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【187】少佐、昇進について話し合う

 困ろうがコーヒーを飲もうが、少佐昇進は確定 ―― 最小限で軍を回しているので、欠員が出たら補充しなくてはならない。少佐の地位に就けるのは普通は大尉。降格人事というヤツもありますが、降格する人がいないので、昇格させるしかない。

 更に一番活動した大尉がわたしともなれば……女性士官六人目の佐官かあ。五名の女性佐官は全員五十歳前後(アラフィフ)で両親と同世代。内訳は中佐二名に少佐三名。

 二十代で佐官になる気持ちはあったよ。

 あったけど……ねえ?!


「ヒースコート閣下、一つだけ質問してもよろしいでしょうか?」


 思うことはあるが、それはわたし個人の問題なので横に押しやり、必要なことについて尋ねる。


「一つと言わず、幾つでもいいぞ」

「ありがとうございます。質問とはキース閣下の親衛隊隊長の任についてです。小官はその任を解かれるということでしょうか?」


 元々、佐官親衛隊隊長を立てると、隊員が不足してしまうという我が軍の懐事情から、緊急措置として尉官であるわたしが隊長に就任したという経緯がある。

 大尉が現場で指揮できる最大人数は二百名なので、現在親衛隊隊員は二百名だが、少佐となると最大で一○○○名を指揮することが可能となる ―― わたしに指揮が出来るかどうかは別として、部下千人まではOK!


 ……OK! とか軽く言ってみたけど無理だ。わたしに千人を従えるのは無理だー。小隊長任せであろうとも、無理だわー。


「いいや、そのままだ」

「隊員の数が増えるのですか?」

「それもそのままだ。お前さんが率いる残り八百は、司令本部の警備を担当する。お前さんには、司令本部警備責任者にも就任してもらうということだ」

「……」


 ヒースコート閣下がにやりと笑い ――


「優秀な佐官には兼務してもらわないと、立ちゆかないのが我が軍だ。よろしく頼むぞ、クローヴィス少佐」


 わたしが兼務に耐えうるほど優秀かどうかは知りませんが、佐官から兼務となるのは裕福ではない我が国の懐事情が関係しているのは良く存じております。ですが自分がそうなると「うわ」という気持ちになる。

 嫌ではないができるかな……という不安。


「ご期待に添えるよう、全力を尽くす所存であります」


 体力なら自信あるのですが、知力方面に自信は……。


「なあに、警備はコールハースでも務まった役職だ。死者を悪く言うわけではないが、無害で人当たりは良かったが、優秀な軍人という評価とは全く無縁だったコールハースでもまあまあ(・・・・)務まっていたのだ。お前さんはコールハースよりは遙かに優秀だ、そんなに気負う必要はない」


