【258】少佐、隊長の職務を優先する
「ベルさん、ご無事で」
「ご心配をおかけいたしました、カリナさま」
カリナはベルナルドさんとお話に行き、
「前後のシリンダーを高低圧とする複式ですが……」
「現在大型ボイラーと可撓継手蒸気管の改良を行っている。この完成により前後シリンダーともに高圧とする強力な単式が主流になることであろう」
デニスと閣下が謎言語でお話をしている。
蒸気機関車の話なのは分かるんですけどね。というか、さすが閣下、知識量でデニスに全く負けてない。
「おい、クローヴィス」
わたしはキース中将に呼ばれ、隊員たちに婚約指輪が嵌まった手を見せて詫びた。
「本当はもっと早くに全員に教えたかったのだが、色々と事情があってな」
本当に心苦しかったわー。
「事情はお聞きしました。遅くなりましたが、隊長、ご婚約おめでとうございます。隊長を射止めるのは並の男では無理と隊員たちと酒の席で話題にさせてもらっておりましたが、さすが隊長、わたしたちなどが想像も付かない男性を射止められましたな」
キース中将からネクルチェンコ中尉と十名は、わたしの護衛として配属されていたことなどを聞かされたバウマン中尉が顔一杯の笑顔で告げてきた。
「ありがとう、バウマン。大聖堂に全員招待は無理だが、式後のパーティーには隊員全員招待するから、思う存分飲み食いしろよ」
「この二百人、全員をですか」
「ああ。当日は中央公園を貸し切りにして、パーティーを開くそうだ」
「隊長、開くそうだって……」
そこを突っ込むな、ヘル中尉!
結婚式とそれに続くパーティーの準備を閣下にお任せ! 状態だからさ。いや携わりたいなと思っていたのですが、仕事が忙しくてさ。わたしの能力では隊長と国外任務の兼任が精一杯。
「クローヴィスは忙しかったからな」
キース中将がフォローしてくれましたが、忙しさなら閣下のほうが上ですよね。
戦争を終わらせて領土をもぎ取って、なおこうして会いに来てくださるという……閣下が超人と言われるわけです。
「だがこれから式までは代休だ。リリエンタール閣下とゆっくりと話し合え」
二ヶ月も国外任務に従事しておりましたので、代休の数がエライことに ――
「はい」
「もっとも全部終わっているだろうがな」
「……」
わたしもそんな気はいたします。
その後、隊員たちから祝福の言葉をもらったのだが、
「小隊長は後日で。いまはそっとしておいてください」
ユルハイネンの副官が、祝いの言葉とともに、小声で頼み込んできた。わたしとしては、ユルハイネンから祝福をもらおうが、もらうまいが構わないので……きっと通常では失礼にあたることを言い出しそうだから、副官が止めたんだな!
いままで散々、男女だとか男にしか見えないと言ってきたユルハイネンが、ここでもそういう事実を言ってしまうと、閣下のお怒りを買いかねないと副官が判断したに違いない。
ユルハイネンはあれで隊員には尊敬されてるからなー。わたしが選んだ副官は正解だったな!
「分かった。わたしは気にはしていないから、お前も気にするな」
細かいことに気が付くタイプだから、気にしそうだが、大丈夫だぞ! と笑顔で答えたら、
「それはそれで……隊長らしいのですが、さすがに……」
ユルハイネンの副官は複雑な表情を浮かべたのだが、どうした?
「クローヴィス少佐」
「ラハテーンマキ少尉」
隊員たちとの話を終えるのをまっていたかのように、サンドラが駆け寄ってきた。キース中将大好き同期なので、さっとキース中将の前に立ちはだかった。たとえ同期であろうとも、キース中将に近づけることはできない!
