー。少佐、攻撃しないでー。少佐に攻撃されたら、わたし、死んじゃう」
影から聞こえてきた声は室長。
「室長?」
「驚かせて御免ね」
室長は降伏する人ですか? みたいに両手を上げてこっちへと近づいてきた。
「イヴ、あの人は?」
同じく飛びかかる構えを取っていたユスティーナに聞かれたのだが、答えるのに非常に困る人である。
「大丈夫……まあ、大丈夫じゃないけど、大丈夫な人だよ」
「なにそれ」
説明するのが大変なんだよ、ユスティーナ。
「ユスティーナは見覚えない?あの人」
かがり火に照らされ、室長の顔が見えるようになったので聞いてみたのだが、
「ないわ」
ユスティーナが所属していた情報局の局長なんですけど、やっぱり知らないか。
陛下もまだ室長のことを紹介していないのですね。
わたしが紹介するには大物過ぎるといいますか、ユスティーナに室長の存在を教えるのか、教えないのかも分からないし。難し過ぎる、室長。
「久しぶり、少佐」
「こちらこそ。国外任務の際にはご子息にお世話になりました」
「えー。どう聞いても、愚息が少佐の世話になってただけだけど。ほんと御免ね。もっとちゃんと鍛えておくから」
室長は貴族らしく燕尾服を着用していらっしゃる。
「初めまして、サロヴァーラ。わたしはテサジーク侯爵家の当主フランシスだよ」
「初めまして、テサジーク侯。サロヴァーラ家の養女ユスティーナにございます。以後お見知りおきいただければ幸いに存じます」
ユスティーナの挨拶を笑顔で聞いた室長は、
「うん、あのさ、ベルバリアス宮殿の正門前でスイティアラ子爵家の人たちが騒いでるんだけど、どうする?」
いきなり、そう語り出した。スイティアラ子爵家ってユスティーナの生家……来たのか! 呼んでないのに来たのか! 今日の夜会、貴族の場合は伯爵以上 ―― 閣下が主催するので伯爵以上は当然なのだそうですが。
「スイティアラ子爵……家ですか」
「うん。王妃の身内だから、入れろって騒いでるよ」
ユスティーナの顔が引きつる。お前等、今まで散々ユスティーナのことを踏みにじっておきながら! 家族だなんて、身内だなんて!
「どうする?」
「どうするとは? どういう意味でしょう、テサジーク侯」
「出世した自分を家族たちに見せて、二度と関わるなとこの公式の場ではっきりと縁切りする? ってこと」
そ、それは! 世に言う「ざまぁ」ではありませんか。
「ざまぁ!」したらすっきりするのかな?
風が吹きかがり火が揺れ、落ちている影も揺れる。
どうする? ユスティーナ。
「それたちは、この晴れがましい場に招いて良い客ではございません」
きゅっと扇子を握り閉めたユスティーナが口を開いた。
「ということは?」
「スイティアラたちには、早急にお引き取りを願いたく」
「んー。逃げるってこと?」
「ええ、そう取られても結構でございますが、わたくしといたしましては、優先すべき事柄を優先したまでにございます」
ユスティーナが言い終えると、室長は手を叩き出した。
「うん。合格」
え、合格ってどういう……。ユスティーナと顔を見合わせたが、意味が分からない。
「王妃の資質を測ったのさ。ユスティーナ、君は充分な資質を発揮してくれたよ」
「どういうことで」
「王妃の資質を測った、言葉そのままさ。王妃ってさ、絶対に判断を間違ってはいけない場面ってのがあるのさ。今わたしが持ちかけたのが、まさにそれ。リヒャルトが婚約者をお披露目している夜会に、私事を持ち込み騒ぎを起こす。そんなことをしたら、リヒャルトの怒りを買い、ロスカネフは滅亡さ」
滅亡は言い過ぎではないかなーと思う反面、我が国の人口以上の兵士と対峙して勝つ閣下なので、過言ではないのかも。
「……」
「でも最高の舞台でもあるんだよね。枢機卿閣下までお出でになった、リヒャルトの夜会で、いままでされたことを言い返し、相手を追い詰めて勝つ、爽快だよね。リヒャルトのお嫁さんの友人だから、多少場を騒がせても許されると思ってしでかすかなーって思ったけど、良い判断だったよ……ユスティーナ」
ユスティーナと喋った瞬間、室長が別人になった。これ誰……いや、会ったことあるぞ。誰なのかすぐには分からないけれど。
「まあ、わたしのことは少佐や陛下から聞くといいよ……ああそうそう、君がスイティアラと対面を希望しても、ロスカネフは滅びないよ。君が消えるだけだから、ユスティーナ。じゃあね、少佐。近々遊びに行くから」
最後の「ユスティーナ」で室長が室長に戻り、また闇の中に消えて行った。
武器にしようと思っていたグラスを、自分が取り落としているのに気付き、安堵の溜息を吐き出した。
「ねえ、イヴ。あの人何者なの?」
「ん……情報局の局長だよ」
「局……長……って、アホカイネン局長?」
ユスティーナは名前以外は謎の局長だと聞かされ、驚いたが……室長、なぜアホカイネンって偽名をお使いに。前世の記憶があるわたしが悪いのですが、アホカイネンはさあ!
