【227】少佐、デビュタントの依頼を受ける
わたしとオーガストの決闘ですが ――
『なんて……馬鹿力だ』
蹴りを披露する間もなく、一合でオーガストの剣が吹っ飛んでしまった。わたしの作戦では蹴りで勝って、オーガスト坊ちゃんに花を持たせるつもりだったのに。
なんでオーガストに花を持たせるの?
庶民VS貴族ともなれば、貴族に花を持たせるのは暗黙の了解。
わたしはこれでも二十四年間、絶対王政国家で生きてきた記憶もありますし、士官学校でそういった処世術も習っておりますから ―― 蹴りを交えて勝って「卑怯な! だが勝ちは勝ち」で「負けたけれど騎士道を守った」オーガストの名誉は守られるという形になる予定だったのだが……まさか一合で剣が飛んでいくとは。
これでは決闘の作法に則って、わたしの圧勝……いや、まだだ! まだ、終わってはいない!
『小官が女性なので、手加減してくださったのですね』
自分が女に見えないことは百も承知だが、ここはオーガストが女性であるわたしに対して本気を出していなかったということで。
『なに! 貴様、女だというのか! 嘘だろう! これが女などありえんだろう! 貴様田舎者だから、言葉を間違ったのだな! 女と男を言い間違ったのだろう!』
この貴公子の察しの悪さはわたし並ですわ。
わたしの気遣いを完全に無にしてくださったオーガストですが、
「隊長が女で良かったと、晴れ晴れしておりました」
「なんだ、それは」
その後、通訳兼世話をしているボイスOFFが、
「隊長に突っかかった理由ですが、隊長があまりにも美しくてときめいてしまい、……その……あの……隊長を初見で女性と判断できなかったクロムウェル公は、男にときめいた自分に驚愕し、焦り自分の心の迷いを振り切るために、喧嘩を売るという行動に出たそうです」
申し訳なさそうに教えてくれた。
気にするなボイスOFF、オーガストに男にしか見えないと言われても気にはしない。むしろ女に見えたと言われたら困る。
ちなみに決闘の勝敗ですが「男 対 女」では決闘法に則ると成立しないと判断され無効になり、それが落としどころとなったようです。
世の中って結構、はっきり勝敗が決まらないものなんだよなあ。
「イヴの美しさなら、仕方ないよ」
「そうですね、ウルライヒ中尉。少佐に一目で心を奪われるのは、わたしも身を以て知っておりますし」
「ええ、そうですよね伯爵閣下」
「隊長を見て女だって思う奴がいたら、それは変人ですよ。まあ、隊長にときめいた時点でかなりの変人ですがね。君主国の大貴族なら、美女なんて幾らでも手に入るでしょうに。ああ、もしかしたらそれら美女を見飽きたから、隊長にときめいたんでしょうかね」
ユルハイネンの意見に関して、わたしも同意である。
「……」
「……」
「……」
「……」
だがその場にいたユルハイネン以外 ―― リースフェルトさん、エサイアス、ボイスOFFそしてハインミュラーが、ユルハイネンに可哀想なものを見る眼差しを向けていた。
あなたたち、いつの間にそんな意思統一できるようになったの?
