【224】少佐、謝罪を受ける
馬車を降りて会場入りしたのですが……会場にいたブリタニアス海軍士官が、剣を佩いているわたしを見て「なんでお前だけ武装が許されているのだ」と詰め寄る事態に。
たしかに夜会会場であからさまな武装をしているわたしは目立つが、許可は出ているので、ブリタニアスの海軍士官にどうこういわれる筋合いはない。
お前も武装したかったら、どこかに頼めよ……と思い眺め、わたしが返事をしないでいると「ブリタニアス語も理解できない田舎者」等と言いだし始めた。
分かるよー。これでもブリタニアスに赴任する予定あったし、ほぼ英語と変わらないからさすがに理解できるよ。
ただ職務中なので喋らないだけで……職務中であるわたしの側で喋っているということは、キース中将にも聞こえるわけでして。
キース中将のブリタニアス語の理解レベルは分かりませんが、海軍士官の態度といい高圧的な感じといい、言葉が分からなくても腹立たしさが。
「クローヴィス。帰るぞ」
「御意」
キース中将はわたしにそのように命じ、夜会会場から司令本部へと引き返してしまった。
「……」
わたしは行きと同じくキース中将の馬車に同乗し ―― 同行していたリースフェルトさんは「リリエンタール閣下との調整をしてまいりますので」と、宮殿のどこかへと消えていった。
「サーシャの小僧から聞いたが」
いきなり話し始めたキース中将。そしてサーシャの小僧は止めてください。リースフェルトさんです、リースフェルトさん!
「お前に突っかかってきたのは、若くしてブリタニアスの名門クロムウェル公爵を継いだ、オーガスト・マクミラン少佐とのことだ」
「名門公爵ですか」
「ブリタニアスの名門公爵ともなれば、小国の総司令官の護衛の武装に口だししても良いと思うのだろう」
大国の名門貴族、きっと凋落なんて何処吹く風な、時流に乗れている公爵家の当主……ともなれば、あんな感じで突っかかってきてもおかしくはないのかも。
「庶民が思い描く、名門大貴族らしい御方でした」
侮辱されましたが”よいモノ見られたなー”と思う程度の余裕はあります。決して褒めてはおりませんが、向こうだって庶民なわたしに褒められたくはないだろう。
「見世物ではあったな。とりあえず、やつの処遇がどうなるかは分からないが、お前は何ごとがあろうとも武装は解除するなよ」
「はい」
「お前の武装は、お前自身を守るものだからな」
「閣下」
「丸腰の時、わたしが襲われでもしたら、お前は自分の身を挺して守るつもりだろう」
キース中将に尋ねられ……わたしは知っている。これで「はい」と答えたら、キース中将に額のあたりを鷲掴みされることを。だが……座ったままながら敬礼し、
「それが小官の任務であります」
例え叱られると分かっていても答え ―― 案の定、軍帽を指で弾き飛ばされたあと、容赦ない鷲掴みを食らった。
だってわたしはキース中将の身辺を警護する任を……あ、痛たた……
「俺の立場上、そんなことはするなと言えないし、褒めるべきなのだが……」
儚い詐欺は人に鷲掴みをきめていても儚い。さすが詐欺師。
ベルバリアス宮殿へ向かってすぐに帰ってきたキース中将を確認した司令本部の夜勤担当者たちは、何ごとかあったのですか? と緊張の面持ちになったが、わたしは「問題はない」と告げ、思い込みだけで動揺しないよう指示を出した。
実際はちょっとした問題が発生したのですが、それは部下たちには関係ないことなので。
「閣下、それでは失礼いたします」
キース中将を私室に使用しているスペースへ送り届け、夜勤の小隊長に指示を出し、わたしは司令本部警備責任者として夜勤に就……
「クローヴィス、今日はバウマン隊が夜勤だ」
就こうとしたのだが、キース中将に呼び止められてしまった。
「はい」
何隊が夜勤を務めているかはしっかりと覚えております。
「サーシャの小僧もまだ戻っていない」
「はい」
サーシャは……リースフェルトさん、何時に帰れるか分からないと言っていましたね。
「夜勤中のお前の護衛がいないだろう」
「……分かりました!」
「分かったか」
「徹夜します!」
きりっとした気持ちで言い返したら、速攻顔を鷲掴みにされ ―― キース中将の寝室側のソファーで寝るように命じられてしまいました。
一日くらいの徹夜程度、平気なんですけどねー。もちろん明日も普通に日勤ですけど、そのくらいは大丈夫!
