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【203】少佐、デニスを応援する

「結論から申し上げます。退役した女性士官を復帰させる。それがわたくしめの案でございます」


 デニスの発言に議場がざわついた ―― 直後、キース中将がテーブルを平手で打ち、議場は水を打ったかのように静まり返る。

 許可もないのに口を開くとか、軍人はしてはいけません。

 ざわつく気持ちも分かるけどさ。

 でもダメですよー。そしてデニス、姉さんの言ったことを守って話始めたな。まずは答えを出してから ―― キース中将は長々とした説明を聞かされるのが大嫌いっぽいので。誰でも嫌いだと思うけどさ。


「ヤンソン・クローヴィス准尉。お前は退役の意味を知っているのか?」

「はい。軍務に復帰することがないことを示す言葉です」

「理解しているのならばよろしい。続けろ」

「はい、総司令官閣下。こちらの資料に目を通していただきたいのですが」


 デニスが五枚ほどのマニュアルを両手で差し出す。親衛隊隊員が受け取り、中を確認してから、


「リーツマン中尉の方に」

「はい」


 本来ならば隊長であるわたしが最終確認をするのだが、ヤンソン・クローヴィス准尉デニスとクローヴィス親衛隊隊長わたしは姉弟なので ―― 肉親の場合は手を出すことはできない規則なのです。

 リーツマン中尉から蒸気機関車操作マニュアルを受け取ったキース中将は、ざっと目を通してから顔を上げ、


「よくできているな」

「ありがとうございます! 総司令官閣下」


 褒めないで下さい、キース中将。

 褒めたくても、褒めちゃダメです、キース中将。

 デニスが乗ってしまうから、お褒めにならないでー。……まあ、もう遅いわけですが。


「総司令官閣下はわたくし(デニス)めが作成したマニュアルを、理解して下さったようですが、それは総司令官閣下に素地があるからに他なりません」

「たしかにわたしは、若い頃に操縦したことがあるからな」

「総司令官閣下はその時、はじめて操縦したのでございますよね?」

「そうだ。二日でモノにしろと、どこぞの連合軍総司令官主席宰相(リリエンタール)閣下に命じられた」

「それで見事に操縦なされたのですね」


 デニスの黒い瞳がキラキラしてる。尊敬しております! が、目から溢れだしてるー。

 いいんですけどね。総司令官閣下ですので尊敬して当然ですから。

 キース中将を軍の総司令官閣下として尊敬しているのかどうかは……。


「見事かどうかについては判断できぬが、作戦は遂行できた。あの時、この説明書きがあれば一日で走らせることができたであろうな」


 手に持っているマニュアルを軽く叩いて、そのように言って下さった。

 キース中将はお世辞とか言う人じゃないので、本当に出来の良いマニュアルと認めて下さったということが分かる。

 まあ、デニス渾身の作ですので。


「総司令官閣下がその説明書を読み理解できるのは、総司令官閣下にそれだけの素地があるからに他なりません」

「動かしたことがあるからということか?」

「いいえ。理解できる能力です。先ほど総司令官閣下は”この説明書きがあれば一日で”と仰って下さいました。それは、まだ動かしたことがない時点でも、わたくしめが作った説明書を読めば動かせたということ。それを可能にしているのは、総司令官閣下の知性にございます」


 議場入りしている何名かが、怪訝な表情を浮かべている。

 デニスの発言がキース中将に阿っているよう取れるのにもかかわらず、キース中将がそれを黙って受け入れていることが原因だろう。

 キース中将は説明の合間に阿諛追従を入れると、その場で話を打ち切るからねー。

 何で打ち切られないのか?

 そりゃあデニスはキース中将に阿っているのではなく、本心からそう言っているからでして、それがキース中将にも伝わっているからでしょう。

 あと徴集兵で、本職が駅員なので、多少話題が逸れてもキース中将は怒らない ―― 本職がやるとダメなんです。


「知性か……たしかに、ある程度の学歴がなければ読み解けぬかもしれぬな」

「わたくしめには十一歳になる妹がおります。本来であれば愚妹と申すべきですが、愚妹では話がおかしくなりますので、ここは賢妹とさせていただきます。賢妹はそれは優秀で今まで学校の成績は一番以外取ったことがございません。現在はギムナジウムに進学しております」


 わたしの身内なので、それらについてキース中将は全てご存じでしょうが、部下の妹の成績なんて、普通は知らないので、知らないこと前提で話を進めないとね。


「それで妹にこの手引き書を読ませたのだな? どうであった?」

「半分程度は理解できました。理解ができなかった箇所は、経験に由来する部分でございます」

「優秀だな。この手引き書に過不足はないが、理解するには学力以外に知識も必要ということか」


 蒸気機関車に何回も乗ったことがある人なら分かる……という部分がある。

 子供で遠くに一人で行くことのないカリナは、駅の常識みたいなものがまだ身についていないので、分からない箇所があった……本人、分からなかったことが非常に不本意だったらしく「明日から一週間に二回は駅に行くもんね」と ――