「そう。どこまで教えていいか分からないし、下手に教えたらティナの身に危険が及びそうだから……あの人がリリエンタール閣下をロスカネフに招聘したんだよ」
「え……」
「リリエンタール閣下と三十年来の知り合いで、先々代陛下の命を受けてね」
「血縁の列強を押しのけて、招聘を成功させたの? 化け物じゃないの」
「わたしも説明して、そう思った」
「それは……わたしが聞いて良い部分がどこか、イヴも悩むわ」
顔を見合わせ、空になったグラスを先ほどまで座っていた噴水の縁において、わたしたちは会場へと戻った。
室長に比べたら、室内の貴族など取るに足りない! ……とは、後日ユスティーナからの手紙に書かれていた言葉だ。
更に”陛下と侍従長から、侯のことお聞きしたけど、よくわたし生きてたわ! わたし、自分のこと運がないと思ってたけど、あの時に使うために貯めてたに違いないわ”とも。
ユスティーナが言いたいことは分かる。
わたしも閣下に聞いたのだが、たしかにあの日ベルバリアス宮殿の正門前に、スイティアラ子爵家の面々 ―― ユスティーナの両親と妹、そして元婚約者(現妹の夫)は来ていたそうです。
困窮しているので、必死に往路分だけ工面して。
復路はユスティーナに融通してもらうつもりだったらしいよ。
もちろんユスティーナとは会えず、喚き散らしたようですが、留置所から自宅へ強制送還。その後のことは、室長にお任せ。悪いようには……ならないのか?
まあ、わたしが考えてもどうにかなるもんじゃないし!
ユスティーナという伴侶を得た陛下、妻と縒りを戻すことができたボイスOFF、そしてわたしに殺害されたアレクセイ。
元攻略対象六名中三名はこのような人生をこの先送ることになるのだが、わたしがほぼ絡むことがなかった残りの三名がどうなったか?
アルバンタイン・ヴァン・ヒルシュフェルト(貴族位剥奪)ですが、実兄に刺し殺されたそうです。
実兄は才があり一度は政府のほうに拾われたのですが、アルバンタインがボイスOFFに陛下暗殺の罪を負わせようとした事件により免職となった。
この免職そのものに関して、実兄は恨みを懐いてはいなかったそうだ。
弟のアルバンタインがこのような事件を起こした以上、公僕は続けられないと、遺書に記されていた。
実兄は捕らえられていたアルバンタインとの面会の際、毒に浸したペン先をアルバンタインの右目に突き刺し殺害したそうです。
実兄はこの件で逮捕されましたが、その日のうちに首を括って亡くなったそうです。
アルバンタインの兄はゲームの設定として知っているだけですが、やるせないわ。
セイクリッド・ヴァン・ガルデオ(貴族位剥奪)についてですが、彼はわたしの予想通り、ウィレム四世に成りすましていました。
本物のウィレム四世は既に亡くなっているとのこと。
なりすましたセイクリッドはエジテージュ二世と共に新生ルース帝国を滅ぼし、フォルズベーグ王国を取り戻し、念願だった王政を敷き王位に就いたはいいが、全土は統治できていないとのこと。
我が国と同じくらいの小国なくせに、国の三分の一くらいしか統治できていないそうで、首都から離れているところはグダグダだそうです。
理由をリースフェルトさんが説明してくれたのですが、セイクリッドが「俺なら政治家として上手くできる!」と思っていた国は、我らが故郷ロスカネフ。
ロスカネフ王国は十年ほど閣下がお手入れをしてくれたおかげで、小国ながら政治を行える人間がかなり育っている国。議員を務められる「優秀な」人間が揃っている。
そんなロスカネフでの政治なら、不慣れなセイクリッドでも、なんとか回していけただろうが、フォルズベーグはもともと我が国よりも酷い状況で、さらに戦争でぼろぼろになった ―― そんな状況の国に、ぬるめの政治しか知らないセイクリッドが政治手腕? とかいうものをふるったところで……。
それにセイクリッドは乙女ゲーム攻略対象特有の、心に闇だったり自分のことを見てくれない環境に傷付いたり、扱い間違うと闇落ち……はないけど、とにかく繊細な心の持ち主。
そんなガラスのハートが「生まれた時から海千山千の強者」と言われている、リトミシュル辺境伯爵閣下が属するアディフィン王国と国境を接してやっていけるのかと……まあ、無理だよね。
自分を見てもらえなくて傷付いて女に逃げるようなメンタルの持ち主が、やっていけるような業界じゃないわけですよ。
坊やの心のお傷を避けて優しく交渉するわけじゃねーしな。むしろ傷口を抉りながら行くのが常道。
でもまあ、やりたかった親政政治ができてるんだから、血反吐も下血も望むところでしょう。
最後に悪役令嬢の婚約者だったロルバス・ヴァン・クルンペンハウエル(貴族位剥奪)は、セイクリッドと共にフォルズベーグで経済を立て直すべく、頑張っているそうです。
当然のことながら成果は芳しくないようですが、クルンペンハウエル家特有の緊縮財政、すなわち無償働きを公僕に強いて乗り越えるつもりみたい。
……きっと彼は馬鹿なんだね。うん、わたし知ってる。悪役令嬢の婚約者って、悪役令嬢の補佐がないと駄目なの知ってる……うん。
国家財政の破綻で唯一厄介なのは、隣接国である共産連邦ですが、
「リリエンタール閣下の差配で、共産連邦に支配されないようにはなっておりますので」
閣下のお手に掛かれば、その問題も解決。なんだろう、ヤンヴァリョフが泣きながら「手出ししないから、こないでー」と叫んでいる姿が幻視……ヤンヴァリョフが泣いているって時点で幻視なのは分かってるけどね!
というわけで、完全にとまではいきませんが、乙女ゲームの攻略対象たちは一応の決着がついたみたいです。記憶を持っていたわたしができたことは、アレクセイを追いかけて止めさしただけという……。モブだから仕方ない!




