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【コミカライズ企画進行中】閣下が退却を命じぬ限り【本編完結】  作者: 剣崎月
第九部・エンドロールとウェディング編
266/335

【265】花嫁、任を解かれる

 初夜を後回しにする話をしてから数日後 ―― キース中将との面会予定が入っていたので、中央司令本部に閣下と共にやって参りました。

 わたしは休暇中なので私服のスーツ、閣下は黒のフロックコートといういつものお召し物。

 閣下はすでに公人ではないので、キース中将への面会手続きが煩雑……になるはずなのですが、そんなことはなかった。


「キース総司令官との面会ですね」


 門に立つ衛兵が閣下の馬車を見つけるとすぐに声を掛けてきて、すんなりと馬車と護衛であるアイヒベルク閣下の騎馬を通してくれた。

 いつもわたしの護衛として付いているオディロンですが、以前襲撃した場所であり、同僚が殺された兵士たちが勤務する司令部なので、余計な騒ぎを回避すべく置いてまいりました。

 きっと今頃、みっちりお祈りしているはず ――門を抜けた馬車は正面入り口で下車してホールへと入る。アイヒベルク閣下の騎馬は馭者が預かるよ!


「お待ちしておりました」


 キース中将の第一副官、リーツマン中尉がホールで待っていてくれた。

 お久しぶりです、リーツマン中尉。


「クローヴィス少佐、結婚おめでとうございます」


 受け付けの職員はこちらに挨拶をするだけで、記帳を求めてこなかった。後のアイヒベルク閣下も問題なく通過できるみたい。


「ありがとう」

「受け付けの手配は全て済んでおりますので」

「そうか」


 会話をしながら廊下を進む。


「新聞にお二人の写真が掲載されているのを見て、何回も見直しましたよ」


 出迎えてくれた駅のホームで閣下がわたしの指に、婚約指輪をはめてくれた場面の写真と婚約したという記事が新聞各社に掲載されたのだ。

 新聞に載るのはこれが初めてではないが、今までの掲載とは別種の恥ずかしさが。


「吃驚させて悪かったな」

「事情はキース閣下からお聞きいたしましたよ。そう簡単に公表できない状況だったのは、小官でも推察できます」


 そう言ってもらえるとほっとするよ、リーツマン中尉。


「少佐に失恋した男たちが、あっちこっちで屍をさらして大変な状態ですよ」

「わたしに失恋? ……エサイアスは屍をさらすようなことはしていないだろう?」


 軍内でわたしのことが好きな男って、エサイアスだけじゃないの?


「少佐にしっかりと失恋できたウルライヒ中尉は大丈夫ですよ」

「その話しぶりだと、他にもいるのか? 正直、分からんな」

「さすが少佐」

「ま、その屍たちは回収してやってくれ」


 そんな話をしながら階段を昇りキース中将の執務室へ。途中すれ違う顔見知りからも祝福を受け、そのたびにありがとう! と返す。

 閣下と腕を組みながら、幸せな時間ですわー!

 キース中将がいるフロアに到着し、受け付けでわたしが考案したゲスト証を手渡されたので首から下げる。

 閣下も下げたのだが、これがまた似合わない! フロックコートと杖を持った紳士に首から下げるゲスト証という、新たなファッションが。


「イヴが考案したこれ、首から下げたかったのだが、いつもみなに”公人ゆえ要りません”と言われて下げられなかったのだ」


 閣下が喜んで下さっている!


「隊長、おめでとうございます」

「おう、ありがとう」


 わたし以外の女性は立ち入りが禁止されているキース中将のいるフロアで、隊員たちに祝福してもらえるのは嬉しいけど、お前たち職務中だから話し掛けんな!

 返事はもちろんするけどね!


「クローヴィス少佐とリリエンタール伯爵閣下をお連れいたしました」


 ドア越しのリーツマン中尉の声に答えたのはユルハイネン。


「入室を許可する」


 ドアの向こう側、キース中将の隣に立っているユルハイネンは、顔が悪かった。顔色じゃなくて顔ね。お前、そんな顔つきじゃなかっただろうが? どうした?

