【233】少佐、一人社交界デビューする(中)
わたしは迎えに来てくれた陛下と共に、控えの間に移動した。
デビュタントは少女たちが国王への初謁見を果たす場で、一人一人謁見の間に呼ばれる。その呼ばれるまでの間、控えの間で他の参加者たちと会話を交わす。
本日はわたし一人なので、即座に呼び出し「はい、終了ー」……でもいいのだが、閣下が「それではあまりにも素っ気ない。少々変わったデビュタントではあるが、せっかくのデビュタントだ、空気を楽しんでくれ」と、わざわざ時間をおいて呼び出して下さる運びなのだ。
「ヘルツェンバイン」
陛下はわたしの元同僚のヘルツェンバイン侍従長を呼んだ。
事情を知っているので連れてこられたのですね、わざわざ正装までしてもらい……本当に……。
「クローヴィス少佐、とてもよく似合っている」
「ありがとうございます」
「クローヴィス、これを」
ヘルツェンバイン侍従長が開けた箱から陛下が取り出したのは、白と淡青紫色のアガパンサスと、ロスカネフの国花である鈴蘭で作られた花束。
貴族の女性の必須アイテムは幾つかあるが、その一つにあげられるのが扇子。口元を隠したり、聞かれたくない会話をしたりと、貴族の女性なら使いこなせなくてはならないアイテム。
もちろん舞踏会にだって必須 ―― そんな扇子だが、貴族の子供は持っていない。
いつ頃から持つのか? それはデビュタント後に正式に手にすることができるようになるのだ。
ではデビュタント当日は? というと、小さな花束を持つのが慣わし。
花束は基本白で、そこに少し色味を混ぜる。花束は付き添い人が用意してくれる。
「ありがとうございます、陛下」
わたしはこれを手に、閣下への謁見にのぞむようです。
陛下から花束を手渡されてデビュタントするなんて、まったく想像もしたことなかったなあ。
「わたしも国花入りの花束を渡せて良かった。花束に鈴蘭を入れる、入れないで二人がかなり争っていてな」
その二人とは閣下とキース中将なのでしょうか?
わたしの知らないところでまた争ってたんだ。わたしのために争わないで……と言うより、当人の考えだからどうしようもない。
室長が教えてくれなかったのだから、花束に関する争いは、さほど問題ではなかったのでしょう。
花束の花問題を持ち込まれても、わたしも困るけど。
「陛下。普段のデビュタントもこのような感じなのですか?」
「デビュタントがクローヴィス一人……という点を除いても、普段とは違うな。飾り付けに使われた生花の量は普段の十倍近いし、なによりカメラマンなどいないな」
メイク室にいたカメラマンはオルソンだけだったのですが、控えの間にやってきたら見覚えのある顔がカメラを持って、わたしを容赦なくパシャパシャしてくる。
「キース中将の親衛隊隊員が、なぜカメラを持ってわたしを撮影しているのだ、ネクルチェンコ」
「これが本日の我々の仕事です、隊長」
連れてきた親衛隊隊員のみならず、わたしの事情を知っているヘル隊の者たちまで呼び出されカメラを持って、わたしを写しまくる。
「似合っているぞ、クローヴィス」
写真撮影の猛攻を食らっていると、階段から声がし、そちらを見るとキース中将が。ただし腕にはカメラ。
そして並んで階段を降りてくるヴェルナー大佐……の腕にもカメラ。
なにこのカメラの台数。
前世と違ってカメラなんて、あちらこちらあるもんじゃないんですけど!
「クローヴィス……」
ヴェルナー大佐はそう言い、わたしを眺めていた。
嫌な感じの視線ではないので問題はないのですがね。
「ヴェルナー。クローヴィスが美しいからといって、あまりじろじろと見るな」
「ああ。いや、想像以上に美しかったので見惚れてな」
鬼の霍乱?!(外気温マイナス25℃)
そんなセリフ、鬼教官から言われたこと一度もありませんが! 言われたいと思ったこともありませんが。
「クローヴィス。ヴェルナーと並べ」
「はい閣下」
「おい! キース」
「いいからさっさと並べ。写真を写すから動くなよ」
ヴェルナー大佐の隣に立ち、キース中将のカメラに目線を向けたが……なぜキース中将が写真撮影を?
