【205】少佐、手紙を渡す
閣下よりお借りした白馬でカリナをギムナジウムに送り ―― カリナはとても喜んでくれました。
わたしは休日にその白馬を閣下の元へと返し、また他の馬をも走らせるようにという命令……という名目で閣下の邸を訪れる。
休みの日なのに大変ですねー、よりによってリリエンタール伯爵閣下の邸に……などと部下たちに言われたが、馬に乗るのは苦じゃないからな! 好きだから! って笑顔で返した。実際乗馬は好きだ。それ以上に閣下に会えるのが嬉しい。
「姉ちゃん、お願いね」
「ちゃんと届けてくるからな、カリナ」
カリナからベルナルドさん宛の手紙を受け取り ―― 文通しているのだそうです。なんでも初めて閣下の邸を訪問した後、カリナが御礼状を送った所、返信がありそこから続いているそうですよ。
”執事さん、良い人だよ”そうカリナは言っていますが……良い人なのは分かるが、その人王子さまだから。
両親も「執事さんとの文通なら」って許してるけど、その人王子さまだからね! かつて大国ノーセロートで立太子されたこともあるくらいの、純正王子さまだからね! 閣下がわたしと結婚しちゃったら、アブスブルゴル帝位唯一の継承者になるくらいの王子さまだから。
まあ、事情が色々あるようなので、両親にも明かしませんが。
わたしはカリナからの手紙と招待客リストとその他を横がけの鞄に入れ、白の革手袋に白いズボンに黒ブーツ、白いシャツに白のフリルアスコットタイ、黒のダブルボタンの燕尾服という乗馬スタイルで閣下の邸へ ―― もちろん帽子も被ってるよ。
本当はヘルメットが良いのだが、貴族の邸を訪問する時にヘルメットはマナー違反なので。というか、この時代ヘルメットを被るという習慣はない。シルクハットが正しい姿。ベルベットを貼ったヘルメット、つくってもらおうかな?
この格好でスカートを着用せず馬を駆るわたしは、完全に男性。女性は乗馬の際もスカートを着用しなくてはいけないのですが、わたし跨がるからスカートは……着用しても男性にしか見えないわたしなので無駄なんですけどね。
軽快に馬を走らせ、閣下の邸の正門へと向かう。
裏門からでも良いのでは? などと思うのですが、妃を裏門から通すなどしたら使用人一同叱られるので、是非とも正門からお入りくださいと言われてしまったのだ。
庶民なら家族が裏口から入ろうがどうでもいいけど、貴族ともなるとそうはいかないのでしょう。
「あ、閣下」
高く内側を窺うことができない門が続くも、圧迫感を感じないほど広い道路の先 ―― 閣下の邸正門前で、黄金の馬に乗馬している閣下が。
格好もわたしと同じく乗馬服で、馬に跨がっている閣下の姿勢の見事なこと。戦場で見たら「指揮官」だって一目で分かる。
少し馬の足を速めて近づき ――
「おはようございます、閣下」
「おはよう、イヴ」
白い石畳の往来で、閣下にご挨拶を。
「あの、もしかして……お待ちに?」
「ああ。イヴの訪問が待ち遠しくて、まだ来ていないのか? と目覚めた時から何度も尋ね過ぎて、ベルナルドに”鬱陶しいから門前でお待ちください”と、乗馬服を着せられ馬に乗せられ追い出された」
閣下は肩をすくめ笑いながらそう言われた。
「もっと早くに来ても良かったのですか。それでしたら、全力で馬を走らせてきましたのに」
閣下からいただいた懐中時計で時間を確認しながら、馬の足を緩めたりして時間調整してきたのですよ。
訪問予定時間というものがあるからね。
それよりも少し遅れて訪問するのがマナーですからね!
「本当に可愛らしいことを言ってくれるな、イヴは」
「事実でございます。道中、閣下にお会いしたく気が急いて馬を走らせ過ぎていることに気付き、懐中時計で時間を確認しつつ調整して参りました」
馬の性能もあるけれど、本気出したら今日掛かった時間の三分の一くらいまで短縮できる。馬の生死を問わなくていいなら、八分の一まで縮められる!
そういうことするのは、軍隊が危機的状況な時だけだけどね。
「本当にこの娘は……イヴ、少し馬を走らせよう」
「はい、喜んで!」
閣下の邸の庭で、二人並んで馬を走らせることに。並んで馬を走らせるとか、デートしているようではありませんか。
いやデートなのか?
デートと言っていいのでしょうか?
「楽しそうだな、イヴ」
「閣下と一緒ですから!」
大きな声ではっきりと返事をしたら、閣下が片手を額に当てて少々困ったような感じに。
「どうなさいました?」
「楽しくてな」
閣下の楽しい時のご表情って、困ってる感が……わたしもこの上ない間抜け面していると自分で思っているのに「きりっとしてる」って言われること、結構あるからね。意図と表情が違うってこともあるさ!
