表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ企画進行中】閣下が退却を命じぬ限り【本編完結】  作者: 剣崎月
第九部・エンドロールとウェディング編
264/335

【263】花嫁、未完成のドレスと対面する

「おはよう、イヴ」

「おはようございます、閣下」


 閣下が軽装で下町を歩いているという、夢のような光景が ―― 髪はいつものようにかっちりで、アディフィンで一緒にお出かけした時と同じくカット・アウェイ・フロックコート、要するにモーニングコート姿。

 閣下にとっては私服ですが、完全に内閣親任式です。

 その閣下の手には白い薔薇の花束が。


「イヴ、受け取ってくれ」


 数を数えたら二十四本でした。……一本とか百八本なら意味わかるんだけど、二十四本はなんだっけ?


「はい。わざわざありがとうございます」

「恋人に会う時に花束を持ってくるのは、当然であろう」

「……」

「ご迷惑にならない程度の量にさせますので、ご安心ください」


 毎回花束を用意してくださるのですか? と驚いていると、後からベルナルドさんが ―― いや量を心配したわけではございませんよ、ベルナルドさん。

 そのベルナルドさんも閣下と同じ格好で、サルビアとビオラ、そしてガーベラのミニブーケを手にしている。


「カリナ嬢に花束を渡してもよろしいでしょうか? クローヴィス卿」


 花束をもらえると知ったカリナは目を輝かせ、父さんも了承したので可愛らしい花束を受け取ることができた。


「ありがとうございます、ベルさん」


 ミニブーケを持って微笑むカリナは可愛い。さすが我が家のお姫さま。その笑顔にみんなメロメロだよ。ほんと、可愛いよ。


「気に入っていただけて嬉しゅうございます」


 閣下とベルナルドさんの他に、オディロンとアイヒベルク閣下もいらっしゃいましたが、この二人は護衛なので気にしないで欲しいと。


「偉い人は護衛が付くもんね」


 カリナはすんなりと受け入れた。ボイスOFF(ウィルバシー)がアレな表情になったのは、きっとオディロンが原因だろうが耐えろ。

 ミニブーケはすぐに水に挿し庭のテーブルの中央に飾り、わたしが閣下からいただいた薔薇は、マリエットが「お嬢さまのお部屋に飾っておきますので」と室内へ。

 そのマリエットと入れ替わりで、


「遅くなりました! おはようございます! リリエンタール閣下」


 髪が若干跳ねているデニスが家から飛び出してきた。


「おはよう、ヘル・ヤンソン・クローヴィス」

「わたしのことは、デニスで構いませんよ!」

「デニス、座りなさい」


 テンションが高いデニスの耳を引っ張り継母(かあさん)が隣に座らせると共に、デニスが「いたっ!」という表情に。継母(かあさん)に足踏まれたな、デニス。


「兄ちゃん落ち着きないね」

「閣下がお越しだからね」


 テーブルに料理が並び、みんなで朝のお祈りをする ―― お客さんとの食事の時はしないこともあるが、家族や親族だけの時はお祈りをするのだ。


「親族扱いでよろしいですかな? リリエンタール閣下」

「喜んで」

「殿下はいかがなさいますか?」

「もちろん喜んで」


 テーブルに肘をつき指を組み目を閉じて、父さんがお祈りの言葉を。

 もちろんそんなに長いものではなく、すぐに終わり食事が始まるのだが……閣下の後をついてきたオディロンが、目を閉じ涙を流しながら指を組んだ手を掲げて祈って……どうした、オディロン?


