表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
208/335

【207】少佐、招待状の文面を考える

 しばらく抱き合ってから ―― 再び結婚式の準備に。

 閣下のお顔を見るのは恥ずかしいが、見ないで話すわけにもいかないので、閣下のお顔を見るが……さすが閣下。わたしと違って全く動揺は見えません。わたし? 顔が熱いよ!


「閣下、招待状の文面は、どのようになるのでしょうか?」


 庶民に結婚式の招待状はない!

 ドヤって言うことでもないのだが庶民は「何日の何時だから」と手紙や電報を送ったり、口頭で伝えたりとばらばらで「全員に招待状」というものはない。

 理由は識字率 ―― 文字が読めても庶民は畏まった文章を読めない人も多いので、前世の「謹啓 (時候の挨拶)皆様にはますますご清祥のこととお慶び申し上げます」みたいな文章の招待状をもらったって「?」となるだけなので、書いたとしても必要事項しか書かないのさ。更に文字が読めない人も、普通にいるので「招待状」というものはないのだ。

 だが貴族ともなれば美麗な文章は読めるのは当然なので、招待状は存在する。最近は富裕層も結婚式の招待状を出すようにはなったらしい……ブルーノの結婚式の招待状は何時我が家に届くのだろう? 早く嫁もらえよ、ブルーノ。

 父さんは一応中産階級で、富裕層の顧客もいるため、偶に結婚式の招待状を受け取っていたので、両親は「招待状」の存在は知っていた。

 ただし貴族が出すような招待状は受け取ったことはない。

 それはそうだ。なにせ我が家は十代遡っても庶民 ――


「どのように? とは」

スタルッカ(ボイスOFF)から”どのような文面になるのか、気になります”と言われ説明を受けたのです」


 ボイスOFF(ウィルバシー)の声を聞くのは嫌だが、知識はありがたい ―― ボイスOFF(ウィルバシー)は異国ルシタニアの貴族令嬢と結婚していた。

 結婚式に知り合いを招待するため同格の貴族などに当然招待状を送ったのだが、その文面が国内貴族同士とは少々異なっていたと教えてくれた。

 また「祖父が先々代陛下の式に招かれておりまして、その招待状が残っており目を通したことがあり、当たり前ですが貴族とはまた違う文面でした」とボイスOFF(ウィルバシー)

 階級により文面が違う……など、わたしは考えたこともなかったが、身分がある社会なので当然だった。

 そこで少しばかり興味が沸いたので、キース中将に相談した。

 キース中将は庶民で結婚式クラッシャーとして名高いが、高官という立場上、招待状はもらっていると ―― ボイスOFF(ウィルバシー)からの情報。

 ちなみに招待状はもらっているが、この十年、結婚式には参列していない。理由? 花嫁が恋に落ちちゃうからですとも。

 特に貴族令嬢は、好きでも何でもない相手と結婚しているので(それを言ったら貴族令息だって同じだが)キース中将を一目みて初めての恋! みたいになっちゃうそうだ。

 本人は「もう父親のような年齢だから、そんなことはないと思うのだがな」とか申しておりますが、それは間違いなく儚い詐欺の戯言 ―― しっかりと「あなたはまだまだ現役です」と注意しておきました。全く、儚い詐欺らしからぬ楽観ですよ!

 話を戻しますが、わたしの周囲で事情を知っていて招待状をもらっているのはキース中将しかいないので、尋ねてみたところ「……ああ、そうか。招待状を見たことがないのか。それは見ておいた方がいいだろうな」と、元わたしの同僚、現ヘルツェンバイン侍従長に話を通して下さり、仕事という名目で侍従長の所へ行かせてくれたのだ。


 いつもお世話になっております、キース中将。


 ヘルツェンバイン侍従長は「良く気がついたね」と褒めてくださり、わたしとボイスOFF(ウィルバシー)に、高位貴族と王族の招待状を見せてくださった。


「階級により随分と文面が違いますが、閣下はどの階級の文面で出されるおつもりなのでしょうか?」


 閣下は貴族? 我が国では貴族扱い? かどうか分かりませんが、どのような文面で招待状を出されるのか? 閣下のお相手が王族なら王族系の文で良いのでしょうが、結婚相手(わたし)が庶民だから、そうはいかないのでは? 


「それか。イヴはどのような文面が良い?」

「え……余り(へりくだ)らず、でも高ぶらず。来て欲しいと分かるような感じが」


 完全に「漠然としたイメージ」でしかないのですが、閣下はすぐに頷き ――


「なるほど。では”ポール・クローヴィスがイヴ・クローヴィスとアントン・ヨハン・リヒャルト・マクシミリアン・カール・コンスタンティンの婚礼に貴殿の同席を命ずる”で、どうだろうか?」

「ひゃ?」


 わたしが思わず変な声を上げてしまっても仕方ないと思うのです。

 その文面ですと、父さんがメインに! 庶民でしかない父さんが、教皇猊下や女王陛下、我が国の国王、軍務大臣(国内外)や外務大臣に「わたし(父さん)が希望してるから来い」って言ってることになってしまいますー!


「結婚式は父親が招待客を選ぶものだからな」


 ヘルツェンバイン侍従長が見せてくれた招待状、確かにどれも男親の名で「お招きいたします(貴族)」「招いてやる(専制君主時代の王族)」ですが、わたしの父さん庶民ですー! 九代遡っても庶民です! そんな父さんが、猊下や陛下(二名)に「命ずる」は無理です。


「……」

「わたしとしては一部の文面に”招待はしてやるが、来なくていいぞ”と書きたいのだが、クローヴィス卿の名誉に関わるのでな」

 

 その文面、誰に対して送りたいのか気になりますが、そっちじゃなくて!


