【236】少佐、デニスより火急の知らせを受ける
閣下がブランシュワキへと向かわれて四日 ―― いまどこにいるのか? わたしには分かりません。
心配する必要はないと言われますが、それでも心配なものは仕方ない。
もちろん私事なので、それらの感情は押し込めて日々、気合いを入れてキース中将の警護任務についております。
「あまり無理はするなよ」
その警護対象に内心を読まれて、気遣われてしまって……情けない。
いつか心を読まれないようになる! きっといつかなれるはず!
わたしの警護対象であるキース中将は、依然オゼロフと睨み合っております。一時かなり崩れたオゼロフですが、軍を立て直し復活いたしました。
もちろん勝ちしか知らない若造オゼロフ一人の力ではなく、ドネウセス半島のバルニャー王国を攻めている共産連邦海軍大将ネムツォフと、ブランシュワキへ向かう書記長を少し離れた所から見守っている陸軍元帥ヤンヴァリョフの協力のもと、立て直したらしい。
ネムツォフとヤンヴァリョフは「カニエーツ・ツェサレーヴィチとはやり合わない」という方針で一致している軍高官。若手に弱腰の謗りを受けるが、それでも名将なので使われ、こうして「ツェサレーヴィチ・アントンなんて幻想だ!」と突進したあげくに八万の兵を失った若手将校の救済……はしない。
オゼロフは気付いていないらしいが、大将と元帥はこの度の戦いの失敗などを全てオゼロフと、彼の上役にあたる人物に被せ失脚させるために、ある程度軍を立て直させ、生きたまま撤退させて、責任を問う裁判にかける ――
「主席宰相閣下がそう言っているのだから、そうなのだろう」
「オゼロフとその上官を失脚させて、なにか得られるのでしょうか?」
「戦争派の威勢を削ぐことができる。ネムツォフとヤンヴァリョフは主席宰相閣下が”こちらから攻めない限り攻めてこない”ことを理解しているからな。他の国に攻め入るのはあの二人も止めはしないが、主席宰相閣下がいる国に攻め入るのは、絶対に阻止したいようだ」
国を守るために閣下に対して好戦的な高官を葬るのですかー。閣下の共産連邦に対する影響力の強さをまたひしひしと感じます。
こうしてキース中将はお得意ながら、まったく手を抜かず、また相手を侮りもせず防衛戦を指揮していると、リドホルム男爵から面会要請があった。
まあリドホルム男爵じゃなくて、ノルドルンドというお名前で、主席宰相閣下の補佐官という役職での面会要請でしたが。
要請があったのは首都にいた時なので、すぐに面会となり ―― わたしももちろん同席する。
「アレクセイ・ヴォローフ・シャフラノフがロスカネフの首都に現れました」
リドホルム男爵からもたらされた情報はそれだった。
「ヴォローフ伯爵がわざわざやって来た理由は?」
キース中将が目的を尋ねると、
「陛下にお会いしたいらしいのです」
今更ですか? といいたくなる答えがリドホルム男爵から返ってきた。
乙女ゲームでは隠しキャラクターだったアレクセイ。彼の現状は複雑というかなんというか……。
現在アレクセイは侵略戦争の首謀者の一人だが、あくまでもそれは隣国において。
さらに隣国はアレクセイの逮捕を国際的に要請していないので ―― 国内の状況が酷すぎて、そういう外交まで手が回らない模様。
よって我が国はアレクセイを、戦争犯罪者として捕らえることはできない。
「まったく、訳の分からんルース皇子さまだ」
「閣下にとっては、リリエンタール閣下も訳の分からんルース皇子では?」
「たしかにな。だが意味合いはまるで違う。それで?」
「リリエンタール閣下はアレクセイ・ヴォローフ・シャフラノフが、首都に現れることを予測しておられまして」
さすが閣下。
「ああ。あの人ならその程度のこと、簡単に予測できるだろうな」
でもキース中将が言う通り、閣下ならそのくらいのことは余裕でしょう。
「ええ。アレクセイが陛下に接触してくるのは、自分が首都を離れている時だろうとも」
「あの人の目があるところで、ことを起こせる男なら、ヴォローフ伯爵は今頃王位の一つくらい、あの人に恵んでもらえたであろうよ」
全く以てそうですねー。
それにしても、閣下がそんなにも恐いのか!