 うん……まあ、その……言葉に困るわ。

 単に出世に無縁なだけで、家庭人としては……とか内心でフォローしてみるも、現在は軍人としての評価を基準に話しているのだから、無意味極まりないフォローだったわ。

 ヒースコート閣下は給仕に再び言いつけ ―― わたしはコーヒーではなく水を貰い、秘書官がテーブルに広げた書類に目を通す。


「ユルハイネンを中尉にですか?」


 わたしの昇進については、片が付いたので、次は部下粗ちん野郎(ユルハイネン)の昇進について打診されました。

 隊長は隊員の昇進について会議をしたり、推薦状を書いたりしなくてはならないのです。

 まさか初めて書く推薦状が、粗ちん野郎ことユルハイネンになるとは、思ってもみませんでしたがね。


「ああ。こいつ、お前さんと組んで陛下暗殺未遂事件と、司令官襲撃犯逮捕で活躍したからな」

「そうですか……」


 才能があるのは分かっていますし、なかなかの仕事をしたのも分かっておりますが、厄介だなあ。


「昇進させたくない理由でもあるのか?」

「ユルハイネンを昇進させたくないというのではなく、他の部下との兼ね合いを考えておりました」


 今は四人の小隊長は全員少尉なので問題はないが、一人だけ中尉になるとそいつが、わたしに次ぐ地位につくわけですよ。


「お前たちは下がれ」


 ヒースコート閣下が人払いをし、室内にはわたしとボイスOFF(ウィルバシー)、そしてヒースコート閣下だけに。


「お前さんとしては、全員昇進させたいのか?」


 身を乗り出し話し掛けてくる。


「はい」

「理由は?」

「全員同じ階級のほうが、扱いやすいのもそうですが、他の小隊の者たちが功を焦り、問題を起こすことを懸念しております」


 差が出ることによって、競争が生まれる。それ自体はいいのだが、問題は競争によって生じる軋轢が隙につながるのではないか。


「そういう焦りが出る可能性は、無視できないな」

「小隊長を務めるヘル、バウマン、ネクルチェンコたちは焦ることなどはないでしょうが、その部下となると少々不安があります。上昇志向は褒めるべきものですが、焦りすぎて隊や警護対象を危機に陥れるようなことがあってはなりません。現時点ではユルハイネンの昇進は見送ったほうが良いのではと考えました」


 三人の小隊長たちと話をし、ユルハイネンの実力を認めているのは知っているので、昇進したとしても問題はないでしょう。

 ただ三人の小隊長は、部下たちから慕われており、実力もあるので「同じようなチャンスさえあれば」と考えて ―― 自分の為ではなく、他人のために功を焦るというのは、善意である分、釘を刺すのが難しい。


「それを押さえるのが、指揮官の手腕ではないか?」


 分かっております。分かっているから、そんな格好良く不敵な笑顔をこちらにむけないで下さい。貴族のくせに野性味があるのに品があるって、どういうことだ! まーキース中将の儚さ(錯覚)には敵いませんが。


「三十四歳のわたしならば出来るでしょうが、二十四歳のわたしには無理です」


 あと十年くらい経験を積めば、丸く収めることができる……かもしれないが、現時点では無理ですね。経験値がないんですよ。レベリングする間もなく、強制的に連続ボス戦させられている状態ですよ。少しはゆっくりと経験を積ませていただきたいのです。

 凡人には経験が必要なのですー!


「では小隊長全員、中尉でどうだ?」

「……財源は?」


 我が国の軍が少数なのは、かかる人件費を極限まで抑えているから。

 抑えている理由はもちろん、国家財政上の問題です。


「バルダビア教区の枢機卿閣下の財布から出る」


 バルダビア教区の枢機卿閣下が誰なのかは存じませんが、我が国にお金を支払ってくれる可能性のある枢機卿は二名。閣下かオディロンの父親であるニーダーハウゼン枢機卿。


「リリエンタール閣下の教区ではない」

「そうでしたか」


 慰謝料的なものなのかな?


「ニーダーハウゼン枢機卿がリリエンタール閣下ことシシリアーナ枢機卿の麾下に入ったことで、ボナヴェントゥーラ枢機卿の教皇への道が補強された……らしい。今年中にボナヴェントゥーラ枢機卿が筆頭枢機卿となり、枢機卿のトップになるのは間違いないとのこと。宗教界のことは、単純な軍人でしかない俺には分からん」


 それよりもっと恐い話だった! 枢機卿が枢機卿の麾下ってなに?


「ヒースコート閣下が単純な方とは思いませぬが、触れないほうが良い世界だというのには同意いたします」


 そこは下手に首を突っ込まないほうがいい世界ですね! ふわっと流しておきましょう。ふわっと、ふわっと。

 それで結局小隊長四名が昇進、陛下暗殺未遂事件の際、わたしと同行していたネクルチェンコ隊隊員、キース中将を逃がすため囮となったボイスOFF(ウィルバシー)、共にオディロンを誘導した隊員たちは、給与等級を上げることで決着がつきました。


「良かったな、スタルッカ(ウィルバシー)


