【182】隊長、説明を聞いて納得する
部下が話題にした、閣下の隠し子と、その元とも言える女性関係について考えたのですが ―― 結論として考えることを止めました!
わたしが脳筋だからというわけではなく……そうじゃないとも言い切れないのが辛いところだが、十代遡っても庶民にして前世も庶民なわたしに、王侯貴族の物の考え方とか事情とか推察する能力は備わっていないので、どれほど考えたところで堂々巡り ―― 答えを出せる目処が立たないという結論が出たので、考えるのを止めました!
いや、ある程度は考えたよ。
でもあくまでも勝手な推測だからー。
マルムグレーン大佐が二十五歳前後で閣下が十五、六歳の子とされる理由だが、おそらく閣下はその頃女性と関係を持ったのだろう。
それも関係を持ったことを知られるように ――
その若さで婚約者だったルース帝国第一皇女以外と関係を持った理由は、やはり閣下の血筋が関係しているのではないかと。
その血筋とはアブスブルゴル帝国。
閣下やベルナルドさんが、アブスブルゴル帝国の後継者とされる理由「現皇帝の男児全員不妊(不能)」なのだが、これが関係しているのではないかと思うのですよ。
現アブスブルゴル皇太子は、言葉にするのを憚られるアレだとキース中将やヴェルナー大佐も仰っていたので、彼らと血が近い閣下は大丈夫なのか? 大国の後継者がそれでは困る……といった流れで、そういうことになったのではないかと。
あくまでもわたしの希望的観測ですけれどね!
わたしはこのくらいしか思いつかなかったので。最善は閣下に直接尋ねることだが……戦闘などとは別種の勇気が必要なことなので悩んでいる。
婚約者に「隠し子いるって聞いたんだけど」って尋ねるシチュエーション、想像してみてくれよ! そんなシチュエーションに遭遇する人って、そうそういないよね!
現実から目を背けてはいけないことは分かっているが……。
閣下に尋ねるべきかどうかを、キース中将に尋ねるべきか? 悩んでいるところです。
もちろんこんな私事で怪しい噂でしかない事柄についてキース中将に尋ねるのは、休暇が終わってからですが、休暇が終わったら忙しくなりそうなんだよなあ……と悶々としているところに、宛名のアーダルベルトの綴りから上手に「L」が抜かれている、差出人閣下のお手紙が!
休暇中のキース中将になにやら用事があるようで。しっかりとお届けいたしますねー閣下。
「隊長、到着しました」
「ああ」
燃料と食糧と酒とわたしたちを乗せた、中間種二頭立ての中型幌馬車は、何ごともなく無事に保養所に到着した。
荷物を降ろす関係上、わたしたちはそのまま車庫の方へと向うと、そこには隊員たちと共に、キース中将がいた。
「クローヴィスか。早かったな」
相変わらず儚い雰囲気だが、手は血に濡れている。怪我をしているのではなく、狩ったヘラジカを捌いている最中。
狩りは男性の趣味としては、一般的なものだし、キース中将も射撃上手いし、結構好きだからね。
キース中将は2mほどのヘラジカを車庫の梁に釣るし、腹を裂いて内臓を引きずり出している。信じられるか? 両手を血まみれにしているどころか、フレッシュが過ぎる内臓を持っているのに、儚いんだぜキース中将。
いや……儚いというより切なさが勝るというか……血まみれで内臓持っている人とは思えない。実際は小腸を樽にぶっ込んでるんですけどね。
「はい。尋問は簡単に済みましたので」
「そうか」
それだけ言うと、キース中将は解体を再開した。手際良いですねー。
食糧品を台所へと運ぶと室長の息が掛かった従卒で料理人のクーラさんが、夕食の希望メニューを聞いてきたので、本日補充した食糧の中にあったオイルサーディンを使った料理を希望した。
「楽しみに待っててください」
「ああ」
そのクーラさんが言うことには、本日キース中将が狩ったヘラジカだが、休暇の終わり頃には丁度良い熟成具合になるらしい。
わたしたちもご相伴に与れるらしいよ。
「野生動物に取られないようにしないとな」
「そうですね」
この辺りを縄張りにしている熊が横取りしようとしても……キース中将が狩ったヘラジカは、わたしが守る! 命が惜しかったらくるんじゃないぞ、熊! わたしは容赦しないからな!