でも命令には逆らえないので、早々に寝る準備をしてソファーに転がることに。
「わたしがソファーに寝る。お前はベッドで」
「それは断固拒否いたします閣下」
護衛としての矜持というものがありますので ―― 閣下にお会いできなかったのは、残念だったなあ……朝会えたし、昼食も一緒に取れたけど、夜も会えると思ったのに……司令本部の夜は何ごともなく過ぎ、朝食を取っているとリースフェルトさんが戻ってきた。
お疲れ気味な笑顔を浮かべているリースフェルトさんにコーヒーを淹れる。
「ありがとうございます、少佐」
そう言い、笑みを浮かべたが、やっぱり疲れが見て取れる。
コーヒーを一杯飲んだリースフェルトさんが、キース中将に伝えたいことがあるので、寝室に通して欲しいと頼まれた。
内容は昨晩の夜会に関しての謝罪会談申し込み……これは早々に伝えなくてはと、許可を取り起きたばかりのキース中将に伝え、本日の午後三時にモルゲンロートホテルの一室で、本場アフタヌーンティーを楽しむという名目で行われることになった。
きっと用意されたサンドイッチとかケーキとか、一切手を付けられることなくパサパサになっちゃうんだぜ……勿体ないなあ。
「今日は飯食ってばかりだな」
身支度を調えたキース中将が、リーツマン中尉から変更がかかった本日の予定を渡され目を通してそう呟いた。
ちなみに本日のキース中将は王宮へと出向き、お帰りになった陛下とヴェルナー大佐とともに昼餐を取ることになっている。
昼餐の場で陛下やヴェルナー大佐から女性士官の復帰の手応えやその他について聞き、キース中将は二人が首都にいなかった間に起こった出来事や、軍の状況などについて報告する。
浮かれの欠片もない昼餐だ。
この昼餐を終えてから、急遽入ったモルゲンロートホテルでのアフタヌーンティー謝罪会談、その後軍政局にて最終報告を受けてから各自への労いを兼ねた夜会を開く ―― 本日の夜会はキース中将が主催です。偉くなると夜会を開くのも仕事のうちですからね。
正直書類にまみれているより、ずっと大変だと思います。
「クローヴィス」
「はい、なんでございましょう閣下」
「今日のわたしの移動は全て騎馬だ」
少しは運動したくなりますよねー。分かります。
「御意。閣下、差し出がましいとは思いますが、ホテル帰りに少し遠出はいかがでしょうか?」
ホテルでの謝罪がどう転ぶかは分かりませんが、気分転換は必要だと思います。特にキース中将のように責任ある方は。
「それもいいな。コース等は任せた」
「ご期待に添えるよう、最大限努力いたします」
キース中将が提案に乗って下さったので、本日の日勤ユルハイネンにコースの準備をするように命じ、わたしはキース中将と共に王宮へ。
小さめな個室 ―― ただし王宮基準なので普通に広いんですけどね、そこで陛下とヴェルナー大佐が待っていて、キース中将を出迎え……
「クローヴィス、済まなかった。まさかあの娘が、あんなことをしでかすなど」
陛下に頭を下げられた。わたし結構陛下に頭下げられてるよねー。
「頭を上げて下さい陛下。わたしは全く気にしておりませんので」
閣下とも色々とお話できたので、わたしとしてはなにも……そうは言っても、陛下としては「良かった」で済ませられないのも分かっております。本当にサロヴァーラ嬢……アレクセイといい、陛下にこれ以上ご迷惑をかけるなよ。
わたしと閣下とサロヴァーラ嬢についての話が終わると、各自席について食事を前にしながら情報交換が始まった。
あ、もちろんわたしは食べていませんよ。
わたしはよい香りを楽しんでおります。
陛下たちのお話によりますと、女性士官は四十八名中二十八名が復帰希望で、ほとんどが既に親族の許可を得ているとのこと。
わたしの予想では十名前後だったのですが、嬉しい誤算です。
ただ嬉しい誤算の裏事情というものがありまして、退役している女性士官は全員わたしより年上で結婚している。
となれば義父母や父母はわたしの父親よりも十歳以上年上で、六十代半ば以上。
この世代の人たちは、わたしたち二十代よりも共産連邦の前身であるルース帝国の脅威を、身を以て知っている。
退役した女性士官たちは全員三十代以上なので、これまた二十代よりも共産連邦の恐ろしさを経験している。
この世代の人たちに「かつてない状況。国を守るために是非復帰を」と頼めば ―― 拒否する人はいないわけだ。
むしろ復帰できる嫁であり娘であるわたしの先輩たちのことを、羨ましがっていたそうだ。自分も一度でいいから、あいつらに一矢報いてやりたかったと……。
もちろん女性士官たちは戦場に出るわけではない、そのことは知っていても、言葉が零れてしまうくらい、ルース帝国とその後身である共産連邦には、恨みでは言い表せない思いがあるらしい。
ちなみに復帰しない二十名だが、妊娠中だったり、親族に重病人がいるので世話をしなくてはならないなどの理由で、泣く泣く復帰を諦めたとのこと。
わたしも面識のある先輩から「出産したらすぐ復帰したいと総司令官閣下に伝えて! 聖誕祭前には出産終わるから!」という悲鳴混じりの手紙をもらったが、粛々と「今回は諦めてください。母子ともに無事出産を終え、新生児とともに安らかなる日々を過ごされること、総司令官閣下以下軍部一同でお祈りいたしております」なるお祈りの手紙を送り返した。
陛下とヴェルナー大佐、そしてキース中将の昼餐は堅苦しいが胡乱なことはなにもなく終わり ―― わたしたちは次の目的地であるモルゲンロートホテルへ向けて馬を走らせた。
わたしは手綱は握らず、両手で小銃を持って。
「相変わらず、凄まじい乗馬技術だな」
「お褒めに預かり、光栄であります閣下」
昼餐同様、面倒事なく終わると……終わるわけないわー。出発点が違うんだから。どこが落としどころになるのかな。駆け引きとか難しい……わたしがなにかするわけじゃないけどさ。




