【189】少佐、仕事を増やす
「お久しぶりです大尉」
最後の一人は従軍記者として招集、という形で保護されたノア・オルソン一等兵。
「そうだな。元気そうで何よりだ、オルソン」
零細出版社の皮を被った共産連邦系組織がどうなったのかは分かりませんが、わたしの元にオルソンが送られた辺り……片付いたんだろうなと。
どう片付いたのかは興味があるような、聞いちゃいけないような……。きっと聞かないほうがいいよね!
「ゆっくりと相互理解を深めて仕事をしたいところだが、残り四日しかないので大至急仕事に取りかかってもらう」
昨日キース中将に「やれ」と言われ、脳内で段取りをつけて、必要各所に連絡を入れ許可を取った。あとは動くだけー。
オルソンとボイスOFFには騎兵隊へと出向き、馬と騎手を一緒に撮影してくるよう告げる。もちろん昨日、騎兵隊に写真撮影と、サインの許可は取った。
二人は写真撮影を終えたら急いで本部へと戻り、オルソンは現像作業を行う。これは今日一日はかかるだろう。
無傷かつ力のあるわたしとエサイアスは、昨日カミュに急ぎ依頼した台紙や糊、裁断機やはさみなどの備品を、借りている部屋へと運び込む。
「階級が高いお二人に、そんな仕事をさせてしまって済みません」
「気にすることはないリンデン。荷物を運ぶのは大得意だ」
とはいえ、大尉と少尉が備品を搬入しているとき、准尉が待機というのも……言いたいことは分かる。
だが、負傷者が苦痛を我慢して運び込む……などという時間を掛けている場合ではないし、更に言えばゲストでしかないリンデン准尉を、立ち入り制限がかかっているフロアを頻繁に行き来させるのは、面倒が多いのでこれでいいのですよ。
裁断機と紙をハインミュラーの側に置き、
「見本と同じように切りそろえればいいのですね?」
「そうだ」
特殊な形に紙を切ってもらう。リンデン准尉にも同じ作業を依頼。紙を切り終えたら、補強しその後穴開けをしてもらう。多分この作業だけで一日かかるが、この台紙が大事なので頑張って欲しい。
備品の運び込みが終わったエサイアスとデニスは、質疑応答に備える ―― 書類について知っている二人に、想定問答を作ってもらうのだ。
エサイアスは軍高官的な目線で見るだろう。デニスは自由な感じ……室長目線に近い疑問を出してくれるのではないかと期待している。
意味もなく鉄道関連の想定問答が入ってたとしても、姉さんは怒らないよ。そっとしておくだけだ。そのくらい自由に常識に囚われず作ってくれ。
「繰り返しになるがハインミュラー、リンデン、ヤンソン・クローヴィス、オルソンの四名は、このフロアへ出入りするときは、受付に必ずゲスト証を提示し、用意したノートに時刻と名前を、必ず自分で記入すること。四名及びスタルッカには、このフロアに部外者を同行させる権限はない」
キース中将がいるフロアの安全はわたしが守る……建物全体守ることになるみたいですけどねー。
「はい」
全員からよい返事をもらえました。
ちなみにゲスト証はわたしとカリナの手作りです。昨日家に帰って大至急仕上げました。
単に厚紙を切って真ん中に「ゲスト」と大きく、その下にはゲスト証所有者の、目立つ身体的色彩 ―― 瞳と頭髪の色と、有効期限を記載する。
仕上げとして、今朝登庁してすぐに、名前などを記載している裏側にキース中将のサインをもらった。
これがなかったら、カリナと仲良く作成した工作でしかありませんからね。
キース中将のサインが加わることで本物の通行許可証になる……地位ある人のサインって凄い!
見本としてわたしの名前で作ったゲスト証を受付に置き、受付の担当者にも「出入りはこの四名だけ」と念を押し、さらに出入りの際に名前を記入したノートに、記名者の頭髪の色の頭文字を記入してもらい、さらに声を出して確認する ―― 幸いなことにこの四名、全員頭髪の色が違うので、頭文字だけで判別できる。
「ハインミュラーはPで良いとして」
「Pはプラチナブロンドの大尉でしょう。小官はストロベリーブロンドなのでSです」
「……だな」
心の中でPINKと呼んでいたので、思わずPと呟いてしまった。
危ない、危ない。ハインミュラーはヒロイン属性全開の、ストロベリーブロンドだったわ。本人にヒロイン属性はないがね!
「ヤンソン・クローヴィス准尉、雑事は任せた」
「はい、大尉殿」
殿は要らん、殿は……と思ったが、極めてどうでもいいので、そのままにして隊長業務へと戻り ―― 隊長業務は恙なく終了いたしました。
「閣下、五日後の説明会ですが、出席者は閣下と室長のお二人でしょうか?」
明日から「お手元の資料をご覧下さい」の、お手元資料作りに取りかからなくてはならないので……デニスが。
わたし? ああ、今日中に資料の大枠を決めはするが、細かいことはお任せ。なぜなら、わたしは隊長業務があるから。
「人事局長と主席宰相閣下もだ。それと騎兵隊に協力を依頼したので、なにが出来たのか騎兵隊隊長も見たいとのこと」
ヴェルナー大佐来るんですか……。鬼教官が来るのですか。士官学校の一、二年の頃のスパルタぶりといい、任官されてからの二年半のスパルタを思い出し、遠い目をしてしまったわたしは悪くないと思うの。エサイアスだって「え゛っ」て漏らすはず。
でも来るのは確定なので、叱られないような資料を作成してみせます!
