【021】少尉、悪役令嬢を信用する
「太陽が眩しいな、曹長」
「そうですね、クローヴィス少尉」
暇すぎる史料編纂室に配属されたはずなのに、初日から徹夜。
諜報部員でもないのに徹夜。
憲兵でもないのに徹夜。
夜通しなにをしていたかというと家捜し。
シーグリッドが共産連邦の幹部党員徽章を所持していたので、リストに従い実家を大捜索。もちろんなにも出てきませんでしたが……なんで貴族令嬢がレオニードの徽章持ってるんだよ。
「少尉、気付けに飲みますか?」
最近よく一緒に行動している一等兵に、アルコール濃度が高い蒸留酒が入っているらしい携帯水筒を勧められた。徹夜で気付けって、おい! と思うが、気持ちは分かる。
「飲みたいところだが、これからマルムグレーン大佐の所へ行かなくてはならないのでな。どこかの少佐なら許してくれそうだが、あの大佐はちょっと」
「たしかに」
それにしても、よくあの大佐に腹パン決められたものだ。すごいぞ、自分!
などと徹夜明けの自分を鼓舞して、いたいけな少年少女を容易に呼吸困難に陥れることができそうな殺気を垂れ流しているマルムグレーン大佐のところに、「なにも見つからなかった」という報告をしに向かう。
家捜しでなにも見つけられないと、叱られるんだよ。
なにか一つでも見つけてこいと。なければ偽装も致し方なし――とばかりに、アレリード曹長以下憲兵たちが、なにか持って行ったほうがいいですよと忠告してくれたが、正直面倒くさい。
いいよ、マルムグレーン大佐に叱責されて、拘禁室送りになっても。そうなったら寝よう。惰眠を貪ろう。
「リストに書かれていたものは、発見できませんでした」
「そうか。それで?」
”それで?”とは何でしょうかねえ。
いきなり駆り出されて、徹夜させられたあげく”それで?”
共産連邦の幹部と繋がっている証拠っぽいものが出てきたので、仕方ないと言えば仕方ないのですが……。
「シーグリッド・ヴァン・モーデュソンと話せますでしょうか」
「なにか聞き出せる自信でもあるのか」
「聞き出すのではなく、尋ねたいことがあるのです。イーナ・ヴァン・フロゲッセルのことで」
「モーデュソンはあの徽章は、フロゲッセルのものだと証言した」
あっ…………あああ! あー! 悪役令嬢よくばり四点セット『教科書ぼろぼろ・服ずたずた・遺品ぶんどり・階段つきおとし』の、遺品ぶんどりか!
ちゃんと悪役令嬢してたんだな、シーグリッド。昨日腕をねじり上げてごめんな!
そうか! おそらく、昨日の学習院の調査はいきなりで、行方不明になったイーナのことを聞かれると知ったシーグリッドが、恐くなって投げ捨てたんだな。
後先考えずに嫌がらせを優先して、共産幹部徽章を手元に置いていたとか、とんだ間抜けだ。世間知らずのお嬢さまらしいとも言えるが。
だがそれだと、共産幹部徽章をイーナが大事そうにしていたということになるが……盗まれたんだから大事にしていたのだろうな。
もしかして盗ませるために、大切に……まさかな。
シーグリッドが嫌がらせでそのような行動を取ることを、わたしは知っているが、証明はできない。
さて面会だが、マルムグレーン大佐やその他、目つきが鋭い輩と共に、昨日からずっと取り調べを受けているシーグリッドの部屋への入室が許された。
マルムグレーン大佐の姿を見ると、途端に目を剝き恐怖に戦く。いったい昨晩なにがあったのだろうか……いやだいたい分かるけどさ。
「シーグリッド・ヴァン・モーデュソン。一つ聞きたいことがあります」
わたしの言葉にシーグリッドが身構える。
なにを聞かれるか? 答えられなかったら、耳元で大声で怒鳴られるんだよなあ。
「身構えなくていいです。これは昨日あなたが引き起こした騒動とは、まったく別のことについてです。シーグリッド・ヴァン・モーデュソン、あなたはイーナ・ヴァン・フロゲッセルに違和感を覚えたことはありませんか? 理由はいりません。覚えたかどうかだけでいいのです」
初めて見たイーナに覚えた違和感。
あれがここに来て気になる。
でももうイーナはいないし、わたしが直接見たのは一度きり。
アンチはファンより詳しいと言われる――イーナをもっとも嫌い抜いたシーグリッドは、誰よりもイーナについて詳しいはずだ。
「違和感?」
「ええ。わたしは初めてヴァン・フロゲッセルと会った際、違和感を覚えました。あなたは覚えませんでしたか?」
生気に乏しくなっていたシーグリッドの瞳に光が宿る。
「違和感、そう違和感があったのよ! あなたも感じたの? そうよ、違和感があるのよ。あの違和感、理由は分からないけれど……分からないけど!」
叫びそして堰を切ったように泣き出した。
そうかシーグリッドも感じていたのか。
「小官が聞きたかったことは以上です」
あの違和感の正体はなんだ?
