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【コミカライズ企画進行中】閣下が退却を命じぬ限り【本編完結】  作者: 剣崎月
第七部・アレクセイルート正面突破編
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【229】少佐、大軍が動くのを知る

 聖誕祭後、キース中将は司令本部を首都から北東に位置する街、ピエスカニャーニへと移した。

 このピエスカニャーニという街は前線に近く、さらに各前線や首都との距離もほぼ同じくらいで、交通の便も良い ―― もっとも交通の便の良さは、戦争になると決まってから急ピッチで整えた。

 これによりキース中将は前線に出向き指示を出し、司令部に戻り各所に司令を出し、首都へと戻り陛下や政府要人に戦況の説明をしたりと、フットワーク軽く戦争の指揮を執っている。

 その共産連邦との戦争だが、開戦からずっと我が国の優位が保たれていた。

 我が国の兵士は勇敢で優秀だ。

 でも普通(・・)はいくら少数精鋭であろうとも、数に押しつぶされてしまうもの。

 だが共産連邦側から譲歩を引き出せそうなほど頑張っていられるのは、我が軍の精強さとキース中将の指揮……だと思うのだが、とうのキース中将はというと ―― 


主席宰相(リリエンタール)閣下がいらっしゃるからだ」


 そのように言う。

 キース中将が語るには、閣下は今現在はなにもしていないのだが、過去の名声と凶悪なまでの強さを知っている共産連邦軍の上層部は、自らの名声が傷付くことを恐れ、そして余生を幸せに送りたいがために、勝てない前線指揮官オゼロフを更迭しようと意見するものはいない ―― オゼロフの更迭を叫べば自らの部下を送り込むことになり、部下が勝てなければ自分も粛清される可能性が跳ね上がるので、沈黙を保っている。

 大帝国であったルースを倒した頃は、一世一代の賭けに出る無謀さのあった彼らも、今は国家の元勲として厚遇され、守るべきものも増え ―― 静観という名目で保身がもっとも大事というわけです。

 というわけで小国を全く侵略できずに三週間を過ごしてしまったオゼロフ。通常であれば指揮官交代を命じられるのですが、次の指揮官になりたい奴がいないので、


「前線から離れることを禁じられているのだろう。オゼロフ本人も帰還したら処刑されることは分かっている以上、その命令に従うだろうが」


 オゼロフとしてはなんとしてでも、我が国に攻め入って首都を陥落させ、占領したいところでしょうが ―― きっと無理だろうなー。

 共産連邦との戦争は閣下の予想通り、レオニードのライバルであるオゼロフが師団を率いてやってきたわけだが、師団のほとんどの兵士はロスカネフから遙か南、雪など見たこともない地方の出身者。

 彼らにとってマイナス30℃、さらに風が強くて体感温度はマイナス40℃越えなグノギーリャ平原での戦いは地獄そのもの。

 さらに共産連邦側は「この戦力差、物資量差ならば、すぐに勝てるだろう」と、ろくな防寒着を与えていなかった。

 どうしてそんなに楽観視してたの?


「総指揮官がわたしだからだ」


 失礼極まりない話ですが、キース中将が相手なら勝てるだろうと余裕ぶっこいた……結果が現状である。

 五万の増員については、共産連邦軍の陸軍元帥で、キース中将曰く「あの人(閣下)の恐ろしさが骨身にしみている」セルゲイ・ヤンヴァリョフが指示したと、室長と愉快な仲間たち(メッツァスタヤ)から報告がありました。

 室長からの話ですとヤンヴァリョフはオゼロフ率いる二個師団では足りない、せめて二十個師団、要するに百万の兵士は最低(・・)でも必要だと進言したらしいが、前線指揮官は閣下ではないし、かつて大勝できたのは運だと ―― お前等十倍以上の兵で閣下に負けたことあるくせに。それが運だというのなら、そんな強運の持ち主に正攻法で勝てると思ってるのか?

 まあ、軽く見てくれたおかげで、こちらの戦死者は随分と抑えられておりますが……抑えられているだけで、残念なことに戦死者三千人越えたけどな。

 共産連邦の戦死者? 三万から五万くらいです。

 我が軍は前線で弾よけの土嚢よろしく、共産連邦兵士の凍死体積んで頑張ってるんです。

 非人道的? ごめんな、物資豊富なほうからありとあらゆるものを奪わないと、小国は前線維持できないんだ。


 ちなみに室長からの様々な報告をキース中将の背後で聞いておりましたが、その中にオゼロフの人となりがありまして、オゼロフは若い(二十五歳)ため、閣下と直接戦ったことがないので、戦場での数々の名声を信じておらず、皇族特有の誇張だと思っていたらしい。

 共産連邦の若手士官の半数近くは閣下の軍功を信じておらず、閣下がいるロスカネフを攻めると聞かされても怯えることなく、多くの者が前線指揮を希望し、政治能力をも所持していたオゼロフがその権利を得た……で、ただいま地獄を見ているわけだ。

 ……室長がいうことなので本当なのかな? と思う反面、キース中将に正式に報告しているのできっと本当なのだろうが、なんでも共産連邦の若手士官は最後(カニエーツ)のツェサレーヴィチは凄いんだぜ派のトップであるレオニードと、最後(カニエーツ)のツェサレーヴィチなんて幻想だろう派トップであるオゼロフが二大派閥なんだとか。

 共産連邦における閣下の影響力が見て取れる派閥ですね。

 当然上の世代、いわゆる上層部は全員閣下の恐ろしさを知っているのですが、あまり閣下の恐ろしさを語ると、下の世代から弱腰と取られかねないので「俺たちだって恐くねーぜ!」的な態度を取っている者が多い。そんな見栄を張ったせいで、小国ロスカネフの国境沿いで凍死体を積み上げるはめになっているわけだ。

 下らない見栄など張らず、敵を正当に評価すべきだと……思うけど、お前等はしなくていいわ。ずっと閣下やキース中将を過小評価して、負け続けるがいい共産連邦め!


