【223】少佐、処分について伝える
閣下はサロヴァーラ嬢の処刑を撤回してくださった。
「イヴ・クローヴィス少佐。ただ今もどりました」
閣下が認めた手紙を持参し、司令本部に帰ってきたのは昼過ぎ。
キース中将は執務室で、書類に目を通していた。
「代理ご苦労。報告を聞こうか」
わたしは忙しいキース中将の代わりに、閣下のところへ連絡と、代理で済ませられる話し合いをしに行ったことになっていた。
キース中将は書類をまとめて寄せ、従卒にコーヒーを持ってくるよう命じた。
「当然といえば当然か」
従卒が運んできたのは、キース中将の分のみ。
それはそうだ。わたしは職務中だから、飲み食いなんてしない。
キース中将はコーヒーカップを持ち、
「お前が侯爵令嬢の処刑を望むとは思えないから、それは撤回になったのだろう? あの人はお前に弱い」
そう言ってコーヒーを一口飲んだ。
「弱いかどうかは分かりませぬが、わたしが処刑を望んでいないこと、また隔離は後日にして欲しいことを伝え了承をいただきました」
「後日?」
「閣下のことをわたしが支えると宣言したいのです」……という子供っぽい恥ずかしい独占欲を、上官に語るのは辛い作業でしたが、この拗れている状況で下手に隠すのは危険。だいたい、キース中将を騙しきれるとは思えないので、頬を膨らませたとかそういう恥ずかしいシーンはカットして伝えた。
「そうか。お前の希望がそれならば、叶えてもらうがいい」
「はい。あとリリエンタール閣下からの手紙です」
胸元で大事に保管していた封筒を取りだし差し出す。キース中将はコーヒーカップをソーサーに置き、机の引き出しからナイフを取り出す ―― ペーパーナイフじゃなくてナイフで封を切り、厚みの有る封筒から便箋を取り出した。
……筈だったのだが、何故か紙幣も飛び出してきた。
ばさばさとキース中将の机に散らばる紙幣。なんか厚みがあるなーそんなに書くことあったんですか? 閣下、と思っていたのだが、まさか紙幣が入っていたとは。
キース中将は散らばった紙幣を無視して、便箋だけを取りだし目を通した。
わたしは机から落ちた紙幣を拾い、散らばっている紙幣をまとめた。
「クローヴィス」
「はい」
「この金、持っていけ」
「何故でしょうか?」
「受け取る筋合いはないからだ」
「小官が受け取るのは、更に筋違いではありませんか?」
閣下がキース中将に送った金ですので、わたしにはなんの関係もないはずです。
「俺が受け取りたくないからだ」
……よく分からないのですが、よく分かります! キース中将ってそういう人ですよね! はい。
「分かりました」
受け取らないと言っているのだから、受け取らないのだろう。ここで無理矢理押しつけたら、閣下との仲がまたもや拗れそうなので紙幣は回収させていただきます。
……閣下、キース中将が紙幣などを受け取らないことは分かっているでしょうに……。でも紙幣を同封させることに意味があったんでしょうね。返されたとしても。
「随分と素直に受け取るな」
「閣下のご命令に従うまでです」
「そうか。その紙幣は、手紙の代金とのことだ」
「手紙の代金……ですか」
郵便料金にしては桁違いの額ですけど。正直にいって、わたしの月収分くらいありますよ。わたし、これでも結構高給取りですので、かなりの額と言って差し支えないはずです。
「貴族令嬢に関するやり取りは、私信だから当然実費だ。近いので郵便料金はさほどかかってはいないが、手紙や封筒、蝋封代が掛かっただろうと」
あーそうか。
閣下にお手紙を出すとなると、レターセットもそれなりの品質が求められますものね。軍でキース中将が使用しているのは、市販の超高級品レベル。
そしてキース中将は個人的なやり取りに、軍の備品を使うようなケチじゃありませんから、自前で購入なさったのでしょう。
「そうでしたか」
「わたしが紙幣を受け取ったら、向こうが全て悪いことになってしまう。それは違う」
閣下が全面的に責任を負うと言っても、それを黙って受け入れられない……相変わらず、複雑な人だなあ。
「そうですか……では半分くらいは受け取ったほうがよろしいのでは?」
和解金的なものなのですから……
「あいつと、このような件で責任を半々というのは性に合わん」
全く分かりませんが理解はいたしました。
閣下に全額お返ししたら笑って受け取ってくださるでしょう。うん!
「では責任を持って、お返しして参ります」
かなり厚みのある紙幣を上着のポケットに突っ込ませてもらった。
「面倒な上官で悪いな」
コーヒーカップを手にしたキース中将は微笑んだ。この流れですと、不敵もしくははにかみだと思われるのですが、上官の笑みは相変わらず儚い。
「リリエンタール閣下にお会いできる機会をありがとうございます。この件については、これで終わりということでよろしいでしょうか?」
「ああ」
これで二人の拗れは解消できたようです。わだかまりが消えたわけではありませんが、溝が深くなることは避けられた……と思いたい。
「閣下、少しお話したいことがあるので、本日夜会へ向かう際、馬車に同乗してもよろしいでしょうか?」
「構わんぞ」
「ありがとうございます。では報告を終わり、任務に戻らせていただきます」
わたしはキース中将の隣に立ち警護につく。
ちなみに今日の夜会はベルバリアス宮殿 ―― そう、閣下主催のブリタニアスからの援軍を率いてきた海軍大将ドレイク卿の歓待の夜会なので、総司令官であり軍務大臣であるキース中将の参加は必須。
きっと室長は、直接顔を合わせざるを得ない状況になる前に、二人の拗れを解消したかったのでしょう……拗れたまま顔を合わせたら、どんな感じになってたんだろう……想像もつかないや。
通常任務が終わり、夜会前にキース中将も含めて簡単な食事を取る。
夜会に出るのに食事していくの?
