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【024】少尉、悪役令嬢とお茶をする

 翌日、わたしは悪役令嬢シーグリッドと再会を果たした。

 ちなみに今日は出勤しなくていいそうです。というか緊急事態ということで、わたしは閣下の邸に詰めることに。

 所属は室長補佐主任のままらしいが。

 手入れされていない縦ロールが萎び、だらしなく伸びてしまったシーグリッド。

 腕ねじり上げて御免ね。でもあの時は、幹部徽章があなたの所有物だと思ったから。軍人としての仕事をしたまででね……。もちろん謝れませんよ、だって邸内の至るところに、おかしな気配があるから。

 わたしとシーグリッドの会話を聞き逃すまいと、なにかがもっさもっさと配置されてる。


「少尉! あなたなの? わたくしを、あの牢獄から助け出して、こんな素敵なお城に招いてくださったのは」


 素敵なお城なのは同意いたしますが、牢獄から助け出したわけではございません。


「ヴァン・モーデュソンにお伺いしたいことがありましたので」

「このお城は、誰の? 少尉の?」


 わたし庶民だから。


「ここはリリエンタール閣下のお宅です」

「まあ! リリエンタールさまのお城ですの!」


 悪役令嬢のテンション、うなぎのぼりです。


「ヴァン・モーデュソン。よろしいでしょうか」

「あらご免なさい。わたくし、興奮してしまって」


 わたしはちょっと驚きましたね。裕福で伝統ある家柄の貴族令嬢が、貴族のお屋敷見て、こんなにテンション上げるとか想像してなかった。


「ヴァン・モーデュソン。この写真を見ていただきたい」


 今日のわたしは軍服ではなくジュストコール。しっかりとクラヴァットも装備。

 話を聞いている場所は、広々としたホールを見下ろせる、階段を昇ってすぐのところ。

 部屋で聞いても良かったんだが、気軽な感じのほうが、悪役令嬢(シーグリッド)も緊張しなくていいだろうからね。

 セシリアの写真を受け取ったシーグリッド。


「知ってるわ。寮に忍び込んだ変な女よ」


 さすが悪役令嬢(シーグリッド)。ヒロインの周辺を探りまくり、人知れず階段から突き落とす好機を得て、それを行動に移せるあなたは、たしかに悪役令嬢。

 悪役令嬢賛美はこのくらいにして、詳しく聞いてみよう。


「寮に忍び込んだ?」

「そうよ。寮の共用浴室の脱衣所で、蛇腹カメラを構えていた変な女よ!」


 盗撮犯かよ、セシリア。

 それも少女の裸を撮影しようとする、最低最悪の盗撮犯かよ。

 でも、そんなことをしていたら、衛兵に突き出されて記録に残るよなあ。だが記録はないらしい。


「ヴァン・モーデュソン。この女を見つけたあなたは、どうなさいました?」

「…………」


 口を噤んだ。

 あ、これ、報告しなかったやつだ。

 不審者を報告しなかったということは、セシリアが撮影しようとしていたのはイーナ。

 分かりやすい図式でいいですね。


「大丈夫、不審者を報告しなかったことは、あなたの罪じゃありません。侵入者を許してしまった警備が悪いのです」


 尤も、要人警護も担当するわたしからしてみれば、悪役令嬢(シーグリッド)の罪を問う以前の問題だ。警護対象である学生と不審者が接触してるんだから、警備担当者には停職級の処罰が下される。


「ヴァン・モーデュソン。お茶とお菓子を楽しみながら、お話しましょう」


 憲兵の取り調べで萎縮しきった悪役令嬢(シーグリッド)の心を解すためには、お菓子くらいは必要だろうと。

 本当は買ってくるつもりだったのだが、閣下がベルを鳴らして「ベルナルド、アフタヌーンティーの用意を。ただし開始時間は10:30」と――

 十時に邸につれてこられた悪役令嬢(シーグリッド)と少し話をして、庭が見える部屋へ案内すると、本当にお茶会の用意が整っていた。

 お茶を淹れてくれたメイドが下がり、紅茶を飲みスモークサーモンときゅうりのサンドイッチをつまむ。


「わたくし、たしかにあのこと、報告しなかったわ」


 悪役令嬢(シーグリッド)が唐突に語り出した。


「報告しなかった理由がおありなのでしょう? ヴァン・モーデュソン」

「……」

「小官は咎めたり、諫めたりはいたしませんよ。事実を語って下さればいいのです。あなたの感情が含まれていても、それは問題ありません」


 二個目のサンドイッチを食べながら、悪役令嬢(シーグリッド)に何でもいいから教えてと頼む。

 我が国で、学習院内のイーナ・ヴァン・フロゲッセルにもっとも詳しいのはあなた。あなたが最後の頼みの綱なのです悪役令嬢(シーグリッド)