「はい。わたくしめには賢妹よりも優れている、陸軍少佐の任を拝している姉がおりまして、その姉にも説明書に目を通してもらったところ、姉は全てをすぐに理解致しました」


 わたしの場合、デニスと蒸気機関車関連の会話をし続けたという、長年の経験もあるので、他の女性と比較するわけにもいかないが……そうじゃなくても理解はできたと思う。


「ヤンソン・クローヴィスが言いたいことは分かる。たしかに退役した女性士官であれば、これを読み理解できるであろう。だが大学を出た女性でもよいのではないか?」


 退役というのは「もう軍に復帰しない」という意味があるので、そう簡単には呼び戻せない……わけでもない。ただいま深刻な軍人不足により、退役した男性(・・)軍人を呼び戻すという話になっているので。

 この波に素知らぬ顔で相乗りし、退役した女性士官に現場に復帰してもらう! 一時的でいいから。


「わたくしめは大学を出ております」

「優秀だな」

「ありがとうございます。総司令官閣下が仰る通り、大学にはわたくしめよりずっと優秀な女子大学生もおりました。彼女たちであれば理解できるでしょう。ですが腕力がありません。総司令官閣下もご存じでしょう。あの鉄の塊(蒸気機関車)を操るのには、腕力が必要なことを」


 この時代機関士が男のみなのは、理由がある。

 それはデニスが言った通り、蒸気機関車の操縦の際に必要なコックやレバーがどれも渋いというか、重いのだ。

 つるつる回るようでは、蒸気機関車を制御できないので、ある程度の渋さと重みは必要なのだが……まあ重いのだ。

 そういう重みを軽減してくれるシステムはまだ開発されていないので、腕力勝負なのですよ。腕力が必要となると、必然的に男性というわけ。

 力のある女性もいますが、数は圧倒的に少ないからね。


「わたくしめの主観ではありますが、大学を卒業した女性の腕力は、普通の女性とほとんど変わりません。中には優れた人もいたかもしれませんが、それはいるかも知れないというだけのこと。対して女性士官は全員が、小銃を易々と撃てるほどの腕力をお持ちです。急遽人を補充するとなれば、能力が分かっている人間を採用するのがもっとも手っ取り早いと考えます」

「たしかに、蒸気機関車の操縦は、普通の女では無理か」

「力のある女性は大勢いますが、軍に復帰という形を取って欲しいのは、制服を着用することで、犯罪を抑制できるのではと考えたからです。女性が機関士・機関助士を務めているとなると、強盗や車両占領などそういった不埒なことを考え、実行するものもいるでしょう。その際、大学を卒業しただけの女性では対応は不可能ですが、女性士官は銃器を使い慣れているので、ただちに制圧することが可能かと」


 兵や下士官の制服ではあまり効果はないが、尉官からはそれなりに威嚇効果はある。


「賊の制圧は出来ないとは言わないが、ただちに制圧できるのは、お前の姉くらいのものだぞ、ヤンソン・クローヴィス。他はそれなりに苦労する……が、軍に復帰させるメリットはたしかにあるな」

「みなさま結婚して退役なされたそうですが、仕事をしていた女性を娶った男は、仕事を一切したことがない女性以外娶らない男とは違い、融通が利くと既婚者男性から聞いて参りました。独身であるわたくしめとしては、これに関しては伝聞以外、総司令官閣下に提示出来るものはございませぬが、商家から商家に嫁いだ娘が、実家の女手が不足した時には手を貸すように、軍もそのような形で協力を依頼してはいかがかと」

「協力依頼か。生粋の軍人には思いつかない言葉だな」


 軍隊は強権を所持しているので、庶民に依頼はしないよなあ。


「我が国で誕生した女性士官百十三名。うち現役は三十八名。この三十年の間に退役なさった七十五名のうち、亡くなられたのは十八名。残り五十七名中、現在国内にいるのは四十八名。この四十八名にわたくしめが直接出向き、説明をし復帰を促したいと考えております。総司令官閣下、是非とも復帰の許可を。そして、わたくしめに説得の機会をお与えください!」


 デニス、デニス。一つ抜けてるぞ、デニス。

 説得しにいくのに蒸気機関車使うから、そっちに気が向いてしまっているのは分かるが ―― ほら、もう一つ提案することがあるだろう。


「准尉、馬車のことを」


 ニールセン少佐が小声で伝えると、デニスは「ああ……そんなこともありましたね」と、テンションダダ下がりで「乗合馬車も軍服着用女性なら、強盗も襲わないと思います。強盗が来ても銃で撃ち殺せますし、馬の扱いもお上手ですから」と、棒読みすれすれで説明しおった。

 デニスの露骨ぶりは今に始まったことではありませんけれどね ――


「ヤンソン・クローヴィス。退役した女性士官の現状と住所は、どのようにして調べたのだ?」

「現役女性士官である、わたくしめの姉に頼みました」


 女性士官同士、退役しても仲良いんですよ。


「そうか。四十八名全員に会うのに何日かかる?」

「十七日で全てまわってみせます!」


 個人情報を弟に漏らしたのですか?