 隊長代理が辛いのか?

 そんなこと言ってたら、隊長に正式就任してからやっていけないぞ!


「お待ちしておりました、リリエンタール閣下」


 書類を手に視線も上げずに言う台詞じゃないと思います、キース中将。


「そうか」

「クローヴィス、座れ」


 言われたので素直に腰を下ろし、給仕が運んできたコーヒーに口をつける。

 閣下もわたしの隣に腰を下ろされ、コーヒーを飲まれ、護衛なので当然なのだが、アイヒベルク閣下は立ったまま。


 アイヒベルク閣下に「公表されましたので、敬称は外していただきたく」と頼まれたのだが、中々上手く外せなくて困ってる。アイヒベルク、アイヒベルク、アイヒベルク……閣下って付けたくなるじゃない!

 そんなことを思っていたら、キース中将は二枚の書類にサインを終えて、わたしたちの向かい側のソファーに腰を下ろした。


「仕事が立て込んでおりましてね」

「それは大変だな、キース」

「全く他人事で、いっそ清々しいな」


 キース中将と閣下はいつも通りです。

 そのキース中将から、国外で作戦行動を行ったわたしたちは、昇進しない(・・・)ことで決まったとのこと。

 理由は彼の地でリトミシュル辺境伯爵閣下が教えて下さった通り、作戦の規模が大きすぎ、また損害も大きく、共産連邦と直接ことを構えたとあって、兵士たちの名を公表しないことで四つの国 ―― 神聖帝国、アブスブルゴル帝国、アディフィン王国、そしてロスカネフ王国の間で足並みを揃えたそうです。

 その三つの国と肩を並べて交渉とか、凄いわー。


「その辺りは全てヴェルナーが責任を持って負うことになった。これ絡みで面倒があれば、ヴェルナーに申し出るようネクルチェンコや非戦闘員たちにも伝えたが……クローヴィス、お前は隣に座っているリリエンタール閣下に言え」


 ヴェルナー大佐はわたしたちの国外の作戦行動の成果により……という名目で昇進なさるとのこと。


「ヴェルナーを昇進させずとも、わたしが全て完璧に片付けてやるが」


 閣下は空になったコーヒーカップをテーブルのソーサーに置いて、こともなげに仰る。


「そちらに全て任せていては、人が育ちませんのでな」

「それも良かろう」


 ドアの前に誰かがやってきたっぽいな。


「総司令官閣下! 騎兵隊所属、ヨーナス・ヴァン・シベリウス少佐、出頭いたしました!」


 司令室のドア越しとは思えない大声が執務室へと届く。その後に続いた、トロイ先輩やシュルヤニエミ中尉、ピンク……じゃなくてハインミュラーが名乗ったのだが、声が小さく感じる。もちろん皆軍人なので、声が小さいということはないのだが、シベリウス少佐の声がデカすぎて。

 キース中将が頷き、ユルハイネンが入室を許可し ――


「おめでとう、クローヴィス」

「ありがとう、シベリウス少佐」


 これからわたしの直属の上官になるシベリウス少佐と握手を交わし、祝福をもらった。


「総司令官閣下。こちらがクローヴィス少佐の異動書類になります」

「そうか」


 書類を受け取ったキース中将がサインをし ―― わたしは本日を以て、キース中将の親衛隊の任と隊長の任を解かれ、騎兵隊に異動になりました。


「司令本部の警備責任者は継続してもらうことになる」

「お任せ下さい」


 人不足が顕著 ―― 戦争での死者は最終的に四七〇三人、うち三十五名は尉官で三名は佐官……というわけで士官不足はより一層深刻な状況なので、わたしの兼任もまだまだ続くことになるでしょう。全力で頑張る!


「よろしいのですよね? リリエンタール閣下」

「もちろん。ところでキース、ちょっとした頼みがあるのだが」

「なんでしょう?」

「本日呼び出すよう指示していたシベリウス、トロイ、シュルヤニエミ、ハインミュラーの四名を式の際に借りたい」

「式とは大聖堂で執り行われる式のことですか?」

「そうだ」

「貸すのは構いませぬが、理由は?」

「裾持ち」


 カリナと父さんのおかげで、大聖堂での式で着用するウェディングドレスが完成したのですが、とにかくトレーンが長いじゃないですか!