「少尉は平民?」

「はい、平民です」

「ということは、王立学習院の寮についてはご存じなくて?」


 萎びちゃった縦ロールを腕で払いのけ、若干獅子舞みたいに頭を振る悪役令嬢(シーグリッド)


「小官が知っているのは、貴族のみの学院であり、全寮制であること。入学年齢は十五歳、在学期間は三年。留年不可ということのみです」


 貴族じゃないから王立学習院とか、関係なさ過ぎて。


「そう。では寮での入浴について教えて差し上げますわ」


 どうもー。


「寮での入浴は、寮付きのメイドを雇い用意させ、体を洗わせるのが普通ね。でも貧乏な貴族は、メイドの手を借りず共用浴室で入浴を済ませるのよ。イーナは貧乏だから、いつも共用浴室で入浴を済ませていたわ」


 貧乏……フロゲッセル男爵邸の外観からしても、おかしくはない。メイドを雇うのに、どれだけ金が掛かるのかは知らない。


「メイドを雇うのに、幾ら掛かるのですか?」

「知らないわ」


 それもそうか。在学中にかかる経費なんて、裕福な学生にとって気にするようなものじゃないもんな。


「失礼しました。お話を続けてください」

「共用浴室を使うのはイーナだけなのよ。だからわたくし…………」


 口ごもった悪役令嬢(シーグリッド)

 そうだよね、悪事を告白するのは難しいよね。

 急かさないから、待ってるから。スコーンをぱかっと割って、クロテッドクリームをたっぷりと塗ってジャムを乗せ味わう。


「……だから、だから……だからわたくし、イーナが入浴しているのを見計らって、いつも身につけている、大事なものを盗むことにしたの!」


 さすが悪役令嬢(シーグリッド)。ヒロインの行動パターンを網羅していらっしゃる。


「それで盗むために頃合いを見計らって脱衣所に行ったら、その写真の女がいたのよ」


 セシリアもイーナの行動パターンを調査した……のか?

 同じ寮で生活している悪役令嬢(シーグリッド)なら情報を得るのは容易いだろうが、部外者のセシリアはどうやって、入浴時刻を探ったんだ。

 まさか情報を受け渡しながら「何時にお風呂入ってるの?」と聞いたとか? 不自然だろう。不自然極まりないわ。


「最初は誰かしらと思ったのだけれど、よくよく顔を見たら知らない女で驚いたわ」

「最初は分からなかったのですか?」

「ええ。この女、制服着てたのよ!」


 アラサー女記者(故人)、体張ってたんだな。

 三十二歳で十代少女用の制服着て侵入とか、体張りすぎだろ!


「制服を着ていても、歩き回ればバレますよね」

「それはそうよ。おかしかったもの」


 三十代が高校生の制服着てるの街中で見かけたら、視線背けるわな。


「ということは、この女は制服を着て忍び込み、一路寮の共同浴室を目指し、脱衣所に潜んだということになるのでしょうか」

「そうだと思うわ」


 うん、これは情報提供者がいたな。提供している人に自覚があるかどうかは分からないが。セシリアも記者だ、うまく情報を聞き出したのだろう。


 二杯目の紅茶を飲み、皿に残っていた菓子類をわたしがお腹の中に片付け――悪役令嬢(シーグリッド)に「よく入るわね」と言われたが、わたしの体の大きさを見て言っていただきたい。


「少尉は本当に女なのよね」

「はい」

「ジュストコール似合ってるわね。少尉ほど似合っている人、見たことないわ」


 お褒めに与っているのか、上げた感じで落とされているのか、よく分からない。

 ジュストコールが違和感なく似合ってる女って、駄目だからね。男装していると分かるくらいじゃないとおかしいから。わたしには男装している雰囲気なんてないけど。


「似合う服が少ないので、そう言っていただけると嬉しいですね」


 女性用デザインは似合わないんだ。壊滅的なまでに。もっとも市販の婦人服は、入らないけどね。


「……」


 おや? 悪役令嬢(シーグリッド)が固まってる。

 なんだ?


「ヴァン・モーデュソン?」

「少尉! 違和感の正体が分かったわ! あの女、この女と同じだったのよ!」


 悪役令嬢(シーグリッド)に、いきなり何かが降りてきたらしい。

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