どこまでも続く芝生、澄んだ秋の青空の下 ―― 閣下と一緒に馬を走らせる。
「さすがイヴだ」
あまりに楽しくて途中何度か、閣下を置き去りにしかけてしまったー。いや、テンション上がって、ふわーって馬を走らせたら軽快になり過ぎたっぽい。
「楽しさのあまり、ついつい」
綺麗な庭で馬を駆り、閣下に案内してもらいテラスへ。
そこで馬を下り、従僕が現れ馬の手綱を握り厩のほうへと連れていき、執事のベルナルドさんが現れ、
「お待ちしておりました、妃殿下」
炭酸が注がれた細長いグラスを差し出してくれた。氷がたくさん入り、レモンとミントが浮いている。
「先に閣下にお出しした方が」
「お気になさらずに、妃殿下」
いいのかな? と思うも、喉は渇いていたので、グラスに口を付けると、仄かに蜂蜜の香りがした。一気に飲み干してから、鞄を開けてベルナルドさんにカリナからの手紙を渡す。
「渡しながら言うのもなんですが、このまま文通を続けさせてもよろしいのでしょうか?」
閣下の執事ともなるとお忙しいはずですので……。
「もちろん。カリナ嬢からの手紙は、このわたしの唯一の癒やしですので」
「そうですか」
癒やし? 癒やしなのですか? 他人宛の手紙なので読ませてもらってはいないが、聞けば「ベルナルドさん、ルース語も堪能だから教えてもらってるの」って……あまり癒やし感はないような。そしてカリナのルース語の能力がめきめきと伸びていて、暇のある夜に一緒に勉強しているわたしは、姉としての威厳を守るために必死である。
やっぱり若い子って覚えるの早くて。体動かすことなら負けないけど、頭脳はねえー。
庭に用意されたソファーに腰を下ろした閣下にベルナルドさんが水を渡し、一息ついたところで、わたしは鞄から手紙を取り出した。
内容は先日の議場で話題となったブリタニアス君主国と閣下 ―― についてというわけでもない。
あの後色々と考えたのだが、わたしが知らない裏の事情が山ほど有ると思うの。
むしろわたしが知っているのは氷山の一角にしか過ぎないと考えるべきだろうと。では何も言わないのか? いやいや言います。ただし手紙で。
「閣下。先日軍事会議にて話題となりました、閣下とブリタニアスのことに関し、わたしが知っている知識の範囲で意見をまとめました。知識不足で見当違いのことを述べているかもしれませぬが、今のわたしの意見を知っていただきたく、こうして持参いたしました。伝えることを優先、また意味が何通りにも取られないようにと考え、箇条書きという非常に素っ気ないものではありますが、是非読んでください」
仕事が終わり帰宅してから書くので、当然真夜中に認めることになり ―― 危うくポエムになりかけた、いや、ポエムになった。それは丸めてコンロでしっかりと燃やして処分し、今朝早起きし美麗な文章とか、それっぽい例えとか全て廃し、
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・新航海ルート発見は凄い。偉業です
・だが発見に至った理由が補給妨害と聞いた
・不興を買うような妨害をした意味が分からない
・ルース皇女たちをもっと早くに救い出せたと知って以来、ブリタニアスに不快感
・この不快感は消えない(閣下より事情説明があれば消える可能性もある/聞く気はある)
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・救われていたら閣下の隣にいるのはアナスタシア皇女
・考えると寂しくは思うが皇女を苦しめる策に同調するのは人間として嫌
・人間の尊厳を踏みにじる国策とか嫌い
・むしろ国策って言うな
みたいな感じで。
頭悪い文章だなーとは思ったが、下手に気取っておかしな方向に取られるくらいなら、一つの意味しか取れない箇条書きで充分。
大体、そんなに頭良くないし。
軽く握った拳を膝に置き、手紙を読んでくださる閣下を見つめ ―― 読み終え視線を上げられた閣下にキスされた。
「ありがとう、イヴ」
「?」
なぜありがとうなのか、よく分かりませんが、閣下のご表情が少し晴れ晴れとしているような気がいたします。
「こんなにも情熱的な恋文をもらえるとは思わなかった」
早朝に気を落ち着けて、コーヒーを飲みながら、極力愛しているとか、お慕いしていますとかを排除して書いたのにラブレターって言われた。
たしかに出だしは「わたしの愛しいアントーシャへ」で締めは「永にお慕いしております、アントーシャ」でしたが、そこしか書いてないよ!
内容は君主国に対する不快感ですよ。なぜ恋文、それも情熱的……そう言われてしまうと恥ずかしい。
深夜に書いたの焼却処分して良かったー。これの比じゃなかったからー。わたしの危機管理能力がまあまあの仕事をいたしました!
「ほう。夜に書いたのも是非読みたかったな」
え? なんでバレたー。表情からバレた? さすが閣下だー。




