【252】少佐、一人で停める
クロムウェル公爵がノブレス・オブリージュだと息巻いていると、リドホルム男爵とロドリックさんが戻って来た。
この二人は首都の不審者について聞き込みに出ていたのです ―― リドホルム男爵は首都に放っている我が国の諜報員と会い、ロドリックさんは教会に出向き話を聞いてきた。
そこからもたらされた情報から、マーリニキー・ボンバ計画の実行部隊は一〇〇から一二〇名ほど。
部隊を率いているのは大尉だが、
【ルカ・セロフ中佐がいる模様です】
リドホルム男爵はとある中佐の名を告げた。
【ルカ坊やがいるのか】
フォルクヴァルツ閣下はそう言うと、わたしを見上げウィンクをしてきた。
きっとウィンク……このウィンクはきっと、なにかの合図なのだと思いますが、ちょっと意味がわからない。
少し注意深く、表情も変えないようにしよう。
【ルカ坊やを仕留められたら楽になるが、とりあえずお前たち、ルカ坊やを捕らえようとはするな。こいつは国家保安省が皇帝の為に作った狗と呼ばれる存在で、最後の皇太子が選んだ狗だ。頭も体も悪魔のように切れる男だ】
上級大将閣下がそのように語られたのだが、閣下が選んだ狗はレオニードなのでは?
御本人がレオニードだって仰ってましたし、レオニード本人も……。閣下が会議の場で嘘をつくとは思えないし、レオニードだってわたしに嘘をつく必要はない。狗はたくさんいるの? ……いや、複数いるのならフォルクヴァルツ閣下はこちらに合図を送ってきたりはしない。やはり一人で正式なのはレオニード。
もしかして? 「自称:閣下に選ばれた狗」ってことですか。
ツェツィーリア・マチュヒナと同じく、狗候補になったけど選ばれなかった的なやつ? そう言えばヒロイン二名はどうなっているのだろう?
モブって本当、主要人物と絡めなくて辛いわー。絡みたいわけじゃないけど。
{それは聞いたことがある。帝政時代、宮殿につれて行かれツェサレーヴィチ・アントンに選ばれたと}
【らしいな。とにかくルカ坊やには近づくな……まあこちらが近づかなくても、向こうから近づいてくる可能性もあるから、あとで人相書きを渡す。注意しろ】
部隊長より厄介な人間がいることを知らされてから作戦を説明する。
ちなみに作戦はわたしが立てた。
普通参謀が作戦を立ててくれるのでは? と思うのですが「立案の好機だ、好きにやれ。駄目なところはアドバイスしてやる」と ――
というわけでわたし立案のため、車両を架橋ごと川に沈めるという、驚愕のシンプルさ。
ダイナマイトは水濡れ厳禁ですので、沈めたら終わり。幸い今は四月で、この辺りは雪解けの季節。山の雪が解け川の水量が増している ―― 我が国の雪解けは五月ですけどね! 北国の春は五月なんです。
そんなことはどうでもいいとして、マーリニキー・ボンバ部隊だって、ダイナマイトが水濡れしたらマズイことは知っているし、バレたら川に沈められるくらいのことは想定しているので、当然できるだけ渡河しないルートを選ぶし、どうしても渡らなくてはならない場合は、短い架橋を選ぶ。
ちなみにこの制約があり通常のダイヤグラム内で運行させる縛りがあるため、この場にいる人間ダイヤグラムたちは、マーリニキー・ボンバ計画のルートや時間などを容易に割り出してくる。デニスを含めて、本当に凄い才能だよ。
その結果、二路線は渡河しないルートを組めるが、どうしても一路線だけは渡河しなくてはならない。ただ警戒しているので川幅の狭い、短い橋を選んでくる ――
【リリエンタール王は策謀で共産連邦の時刻表すら変えてしまうからな】
【ヴュルテンベルク大公は何処を走らせてくるか分からないけど】
「常人にはあんな緻密な作戦は無理だよ」
【俺たちも時刻表が変わっていっていることにすら、気付かないはず】
「気付いた時には爆破が終わっているのが鉄道の貴公子」