「では資料を五つ作成いたします」
説明するわたしの分の他に、三つくらい必要かなあ。念のために十部作るかー。当初は五部予定だったんだけど、倍になってしまった。
「まあ主席宰相閣下は気にするな。あの人は、お前に会いたいだけだ」
そう言っていただけるのは、とても嬉しいです! わたしもお会いできるのが楽しみです!
「では資料は必要ないと」
「それは必要だろう」
ですよねー。
「それとクローヴィス。今朝わたしがサインをしたゲスト証なるものだが」
「はい」
「件の説明会までに、それについての委細もまとめろ」
「……」
増えた人員を管理、キース中将の身辺の安全を図るために取った行動で、説明することが増えたー!
……さて、嘆いても戦況が好転することなどないので、さくさくと作業に取りかかろう。
残業する気はない……というか、資料作成にあたってくれているのは負傷者(骨折)が多いので、定時には帰してやるさ。わたしはデニスと一緒に、本日の進捗を確かめてから帰宅しよう。
「というわけで、帰るぞ」
自力では階段を降りられないハインミュラーを肩に担ぎ、もう片方の腕で車椅子を持ち階段を降りる。
「大尉、お手数をおかけいたします」
ほんとになー。まだ休んでいられるのに、何故お前はわざわざ復帰したんだ?
「手数の分、働いてくれるのだろう?」
「もちろんそのつもりであります」
そうは思うが、口から出る言葉は別。
それが大人というものですよ! それと、大柄な成人男性一人担いで、車椅子を持って三階から降りるなど、造作もないこと。本人の足が痛むかもしれないので、ゆっくりと降りているが、三段飛ばしで降りることも可能。
要するに、大変でもなんでもないというわけです。
「ハインミュラー!」
一階に到着すると、トロイ先輩がハインミュラーに声を掛けてきた。
車椅子を下ろしハインミュラーを座らせると、何故かトロイ先輩が頭を下げてきた。
別に下げられる覚えはないがね。
「お手数をおかけいたしました、大尉」
先輩であろうが、階級はわたしの方が上だからねー。
トロイ先輩がハインミュラーの車椅子に手を掛けた。
「今朝はトロイ中尉が三階まで連れていってくれたのです」
そうだったのかー。
部下がお世話になりました、先輩。もっともハインミュラーも先輩ですが、士官学校在学中から不仲だったので、先輩って感じはしません。わたしのほうが狙撃が上手いのは、仕方ないことじゃないか。
「あとは頼んだぞ」
「はい、大尉」
「それではお先に失礼いたします、クローヴィス大尉」
トロイ先輩はハインミュラーの車椅子を押し、二人で独身寮へと帰っていった。
お前骨折しているのに、寮住まいなのか? ハインミュラー。家に帰っ……婚約破棄とか色々あったから、実家に居辛いんだろうな。
破棄の理由? 知らないよー。でも元婚約者はチェンバレン少尉ではない。これらの情報源はメイドです。メイドネットワーク恐いわー。
「あ、クローヴィス大尉。ご家族が面会を希望しております」
「?」
玄関ホールまで二人を見送り、引き返そうとしたところ、受付に家族が面会を求めてやってきたと声を掛けられた。
なんで?
独身寮に入っていた頃なら分かるが、今は毎日実家で顔を合わせているのだから、本部までやってくる必要ないはず?
「面会理由は?」
「アーレルスマイアー大佐のご家族についてだそうです」
ますます分から……ん? アーレルスマイアー大佐の家族ということは、リーゼロッテちゃんとエリアン君のことだよな。
リーゼロッテちゃんは、わたしの紹介でカリナも通っているマナー教室に通い出したから……その流れで知り合いになっていてもおかしくはないな。
ああ、マナー教室を紹介したんですよ。アーレルスマイアー大佐ってキース中将と一緒に北方から中央へ移動になったじゃないですか。
移動先で習い事の教室を捜すのは、大変なんですよね。
娘の習い事とか、男家族は預かり知らないのがこの時代。女家族が社交で情報を手に入れるしかないのだ。
奥さんを病気で亡くしているアーレルスマイアー大佐は、首都に詳しいわたしに「マナー教室を知らないか?」とホームパーティーで尋ねてきたので、カリナが通っている教室を紹介したのだ。
その後「通わせることにした。ありがとう」と言われたことは覚えているが……いつの間にか家族ぐるみで仲良くなってたの?
などと思いながら、面会室へと向かうと、
「イヴお姉ちゃん、おじさんが、来てくれないの……」
「叔父さんが来てくれないんです……叔父さん体弱いから……し、死んじゃったかも……」
リーゼロッテちゃんとエリアン君が半泣き状態で、わたしに駆け寄ってきて、ズボンを掴んで見上げながら必死に訴えてきた。
御免ね、二人とも。イヴお姉ちゃん、その叔父さんが誰なのか全く分からないんだ。