「リリエンタール閣下は一門の当主として、アレクセイを捕らえることを諜報部に命じておりました。私的なことですので、軍を使うわけにはいきません。そこで我ら諜報部がその任を」
諜報部に逮捕権はありませんもんね。
現行犯逮捕なら誰でもできますが、アレクセイにはこれといった罪状はないわけで。これからどこかの店で盗みでも働いたら、その場で逮捕! となりますが……。
「これからアレクセイを捕らえるので、騒ぎがあった場合、見て見ぬ振りをして欲しい……というわけか?」
「砕けて言わせてもらえれば、そうなります」
「あまり騒ぎを起こさずに、逮捕して欲しいものだ」
「もちろんそのつもりでおります……が、念のためということもあり、こうしてご報告にあがりました」
「お前の父親ならば逮捕してから、何事もなかったかのように報告しにくるが」
室長は閣下から少し遅れて、どこかへとお出かけに。何か重要な任を負っていらっしゃるのでしょう。
御本人は「老骨に鞭打って頑張ってくるねー」と笑ってお出かけになりましたが。
「残念ながらわたしは、父の水準にありませんので」
「そうか。ところで、主席宰相閣下の妃には、わたしから伝えれば良いのか? それともお前が直接伝えるのか?」
まだ結婚しておりませんが、リリエンタール閣下の妃と呼ばれる人間は、ここにおりまして、がっつり話を聞いておりますが……偉い人ってこういう形を取るよねー。
「閣下からでお願いいたします」
「わかった。ところで、ヴォローフ伯爵が国内に入った経路や、協力者については?」
「ただ今調査中ですが、クルンペンハウエル家とアールグレーン家の残党かと」
クルンペンハウエル……ああ、シーグリッドの婚約者だったロルバスの実家ね。アレクセイの遺産欲しさに陛下を暗殺しようとして、酷いことになったアレか。
「そちらを抑えるのに、軍の協力は?」
「今のところは」
「虚勢は張るなよ」
リドホルム男爵は、子飼いの部下たちだけで頑張るようです。
「跡を継ぐからには、相応の結果を出す必要があるからな。あれはあれで大変なのだろう」
貴族であり特殊な責務を背負っている家の跡取りって大変ですよねー。もうそういう時代ではないと室長は仰っていましたが、きっとまだまだテサジーク家は国の裏側に携わっていくのでしょう。
「クローヴィス」
「はい、閣下」
「アレクセイについてだが、わたしがもう一度説明する必要はないな?」
「はい」
自分から説明すると言いながら、知っているから省くぞという合理的なキース中将が大好きです!
その後のアレクセイだが、キース中将に捕り物をするとリドホルム男爵が伝えに来たあと、すぐに捕らえられ王宮につれて行かれたそうだ。
そこでアレクセイはこの国を訪れた理由である、陛下と面談がかなった。
陛下もアレクセイには会ってみたかったらしい。
そこでの会話はアディフィン語で行われ ―― アレクセイはアディフィン語圏で育ち、陛下は前妻がアディフィン王族なので苦もなく喋ることができるので、そういう形での会話になった。
アレクセイは陛下を罵り、叫び過ぎて噎せたところで陛下が、ぽつりと喋りアレクセイは更に激昂し ―― そこで面談は強制終了となった。
話の内容はわたしは知らない……というのも、これらはわたしが帰宅後になされた報告なのだ。
ヴェルナー大佐がキース中将に全てが終わった……と伝えに来て、それをわたしが前線行きの蒸気機関車の中で教えてもらったもので、ところどころはカットされている。
まあ罵倒内容など知りたくもないし、一部下が微細に聞くことでもないし ――
そのアレクセイだが、陛下を罵倒したあと『どうせ当主から毒杯を賜り自裁だろう!』と叫び隠し持っていた毒で自殺したとのこと。
「あの人は毒杯など用意していなかったのだがな」
貴族や王族は毒杯で自裁がスタンダードですが、閣下はアレクセイを国際軍事裁判にかけて、王族であろうとも法で裁かれる前例を作ろうとなさっていたとのこと。そのためにアレクセイのルース皇籍を取り上げなかったのだそうだ。
こうしてアレクセイは死んでしまい ―― 死亡した人間はそこで終わりだが、生きている者たちは、葬るなり片付けるなりしなくてはならず、陛下はアレクセイの葬儀を希望した。人間として、身内としては当然のことだろう。既に書類上は繋がりはなくても、陛下の血のつながった親族であることは事実だ。
アレクセイの存在は現時点で公にできるものではないので、密葬という形を取らざるを得ない。
出来ることならあまり秘密を知られたくないし、ルース形式で送ってやりたいと陛下が希望し、ベルナルドさんが司祭として葬儀を取り仕切り、ルースの形式に詳しいリースフェルトさんが付き従った。
そう言えば閣下のご自宅には、ルースの国派の聖印が飾られた礼拝堂があったし、そこでお祈りしているリースフェルトさんも見たことが……あれはマルムグレーン大佐でしたが。
そんなわけで本日リースフェルトさんは、風邪ということで休みを取っている。アレクセイに対してはいろいろと言いたいことはありましたが、死んでしまったのならば仕方ない。
それにしても……わたしは隠しキャラクターであるアレクセイを一度も見ることはなかった ―― たしかに会える条件を満たしておりませんので、隠しキャラクターと接触できなくて当然なんですが。
きっと条件を満たしたところでわたしはモブですので、会えなかったことでしょう。
モブはモブ、清々しいまでにモブなわたし。
ん? なんか駆けてくる足音が近づいてくるな。ドアがノックされ、
「誰だ」
「ヘル中尉であります」
今回伴ってきたヘル中尉だった。まあ、足音を聞いて分かってたんだけどさ。
「入室を許可する」
ドアを開けたヘル中尉が敬礼し ――
「どうした」
「ヤンソン・クローヴィス少尉が大至急、総司令官閣下に伝えたいことがあると、無線技士を二名伴い来ております」
人間運行図表として帯同しているデニスが、一体どうしたんだ?




