【234】少佐、一人社交界デビューする(後)
閣下のご表情から満足感が伝わってくる……ような気がする。
玉座? の閣下は軍の礼服。ただどの国の軍服なのか、わたしには分からない。上着は赤でズボンは黒。白い手袋をはめられ、所狭しと装飾が施されたサーベルを右手に。
金入ってますよね? と言いたくなる肩章と飾緒。水色の大綬とその赤い軍服を飾る勲章の数々。
腰をかけている椅子は、少々派手な赤ベルベット張りで金で縁取られたものだが、それが本当に玉座に見える。
……閣下が椅子に腰をかけていると、どれも玉座に見えるんですがね。
先ほどからカメラのシャッター音が途切れず ―― この場面の撮影されているのは、わたしとしては大満足です。
「わたしの想像よりも美しい」
小さく笑うと閣下が綺麗と言ってくれた。閣下はわたしのこと、いっつも綺麗と言ってくれる。当然ながら恥ずかしさはあるが、嬉しさが上回る。
「わたしは予想を外さないのだが、こればかりはいつも外してしまうな」
謁見の際は話さないのが慣わしなので、わたしは黙っております。話をしてもいいかもしれませんが、閣下格好いい! という場面でもないので。
「我らが王よ。デビューしたての令嬢をあまり困らせないでください」
なんとなく聞き覚えのある声が、わたしの後ろから閣下にそう告げた。
「たしかに本来は声を掛けたりはしないのだが、この美しさだ。声を掛けぬ王など存在しないであろう」
「そうですが。早く謁見を終わらせ、ダンスに移りましょう」
ん……。あ、この声、ハクスリーさんだ。
「全く。分かった。では後でな」
”はい、閣下!”と内心で挨拶をする。きっと閣下には伝わっているはず!
謁見の間を陛下とともに退出し、初謁見は無事終了。これで晴れて社交界にデビュー……社交界にデビューしたかったか? と聞かれると「べつに……」ですし、社交界を上手く渡っていける自信は全くありませんが、これから閣下に教えを請うて、頑張りたいと思います。
デビューした以上、社交も頑張るよ! 本当は射撃のほうが得意ですが、社交も頑張ってみるよ。
「おめでとう、クローヴィス」
控えの間に戻る途中、陛下からも祝福のことばをもらった。
「皆さまのおかげです」
控えの間にはリースフェルトさんが待機していた。リースフェルトさんは、これから王族とのダンスが行われるので、その会場へデビュタントした娘をエスコートするキャヴァリエを務めてくれるのだ。
「お待ちしておりました。ここからわたしが」
リースフェルトさんが手を差し出す。陛下はわたしのごっつい肩に軽く手を乗せた。
「我が国の大事な娘の一人だ。大切に扱ってくれ」
陛下はすぐに肩に乗せた手を下ろされた。
「重々心得ております。フロイライン・クローヴィス、お手を」
お嬢さんは止めて! 叫びたいのだが、デビュタントですので、その呼び方を否定するわけにはいかない。
リースフェルトさんの手に手を乗せると、ひときわフラッシュが焚かれ、シャッター音が鳴り響く。なんでこのシーンをみんな必死になって撮影するのだ?
