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【219】少佐、陛下の幸せを願う

 いまわたしの目の前には、閣下を婿に迎えたいと言っている侯爵令嬢が ――


「サロヴァーラ嬢、あなたは才女であるとユルハイネンから聞いている」

「ありがとうございます」

「その才媛がなぜあれ(・・)と侯爵令嬢如きが結婚できると考えるのだ?」


 あれ(・・)とは閣下のことですよねー。そして侯爵令嬢如きと言ってしまいますか、キース中将。


「それについてお話したいことが。人払いは結構でございます」


 おや? 人払いをするとキース中将は言っていたが、令嬢は要らないと。


「そうか。では聞かせてもらおう」


 キース中将の表情や雰囲気に変化はない。

 ただ人払いする可能性があるほどの内容を聞くはめになるのかー。室内にいるユルハイネンも一緒に……聞かせて大丈夫なのかな?

 だがキース中将が退出命令を出していないので……さて、何を聞かされるのかな?


「わたくしは王族の血を引いております」


 ……ん? それがなに? 貴賤結婚を禁じていない我が国では、王族と婚姻を結んでいる貴族なんて珍しくないのでは?


「王族の血を引く家臣(・・)の娘程度では、あれ(・・)の妻になれないことは分かっているだろう」


 侯爵の娘でも閣下の妃として迎えられるが、それはあくまでも侯国の姫。閣下の妃は侯爵であっても、トップに君臨している人物の娘でなくてはいけない。

 家臣である侯爵の娘では閣下には相応しくない……貴族の血が一滴も入っていないわたしと結婚してしまうのですがね。


「もちろん存じております」


 なんだろう? ぞわっとした……。

 サロヴァーラ嬢の声じゃなくて、なにか別のものだ。余裕な笑みを浮かべているサロヴァーラ嬢。この危険な感じ、気付いていないのか?


「それで尚、あれ(・・)との婚姻を結ぶことを希望するのか?」

 

 おそらくぞわっとした理由はキース中将だろう。

 この空気に気付いて……でもサロヴァーラ嬢は笑顔を崩さず ―― 気付いていないわけではなさそうだ。これは、なんというか……気迫に負けない自分を売り込んでいる感じだ。

 サロヴァーラ嬢、あなたは芯の強い女性のようですが、危機を察知する能力が若干低めだと思われます。多分あなたが次に口にする言葉を「喋るな」とキース中将は……


「わたくしはヴェルロンデス王の娘にございます」


 わたしの思いが通じるはずもなく ―― そしてキース中将はそのままだったが、空気が違う。なんというか手遅れ……の一言しか思い浮かばない。

 そして令嬢は父親がヴェルロンデス王と。

 陛下の父君ヴェルロンデス王ですか。

 あの持参金インゴット偽装の主犯格。ヒースコート准将が「俺の仕える相手じゃねえ」と言ったあの(・・)ヴェルロンデス王の娘?


「王の私生児という認識でいいのか?」


 そして全く動揺を見せないキース中将。

 ……そう言えば、ここに来る前「厄介なの」って仰ってましたね。

 それって、サロヴァーラ嬢がヴェルロンデス王の私生児だって知っての発言ですか? キース中将ほどともなれば、ご存じでもおかしくはないけど。


「いいえ」

「では認知されていると?」

「認知ではありません。わたくしは、正式な王の子でございます」


 ふあ? ヴェルロンデス王と王妃の間には、王子二人しかいなかった筈ですが。


「サロヴァーラ嬢、あなたが生まれるより前にヴェルロンデス王の妃は亡くなっており、王は再婚していないと記憶しているのだが」

「実は王は再婚していたのです」


 サロヴァーラ嬢の話によるとヴェルロンデス王は貴族令嬢と秘密結婚をしており、その間に生まれたのが自分なのだと。

 何故隠されたのかな? と思ったら、ヴェルロンデス王の再婚相手はガイドリクス陛下の婚約者だったので外聞が悪いため隠されたのだそうです。

 息子の婚約者を奪ったというわけ。絶対王政下ですので、こういうことがまかり通ってしまうわけで……


 こ れ は 酷 い ! ま れ に 見 る ひ ど さ だ !


 本当にろくでもないことばかりしていた王だったんだなー。

 このサロヴァーラ嬢の生母は、陛下の二つ年上なので現在三十九歳。出産当時は十五歳。

 なにも言うまい!

 サロヴァーラ嬢の生母で陛下の婚約者ですが、サロヴァーラ嬢を出産後も陛下(ガイドリクス)と婚約していました。

 ただ二十過ぎたころ、体調を崩され回復の見込み無しとなり、婚約は白紙になったと記憶しております。

 まさか裏側にこんな事情があったなんて、思う筈もない!

 そして陛下の女運の悪さにそろそろ泣きそうです。陛下、一時期は「なにがヒロインだ! けっ!」と思いましたが、今はそんなこと思いません。幸せになってください! 本心よりの言葉であります。結婚だけが幸せではないと言いたいのですが、国王は結婚が必須なので……いい方と再婚なさってください!