そんなオーガストの身柄はこちらで預かることに。
「強制送還がなったとして、また来ないとも限らんからな」
キース中将がオーガストを鍛え直すと言ったのは、司令本部という前線から遠い場所で保護し、おかしな行動を取らせないようにするためとのこと。
たしかにババア陛下さまに直訴的なものができる立場のオーガストを、ドレイク将軍が必死に本国に送り返したところで、戻ってくる可能性は否定できない。それならいっそ、権限が及ばない場所で押さえつけておけばいいと。
「あまり酷いことをすると、国際問題になってしまうのではありませんか」
「お前がいうか、クローヴィス」
オーガストを軽く鍛えておけとキース中将に言われたので、勤務時間内のトレーニングの際、わたしと同じメニューをさせたら最初の五十分ほどでへばり、三日ほど全身筋肉痛でベッドから起き上がれなくなったそうだ。
どんだけひ弱なんだよ、オーガスト。
「……思った以上に、ひ弱だったもので」
それ以外、わたしにはなにも言えない ―― ちなみにひ弱なオーガストは、年末の我が国の極寒ぶりに「なんだこれ! 人が住む土地じゃないぞ」と叫いていたが、わりとどうでもよい。
そんな感じで忙しく日々が過ぎ、 ―― 無情にも共産連邦から宣戦布告がなされ、開戦いたしました。
準備が万端だったこともあり、国内はいたって落ち着いております。
わたしは基本、戦闘にはなんら関係しない立場なので、キース中将の側で報告を聞く日々。
こんな時勢ではありますが、聖誕祭はもちろん行われます。でも実家に帰ることができない人が大多数。
普段は仕事などしないメシアの生誕の日だって通常勤務。
そう閣下のお誕生日も仕事なのだ。去年もフォルズベーグのごたごたで当日に祝えず、今年も……くっ! 共産連邦許すまじ!
来年こそは! 来年こそは、ゆっくりとメシアと閣下のお誕生日をお祝いするんだ!
メシアの誕生日当日は、家族でお祈りしながら過ごすわけでして。
閣下が「家族で過ごすといい」と仰って下さり、カリナにも「お仕事遅くなっても、カリナ待ってるからね」と。
うちの可愛いお姫さまにそう言われたら、姉ちゃん本気出すしかない。
もっとも基本スペックが体力以外並なので、いつも本気出してるけど。
日勤を終えてから自宅に戻り、家族と共に教会でお祈りをして、カリナが休んだのを確認してから軍服に着替え「ちょっと用事ができたから、出かけてくるから!」 ―― 時期が時期で、職務が職務なのでメイドやデニスはまったく気にせず。
両親にはしっかりと事前に説明し許可はもらった。
わたしは用意してもらった馬に乗り、ベルバリアス宮殿へ。懐にはリースフェルトさんに買ってきてもらったカフリンクス。
向かうと伝えていた門には、アイヒベルク閣下がいらっしゃり、挨拶もそこそこに馬を渡して、閣下の元へと駆けつける。
部屋の前には執事のベルナルドさんがいらっしゃり、ドアを開けてくれた。
閣下がいらっしゃるお部屋に飛び込み、
「閣下! お誕生日おめでとうございます!」
閣下はもうじき着る権利を失ってしまう、聖職者の格好をなさっていた。
「寒かったであろう? イヴ」
閣下は立ち上がってわたしを抱きしめてくれた。
「いいえ! 閣下にお会いできると思えば、寒さなど感じもいたしません!」
「嬉しいことを言ってくれる」
「閣下。あの、プレゼントです。受け取ってください」
体を離しコートのボタンを急いで外し、懐からカフリンクスの入った宝石箱を取り出す。
閣下は和やかに微笑んで受け取って下さった。
好きな人にプレゼントを受け取ってもらえるって嬉しいね!
しばし抱き合ってから、礼拝堂へと向かい、二人でお祈りを捧げた。
前世の感覚からすると、せっかく会っているのにそれはないのでは? と、言われそうだが、この世界では普通。それに……背後に異端審問官がいる空間で、メシア生誕の日にお祈りしないっていう選択肢はない。
隣に閣下という枢機卿がいらしゃるが、怖さでは背後の異端審問官のほうが上。
お祈りを終えて、この期間だけ食べるお菓子を閣下と二人で頬張り……とても王侯の誕生祝いには思えぬ地味さだが、他者には隠しておきたいほど、穏やかで幸せな気分にわたしは浸っている。
お祈りしてお菓子を食べて、蝋燭の炎ごしに外の凍てつく景色を眺め ―― 言葉を交わしはしないのだけれども、
「この静謐、よいものだな」
「はい、閣下」
閣下も同じように感じてくださる……これ以上ない幸せだ。
「来年こそは二人で一緒に、ゆったりと過ごしましょうね」
でもわたしは欲張りなので、来年は更なる幸せを手にいれるために今から約束する。
「ああ。約束するよ、イヴ」
だがそろそろ帰らなくては。
実家は大好きだけど、帰るの名残惜しいわー。でも気合いを入れて帰る!
