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【215】少佐、解雇理由を聞く

 西方司令部訪問中、我々一行(キース中将含む)は売りに出されていた貴族の邸宅を借り滞在している。

 ホテルに泊まれたら楽なんですが……メイドという女性使用人がいると、キース中将が安心できないので却下。

 軍の施設ですが、西部のフォルズベーグが騒がしいので、国境警備を担当している西方司令部には通常よりも多めに兵士を配属しており、施設は彼らが使用しているため、一箇所に全員が宿泊できないので、これまた却下。

 今回のキース中将の視察に同行しているのは、親衛隊百名に隊長のわたし、そして副官のリースフェルトさん。キース中将の副官二名に、秘書官五名。秘書官補佐十五名、従卒四十名 ―― それにキース中将を含めると計百六十五名の大所帯。

 通信設備が整っていた前世とは違い、点在させると連絡を取り合うだけで一苦労になるので、拠点は一箇所にしたいのですよ。

 多少費用はかかってもいいので随行員全員が一箇所に宿泊できる邸を捜すよう、わたしがヴァン・イェルム大佐に指示したのだ。


 少佐のくせに大佐に指示ですか? と言われそうですが、キース中将の身辺警護の全ての権限・責任はわたしにあるのです。

 これはキース中将の身辺を守る為に必要な命令を、誰にでも下せるということなのですよ。軍は階級社会ですが、役職に付随する権限というものもあるのですよ。

 役職に就いていない大佐とわたしなら、わたしの方が偉い……ことになるのさ。総司令官の親衛隊隊長職というのは、かなりの強権を持つのですよ。


 使ったことないけどね! でも邸を捜すことは指示するよ! お願いとか依頼じゃなくて命令……じゃないと駄目なのですよ。


 ヴァン・イェルム大佐はすぐに引き受けてくれ、産業革命で没落した貴族が最近手放した城という、部屋のそこかしこに怨念が詰まっていそうながら、すぐに使える建物を捜し出してくれた。

 怨念は嫌だが、職務を遂行するためにはどうってことない問題だ。

 怨念が現れたら掌一杯の岩塩をフルスイングでぶつけてやるぜ! 

 わたしのフルスイング除霊(物理)に恐れ戦いて現れないであろう怨霊はさておき、城は大きいが賃貸料は結構控え目……というか、こちらの言い値。

 でも契約を結びにやってきた不動産業者社長は大喜び。

 何せこの時代の軍は強い権限を持っている上に、更に現在は戦争が間近に迫っており、それに関する特例が既に発布されているため”徴発” ―― すなわち無料で貸し出せと命じることができるのだ。

 そんな社会情勢下でありながら、金を払って借りてくれるというのは、業者にとってもありがたいこと……と、そりゃあもう嬉しそうに語られた。

 ちなみに賃貸料は相場の七割。

 不動産業者は五割を持ちかけてきたが、こちらから七割を提示したところ、転がらんばかりに喜んでいた。

 「いやー、立憲君主制って良い時代だ」と、書類にサインをしながら不動産業者社長は語っていた。聞かなくても分かるのだが、一応話を促したところ、やはり絶対王政下では戦争となると、徴発で国にすぐに接収されてしまい ―― それ以上はっきりとは言わなかったが、金銭的に色々と迷惑を食らったらしい。


 上機嫌な業者からこうして邸……ではなく城を借り、食事や洗濯、掃除などを担当してもらう従卒四十名を先行させた。

 不動産業者から城と周辺について詳しい社員も借りておいた。

 上機嫌だった社長は、それは気前よく貸してくれたよ。この社員に関してだが、周辺の細かい地理もそうだが、城内についても詳しい人がいないと困るので借りたのだ。

 だって間取り図とかないから。

 まあ部屋数二百以上の城なので、間取り図出されても「……あう」となりそうだけどさ。

 キース中将の滞在する建物ということで、これらは全てわたしが手配する。

 隊長職って本当に大変なんだ。ま……まあ、ほとんどリースフェルトさんがやってくれたような気がしなくも……。

 そうそう、従卒の中にはキース中将の休暇の際に諜報部のほうから来た五人も入ってる。クーラは大量のキャラメルナッツを持って挨拶にきてくれたよ! 気を使わなくていいのにー。え? もちろんキャラメルナッツはいただきましたよ。

 「おいしい、おいしい」って食ってたら「冬眠前の熊でも、そんなに食えませんよ」ってユルハイネンに言われたけど、気にしない!


 借りた城から西方支部までは馬車で二十分、蒸気機関車で三十五分、下車して更に馬車で十分と、かなり距離があるのですが、百六十五名全員が同じ場所で寝泊まりできる大きさとなると、やはり郊外になってしまう。

 キース中将は「郊外に宿を取っているといえば、話を切り上げられるから悪くはない」と言って下さったけどね。


 普通なら総司令官は本部近くに宿泊し、わたしたちが通うのだが……そこはさ……


 少々変則的ではありましたが、キース中将の西方でのお仕事も終わりが近づき、わたしはリースフェルトさんやリーツマン中尉と共に、中央に戻る経路の最終確認を行う。

 気候とかその他周辺で事故はないかなどの調査、また蒸気機関車が落石やその他の災害により走行できなくなった際、どのように帰還するか? 誰を伴い、誰を残し隊をまとめ帰還させるか?

