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【211】少佐、最終報告書を読む

 各地へ向かった陛下に帯同したデニス ―― 何ごとかがあった場合に即座に路線を変える能力を持っているから連れて行かれたそうです。

 国内線は全路線と時刻を網羅しているデニス。

 これに限ってはググるのより遙かに早いので、そういう意味で同行させるのは最適ですが……。

 だが届いた手紙を読むと、帯同させてよかったのか? と言いたくなってしまうのです。


『整髪用グリースと間違って、蒸気機関車整備用のグリースを持ってきてしまうという大失態』


 デーニースー!

 そんな間違いするの、お前だけだからな! 普通自宅に整備用グリースはありません!


『グリースがなくて、誰かに借りようとぼさぼさの髪で車中を歩いていたら、姉さんくらい背が高く、金髪でアイスブルーの瞳の、無駄に格好良い男性に髪を毟るように掴まれ、恫喝されてしまった』


 恫喝してきた人は、間違いなくヴェルナー大佐でしょう。

 陛下の随行員が、髪ぼさぼさじゃあ……なあ。


『事情を説明したところ、その人(ヴェルナー)が持っていた予備のグリースをくれたけれど、髪質が全く違って酷いことに』


 デニスの髪は癖があって硬いもんな。

 ヴェルナー大佐の髪の硬さは知らんが、わたしと同じストレートだから、デニスの整髪料とは種類が違って当然だろう。


『その結果、グリースをくれた人に、また叱られた』


 でしょうね。


『でも、他の人に”あの人(ヴェルナー)にとっては、軽く注意しているだけだから、キニスンナ”って言われた』


 そりゃまあ……。


『もともと全く気にしてなかったんだけどね』


 デーニースー!

 少しは気にしろー!


 姉さん、胃が痛くなるわー。実際この手紙を読んだ父さんは、若干胃が痛くなったっぽい。

 そりゃそうだ。陛下に帯同してるんだから!

 そんなデニスの手紙と共に、退役した女性士官たちからわたし宛に手紙が届いた。

 陛下に復帰を持ちかけられたあと、デニスがわたしが書いた紹介状(的なもの)を渡してから、復帰する場合「このような手順を経て現場に戻る」というのを説明したらしいのだが ――


『蒸気機関車君は相変わらず蒸気機関車君ね。変わってなくて安心したわ』


 ………………ああああ!

 なにをしたんだ、デニスー!

 いや、言わなくても分かる。きっといつもわたしに語ってくれる勢いで語ったんだろう?

 分かってるさ、デニス! でもそれをしたら引かれるって、姉さん教えたでしょう?!

 あとどの手紙にも書かれていたのが、


『最後に取ってつけたように”あ、馬車もお願いします”には笑ったわ』


 ………………あ゛あ゛あ゛あ゛!

 その様が分かるから困る!

 たとえ陛下に帯同しても、ヴェルナー大佐が目を光らせていても、腕力を持ってしても、デニスはデニスだった。

 でもデニスからの手紙は楽しいからいいのだ。

 つい先ほど目を通し終えたオディロンの襲撃事件についての最終報告書に比べたら ――


 まずはボイスOFF(ウィルバシー)が乗っていた車を満タンにしていなかった整備士だが、これは単純に嫌がらせだったそうだ。

 「ちぃせえ男だな」とはキース中将の言葉だが、わたしも一言一句同意である。

 そんなちぃせえ男は、事態が大事になり、びくびくして過ごし ―― 減給十六ヶ月に処された。

 軍人不足なので、もちろん退役は不可だ。


 次に中央司令本部の貴族司令官の仮眠室に娼婦を連れ込んでいたレックバリだが、普通に不名誉除隊となりました。

 それだけではなくベッド代と部屋の内装代をも請求されました。

 あ、もちろん不名誉除隊なので退職金はありません。

 またレックバリは噂通り半身不随……というか首から下が動かない状態になったそうで ―― 一年も持たないのではないかと言われています。

 今の時代、寝たきりの寿命というのは、そのくらいなのですよ。

 可哀想な気もいたしますが、夜勤の際に職務を放棄して娼婦を連れ込んでお楽しみ、更には事情を知っている数名の部下を恫喝していた結果ともなれば「まー仕方ないんじゃない」って軽く言いたくなってしまうのも、仕方ないと思うのですよ。


 レックバリが連れ込んでいた娼婦ですが、名はリネット・アールグレーン。

 そう、アールグレーン商会長夫妻の二女、攻略対象アルバンタインの婚約者……の姉でした。

 このリネットという人は、家中でサンドバッグにされていた……と言えば分かるだろうか? アールグレーン一家はこのリネットを虐めることで纏まっていたそうだ。

 腹立たしいわー。

 ゲーム本編では家族と連座で処刑されたアルバンタインの婚約者(三女)、可哀想だと思ってたけど、そういうの聞くと、ちょっと……というか勝手にしろって気持ちになるわー。

