【237】少佐、全く分からない状況に置かれる
ただいまキース中将は所用……トイレいってるんだー。
わたしは前線でも、このピエスカニャーニでもトイレについて行くことは許されておりません。キース中将「俺が嫌だ」と言い張って、隊員たちも「閣下の意見はごもっともです」と援護するので ―― 前線にいるときくらいわたしを伴ってくださっても、よろしいじゃないですか。
ちなみにわたしは、いつも通り絶対副官を伴ってトイレにいけと厳命されております。
本日はリースフェルトさんがいないので、事情を知っているヘル中尉がわたしの副官の代わりを務めてくれているので……トイレはともかく、取り次ぎなどをしてくれているのだ。
「ヤンソン・クローヴィスはなんと言っているのだ?」
デニスはピエスカニャーニの司令部や前線基地でわたしに話し掛けてくることはない。「だって戦争については、なにも分からないから」と ―― そのデニスがわざわざ取り次ぎを依頼するということは、蒸気機関車絡みでなにか重大なことが起こったのだろうが……。
「首都で大事が起こっていると申しております」
「大事なあ……無線技士を連れてきたということは、首都からなんらかの連絡が入ったのか?」
「それが無線技士によると、隊長の妹君が中央駅から無線でヤンソン・クローヴィス少尉に話し掛けていただけと証言しております」
「駅の無線室からか。無線技士には聞き分けられなかった何かを聞き分けた可能性もあるな。話を聞いてみよう」
他の場所からの無線ならともかく、中央駅の無線室となれば、あのデニスのことだ、なにか特殊なものを拾ったとも限らない。更に言うなら相手はカリナだ ――
ヘル中尉と親衛隊員に連れられやってきたデニスと無線技士二名。
「少佐。大変です。何者かが蒸気機関車を無断で動かしました!」
デニスはわたしの顔をみるや、唐突にそう告げてきた。
無線を受けて判断したということは、汽笛の音が聞こえたのか。汽笛で蒸気機関車の種類を聞き分ける男だ、無線越しでも汽笛を聞き間違うなんてことはない。
「ヤンソン・クローヴィスが無線を受けた時間に、中央駅から発車する蒸気機関車はないのだな?」
デニスですので、中央駅の蒸気機関車の発車・到着時刻は網羅してるからなー。
「はい!」
運転手不足のこのご時世、臨時便を出す余裕などない。もしも臨時便を出すとしたら、こちらに報告が上がってくるはず。
まあ臨時便を出すとしたら、キース中将の命令が必要だろうし、となれば運行図表を組み直すのはデニスがメインで行われるから知らないはずがない。
「キース中将に聞いてみる。少し待て」
デニスが知らない臨時便、という可能性も0.001%くらいはありそうなので、所用から戻ったキース中将に尋ねる。
「閣下。大至急確認いたしたいことがございます」
「どうした?」
「兵站部輸送部門鉄道担当ヤンソン・クローヴィス少尉がさきほど、運行図表にない蒸気機関車が中央駅から出発したと報告に参りました。閣下が特命を下されましたか?」
現在鉄道は全て軍の管理下におかれているので、キース中将が知らないということはない。室長あたりなら動かしそうだが、現在室長は首都にはいない。
いま首都で旧諜報部を動かしているのはリドホルム男爵。
アレクセイを捕まえることを報告にきたリドホルム男爵が、日中に蒸気機関車などという目立つものを勝手に動かすとは考えられない。
「わたしは蒸気機関車の増便を命じてはいない。他の機関からもそのような命は受けていない」
眉間に皺をよせ険しい表情に。キース中将がこんなにも表情を変えるのは珍しい。
そっかー。となると何者かが勝手に蒸気機関車を動かしたということになるのか。
……ヤバくないか?
デニスと無線技士二名はキース中将の前に ―― もちろんしっかりと身体検査をいたしました。デニスは脇腹を探られているとき、くすぐったいのを我慢して変顔になってたけど、姉さん見ない振りしておいたから。
「単刀直入に聞くぞ、ヤンソン・クローヴィス。お前はどうやって中央駅から、予定外の蒸気機関車が発車したことを知ったのだ?」
「妹から届いた無線に、発車の汽笛が混じっておりました。また妹がはっきりと”いま発車する蒸気機関車の汽笛、聞かせてあげるね”と言いました。わたしが汽笛を好むのは、妹も知っておりますので」
ドヤ顔に近い表情で語ってるけど、ほとんどマニアだから、それ。
「そうか。まあ、お前が汽笛を聞き間違うことはないだろうからな。他になにか気付いたことはあるか、ヤンソン・クローヴィス」
「はい、閣下。妹は本当は姉であるクローヴィス少佐に、この異変を伝えたかったと思われます」
「どうしてだ?」
「妹は無線で姉のクローヴィス少佐について、一切触れませんでした。本日家を出る前に妹から”駅の無線使わせてもらえるから、姉ちゃんに繋いでね、兄ちゃん”と頼まれておりました。そこでわたしは無線室で、妹からの連絡が来るのを待っておりました」
デニスはなにか起こった時、蒸気機関車に関して高速レスポンス運行図表として伴っているが、とくに何もないときは無線技士として無線室に待機している。
「ふむ……。お前たちも、カリナ・クローヴィスからの無線を聞いているな。カリナ・クローヴィスはなんと言っていた?」
キース中将に話を振られた二人のうちの一人が、持ってきたノートを開く。中身は速記で、わたしには理解できないのですが ――
「”約束通りシュルヤニエミ中尉に駅を案内してもらって、無線室につれてきてもらったよ。帰りにベルと一緒にお菓子を買って帰るよ”でした」
「それだけか?」
ちょっと待て!