[主よ。善良なる一家クローヴィス家を見守り給え]


 ……お祈りしてくれたっぽい。お、おお……我が家の幸せを祈ってくれてありがとう……。

 お祈りしている聖職者に声を掛けるなんてことはしてはならない……決して面倒だと思ったわけじゃないからね! 泣く必要ねーだろ! とか思ったけど、深く突っ込んで聞くのも……時間をみつけて聞ける機会があったら聞いてみるよ。

 というわけで朝食を開始。


「そういや、デニス。オスカーが失恋した相手って誰なんだ?」

「それは言わない約束だから、教えられないなあ」

「ふーん。じゃあそれ以上は聞かないけどさ」


 一体なにがどうなったのかは分からないが、オスカーは容姿といい仕事といい、同年代の中では抜きん出ているので、プロポーズしたら勝算は高めだと思ったのだが……ま、わたしが考えてもしかたないか!


「くるみボタンですか?」


 昨日の手紙の内容 ―― カリナにドレスを飾るくるみボタンを作ってくれないか? という依頼だった。

 婚礼衣装というのは花嫁の親族女性が作るのが慣わし。べつに全員が全員完璧に作り上げるわけではなく、少し手伝う……というのも多い。


「イヴの婚礼衣装は少しばかり変わっていてな。白く小さいくるみボタンを使用することになったのだ。そのくるみボタンをフロイライン・クローヴィスに作成していただこうと思ってな」

「はい! 喜んで!」


 閣下との結婚式なので家族にドレスを作ってもらうことは出来なかったが、最大限携われるように配慮して下さった。

 ただカリナはドレス用の邸まで出向かず、材料を運んでもらい自宅で作ることに。

 それというのも、仕立て屋の息子である父さんは子供の頃、家業の手伝いでくるみボタンを山ほど作成していたので「くるみボタンの作り方なら教えられます」と ―― 


「姉ちゃん、カリナに任せて! じゃ、行ってきます!」


 帰ってきたらくるみボタン作るの楽しみ! と言いながらカリナはギムナジウムへ。そしてやや二日酔いのデニスだが、


「駅のホームに立てば治るよ! それではリリエンタール閣下、行って参ります」


 この言葉の意味が正しいかどうかは分からないのだが、デニスは仕事が大好きなので、たしかに仕事に行けば二日酔い程度は治る。

 真実好きなのは蒸気機関車であって、仕事ではないのですが。


「楽しい朝食であった、クローヴィス卿」

「喜んでいただけたのでしたら。よろしければ、三日に一度くらいは我が家で朝食はいかがですか? わたしも娘の婿になる人と、ゆっくりと食卓を囲み色々とお話したいこともありますので」


 父さんの誘いに閣下は乗って下さった!

 これで閣下と三日に一回くらいの割合で、一緒に朝食を食べられるよ!


「さてイヴ。昨日通りがかった邸に移動して、ドレス合わせや……グロリアの出迎えなどについて説明したいことがある」

「はい、閣下。父さん、行ってくるね!」


 ちなみに本日は夕食までには帰宅することになっております。どこの子供だ! って感じですが、そこはほら、嫁入り前だから家族との時間を大事に。

 嫁入り前なのに国外作戦部隊の部隊長に立候補しちゃったり、余所の国まで突進して架橋を落としたりと様々なことをしでかし、帰国を遅らせたりしましたが……過去はいいんだ! 未来をだな!


「では行こうか、イヴ」


 家の前に黄金の馬(アハルテケ)が二頭。一頭は横乗り用の鞍が取り付けられているので、そちらの方に腰をかけ ―― 閣下と一緒に邸まで軽く馬を走らせる。

 あ、もちろん後からアイヒベルク閣下とオディロン、そしてベルナルドさんが馬で付いてきているよ。


「楽しいです、閣下」

「そうか。わたしも楽しくて仕方がないよ、イヴ」


 会話をしながら乗馬を楽しんでいたら ―― 昨日閣下に案内してもらった邸の門扉に旗が掲げられ、衛兵が二人立っている。

 昨日まではなかったのだが、今日は大きな旗が右門扉に掲げられている。

 左門扉のほうはポールだけで旗は掲げられていない。

 右門扉の旗の図柄は閣下 ―― 王冠をいだいた双頭の鷲と百合の花。……きっと表札代わりなんだね。

 開いている門を通り過ぎ、玄関前で下馬し、


「さあ、手を」


 先に下馬した閣下が手を差し出してくださった。


「は、はい」


 思わず「大丈夫です!」と口から出かけたが、わたしが平気なことは閣下はご存じなわけで。だが手を差し出して下さっているのだから、ここはごっつい手を不慣れながら閣下の手に乗せるのが礼儀ってもんだ! 覚悟を決めろ! イヴ・クローヴィス!