などと思っていたら、
「クローヴィス少佐、ご婚約おめでとうございます。あの、同期のよしみで婚約指輪見せていただけますか」
「……普通でいいよ、サンドラ。そしてありがとう」
わたしの婚約指輪のほうにきた。
サンドラはわたしの手をつかみ、婚約指輪を眺める。
「イヴ、これ大きいけど本物よね」
「多分本物だと思うよ」
「そうよね。天下のリリエンタール閣下が膝を折ってはめる指輪を飾る石が、偽物ってことはないわよね」
閣下に偽物のダイヤモンドの指輪を売りつける無謀な人間っていないと思うよ。
「まあな。ダイヤモンドらしいよ」
”らしいって……”という顔をするなヘル中尉!
わたしは宝石の見分けが付かんのだ! 透明だからダイヤモンドくらいしか分からんのだ! わたしは庶民なんだから。
「これって何カラットなの? イヴ」
「8.8カラット」
隊員の女性親族が息を飲んだ。
「8.8カラットのダイヤモンド。きっと最高級グレードなのよね」
「たぶん」
「多分って、イヴ、あなたねえ」
「ほら、聞いても分かんないし……」
「そうね。わたしも実際のところ、詳しいこと分かんないし」
サンドラはうんうんと一人で納得し頷いていた。
「だろー。庶民なんだから仕方ない」
庶民でも宝石商なら別だろうが、わたしたちは軍人だ、銃器や爆発物に対しての知識は必要だが、ダイヤモンドは分からなくても問題はない。
「パーティーに招待してくれるの?!」
「うん。同期は全員呼ぶつもり」
中央公園という我が国でもっとも大きな公園を貸し切りにしますので、隊員二百名に同期四十名を追加したところで何ら問題はない。ここに各国要人と護衛がぞろぞろ……でも中央公園を貸し切るほどではないのだが、そこは閣下「広々としていた方がよかろう」と。
雨が降った場合は、閣下がお持ちのお城に変更になります。
閣下の手配に抜かりはない。
「楽しみにしてるわ」
そう言ってもらえると嬉しいよ。
「リリエンタール伯爵閣下。ストラレブスキーかどうか、確認していただけませんでしょうか?」
そうこうしていると、わたしたちが乗ってきた車両に乗り込んできたエサイアスが、イワンを連れて降りてきた。
エサイアスは部下と共にイワンの身体検査などを行っていたのだ。
これからイワンはキース中将が乗ってきた車両に移され、首都へと移送される。その後どうなるのかは知らないけどな!
「ああ。構わぬぞ。連れて来るがいい」
兵士に挟まれて駅のホームに連れ出されたイワンを、閣下は一瞥して、
「イワン・イーゴレヴィチ・ストラレブスキーで間違いない」
イワンだとお墨付きを下さったのだが、声が恐かったよ! あたりが静まり返るレベル。閣下の喋りかたって、たまに怒気とか殺気とかそういう感情が一切存在しない威圧感があるのだ。
「……」
クロムウェルのガス坊ちゃんと互角張るくらいに煩かったイワンですが、閣下の一瞥に怯えてなにも言い返すことができなかった。
ちっちぇ男だなあ、イワン! でけぇのは身長だけだな! もちろんわたし以下だけど!
「ウルライヒ。それを移動させ見張っていろ」
「御意」
縛られて上手く歩けないイワンの腕を掴むと、身を捩って暴れ出した。
素直に運ばれろ、イワン。
{このわたしを平民の罪人のように縛り上げるとは!}
閣下に対してはなにも言えなかったくせに! 相手が閣下でなくなったら途端に威張るとか、情けない貴族の典型だな!
「ウルライヒ。縄を解いてやれ」
「……はい!」
キース中将がそれはそれは儚い笑みを浮かべ、エサイアスにイワンを拘束している縄を解くよう指示したのですが、その笑みは……。
エサイアスは縄を切って、イワンのベルトをしっかりと掴む。
イワン、逃げようったって無駄だからな。
{貴様の部下は貴人をなんと心得る}
貴様の部下がわたしなのは分かるが、貴人って誰のことだ? え、もしかしてイワンのこと? 自分で自分のこと貴人って言っちゃうの。
{俺の部下は、俺と違って優しいんだよ}
キース中将は素早くイワンの懐へ踏み込み、左の二の腕を掴みぐるりと回しひねり上げるようにしてから、力任せに外側に倒す。
{うぎゃああああ!}
肩の腱、いったな……あれ。
復調したばかりで顔色のよくないリースフェルトさんは、自分の弱いほうの肩に手を乗せ「うわあああ」って顔してる。
痛みに膝を折ったイワンだが、キース中将は容赦せず右腕の肩の腱をも始末してしまった。両肩が完全に外れたらしく、だらーんとしてるよ!