【そう、それが鉄道の貴公子】
閣下の場合、在来線の時刻を少しずつずらしたり、土砂崩れを発生させたり、全く違う場所で戦争を起こしたりなどして ―― その時間に作戦行動蒸気機関車が走っていてもおかしくないようにしてしまうらしい。
【あんな芸当ができるのは、アントンだけだ】
上級大将閣下も顎を撫でながらしみじみと仰った。
閣下のような神業をなし得る人物は共産連邦にはいないらしく、通常ルートをこじ開けてくる。
そこで二路線に関しては、彼らのルートを無理矢理変更し架橋を走らせ、その架橋を爆破し車両を川にたたき込む。
架橋を落とす爆弾は上級大将閣下がすぐに用意して下さった……装甲武装蒸気機関車に積んでいたらしい。三箇所の架橋を落とせるほどの爆弾持ち歩いているとか、用意万端すぎませんかね? まあ他の国の装備をとやかく言う立場でもないので、特には触れませんが。
川を行き交う船はフォルクヴァルツ閣下の部隊が止める。
上級大将閣下の部下は爆弾を仕掛け、タイミングを見計らい爆破する手はずだ。また線路の切り替えをするのもアディフィン軍。
敵がどこに潜んでいるか分からないので、かなり神経を張り詰めることになる。
ルカ・セロフ中佐とかいう危険な奴もいるしね。
どんな奴か知らないけど。
そして危険な作戦行動を行うのが、わたしたちロスカネフ軍と共産連邦のカガロフスキー部隊。
我々は奴らがダイナマイトを運んでいる車両に乗り込み、機関室を奪い架橋へと蒸気機関車を走らせ、架橋のど真ん中で停車させてから、走って架橋から逃げるというもの。
我々やカガロフスキー部隊はアブスブルゴルの公用語を一つも使えないし、見た目が完全にルース人(ネクルチェンコ隊は亡命ルース人とその子孫で構成されている)それも厳つい集団なのでアブスブルゴルの地に馴染まない。
異国の軍人っぽいのが橋のたもとでごちゃごちゃしてたら、変に思われてしまうので、爆破担当は不可、言葉が不自由なので避難誘導もできない。
なのでダイナマイトが積まれている車両に乗り込んで、操作レバーを奪う役割を担う。
命令系統が混乱するのは避けたいので、カガロフスキー部隊、わたしの部隊と分ける。
{我が部隊に、操縦できる者はわたししかいない}
カガロフスキー部隊で蒸気機関車を停車させられるのは、カガロフスキーのみ。だがカガロフスキーはハクスリーさんと一緒に内務大臣の所に行き、人質よろしくその場にいなくてはならない。
となると……一人手を上げた。
「わたしが行きます」
「ジーク……」
リースフェルトさんだった。
「わたしはルース語も堪能ですし、蒸気機関車を停車させることもできます」
リースフェルトさんが蒸気機関車を操縦できることは知らなかったが、できるのだとしたら適任だ。だけど、カガロフスキーがいない間、隊を預かる責任者になるっぽい男とリースフェルトさんが微妙なのだ。
その微妙な蟠りっぽいものがなければ、わたしも……。
そう思っていたら、リースフェルトさんに耳打ちされた。
「少佐が心配していることは分かります。わたしとバルツァーレクの関係を心配しているのでしょう? ご安心下さい。バルツァーレクも馬鹿ではありませんので」
そうか、リースフェルトさんと蟠りを抱えているのはバルツァーレクって名前なのか。
……当人の申告を信じていいのかどうか。
無理をしているという可能性もあるしなどと思っていたら、金髪碧眼の蟠っている相手バルツァーレクと目が合い、向こうが軽く会釈をしてきた。
あ、二人とも蟠りが周囲にバレてるって知って尚、そのままの態度だったのね。
でも仕事はきっちりすると。分かりま……
[オディロン、カガロフスキー隊と行動を共にする伯爵を護衛しろ]
上級大将閣下がカガロフスキー隊に爆弾を放り込んだ! 神を破棄した共産連邦軍に神の兵士を放り込むとか悪魔の所行!