 いいえ、漏らしておりません。女性士官の数は教えましたよ。

 住所はキース中将から許可をもらってから。

 十七日で国内をまわりきると断言しているのは「国内十七日蒸気機関車連泊ルート」これが国内一周最短日数 ―― デニスのずっと蒸気機関車に乗っていたいという欲望から組まれたルートである。


「命じるわけではないゆえ、全員復帰は不可能だ。もしかしたら一人も戻ってこないかもしれない。その場合はどうするつもりだ? ヤンソン・クローヴィス」

「情報を入手して参ります」

「情報?」

「賢くて強く、働いてくれそうな女性はいないか? 女性のことは女性に聞くのが一番の近道です。それと士官学校の二次試験、上位脱落者女性も狙い目だと思っております」


 士官学校の一次試験は各地で行われ、筆記のみで事前申し込みは必要はない。

 大体毎年三千人ほどが受験し、二次試験に進むのは五百人前後で、合格者が四十~五十名。三回くらい受けて合格する人もいる世界なので、二次試験で落ちた四百五十人中、何名かは翌年や翌々年合格していることもあるので数はもう少し少ないが。


「それらの情報を入手し、最低何人確保するつもりだ?」

「最低八名。それだけ確保できれば、蒸気機関車の本数を最小限に削るも、市民の生活をギリギリ維持することが可能です。ただ人員確保後の運行計画に関しての資料は少々分厚く、目を通していただくのに時間が掛かりすぎますので」


 デニス、”少々”と”分厚い”は並び立たないよ!

 レンガ本を思わせる資料の厚さを前に、キース中将は静かに頷いた。


「とにかく総司令官閣下にお渡しした説明書を理解し、非常事態に的確に対処できる女性を一名でも確保できましたら、彼女を教官として育成したいと考えております」

「無理強いは出来ぬが、一人か二人でも復帰してくれたら、それで随分と楽になるな……よし、緊急措置として退役した女性士官四十七名の復帰を許可する。むろん当人の意思を尊重してな」


 家庭の絡みもありますから、戻って来られるのはごく僅かだとは思いますが、手紙のやり取りや話を聞いた感じでは、十人くらいは戻って来られそうな気がするのです。


「説得の任は、是非ともわたくしめに」


 蒸気機関車に乗りたいもんね、デニス。


「お前一人では駄目だ、ヤンソン・クローヴィス。いきなりお前のようないい男が、既婚女性の家に押しかけてみろ。間男が来たと大騒ぎになるぞ」

「?」


 キース中将でもあるまいしー。我が家のデニスですよ?

 でも、そういう心遣いは必要ですね。


「隊長」


 隊員がメモを渡してきた。そこには「陛下、ご発言、希望」と単語が並べられていた。キース中将にそれを告げ ―― デニスの話を一時中断させた。

 「こちらはOK」とヴェルナー大佐に視線で合図を送り、そのヴェルナー大佐の号令で全員立ち上がり、陛下の方を向く。

 国王席はかなり高い位置にあるので、全員見上げる形。

 わたしは陛下のお言葉を聞きつつ、変な動きをする者がいないかに注意を払う ―― 陛下のお言葉ですが、要約すると「わたしが説得しに行く」というものでした。

 陛下は即位してから忙しく、まだ各地に赴かれていない。

 開戦前に各地に行きたいと考えていたので、デニスの案は渡りに船でもあったらしい。


「立憲君主制の国王として、国民と対話をしたい」


 ついこの間まで専制君主制だった我が国ですが、ガイドリクス陛下ならそこは上手に取り計らって下さることだろう。

 デニスの勢いに任せた勧誘より良いと思います。


「ヤンソン・クローヴィス准尉」

「はい、陛下」


 良かったー。陛下のこと知ってて良かったー。デニスのことだから……


「十七日で国内一周できるのか?」

「はい、陛下。十七日連続、蒸気機関車車中泊で可能になります。陛下の御用列車でしたら、苦にもならない連泊数でございます」


 三等寝台で十七日連続車中泊できるお前からしたら、そうだよねーデニス。でも陛下は連泊しないと思うよー。


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