涙と鼻水と涎でイワンの顔が酷いことになっています……四十も半ばを過ぎてあの顔は哀れだ。
{俺の部下は優しいから縄で動きを封じるが、俺は優しくないんでな。とくにルース貴族に対する慈悲はねえ……「ウルライヒ、連れていけ。ああ、拘束も治療もしなくていい」
「御意」
貴人だから縄で拘束するなという意見に対し、肩を外して腱もぶちぶちにしてしまうとか……強い! 儚さなんて欠片もねえ強さだ! っていうかイワン、お前と同年代のロスカネフ人って、お前のようなルース貴族大嫌いなの知らなかったの?
イワンはさくっと退場し ―― わたしたちは首都に戻ることになった。
「今日の隊長代理は?」
「ユルハイネン中尉です」
「そうか。ユルハイネン、ご苦労。わたしが本来の職務に戻る。お前は下に付け」
軍帽を被り直し、親衛隊隊長としての職務に就く。
「作戦部隊はここで解散だぞ」
部下たちは家族たちが乗ってきた車両で、そのまま首都へと直行するのですが、
「部下はそれでよろしいのですが、部隊長であった小官はキース閣下にご報告いたしたいことがありますので。忙しい総司令官閣下のお時間を改めていただくわけにはいきませんので、帰りの車中で報告を」
わたしは隊長ですし、残り少ない隊長職をまっとうしたいのですよ!
「隊長、小官たちも」
ネクルチェンコ中尉が自分も……と言ってきたが、
「お前たちは家族とともに帰れ」
良いから帰って家族たちと過ごせよ。
わたしも首都に戻ったら、家族と過ごすからさ!
「……分かりました。では共に帰途に就けぬのでしたら、ここで隊長とリリエンタール伯爵閣下に皆でお礼を申し上げたいのですが、よろしいでしょうか?」
お礼? もしかしてマーリニキー・ボンバ作戦阻止の? いや、そんなに恩に着なくていいのだが……そうは思ったが、わたしの隣に閣下がお出でになり、
「イヴよ。こういうのは、受けてやるのが指揮官の仕事だ」
わたしの腰に軽く腕を回された!
あまりに自然すぎるし、堂々としているので、さくっと受け入れてしまう!
もちろん閣下以外の野郎でしたら、脇腹に肘を入れてから人中に膝をぶち込むけどね!
「わかりました」
わたしは閣下と共に、ネクルチェンコ隊全員とその家族から感謝……なのかな? 彼らの気持ちを受け取る。
「隊長、リリエンタール伯爵閣下、ありがとうございました」
そして彼らは蒸気機関車に乗り込んでいった。
「姉ちゃんは、総司令官閣下の蒸気機関車に乗るのかあ」
「帰りがてらに、色々と報告したいからさ」
「お仕事だもんね、仕方ない。テンション高い兄ちゃんのことは、カリナが世話するね」
「……ご、ごめん、カリナ」
それに関しては本当に謝るわ。
国外任務についた隊員とその家族が乗った蒸気機関車が首都へと出発した。
「駅に迎えにいくからな、イヴ」
それを見送ってから、専用車両でお越しになっていた閣下と少しお話を。
「はい。色々とお話したいこと、そして閣下にお尋ねしたいことがたくさんあるので」
「うん、わたしもだ。時間はたっぷりあるから、たくさん話そう」
閣下に抱きつき、互いに頬にキスをしてから、手を振って別れた。
隊員の前なので恥ずかしいが、したかったんだからしょうがない!
「お前は本当に真面目だな、クローヴィス」
閣下を見送ったあと、腕を組んだキース中将が本当に呆れた……といった感じでそう言うのですが、真面目良いじゃないですか!