 馬車で帰還するのがもっとも確実なので、あらかじめ金を支払い借りおく。ただ一箇所では賊に狙われるかもしれないので、複数の施設に金を支払い事前に借りる契約を結び、借りる場所によりルートも別々にし……など、することは無数にある。

 もちろん事前に全て終えているけれど、最終チェックも必要なんで。

 頑張って準備してもほぼ全てが無駄になる ―― だがそれが最良という、なかなか大変な仕事なのですよ。


「どうぞ、少佐」


 書類を確認していると、リースフェルトさんが紅茶を淹れてくれた。


「ありがとうございます」

「ありがとう……ですよ、少佐」

「あ、はい」


 受け取った紅茶を一口飲む。……これ、消耗品として購入した茶葉じゃない。それほど紅茶に詳しくないわたしでも、味の違いがわかる。それと淹れてくれた人の技能も。

 わたしが紅茶を楽しんでいると、リースフェルトさんがドアへと近づき、皿を受け取った。

 盛られていたのはシュークリーム。

 郊外であるこの辺りには菓子店などないので、きっとクーラが作ってくれたのだろう。

 頭を使うのには糖分が必要などと言い訳しながら、シュークリームを三つほど口へと運ぶ。

 わたしの口のサイズと体格では、三つくらい容易いのです。

 紅茶との相性も最高 ―― ふと視線を向けると紅茶によく似たリースフェルトさんの琥珀色の瞳。


「綺麗ですね」

「なにが、ですか?」

「リー……ジークの琥珀色の瞳がです」


 濃いめなんだけど、透明感があって、とっても綺麗なんですよね。それがまた顔だちに似合ってるんだー。


「ありがとうございます」


 言われ慣れている感が……もうね、格好良いよ!


「少佐は意外と他人の容姿を褒めますね」


 リースフェルトさんはわたしのすぐ隣り、テーブルに腰掛けている。もっとも完全に座っているわけではなく軽く腰をかけている。ビリヤード台に座りショットを……といった雰囲気。


「意外ですか?」

「意外は正しくなかったかな……なんというか、少佐も他人を美しいと感じたりするんですね? が正しいかな」

「なんですか、それ」


 わたしに美的センスが備わっていないと言うのですか!

 優れた審美眼を持っているとは言えませんが、綺麗なものくらいはわかりますよ。


「言葉通りですよ。自分の顔を見慣れている少佐からしたら、他の人って褒めるに値しない顔だちばかりでしょう」

「え? 綺麗なものは綺麗だと思いますよ。ジークの顔だちはとても整っていると思いますよ」

「少佐が本心から言っているのは分かるのですが、なんとも気恥ずかしいといいますか……容姿を褒められ慣れはしていたのですが、自分を遙かに上回る容貌の人から裏もなく褒められると、結構恥ずかしいものですよ」

「遙かに上回るって……」


 わたしの顔は絶望的な性別誤認を引き起こすが整ってはいる。それは否定しない……が、何を言われているのかよく分からん!


「その容貌で他人を心から綺麗だと思えるって、凄いというか……不思議な人ですよ」

「そうですか? ……きっと、それは、この容姿で良いことばかりではなかったからだと」


 もっとも顔が性別誤認に関与しているのは三割程度、あとは体格の所為でしょう……むしろ、この体格だから、この顔で良かったのか?


「分かりますよ、少佐」


 ソーサーを片手に、カップを口元へと運ぶリースフェルトさんが”分かります”と ――


「分かってくれますか」

「ええ。優れている容姿の持ち主が、自分の容姿を厭うと”贅沢”や”我が儘”と言われてしまいますよね。そういう意味じゃないんですよね。自分が欲する容姿ではないから、嫌っているのですよ。それは容貌が優れない人が、美しくなりたいと言っているのと同じなのですが、受け入れてもらえませんよねえ」

「ええ……」


 女の子に見える女の子……当たり前のことだが、そういう女の子に憧れた時もありました……今でも少し憧れる。初見殺しみたいな容姿は要らないんだよー!

 いや、でも閣下がお気に召して下さっているから、最近はそう思うこと少なくなってきた。

 うん……この容姿好き……自分の容姿を好きというのも……でも好きになってきたよ。閣下褒めて下さるからー!


「分かります、分かります。少佐に向かって言うのも恥ずかしいのですが、わたしもこの容姿のせいで、前職を馘首になりましてね」

「へ? オルフハード少佐の前職って?」

「ジークですよ、少佐」

「あ、済みま……済まん!」


 思わず素になったわー。


「わたしの前職は、少佐もご存じのはずですが」

「閣下の懐刀?」

懐刀(それ)じゃなくなったら、いまこうして少佐のお側にはいられませんが」


 リースフェルトさんは空になったカップをテーブルに置いた。


「え……と……明確には分からないまま、お付き合いしてきたもので。教えて下さいませんか?」


 そう言うと、リースフェルトさんは頷いて ――


「前職は諜報員ですよ」

「…………」

「この容姿を生かしロミオ(対女性)諜報員として働いておりましたが、一年と少し前に少佐に振られたのが切っ掛けで馘首になりました」


 …………ええええ!


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