 微々たる増額ですが、いまのボイスOFF(ウィルバシー)にはありがたい昇給だろう。


「はい」


 腕の骨が折れたのだから(折ったのはわたしだけど)、もう少し給与を上げてやりたい気もするが昇給にも規則があるから、これ以上は無理なんだ。

 そうそうボイスOFF(ウィルバシー)の骨折。カリナにも聞かれたのだが、ボイスOFF(ウィルバシー)の右腕がこう(・・)なった理由だが ―― わたしとオディロンが殴り合いをしていたわけですが、ずっと劣勢だったんですよ。

 「当たり負けせず、殴り合いを続けられただけで超人だ」と、空を舞ったオルフハード少佐に言われましたが、とにかくハインミュラー(ピンク七三)の一撃が来るまで、防戦一方だったのですよ。

 要するに傍からみていると「押されている」状態。実際押されてたんだけどさ。

 それで腕で防御したものの、その上にかなり重い一撃を食らって、若干飛ばされ気味になり、体勢を立て直し距離を取るために、咄嗟にバク転したんだよね。

 もちろんバク転後、即座に反撃するつもりだったのですが、戦闘巧者オディロンはその余裕を与えるつもりはないとばかりに、超低姿勢で突っ込んできた。

 それが見えたので足がついたら起き上がらず、オディロンよりも更に低いブリッジ体勢になって、腰を掴んで投げてやろうとしたのだが ―― 援護が入りましてね。

 その援護が粗ちん野郎(ユルハイネン)ボイスOFF(ウィルバシー)だったのですよ。

 まず粗ちん野郎(ユルハイネン)がタックルをしたのですが、吹っ飛ばされ(入院の原因だったっぽい)、オディロンは勢いを落とすことなく突っ込んできた。

 拳銃を構えたアッシュブロンドのかつらを被ったボイスOFF(ウィルバシー)が、わたしとオディロンの間に割って入ったのだ……が、引き金を引く前に腕を掴まれた。

 ボイスOFF(ウィルバシー)曰く「速さが完全に隊長でした。いや。速さは隊長以下でした」……うん、お前の速度の基準がよく分からん。

 話を戻すが拳銃の引き金に指をかけた状態で、オディロンに腕を掴まれひねり上げられ、銃口を自分のほうに向けられた。

 映画とかで良くあるシーンだね。

 ちなみにこの時わたし、地面に足がついたところ。

 ねじり上げられた腕を解こうとするボイスOFF(ウィルバシー)と、銃を持っている腕の自由を奪い、ボイスOFF(ウィルバシー)の眉間を撃ち抜こうとするオディロン。

 何が凄いって、オディロンは片手でそれをやってたんだよ。

 普通の映画なら両手だろ? オディロンは片手の上に、わたしを警戒する余裕すらあった。

 思い返すだけで化け物だー。

 ……で、このままではボイスOFF(ウィルバシー)が殺されてしまう! と思い、地面に足がつくと同時にボイスOFF(ウィルバシー)の右腕に蹴りを放ち、尺骨と橈骨を綺麗にぽっきりと折って支柱をなくした。

 骨が折れて力がはいらなくなった腕は、衝撃を受け止めることができず、勢いがついたままあらぬ方向にずれる。

 いきなり力が抜けたのでオディロンも思わず引き金を引いてしまったが、銃口はすでにおかしな方角をむいていたため、被害はでなかった。

 オディロンは自分が攻撃されると考えて、体勢を取ったが、攻撃が効かない可能性がある相手をあの場面で狙うほど、わたしはギャンブラーじゃない。

 「あの時腕を折ってもらわなければ、死んでいました」とはボイスOFF(ウィルバシー)の談。

 わたしもそう判断したから、最終手段として腕を折ったわけですがね。


「これで昇進についての話は終わりだが、少し時間をもらっていいか? クローヴィス大尉」

「はい」

「用があるのは、お前さんの後ろのプリンシラだが、いいか?」

「はい」 

「プリンシラ、俺の養子になれ」


 部下が色男に勧誘された! えっと……養子? え、養子?


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