 動くだけならなんら問題はないのですが、介添えする人がいないとさすがに綺麗に広がらないので ―― カリナにベールガールでも頼んじゃおうかな? と思ったのですが、子供が気軽にやれるようなベールやトレーンじゃなかった。

 長いし重いし、わたしと閣下の一歩は大股だし……小さな子供に負荷をかけるのはわたしとしても本意ではない。

 可愛らしいベールガールやベールボーイはパーティーの際にカリナや親戚、知り合いの子たちに頼もうかな? と考え、ただいま調整中です。


「裾が長いので、それらを持てということですか?」


 大聖堂の式ですが、可愛らしい子供たち以外となれば、式典慣れしている職業軍人でいいんじゃないかなーということに。

 私用で使っていいの? って感じですが、大聖堂には自国と各国の要人が大勢いるので、何事かが起こったら高官が責任を取ることに。

 それを避けるためにも、身元や思想が怪しい私人よりは、キース中将の配下である職業軍人の方が良い。


「そういうことだ。祭壇の前で誓い、帰る際に方向転換せねばならぬであろう? その場合にも裾を上手く移動させる者が必要でな」

「四人も必要なのですか?」

「男性士官だから四名で足りる」

「戴冠式でもする気ですか?」


 キース中将が軽く笑う。


「うっかりを装って、イヴァーノのヤツがわたしに両シシリアーナ王国の王冠を被せてこないとも限らんが、そうなったら王冠はお前に放り投げるから受け取れキース」

「ボナヴェントゥーラ枢機卿ならしかねませんな。王冠のほうは仕方ない、その際は受け取りましょう」


 ジョークなのか本当に起こりえることなのか分かりませんが、ボナヴェントゥーラ枢機卿の扱い、それでいいのですかね?


「裾だがイヴの着衣の裾だ。わたしが本気だというのを世に知らしめるためには、花嫁の着衣の裾を長くする必要があってな。同時にその裾には幾つか宝石を縫い付けており重いのだ。イヴは天使のような子供たちに持ってもらいたいと希望したが、子供たち向けの仕事ではないので、式典慣れした男性士官に持たせようとな。わたしとて、花嫁を男共に触らせるのは嫌だが、女性士官の場合、参列している総司令官と騒ぎを起こしかねぬので、男性士官で我慢してやる。そういう理由でこの四名を貸せ」


 ”参列している総司令官と騒ぎを”の辺りで、室内にいる閣下とキース中将以外の者の視線が泳いだ。わたしだって泳がせたよ。そりゃもう、自由形で世界記録樹立させるレベルで泳がせた。


「それはそれは、失礼いたしました」


 そしていつもながら静かな口調ですが、ブリザード。


「あの、キース閣下には是非とも参列していただきたいのです」


 わたしの希望なのですと力説したら、


「そうか、感謝する」


 ブリザード的ななにかは、なんとか解除されました。ふぅ……。


「ではこの四名を貸し出しましょう」

「さてキース。非常に内密にせねばならぬ話があるのだ。それこそ二人きりで話さなくてはならない事柄がな」


 閣下、それは初夜を後回しにすることですね!


「護衛も立ち会えないほどの内容で?」

「ああ」

「了解いたしました。ユルハイネンも含め親衛隊も一時退出しろ……クローヴィス、お前まで退出するのか?」

「え、ええ……まあ、その……」


 初夜を後回しにすることや、オリュンポス(オリンピック)後にその為に旅行をして島で過ごすので、休暇の配分の変更を……という内容ですから。話して下さるのは閣下ですが、側で聞いているのも恥ずかし過ぎて。どう考えても上官にセクハラじゃないですか! 話さなくてはならない内容なのは分かるのですが!


「分かった。お前たち、クローヴィスの護衛をしつつ、休憩を入れろ」


 わたしはなんとかキース中将の執務室を出て、廊下でとりあえず一息ついた。


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