「では参りましょう、フロイライン・クローヴィス」
リースフェルトさんの腕に手を回し、会場へと向かう。
国王への個別謁見を果たした娘たちは、謁見の間を出てからキャヴァリエと共に、舞踏会が行われる会場へと向かう。
もちろん付き添いや家族も一緒です。
「本当は閣下がキャヴァリエもしたいと言っていたのですが、周囲に止められましてね」
それ聞いておりますー。
「メイク室でベルナルドさんから聞きました。”キャヴァリエは若い男が務めるものです、若い男って意味分かりますか?”って」
苦笑しながらベルナルドさんが教えてくれたのだが、
「聞きましたか。あの渋々引き下がった時の閣下の表情、フロイライン・クローヴィスにお見せしたかった」
懐刀が苦笑するくらい……だったのでしょうか? でもわたしとしては、閣下のその時のご表情は拝見したかったわ。
リースフェルトさんと、デビュタントの準備にまつわる話をしながら会場入りすると ―― オーケストラと拍手に出迎えられた。
「うわ……」
会場は一面、花で覆い尽くされている。床から天井へ伸びているかのように飾られた花の大多数は白百合。その百合を薄いピンクのリボンや、クリスタルガラスが飾っている。
「圧巻ですね」
警備としてだが王宮の舞踏会を見たことのあるわたしですが、ここの飾り付けはそれとはまるで違う。
陛下が通常のデビュタントと違うといったが……通常はここまで飾り付けないのだろう。
「ええ、そうですね」
壁もほとんど花で飾られている状態。
女性が壁の花になろうとしてもなれないような感じ。もっとも本日会場にいる女性は、わたしと継母しかおりませんが。わたしは閣下とワルツを踊って終わりですし、継母はデビュタントとはなんら関係ないので、立っていたところで問題はない。
会場を見回しているとネクルチェンコ中尉と目が合い、
”三人一緒の写真、撮影できました”
……なんとなくそう言っている気がしたので、軽く頷いておいた。
本当にありがとう、ネクルチェンコ中尉。
ちなみに会場にはヒースコート准将や、ボイスOFFもいる。
ヒースコート准将はともかく、ボイスOFFには声を掛けようかな……と思ったら、オーケストラが奏でる曲が変わった。
「閣下がお越しになりますよ」
リースフェルトさんがそう言い、わたしを壇の前まで連れていった。わたしは一番前 ―― きっと正式なデビュタントなら、名門貴族とかそういう人たちが並ぶであろう場所で、リースフェルトさんと腕を組んで閣下が現れるのを待つ。
通常であれば”国王陛下のお成り”という声が上がり、壇上へ王族が……という運びですが、そういう声はなかった。
閣下は静かに一人で檀の中央へ。本来であればここで国王が挨拶するらしいのですが、閣下は無言で右手を軽く上げただけ……でしたが、その動きが高貴というか軍人らしいといいますか、無言なのに「卿らの働き、嬉しく思う」そう言っているのが、わたしでも分かる!
閣下の仕草にわたしはリースフェルトさんと組んでいた腕を外し、思わず敬礼をしてしまいました。
「デビュタントしたフロイライン・クローヴィスじゃなくて、少佐になってますよ」
「……わたし以外にもしている人がいるから、いいかな……と」
閣下の迫力につられたのはわたしだけじゃありません!
その閣下は腕を下ろされるとすぐに壇上から降り、わたしの所へとやってきた。
「エスコートご苦労」
「ありがたきお言葉」
隣にいたリースフェルトさんが離れ、
「一曲踊ってくれるかな」
「喜んで」
わたしが閣下に手を取られると、それに合わせてワルツが流れる。その音楽にあわせ、わたしは閣下と共に踊る。
会場で踊っているのはわたしと閣下だけ。
「イヴよ。恥ずかしいか?」
「恥ずかしいです。ですが、それ以上に閣下とのことを隠さないで、こうして踊れるのがとても嬉しいのです」
恥ずかしさよりも、こうして人前で踊れる喜びのほうが勝っている。
閣下は握っている手に少しだけ力を込め、
「そうか。ならば良かった」
少しだけ、ほっとしたような感じに……。
「無用な緊張を強いてしまったのではないかと」
「心配は無用です。嫌だったら断りますので」
広いホールを二人だけで自由に使うこの贅沢。
「そうであったな。ではイヴよ、三曲続けてわたしと踊ってくれるか?」
「そのつもりで参りましたが」
「拒否されたらどうしようかと思っていたよ」
「三曲踊るまで、わたしが閣下を離しませんが」
わたしが閣下の手を握っている手と、肩に置いている手に力を込めると、閣下が口元を僅かに開き笑われた ―― 瞬間、カメラのシャッター音がとまり、そして一拍おいてから一斉にシャッターが。
閣下の笑顔、初めてみて驚いたのかも知れません……閣下、結構笑われるけどねー。