 ……ふー、馬から降りるのに、めちゃくちゃ緊張した。

 室内に通されたのだが、室内はまあ普通に豪邸でしたよ。完全に九番街に建てるような邸じゃないです。


 邸は二階建てで部屋数は十五室。

 食堂に浴室、洗濯・アイロン部屋、衣装部屋が三つ、化粧部屋、宝飾品部屋、作業部屋、そして残りは全て使用人部屋。部屋には数えなかったけど、キッチンもボイラー室もあり、吹き抜けの玄関ホールにはソファーとグランドピアノが置かれ、応接室をも兼ねている。

 使用人部屋はさほど大きくないのですが、この時代としては珍しく、一室ごとにバスルームがついている特別仕様。

 内装はもちろん一切の妥協がなく、床は全て菱形の黒と白の大理石がはめられ、眩いばかりのシャンデリアが吊るされ、大きな窓には均等なドレープが作られた真紅のビロードカーテン。

 玄関ホールには大きな花瓶があり、赤い薔薇が大量に飾られている……百本、二百本じゃない! もっとあるよ!


「イヴ、休憩は必要か?」

「まさか! わたしが休憩を必要とするのは、この千倍の距離を踏破したときです」


 その前に馬が潰れますが。


「そうか。ではドレスを見に行こう」

「はい!」

「イヴが気に入るデザインに仕上がっていれば良いのだが。ああイヴ、気に入らなかったらすぐに言ってくれ。挙式まで二ヶ月あるので、いくらでも作り直せるからな」

「……はい。気にくわなかったら正直に言いますので!」


 勿体ないとか頭を過ぎるも、閣下はすぐさまわたしの不満っぽいものをくみ取って、手直しを命じられるでしょうから、この場合は正直に答えるのが正解だとおもうの。

 階段を上り左側の大きな部屋は全面鏡張りで、特注のトルソーがウェディングドレスやパーティー用ドレスなどを着用していた。

 トルソーが特注? そりゃそうでしょ! だってわたしサイズのウェディングドレスですよ!

 ウェディングドレスのデザインですが色々と話し合った結果、長袖のマーメイドラインドレスになりました。カリナに作ってもらう、くるみボタンは背中を飾るのだ。

 閣下はソファーに腰を下ろされ、わたしはドレスに近づき確認を。


「妃殿下。わたしの作ったドレス、どうかしら? 気にくわないところがあったら、なんでも言ってちょうだい」


 以前閣下の城で軍服の採寸をしてくれた、オネエ言葉のデザイナーが、微妙に科を作りながら聞いてくる。


「…………」


 ウェディングドレスの出来は素晴らしいと思います。サイズはともかく、シルクとレースのマーメイドラインのドレスは見事なものです、サイズはともかく、サイズはともかく……。他人ごとのように言わせていただくが、ドレスでけぇ!

 マーメイドラインの特徴でもある膝からの広がり。

 ここに刺繍が施され、キラキラしたヤツが縫い付けられたレース製のトレーンがついているのですが、これが長い! えっとね……多分七メートル以上ある。いやわたしの目測が正しければ九メートルだ。


「トレーンが九メートル近くあるように見えるのですが」


 わたしの目測が間違いであって欲しいと思ったのですが、


「さすが妃殿下。ええ、九メートルでございますわ。大聖堂(カテドラル)に相応しい長さが必要だと思いまして、九メートルにいたしましたわ。ほら、こちらの大聖堂(カテドラル)は奥行きが55mでございましょう? となればトレーンとベールは十メートル近くあったほうが栄えますわ。普通の小娘なら負けてしまいますが、妃殿下の教官であらせられたヴェルナー大佐が、妃殿下は八十kg迄の負荷なら全く問題なく動けると太鼓判を押されたので、絶対に着こなせますわ」


 やっぱ九メートルあった。わたしの目測能力、凄いわー!