「あのですね、閣下。招待状は閣下とわたしの連名というわけにはいきませんか?」

「イヴとわたしの連名?」

「はい」


 先ほどの文面、父さんに見せたら倒れるー!


「結婚するのは閣下とわたしですから、二人で招待したい人を招待する……ではいけませんか?」

「クローヴィス卿を蔑ろにするのは……」


 父さんを大事にして下さるのは嬉しいのですが、そのくらいの蔑ろは許容範囲内! と言いますかそこは蔑ろにしてー。

 閣下と話し合い、文面を二つ用意し、父さんにどちらにするかを選んでもらうことになりました。間違いなく父さんは「かねてより婚約していたイヴ・クローヴィスとアントン・ヨハン・リヒャルト・マクシミリアン・カール・コンスタンティンの婚礼に同席を希望する」を選びますとも。


 それと閣下は意地でもわたしの名前を先にしたいそうです。これだけは譲れないとのこと。


「わかりました。ところで閣下、閣下がお名前だけなら、わたしも名前だけのほうが良いのではありませんか?」


 フォンは貴賤結婚を禁じている神聖帝国・アブスブルゴル帝国・アディフィン王国のものなので名乗るつもりはないとのこと。

 だがオブを付けたらブリタニアス君主国を選んだとされ、ドを選んだらシアルトン(南新大陸にある帝国)デを選んだらシシリアーナと貴賤結婚を禁じていない国の後継者となる道を選んだとされる。

 姓というか爵位というのはいずれもどこかの国に属しているので、名乗ったら上記同様即アウト。

 宙に浮いている姓はルース帝国のシャフラノフだが、コレを名乗ったら共産連邦と全面戦争……より先にキース中将とガチ殴り合い勃発。

 結婚式に招待しなくても、式場に殴り込みに来るに違いない。

 こんな感じで、迂闊に姓を名乗れないのが閣下。

 もっともアントン・ヨハン・リヒャルト・マクシミリアン・カール・コンスタンティンだって、聞けば庶民でも「あ、王さまの名前だ」と分かるくらい王さま名ですけどね。

 一つならそういう名前の庶民はいます。

 二つ続きくらいの庶民もいますが、仰々しい名前だなー、もしくは親が期待してるんだな! って言われるね。

 庶民にそれ以上はないよ。


「わたしは名乗ると面倒事しかないしどうでも良いものだが、イヴは大事な家名であろう。クローヴィス卿もきっと名乗らせたいはずだ」


 閣下は我が家を非常に大切にしてくださいます。

 対するご実家は……その……。


「わたしの兄姉に関しては気にする必要はない……そうだな、優しいイヴは気にしてしまうであろうから、ここで打ち明けるが、兄姉の誰かがイヴを貶したら、わたしはそれ(・・)の国を容赦なく潰してしまう」

「……」

「イヴが思うよりあれたち(・・・・)は愚かだから、きっと貶めるであろう。アウグストやヴィルヘルムが忠告しようとな。そして、わたしはそれを決して見逃さない。イヴよ、わたしの親族を大切に思ってくれるのであれば、関係を断絶するのが最良なことを分かって欲しい」


 閣下の雰囲気は全く変わっておりませんが、本気だというのは伝わってきます。


「あ……はい」


 閣下のご親族はわたしのことを蛇蝎の如く嫌われるでしょうが、わたし個人としては、まあ仕方ないかな……って。だから積極的に不幸にするような真似はいたしません。


「イヴ、次はドレスのレースを決めよう」

「はい」


 閣下の邸訪問と結婚式の準備はとても楽しく ―― すぐに時間が過ぎて帰宅する時間になってしまった。

 別に親に帰宅時間を決められているわけでもなければ、門限があるわけでもないのだが、あまり長居すると両親が心配するということで。

 両親も閣下のことは信頼しているのですが、信頼と娘の貞操の心配は全く別物とのこと。

 貞操とか別に心配しなくても、閣下は……


「イヴ」

「はい」

「そろそろイヴを帰さないと、わたしが我慢できなくなる」

「え、あの……」


 両頬を包み込み、わたしの顎のラインに閣下がキスを繰り返す。


「閣下?!」

「自分は自制心のある男だと思っていたのだがな」


 唇の端に口づけた閣下が、そう仰った。


「え、えと……帰ったほうがよろしいのですね」

「本心を言えば帰したくはないが」


 閣下はそう言い、腰の辺りを触れないように腕を回してきた。


「わたしもその……」


 実家に帰るの嫌じゃないのに、閣下の元を去るのが嫌という……いつもの気持ちに。なんとも不思議で贅沢な感情だと思う。


「ではな、イヴ」


 名残惜しいと ―― 閣下が正門から見送ってくださるということで、ハクスリーさんが馭者を務める馬車に二人で乗り、門前で閣下が馬車から降りられた。


「はい、閣下。明日からまた任務に邁進して参ります!」


 キース中将をお守りしますねーと手を振ったら、


「あ……言い忘れが……」


 車輪と蹄の音の合間から閣下の声を拾ったんですけど……聞き間違いかな? 閣下が言い忘れなんてなさそうだから、聞き間違いだろうなあ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