本日の夜会は晩餐会ではなく立食式ですし、そもそもキース中将は食事をしにいくのではなく社交しにいくわけでして、食事をしているような余裕はない。
席が決まっている晩餐会ではなく、立食で動ける夜会にしたのは、様々な人と接触し話すことができるようにするため。キース中将はグラス片手に、ひたすら色々な人と会って話をするのだ。
本当は今日の夜会行きたくないんだよなあ……閣下にはお会いできるけれど、キース中将とドレイク将軍の通訳担当がボイスOFFなんだよ。
そりゃあ、あいつはブリタニアス語は流暢で、軍に関しても詳しいし、礼儀作法だって完璧で、絶対に裏切らないという、コイツ以外適任はいない! と言い切ってもいい通訳ですが……音声が! 声が!
わたしキース中将の側で、ずっとボイスOFFの翻訳を聞き続けなくてはならないという苦行が待っているのです。
いや、閣下にお会いできるほうが嬉しい!
それを心の糧に頑張ろう!
夜会を乗り切るため、何ごとがあっても機敏に動けるように腹五分目の夕食を取り、わたしはキース中将の馬車に同乗する。
「それで話とはなんだ? クローヴィス」
馬車が動き始めてすぐに、キース中将が”話せ”と ――
「閣下、ルース皇子アレクセイの処分についてお伝えいたします」
サロヴァーラ嬢の処分について、家長である陛下が排除もやむなしとした……と聞き、貴族や王族はいまだに家長が絶対的な処分権限を持つことを目の当たりにし、わたしは閣下にアレクセイのことについてお尋ねした。
閣下はアレクセイにどのような処分を下されるのか?
閣下は躊躇わず、わたしをまっすぐ見つめ「極刑に処する」と言われた。
これに関してわたしは意見は述べなかった。
サロヴァーラ嬢などとは比べ物にならないほど、アレクセイはしでかした ――
「極刑に処すると断言なさいました」
「そうか……」
キース中将にとってアレクセイはルース皇帝の子なのだけれど、母親はロスカネフの王女。キース中将は王家に盲目的に従うような人ではないが、アレクセイはついこの間までロスカネフの王族でもあったのだ。
「受け入れて下さいますか」
「わたしは口だし出来る立場ではない。アレクセイからロスカネフの王籍を剥奪するよう進言し、議会を動かしたのはわたしだ……こうなることは分かっていた。それでも剥奪するしかなかった。決断に後悔してはいない」
そうキース中将はアレクセイの王籍剥奪を推した人物で、剥奪後のアレクセイについては関わらない ―― キース中将から閣下にアレクセイの処遇について尋ねることはできなかった。
”あれの性格上、聞いてはこない。しっかりと線引きしているからな”
キース中将はアレクセイの処断についてご存じなのですか? と、閣下に尋ねたら、そんな答えが返ってきて、思わず笑いそうになった。
尋ねたら閣下は答えてくださるのに ――
「聞けば答えてくれることは分かっていたぞ、クローヴィス」
「失礼ながら……面倒な性分でいらっしゃいますね」
「自分でもそうは思っている。わざわざ聞いてきて教えてくれて感謝する」
キース中将はそれ以上アレクセイに関してなにも言いませんでしたが、思うところはあるのだろう。そして完全に突き放したことに責任を感じているのかもしれない ―― お前の軽率が多くの人々に「処刑」という大きな決断をさせたことを理解しろよ、アレクセイ。
……理解だけじゃなくて、反省もしろ! 反省しても処刑は回避できないけどな!
車窓から景色を確認すると、そろそろベルバリアス宮殿の正門に差し掛かるのが分かった。
「クローヴィス」
「はい。なんでしょう閣下」
キース中将が手を伸ばしてきて、わたしの頬に軽く触れた。
「お前はすでに主席宰相閣下を支えている」
「……」
「あのサロヴァーラは支えるどころか火薬庫に火種をぶち込んでいきやがったが、お前は見事に消してみせた。わたしと主席宰相閣下のいざこざを収めるなど、いままで誰もできなかったことだ」
「閣下」
馬車が停まり ――
「これからも、わたしと主席宰相閣下は意見を対立させる。そしてお前はその都度、間を取り持ってくれるのだろう。わたしはそれを当てにする。きっと面倒事を山ほどテサジークから持ち込まれるはずだ」
「閣下」
この先、何度も無理ゲーに果敢に挑まなくてはならないのですか! いや、挑ませていただきますが! そして室長……。
「だがいかなる状況であろうとも、最後は必ずツェサレーヴィチ・アントン・シャフラノフを選べ。お前はあの人の手を取ったのだから」
キース中将は頬に触れていた手を下ろし頷かれ ―― わたしは馬車のドアを開けた。