「閣下が妃殿下の全てを見逃したくないと言い出しまして、こうしてカメラを用意して撮影させていただくことに。カメラマンが足りないので、キース閣下に人を貸して欲しいと頼みまして……あ、やはりこれも前もってお教えしたほうがよろしかったでしょうか? 妃殿下」
部下と上官が揃ってカメラを持ち歩いている理由を、ベルナルドさんが教えてくださいました。
ちょっと上官閣下、そういうことは隊長のわたしも通してください。
「いいえ。ちょっと驚いてはおりますが……あの、ちなみにアレは」
わたしが腹パンして沈めた聖王の私生児にして異端審問官であるロドリックさんと、オディロンがかなり大きな機材を担ぎ、そのレンズらしきものをわたしに向けているのです。
「映写機というものです。動いている写真が見られる機械なのですよ」
「そんなもの、あるのか」
陛下が吃驚しておりますが、わたしはまあ……でも映写機というのは見たことないから興味はあるな。
「ええ。本当は婚礼を撮影し、妃殿下を驚かせようと考えたのですが、撮影者を育てる必要もありますので。そうだ、隊員の方二名ほど映写機撮影をしてくださいませんか? 映写機でも隙なく妃殿下を写せとのご命令でして」
部下たちがめっちゃ笑った。
「隊長は格好いいですからな」
「隊長の活動写真なら、映写会で金取れますな」
活動写真とかレトロだなー。そういう時代に生きているのですが。
そしてわたしの活動写真で金取るって、意味分からん。
「あの、ベルナルドさん」
「はい、なんでございましょう? 妃殿下」
「あのですね……閣下の撮影は」
「妃殿下と一緒の時には撮影いたしますよ。妃殿下とダンスをしている姿を撮影されるのを楽しみにしておりますので」
「あの、それではなく、謁見の間に居る閣下のお写真の撮影などは、行われているのでしょうか?」
尋ねたらベルナルドさんが「くわっ!」と効果音を付けたくなるような勢いで目を見開き、
「妃殿下はあの人が玉座を征している写真が欲しいのですか?」
声の端々から”うわー”って聞こえてきそうな感じで返されてしまった。
「はい」
だが怯まない。わたしは閣下が玉座? に座っている写真が欲しいのです。
「はははは! あの人の写真を欲しがる方がいらっしゃるとは……いえいえ、あの人の写真を欲しがってくれるような人だから結婚して下さるのですよね」
「クローヴィスに会う前と、謁見後を比べたら違いがあるかもな」
なにを仰っているのですか、キース中将。
「それ面白そうですね。では付いてきて下さいますか、キース閣下」
「構わん」
「あの! できれば閣下とベルナルドさんが一緒に写っている写真も欲しいです」
わたしは閣下のお写真を見せてもらっているのだが、閣下はほとんど人と一緒に写っている写真がないのだ。
本人が一人で写っているか、卒業アルバムの集合写真のような部下の将校たちをずらりと並ばせたものの中心に写っているものばかり。
婚約者だったアナスタシア皇女と写っているのは、かなりのレアだった。
一緒にいる期間だけでいえば、アナスタシア皇女よりもずっと長いベルナルドさんと写った写真すらないんだよ!
地位のある人というのは、そういうものなのかも知れないが……出来れば誰かと一緒に写っている写真が見たい。欲を言えばさりげない会話をしているシーンとか。
……という己の欲望をそのままぶつけたところ”この子供は”みたいな、若干困ったような笑みを浮かべられた。
閣下と全くお顔違うのに、仕草が似ているわーベルナルドさん。
「妃殿下は本当に物好きですね。でも妃殿下のお望みとあらば、このベルナルド、あの人とのツーショット写真でもなんでも」
ベルナルドさんとキース中将の他に、隊員が三名ほど階段を昇り謁見の間へと ―― 向かう隊員の一人ネクルチェンコにわたしは視線で合図を送った。
”できれば三人一緒におさめてくれ”
”了解しました、隊長”
クールで口数の少ない真面目な男・ネクルチェンコ中尉だが、アイコンタクトは通じやすい。わたしが単純なのかも知れないが。
そしてわたしは名前を呼ばれ ―― わたししかいないのですが、呼ばれたのですよ! 一挙手一投足を撮影されながら、陛下とともに謁見の間を目指す。
「国としてもデビュタントした娘を嫁がせることができるのは嬉しい」
階段を昇りながら、陛下がそんなことを仰った。
やっぱり王侯貴族にとってデビューしているかどうかって、大きな割合を占めるんだろうなあ。
「ヴェルナーやキースも、クローヴィスをデビュタントさせることができとても喜んでいたのだ」
陛下の言葉を疑うわけではありませんし、二人のことを信じていないわけではありませんが……そんな気配まったくなかったような。そう思い視線を落とすと、国花の入った花束。
なんだろう、喜んでいるというより、戦ったといったほうが……。でもまあ、二人も喜んで下さったのなら。
閣下がいらっしゃる謁見の間に入ると、正面に椅子に座っている閣下が……陛下だ! 閣下が陛下だ! 我が国の陛下はわたしの隣にいるけど、なにこの閣下の陛下感。
意識しないでも頭が下がる雰囲気だよ。
室内で再び名前を呼ばれたわたしは、両膝を折って頭を下げる。
カーテシーのような軽いものではなく、ここはしっかりと跪くのが正しい……そうです! わたしには関係のないことなので知りませんでしたが。
「顔をあげよ」
閣下に声を掛けられたので、ゆっくりと顔を上げると目を細めた閣下が。なんだかわたしもつられて、思わず笑顔になってしまった。