夕食を楽しみにしつつ部屋へ戻る途中で、エサイアスから声を掛けられた。
「イヴ」
「エサイアス」
保養所には副官も付き従っている。わたしも陛下が王弟時代、王族の方々の避暑地ブランシュワキ宮殿に同行いたしま……女王のことを思い出してしまうから、止めておこう。
「閣下はリビングに」
閣下からの手紙なので、直接渡したいので落ち着いたら教えて欲しいとエサイアスに頼んでおいたのだ。
「そうか。ありがとう。手紙届けてくるな」
上質な白い封筒にシルバーの蝋封。R.V.Lの凹みを見るのが少し辛い。
勝手に辛いだけなんですけどね。
実際は隠し子なんていないと思うし……でもなあ……そんなことを考えつつキース中将の元へと赴き、閣下からの手紙を届ける。
封筒に書かれている自身の名前を指でなぞられる。
「そこで待て」
「はい」
手紙を渡したので下がるつもりだったのだが、キース中将に待機を命じられたので、後ろ手で待機を ――
「ナイフを貸せ」
「はい」
胸元に潜ませている鍵こじ開け、または有線ぶった切り用に使われるナイフを差し出した。わたしはそういう用途で使ったことはありませんけれどね。
鍵のかかったドアなんて蹴り開ければいいんですよ! 蝶番とは吹っ飛ぶためにある。有線に関しては弾丸一発で断線可能。
ナイフを差し出したあと、直立不動で控える。
手紙に目を通したキース中将が視線を上げ、わたしを見て微笑んだ。
「主席宰相閣下がいらっしゃるぞ。お前にどうしても会いたいそうだ、クローヴィス」
そうだ。閣下、いらっしゃるって言ってた。
昨日あんな噂を聞かなければ、よろこ……
「どうした? クローヴィス。主席宰相閣下に会いたくないのか?」
「あ、いえ、そのようなことはございません」
便箋を畳み封筒に入れ直したキース中将が、わたしのすぐ側へとやってきた。
「本当になにもないのか?」
涼しげな目元と柔らかな笑みに穏やかな声なのに、圧力が凄い。アイスブルーの瞳から視線を逸らしたら殺される……殺されはしないけれど、そう思わせる。
「……」
「言え」
「閣下の休暇明けに相談させていただくつもりです」
内容もよくよく考えれば、ただの噂だからね。女性関係については……。
「わたしの休暇が明ける前に、あの人は来るんだぞ。わたしですら気付けるほどの違和感だ。あの人相手に隠し通せると思っているのか?」
「…………その時は、御本人に」
わたしを縫いとめていたアイスブルーの瞳は閉じられ、溜息を吐き出された。
「休暇明けなんぞ待たなくていい」
「ですが」
「この状況、俺が気になって仕方ないのだが」
……ですよねー。
ここで馬鹿の一つ覚えのように固辞したところで、閣下にバレてキース中将の耳に入ってしまう。
というわけで、わたしは諦めて「マルムグレーン大佐が閣下の隠し子」と、それから派生して「女性関係が気になった」こと、更に自分が考えたことを伝えた。
キース中将は黙って聞いて下さり、話が終わってから ――
「あの人の若い頃の女性関係に関しては、お前の推察でほぼ合っている。あの人も若い頃は、親戚筋の王に抗うことができなかったそうだ」
キース中将は椅子に腰を下ろし ――
「俺が連合軍元帥にして総司令官だったリリエンタール閣下の副官を務めていたのは、知っているな?」
「はい」
「今から十七年前のことだが、あの頃も八歳から二歳までの落胤が現れたな。そいつ等は当然偽物だったが、あの人は慣れたものだった。聞けば二十歳になる前から、赤の他人が上目遣いでお父さまと言って来るという、悪夢のような出来事に遭遇していたそうだ。言うならば、あの人の落胤騒動は今に始まったことじゃない。」
「あ……」
「そもそもあの人は、婚外子を隠すような性格だと思うか?」
「え……い、いいえ」
お父上も全員認めていらっしゃいましたし……認めるのには抵抗なさそうです。
「そうだろう? あの人は隠すような真似はしない。あの人の性格上、下らない弱みなど作らないし、作るような真似もしない。あの人はいつでも完璧だ……お前に対して以外だが」
心がふわふわと軽くなってきた。ありがとうございます、キース中将。
「ツェサレーヴィチ・アントンの潔白を語るのは癪だが、可愛い部下を思えば語らないわけにもいかない。全く以てあの野郎……」
キース中将がすごく複雑な表情を浮かべられた。
ああ、閣下とキース中将ってそういう関係だったの、すっかり忘れてたー。