 こんな話をしていると、蒸気機関車が首都の中央駅に停まり、わたしたちは急いでベルバリアス宮殿へと向かう ―― 共産連邦側に大きな動きがあったと室長から連絡がきたのだ。

 ベルバリアス宮殿に到着すると、陛下や閣下に室長、ヒースコート准将やその他主要な面々が既に揃っていた。

 キース中将は会釈をしてから席に付き、わたしは背後に控え ――


「ついにネストル・リヴィンスキーが動き出しました。動員兵士数公称(・・)七十万、実数は九十万から百万の戦線軍が、ロスカネフ王国を目指してやってきます」


 できることなら聞きたくない情報を、室長からがっつりと聞かされるはめに。

 席に着いている国に対して責任のある立場の人たちのほとんどが、一斉に息を飲んだ。

 フロックコート姿の閣下は足を組み、


「ネスタにしては頑張っているな。あれのことだ、五百万ちかい兵を率いてやってくると思っていたが、僅か(・・)百万とは。それともわたしが見くびられたのかな」


 表情を変えずにそのように仰った。


「ロスカネフの人口以上の兵士を伴われては、こちらが困りますよ主席宰相(リリエンタール)閣下」


 我が国の人口は四百八十万~九十万の間。どれほど多く見積もっても、五百万にはなりません。


「お前なら勝てそうだがな、キース」

「あなた以外の人間には到底無理です」

「やってみなければ分かるまい」

「やらなくても、普通の人間は分かるのですよ、主席宰相(リリエンタール)閣下」

「それではまるで、わたしが異常な人間のようではないか」

「完璧の極致と呼ばれる人が普通なはずないでしょう、主席宰相(リリエンタール)閣下」

「そういえば、完璧の極致(そう)と呼ばれたりもしたな。それでどうする? キース」


 どうするとは、どう言う意味なんだろう?


「これ以上共産連邦兵を投下されますと、我が国の前線は崩壊いたします」

「そうか。ではわたしがネスタと、お供の百万を相手してやろう。ヒースコート、部隊を率いてついてこい」


 ……えっと、ヒースコート准将の部隊は三千。わたしなどは指揮できない大人数ですが、百万に三千?! それは無理というものでは。


「よろこんで」


 わたしを含め動揺している人のほうが多い室内で、ヒースコート准将はこれ以上ないってほど楽しそう。でも笑顔から獰猛な肉食獣のそれっぽい雰囲気が溢れだしてるー。

 ちなみに動揺していないのは、ヒースコート准将にキース中将、そして室長の三名……普通の人間は三千の兵で百万の敵兵と向かい合うと聞かされたら、動揺通り越すわ。

 周囲の人たちの動揺など閣下は全く気にせず指を組み、


「フランシス。軍の指揮は誰が執っている?」


 リヴィンスキーは元は国家保安省の一役人で、軍を実際に動かすことはまったく出来ない。もちろん書記長が軍を動かす必要はないが……


「君なら分かってるんじゃないのかな、リヒャルト」

「せっかくお前たちが命がけで調べてきたのだから、聞いてやろう」

「うわー君のそういうところ、大好きだよリヒャルト。……では閣下、リヴィンスキーに従うのはセミョーン・クフシノフ元帥でございます、配下の将兵についてはまとめた書類がありますので、そちらに目を通してください」

「そうか」


 鈍いわたしでも、閣下は予想ついていたと分かるくらい、閣下のご表情は自信に満ちあふれていらっしゃる。

 その後、ネタばらしというかなんと言いますか、なんでもリヴィンスキーの息子とクフシノフ元帥の娘は結婚しており、この二人は親戚関係にあるのだそうです。

 猜疑心が強く裏切りを警戒しているリヴィンスキーは、婚姻により自分と一蓮托生となったクフシノフ元帥を伴ってきたってこと。


「裏切られるのを警戒してということか」


 陛下の言葉に閣下が頷かれる。


「百万しか(・・)伴わなかったのは、離反を恐れてのことであろう」

「かつて二十万の共産連邦兵をルース兵に寝返らせたリリエンタールの元に、大軍を率いてくるのは怖ろしくてしかたないようだな」


 負けているのに前線に兵士の投入を渋る最大の理由は、閣下のカリスマに洗脳されて裏切られては困るので、追加増員しないのだろうと、キース中将も言っていた……閣下のカリスマが凄い。敵の動きをことごとく封じていらっしゃる。


「もっともネスタのことだ、百万程度(・・)では安心できず、近くに三百万ちかい兵を展開しているはずだ。指揮官はヤンヴァリョフであろう。……ああ、そうだキース」

「なんでしょう、主席宰相(リリエンタール)閣下」

「来年、教科書を新しくしたいのだが、予算は大丈夫か?」

「……どういう意味ですか?」

「共産連邦の指導者が三代目書記長になるので、印刷しなおす必要がある、という意味だ」


 閣下が口の端を少し引っ張るような感じで笑われた……室内の空気? ああ、暖炉と石炭ストーブが焚かれているというのに、極寒の北国の外気温以下になったよ。




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