 そしてヴェルナー大佐……教官時代、そして副官時代、我々に一三○kgの重りを付けてトレーニングさせながら「動きが遅ぇ! 弛んでる!」と怒鳴り蹴ってきた鬼教官にしてレンジャー部隊隊長が五○kgもおまけしてくれるとは……。ご厚意、ありがとうございます。でもできたら活動可能重量を五○kgくらいにして欲しかったです。

 そしてわたし大聖堂(カテドラル)で式を挙げるんだったー。忘れてはおりませんが、大聖堂(カテドラル)の規模を失念しておりました。

 大聖堂(カテドラル)は奥行きはたしかに五十五メートルで通路幅は七.八メートル。国葬の時、柩を担ぎ馬車に乗せるのも我々職業軍人の仕事なので、その辺りの数値は覚えている。

 たしかにその通路で式を挙げるとなると、この位あったほうが見栄えがいいのかもしれない。


「このトレーンのセンターの刺繍は、妃殿下の継母(おかあ)さまがしてくださったのよ」


 継母(かあさん)ありがとう。刺繍も立派だし……随所に縫い付けられている真珠と思しき丸いヤツと、結構なサイズの透明な石はなんなんだろう?


「トレーンには一万個の真珠と二万個のダイヤモンドを縫い付けたのよ。もちろんどちらも、等級は最上級。ダイヤモンドは四カラットから八十八カラットまでを考えて配置、真珠は全て真円で直径一センチメートルでもちろん傷なし。本来ならドレスを飾るような品じゃないけど、妃殿下のドレスには最上級以外は許されないから、仕方ないわよね」


 聞いちゃいけないような、聞かなくてはいけないような。


「妃殿下ご自身はもっとシンプルな方がお好きでしょうけど、あいつら(・・・・)は宝石とかトレーンの長さとかでしか、愛情を計れないから。リリエンタール閣下の愛情を一身に受けているのを表現するためにも、豪勢にいかなくちゃね」


 「あいつら」が誰かは知らないような知りたくないような……ですが、そういう考え方をするのですね。面倒くさいやつらだな、なんて思いませんよ! 思ってませんよ!


「フリオ」


 ソファーに腰を下ろし足を組み、指を組んでいた閣下が、唐突に口を開かれた。


「なにかしら、リリエンタール閣下」

「わたしのイヴへの愛情が、たかが九メートルのトレーンと一万の真珠、二万のダイヤで収まると思うのか?」

「まさか。最低限よ、最低限。リリエンタール閣下の愛情を表現したら、こちらの大聖堂(カテドラル)の通路すら埋まっちゃうじゃない」

「理解しているのならば良い。イヴ、気に食わぬのであれば作り直させるぞ。あいつらがどう思うかなどは気にせぬ」

「駄目よ。庶民の嫁に金をかけなかったって取られるに決まってるでしょ! あいつらは、そういう風にしか取りません。そして調子に乗って妃殿下に自分たちのほうが高貴だとか、格調高いだとか見せびらかしてくるのよ」

「はぁ、下らぬ」


 閣下の「はぁ」がもの凄く……この上ないほど、あきれているのが分かる溜息だった。

 わたしも本当に下らないと思う。だって「あいつら」ってどこかの王族とか皇族でしょ? わざわざ見せびらかしに来なくても、わたしより高貴なのも格が高いのも存じておりますが? あれ、もしかして、そんなことも分からない庶民だと思われるの? それは嫌だなー。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