カリナの交友関係で、ベルという人物は一人しかいないよ!
そしてその人と一緒に中央駅に行くなど……別の日ならまだしも本日ベルさんは司祭として葬儀を執り行っているので王宮にいるはず。
「いいえ、間にベルという人物から通話が入り、その後に”そろそろ蒸気機関車が発車するから、汽笛聞かせてあげるね、兄ちゃん。じゃあ、お仕事頑張ってね”です」
「ではベルという人物は、なんと?」
「”今日はオスカーさまよりいただいたお金で、奮発してモルゲンロートホテルにてエジテージュを手にいれます”でした」
ここでいうエジテージュはノーセロート皇帝ではなく菓子の名前。
前世で言うところのナポレオンパイみたいなもので、パイ生地とカスタードを重ね苺で飾った菓子。
この時代の二月の末にフレッシュな苺を使う、普通の菓子屋では手に入らない高級菓子のこと。
「そのベルの性別は」
「男でした」
もう一人の無線技士も「わたしもそう聞きました」と頷き、それを見たわたしはデニスと思わず顔を見合わせる。
「ヘル。その三人を別室で待機させ、部下五名とお前で見張れ」
「はっ!」
デニスに任せておけと無言で合図を送り……通じたかどうかは分からないが、きっと弟だから通じたと思いたい。
「クローヴィス。今の意見でなにか分かることはあるか?」
「本日の駅の見学ですが、無線室をシュルヤニエミ中尉に使わせてもらうということもあり、事前に人数と名前を伝えておきました。また小官の妹には他の知り合いを急遽伴うようなことはしてはいけないと言い聞かせました。本日無線室に入る予定だったのは、小官の妹、クライブ・カールソン、アーレルスマイアー家のエリアン、リーゼロッテ、そして二人の叔父ニクライネン氏の計五名であり、ベルという人物を伴う予定はありませんでした」
カリナが約束を守らなかったということはないと思うし、中央駅及び全線を現場で管理しているシュルヤニエミ中尉が、事前申請していない人物を無線室に入れるとは考えられない。
「シュルヤニエミは規則は守るが、同時に柔軟性をも持ち合わせているからな」
シュルヤニエミ中尉は初平民将官シュルヤニエミ少将の孫で、わたしの同期でもある(年上だけど)。
女性士官の道を切り開くという柔軟な思考を持ち合わせていた祖父の少将によく似た中尉は、この度、退役した女性士官を呼び戻し、蒸気機関車を運転させるという前例のない部署の責任者となり、復帰した女性士官たちを上手く使い、周囲との調整もよくしていると評判だ。
「クローヴィス。お前の妹がなにか異変を感じ、こちらに無線を入れたとして、思い当たる節はあるか?」
「閣下。小官の妹が”ベル”と呼ぶ男性は、ベルナルド・デ・フィッツァロッティさましかおりません」
「あれをベルと呼んでいるのか?」
「はい。小官の妹はフィッツァロッティさまと文通しており、文面で”ベルと呼んでくださいね”と書かれており、小官に”ベルさんって呼んでもいいかな”と聞かれました。その際にベルという名の男友達はいないと聞いております」
妹にとってベル=ベルナルドですが、無線室にいたのはおそらくクライブ。エリアン君はまだ男性といった感じの声ではないし、叔父のニクライネンさんは喋るのが不自由なので、クライブなのは間違いない。
「だがその場にいたのは、パレの王子ではなくカールソンか……これはやられたかも知れん」
キース中将はそう呟くと、ピエスカニャーニの司令部から大至急首都へ引き返すと命じた。ただし、何事かが起こっている可能性が高いので、できる限り知られないように。
もちろん急ぎなので、蒸気機関車で戻ることになるのだが、デニスが聞いた汽笛の音が気になる。
こちらに向かって走ってきていたら……などと考えたのだが、そこは専門家が上手く取り計らってくれた。
キース中将は相当いろいろなことを考えているらしく、蒸気機関車に乗り込んでもしばらく無言だった。窓の桟に肘をついて手に顎を乗せて、月明かりで室内よりも明るい外を眺めていた ―― 隠れて首都に戻るので、客室は明かりを一切灯していない。
「閣下、そろそろお休みになられたほうが」
声を掛けたがキース中将から反応はなく。座ったまま寝ているのならいいのですが、月明かりに照らされて瞬きしているのは分かる。闇夜に月明かりで、外を見つめるキース中将はいつも通り儚いです。きっと内心、怒り狂っているでしょうに……まさに儚い詐欺。
翌日の早朝、中央駅に到着し、警戒しながら下車すると、かなり疲弊していると一目で分かるシュルヤニエミ中尉が現れ、
「ヴェルナー大佐が重体です」
わたしは予想していなかった報を聞くことになった。
「陛下はご無事なのだろう」
「はい」
「それ以外は?」
「え……」
キース中将は予想していたのか、それとも動揺を見せるような隙はないのか ――
「何があったのか聞かせてもらおう、シュルヤニエミ」
駅長室に入り、事情を説明するよう促した。本当に一体なにがあったんだ!?