「それでは閣下、そろそろお暇させていただきます」
「本当は帰したくはないのだが」
「わたしとて同じ気持ちであります、閣下」
わたしは椅子から立ち上がり、閣下の額にキスをして、
「お休みなさい、アントーシャ。良い夢を」
燭台の蝋燭を吹き消し、部屋の明かりを消してから後に ――
「イヴも。良い夢を」
「振り返ると帰れなくなりそうなので、失礼ながらこのまま去らせていただきます。ではまた」
いろいろなものを振り切って、わたしは閣下のお部屋を後にした。
帰りは騎馬ではなく馬車で、それもアイヒベルク閣下と執事のベルナルドさんと家令である異端審問官のスパーダさんと一緒に。
成人男性四名(うち一名は女性ながらデカイ)が乗っても余裕ある、大きな箱型馬車です。
「本日はまことにありがとうございました、妃殿下」
「いいえ。お礼を言われるようなことはなにも」
ベルナルドさんにそう言われたのだが、わたしが絶対閣下に会いたかっただけでして。
「実は妃殿下にお願いがあるのです」
「なんでしょう?」
「妃殿下はアブスブルゴル帝国で、毎年二月の緑の木曜日に行われる舞踏会をご存じでしょうか?」
「ヴィーナー・オーパンバルのことでしょうか?」
以前ボイスOFFと、コレ絡みの話したなあ。費用は全額閣下持ちだと。
「はいそれです。まあ、それはどうでもいいのですが」
どうでもいいのですか……
「妃殿下はデビュタントなさっていませんよね」
「庶民には関係のないことですので」
「そうですよね。あのですね、閣下がどうしてもデビュタントした妃殿下を見たいと言い出しまして」
「はあ」
「妃殿下は未婚ですので、デビュタントできます」
二十四歳というこの時代では、絶賛行き遅れな年齢ですけど、未婚は未婚です。
「お願いというのは、デビュタントしてくださいませんか? 妃殿下」
「……」
「正直に申し上げますと、閣下が妃殿下にデビュタントをさせたいと考えて、全部整えてしまっているのです」
「へ?」
わたしが間抜けな声を上げ、スパーダさんは笑い、アイヒベルク閣下は都合が悪そうに視線を逸らした。
「妃殿下を大人の女性にするのは朕が主より享受した権利だ……とばかりに、来年二月の緑の木曜日に、ロスカネフでヴィーナー・オーパンバルに該当する舞踏会を開く手はずを整えてしまいまして」
「はぁ……」
ベルナルドさんが何を言っているのか、ちょっと理解できないのですが、わたしは悪くないと思うのですよ。
「純白で膨らんだイブニングドレスも、オペラグローブもティアラも用意し、二月にはアブスブルゴル帝国と同じように、花を輸入して飾り付ける手はずも整え終わったのですが」
「へー」
他人ごとのような声が出ましたが、全く他人ごとじゃないんですよね。
「全て整え終わったところで、こんな大事を妃殿下の許可なく準備してしまって、困らせるのではないかと気付いたらしく……普段は怖ろしく切れる男なのですが、妃殿下のことになると気持ちが先走りしてしまって」
「はあ」
「閣下本人が言い出せないようなので、我々がお伝えしに参りました。あ、どうしても嫌でしたら断ってください。我慢もなしでお願いします。妃殿下に我慢をさせるなどしたら、我々は仲良くギロチンで首を飛ばされますので」
笑いながらベルナルドさんが首に後から手を当てて切られるジェスチャーをしたのですが……ブラック過ぎて愛想笑いの一つもできない、ふ、ふははは……は……。