[伯爵以外は守らなくてよいと言うことかな?]
唐突に古帝国語で上級大将に話し掛けられたオディロンは、少し考えてからそう聞き返した。
[ああ。伯爵を守れ。万が一、カガロフスキー隊が全滅したら、お前がマーリニキー・ボンバ実行部隊を倒せ]
古帝国語を理解しているらしいバルツァーレクが気色ばんだが、同じく理解しているらしいカガロフスキーが胸元を手で押して「冷静になれ」と呟く。そんなやり取りがあっても、二人とも我関せず。この度胸、見習いたいものです。
[わたしがマーリニキー・ボンバ実行部隊を倒すという選択肢はないのか]
[それはない]
二人は少しばかり睨みあい ――
[了解した]
オディロンが十字を切って、上級大将閣下の提案を全て受け入れた。
【クローヴィス少佐。作戦そのものはいいが、配置人員数が間違っていないか? これでは二路線しか停止させることができないぞ】
一路線に一部隊を丸々ぶつけると説明したので、上級大将閣下から当然の指摘をされた。
ですが、これでいいのです上級大将閣下。
「通常ルートで渡河する路線は、小官が一人で強制停車させます」
【お前が一人でか? クローヴィス少佐】
「はい」
室内がざわざわし出したが、停める算段はあるのだよ!
【わたしには全く策が思い浮かばないが、どうやって一人で停めるつもりなのだ?】
上級大将閣下は広げられている地図の、狙う架橋を人差し指でこつこつと叩きながら説明を求めてきた。
「炭水車の側面を、撃って吹き飛ばし、水を失わせます」
蒸気機関車というのは、ニュースなどで取り上げられると石炭をくべるシーンが多いが、蒸気機関車ですので蒸気も重要。その蒸気は石炭の熱と水によって作られる ―― すなわち蒸気機関車には大量の水が積み込まれており、水が尽きたら蒸気が発生しないので蒸気機関車は停車する。
【タイミングを見計らって、炭水車を攻撃するということか?】
「そうです」
【大砲ではタイミングを合わせるのは難しいぞ】
「いいえ、狙撃銃で破壊いたします」
わたしは砲撃手ではないので大砲を上手く操る自信はありません。
砲撃場所を間違って、蒸気機関車が脱線でもしたらマーリニキー・ボンバ実行部隊が、その場でダイナマイトに火を付ける可能性もあるので、大砲の使用はしません。
【お前は狙撃の名手だから分かるだろうが、ライフルでは炭水車を破壊することはできないぞ】
あんな鉄の塊、ライフルで撃ったところで貫通するくらい……貫通させて水を少しずつ失わせるというのも手段の一つかもしれませんが、それでは丁度良く停車させることはできない。
「炭水車の側面にダイナマイトを仕込み、雷管を小官が撃ち抜き点火します」
元の世界はどうかは知らないが、この世界ではダイナマイトの雷管をライフルで撃っても爆発します。士官学校時代に経験済みです!
ダイナマイト一本を油紙で包んでから、油粘土で固めて水濡れ対策を施し、炭水車の側面に複数括り付ける。それを撃ってわたしが爆破させるのです。
【走っている蒸気機関車に括られている、粘土で見えもしないダイナマイトの雷管を撃ち抜くと? それも複数個をか?】
「はい。通過側の架橋爆破担当者に被害が及ぶことはございません」
【車両を完全に架橋の上に停車させる自信があるのか?】
「あります。もっとも撃つタイミングは、これからヤンソン・クローヴィスと共に現場へと出向き、教えてもらう必要がありますが」
どこら辺で側面を爆破して水を失わせれば、蒸気機関車の運動エネルギーが対岸ギリギリで尽きるか? そこはデニスに導き出してもらうしかないわけです。わたしができるのは、撃つだけ! でも撃つだけですので一人で大丈夫というわけです。