 このリネットという人は家族から「お前は家族じゃない」扱いを受けてきた人で、その寂しさを埋めるべく、男性と肌を重ねるという手段を選んだ。

 リネットにとって性行為は自分を求められていると感じられる時間だった……と本人が日記に書いていた。

 素性を探られるのは嫌なので、娼婦の真似事をするようになる。

 ……で、娼婦というのはどこかの組織に属しているものらしく、個人で客を取るというのはまずない。

 勝手に道ばたに立って客を取るのはルール違反らしい。

 どういうルール違反なのかは知りませんが、組織的には駄目で目をつけられるし、最悪殺されるのだそうです。

 だがそんな組織も立ち入らない界隈というものがある。

 その一つが中央司令本部付近だ。軍の本拠地には呼ばれでもしない限り近づかないというのが、そういった組織のルールなんだって。

 だからこの本部周辺には娼婦は立っていない ――

 どの組織にも属していないリネットが立つには、丁度良い場所だった。

 もちろんリネットは「そういう決まり」については知らなかったが、司令本部周辺にやってきた。

 蔑ろにされているとはいえ、商家の娘が足を運ぶような場所じゃない。

 では何故か? 耐えがたい孤独の中に生きて居たリネットは、自分と同じ人に出会いたかった ―― その人の名は、アーダルベルト・キース。


 ……って、リネットの日記に書いてた。


 リネットは自らと同じような孤独を懐いているであろうキース中将に会って抱かれたかったそうだ。そうして自らの孤独を慰めたいと。


 おい、キース中将の気持ちは無視か?


 可哀想な娘だとは思いますが、なんであなたの孤独を癒やすために、キース中将が同衾しなくてはならないのだ?

 キース中将にだって好みってもんがあるんですよ!

 わたしはキース中将の好みは知りませんが! もしかしたらリネットが好みの容姿だったかもしれませんが。

 なによりキース中将はリネットが思っているような、孤独な人ではないのですよ。

 リネットは家族も友達もいなかったらしいが、キース中将は天涯孤独ながら普通に友人いるんで。

 リネットの日記という物証に目を通したあと、その場にいた閣下から「友人がいないと思われているぞ。本当にいないのであれば、わたしが友人になってやるが」ってからかわれて「ん゛あ?」みたいな表情になったあと「遠慮しておきます」って儚い笑み浮かべて返してた。


 言うと叱られるから言わないけど、閣下とキース中将って友人だよねー。もちろん友人だなんて言ったらキース中将に叱られるから言わないけど、上記のやり取りが友人っぽいといいますか、空気がね。閣下楽しそうだし、キース中将は困惑しつつも……キース中将にとって閣下は、殺したいくらい嫌いな相手だけど、躊躇わず命をかけられる相手という複雑な相手だけどさあ。

 キース中将をからかうように仰った閣下には枢機卿(イヴァーノ)選帝侯(アウグスト)辺境伯(ヴィルヘルム)亡国王子(ベルナルド)など、多数のご友人がいらっしゃいますものねー。


 話を戻して、孤独の中に生きていたリネットは、同じ孤独を抱える(思い込み)キース中将に会いたいと願い、そこをレックバリにつけ込まれ、司令本部に忍び込んで性行為を行うという愚行に及んだ。

 うん、レックバリのヤツ、リネットに「キース中将に会う機会を得られる」って口説いて司令本部に連れ込んだんだって。

 これを聞いた時のキース中将のお怒りぶりといったら……


「わたしの名を使わねば、娼婦も連れ込めんのか、この屑(レックバリ)が」

 

 一言一句全てに同意するしかない。

 レックバリがホント屑で困るわ。そしてレックバリの嘘に騙されたリネット……でもキース中将を勝手に孤独な人にしてたからなー。

 リネットの日記に書かれているキース中将を一部抜粋すると、


『わたしの愛おしいアード きっと一人の夜を持て余し 月明かりに涙を浮かべていることでしょう』


 ……リネットの中ではキース中将はアードで夜一人でしくしく泣いている線の細そうな男性になってた。

 訂正を入れると、キース中将の愛称はアードではなくてアデルです。

 一人の夜、しくしく泣いているような性格じゃないです。静かですが泣いたりしません。一人でいる時は酒を飲んだり、本を読んだりしてます。花びらが散るのをみて落涙しません。そもそも部屋に花を飾ったりしません。

 日記にはこのほかにも「乙女ですか? 乙女ですよね? え? 四十過ぎた男性職業軍人?」みたいな記述のキース中将がたくさんいた。もちろん全てリネットの妄想だが……思わず「誰だ、これ」って呟いてしまったわたしは、悪くないはず。

 キース中将は立派な大人ですので、家族に疎まれ孤独から逃れるために肉欲に耽り撲殺された二十一歳のリネットを哀れに思い、怒ったりはしなかったが、


「枯れた白薔薇を抱きしめ、声を押し殺して夜更けから明け方まで泣き続ける中年男性に抱かれたいと思うとは、変わった趣味だな。俺なら大金積まれても謹んで辞退するが」


 そんなことを言っていた。

 それに関しては一言。キース中将、あなたはそこらにいる中年男性じゃありませんので。まあ、キース中将がそんなに泣いたら、わたしは体調不良を疑って医者呼びますが ―― 情緒の欠片もない女で御免。でも親衛隊隊長としてそう判断を下すべきですから。

 雰囲気しか知らないリネットはそう思ったんだろうなあ。でも実際は、そんなことない、完璧な職業軍人閣下ですよ。

 ちなみにアールグレーン家はリネットを完全に見捨て、遺体は引き取られることなく共同墓地に埋葬されました。

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