「王宮には結婚証明書があります」

「なるほど」


 ヴェルロンデスの屑行為はさておき、サロヴァーラ嬢の生母は陛下の妻となる筈だったのだから家柄としては問題ない。

 だから閣下と結婚するのに身分は足りるというわけだ。


「リリエンタール伯爵閣下には是非ともこの国に残り、大統領となって欲しいのです」


 閣下と婚姻を結ぼうとする理由は、大体それ(・・)ですね。


あれ(・・)に大統領を務めて欲しいことには同意するが、権利を発生させる手段としてあなたと結婚となると無理だ」


 キース中将はっきり仰いますわー。


「やってみなければ分かりません」

「たいした自信家だな」

「自信がなければ総司令官閣下のもとに押しかけたりはいたしません」


 そりゃそうか。わたしは玉砕覚悟で閣下のもとに押しかけましたけどね。


「一つだけ」

「なんでございましょう、総司令官閣下」

「あなたと結婚することで、あれ(・・)にとって、どのような利点があるのだ? そこを提示してもらわなければ困る」

「公私ともにリリエンタール閣下を支えてみせますわ」


 すばらしく堂々としていらっしゃいました!

 キース中将は会談を終え、ユルハイネンにしっかりとサロヴァーラ嬢一行が、敷地から出るのを確認してこいと命じ見送らせた。

 そして帰りの蒸気機関車に乗り ―― わたしとユルハイネンは呼び出される。


「お前たちは気付いただろうが、エリザベト・ヴァン・サロヴァーラは消される」


 第一声がこれ(・・)ですよ! 奥さん。

 うん、なんとなく気付いてはいた。理由も分かる。


「あのエリザベトが王女であることは知っていた」


 キース中将は頬杖をつき、つまらなさそうに言い捨てた。


「理由は教えておこう。陛下の嫁選びの際、選んではならない貴族令嬢のリストに入っていたからだ」


 異母妹ですものね。


「そして王の娘であることを暴露した場合、速やかに……ということになっている。エリザベトがそのことを知っていたかどうかまでは分からないが」


 キース中将は白ワインのボトルを掴み、自らグラスへと注ぎ一杯飲み干す。

 酒を飲まないとやってられない、という気持ちはなんとなくわかります。


「ただエリザベトの殺害はない。公表されていないとはいえ、正式な王族だ。手にかけようとする者はいない。近いうちに似たような娘が入れ替わり、婿を迎えてサロヴァーラ家を継いでいくことになるだろう」


 それは室長の分野っぽいなー。もう室長に連絡届いちゃったのかなー。


「お前たちにこのことを話したのは、エリザベトの入れ替えに気付いても、知らぬを通せと命じるためだ。他の隊員は誤魔化せるが、お前たち二人は誤魔化されないだろうからな」


 高く評価していただけて嬉しいです、キース中将。


「ユルハイネンは下がれ。クローヴィス、お前にはまだ話がある」

「失礼します」


 ユルハイネンは退出し ―― わたしは向かい側に座るよう命じられたので従う。

 キース中将は空にしたグラスに先ほどの倍ちかい量の白ワインを注ぎ、


「お前も飲め」


 半分以下になった白ワインのボトルをわたしの方へ放り投げてきた。

 もちろんぱしっと掴む。


「職務中ですが」

「お前の職務時間は終わっているだろう」


 ステムを持ちリムに唇をつけているキース中将の姿は、いつも通り儚い。指だって華奢とは縁遠いし、口元だって男なのですが儚いものは仕方ない。


「では」


 ラッパ飲みしているわたしも、いつも通りって感じですよね。


「わたしの見立てだが、エリザベトの本命は主席宰相(リリエンタール)閣下ではない」

「そうなのですか?」

「常識的に考えて、あれ(・・)を婿にできるはずなかろう」

「そうで……すよね」


 グラスになみなみと注がれていた白ワインは、すっかり飲み干され、キース中将はグラスをサイドテーブルに置く。


「本命はわたしだろう」


 やはりキース中将狙いの肉食系ギリ女子でしたかー! 平民のキース中将と侯爵令嬢(本当は王族)も無理なのでは? いや、そこはどうにかなるのだ! 叙爵という道が残っているから。


「総司令官は伯爵に叙爵されますからね」


 そういう慣習があるのですよ。


「受け取るつもりはないがな」


 キース中将は当然のごとく辞退する方向らしい。

 ……まあ、キース中将は貴族が嫌いなので、仕方ありません。もちろん人間が出来ているので、部下の貴族を差別したりはいたしませんが、自分がなるのは嫌だと明言していらっしゃいます。


「クローヴィス。エリザベトが男装で訪問してきたことに、驚いただろう?」

「はい」

「あれは、そうなるように育てられたのだ。学問を修めた男装の令嬢など、たとえ侯爵家の娘であろうが、王族の配偶者候補として名が挙げられなくても、なんら不自然ではない。他の家からも是非妻にと請われることもない。更に言えば令嬢は、自分の意思で変わり者の人生を選んだと思っている(・・・・・)ので、自身の生き方に一つも不審をいだいていない」


 キース中将とサロヴァーラ嬢が会話していた時以上に、ぞわっとした。

 サロヴァーラ嬢は、意志の強そうな女性だったが ―― その意志の強さ込みで、上流階級の娘には必要とされていない学問の道へと進んだ? いや、進まされた?


「容貌が王族と似通っていても不審に思われぬよう、過去に王族と縁を結んだ一門に養育を命じる……テサジーク家当主の仕事らしく、手抜かりは一切ない」


 ”ご飯食べにいこうねー” と無害を絵に描いたような笑顔で手を振る、室長の姿が浮かぶのだが……有能とかいうレベルじゃないです。


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