「少尉。話がある」
マルムグレーン大佐に声を掛けられたので……よし、もう一歩踏み出そう。
「ではお言葉に甘えて」
「いきなりなんだ?」
「今の質問を全校生徒に行いたいのです。ただし、男女に分けて。学年は混合で構いません」
「……いいだろう。それが終わったら来い」
オルフハード少佐は話しやすいけど、マルムグレーン大佐は話しづらいな。
だが許可はもらったので、学生たちに聞いてみよう。
男女に分けて先ほどの質問をした結果だが、男子生徒はあまり違和感を覚えてはいなかったが、女子生徒は七割近くが、初対面の時イーナに違和感があると認識していた。
もちろん理由は分からない。
「結果は副官から聞いている」
「その結果が全てです、大佐」
みな違和感はあったのだが、理由がわからず、なんとなく口にすることがなかった。
「違和感の正体を探り出せ」
メチャクチャ難しいこと命じてくるな、マルムグレーン大佐。
「大佐はイーナ・ヴァン・フロゲッセルに、違和感を覚えたことはありませんでしたか?」
「共産連邦の匂いはしなかったな」
すばらしく善い鼻をお持ちなんでしょうなあ。
「連邦共産党員ならば、ガイドリクスもすぐに気付いたはずだ」
わたしの上官の鼻もすこぶる善いようです。
さて、どうやって「違和感」の正体を探るべきか ―― 思案しようとしたのだが、シーグリッドが少しわたしと話をしたいと言いだしたらしい。
丸一日尋問していたので、少し手法を変えてみるのもいいだろうということで、わたしが話すことになった。
昨日の朝からなにも食べていないので、食事を持ち込み、シーグリッドにも「どうぞ」と勧めて食べる。
「なにこれ」
「ホットドッグです。細長いパンにウィンナーを挟んで、調味料を掛けて食べる、労働者の食べものですよ」
ケチャップとマスタードもがっつりかかってるよ。
「そうなの」
「ところで、わたしと話したいそうですが、なんの話でしょう」
「わたくし……その……」
口ごもっているシーグリッドを前に、すでに三本目のホットドッグを食べ終えそうなわたし。
シーグリッドが長い時間躊躇っているのではなく、わたしの食べる速度が速いだけ。
通常サイズは三口で食べ終わるんだよ。
「凄く美味しそうに食べるのね」
「腹減ってるので」
「もらってもいいの?」
「どうぞ」
貴族令嬢の口にあうかな? 一口頬張ったシーグリッドの表情を見ると、いけるらしい。空腹だろうしなあ。
ホットドッグはシーグリッドが一本、わたしは残り八本を食べ、サイダーを瓶に口を付け飲みながら ―― わたしは説教をした。
盗みは善くないと。
盗んだ品が盗品だったら、あなたが疑われるのだと。盗む者は隙を突くのがうまいから、誰にも気付かれない。だから、元の持ち主から盗んでいないという証明は難しいのだと。
「ヴァン・フロゲッセルは、それを母の形見だと言っていた、と」
「そうよ」
「ヴァン・モーデュソン、それは嘘です。ヴァン・フロゲッセルの両親は、高齢ですが健在です」
「うそ……」
「嘘も何も、小官は実際会ってきましたから」
悪役令嬢よ、どんだけヒロインのこと信用してるんだよ。
なんで嫌っている相手が、自分に対して誠実な回答をすると思うのだ。
たしかにヒロインというのは、そういう生き方をしている者が大多数だろう。だが、残念ながらこの乙女ゲームのヒロインは、そうではないようですよ。
「でも形見だって!」
「そもそも、あの徽章の持ち主自体、生存しています。我が国の兵士全員が、死んでくれたらいいのになと、それこそ普段は仲の悪い同僚とですら、話が合ってしまうくらいの嫌われ者です」
悪役令嬢は、あれが共産連邦の幹部党員徽章だとは知らなかったのだそうだ。習わなければ分からないことではあるが、どうも宰相はそっちの方面の教育を重要視しなかったらしい。
共産党員徽章とか、幹部徽章くらい、見せて教える機会を作ってやれよ。
軍部の資料管理室に足を運べば、見ることできるんだから。
共産徽章は持ってるだけで、問答無用で死刑なんだからさ
親が娘を危険から遠ざけすぎた結果、危険がなにか分からず、親共々破滅とか……。
「ヴァン・モーデュソン。小官はあなたが潔白……というのはおかしいのですが、あなたが徽章をヴァン・フロゲッセルから盗んだという証言を信じます。ただ残念ながら、小官は一下級士官。上層部の確定事項を覆す力はありませんし、進言しても聞き入れられることはありません。あなたを助けることはできませんが、あなたが窃盗を行ったことは信じます」
窃盗したことを信じるって、社会的に意味不明だけどね。
「ありがとう、少尉。わたしが盗んだって信じてくれて」
シーグリッドはぼろぼろと涙をこぼす。
「窃盗を信じるのも、窃盗したことを信じて感謝されるのも初めてです、ヴァン・モーデュソン」
サイダー瓶とホットドッグが載っていた皿を持ち、わたしは部屋を出た。




