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【181】隊長、噂に翻弄される

 良い仕事をしたメダイを受け取り ――

 マルムグレーン大佐は頼んでいた閣下への誕生日プレゼント、ターコイズのカフリンクスを購入してきてくれた。

 ターコイズの善し悪しなど分からないわたしだが……なんか、凄くよさそうな気がする。うん、きっと間違いないね!

 お礼を言って金額を聞き、想定範囲内の金額だったので後日支払う約束をし、カフリンクスは持ち帰ってもらうことにした。

 閣下の誕生日が近くなったら受け取る方向で話はまとまった。


「閣下の誕生日が今から楽しみです」

「そうか。それは良かった。そうそう大尉が呼び出されたのは”アルフォンス・レックバリが司令本部を売春宿代わりにしていることに気付かなかったか”と”夜勤の親衛隊隊員が、娼婦を連れ込み行為を行っていなかったと言い切れるか”この二点について尋問を受けるためだ。もちろん尋問するつもりはないけどな」

「あー……レックバリのことは気付いておりませんでしたし、隊員たちはそのようなことはしていないと信じております」

「ああ。親衛隊隊員が潔白なのは、こちらの調査でも分かっている。ただ隊長には形式上であろうとも、尋問を受けてもらう必要があるのだ」

「お疲れさまです」

「大尉のほうがお疲れさまだろう。大尉はわたしからしつこく隊員たちの言動について聞かれた……ということにしてくれ」

「分かりました」


 尋問について口裏合わせが終わり、あとは食事やデザートを楽しみながらマルムグレーン大佐と会話を楽しんだ。

 わたしとのファーストコンタクトが偽装恋人計画だったことからも分かるように、マルムグレーン大佐は会話が非常にお上手。

 食後には荘園領主邸(マナー・ハウス)内部を案内してくれ、庭の探索も ――


「ジェームズ、アホカイネン……お前たち」


 庭に出たところで覚えのある気配を察知し、捕らえたところ拠点に待機している筈の隊員二名を発見することに。

 まったくの余談だが、前世の記憶が戻ってからアホカイネンとかヨキアホとかアホとかアホカスとかいう苗字が辛い。

 我が国においてこれらは一般的な苗字なので、過剰反応するわたしがおかしいのだが辛い。

 自分がアホ系の苗字じゃなくて良かったなーなんて思ったり。前世の記憶が戻った弊害とも言える。


「隊長が心配だったもので」

「ランニングして、気付いたらここにたどり着いてました、はは」


 話を目の前の部下に戻すが、どうやら二人は憲兵に尋問されているわたしを心配して、ここまで走ってやってきたとのこと。自分の身を案じられているのは分かるが、命令を無視しているので注意しないわけにはいかない。

 ああ心苦しいわー。


「全く。お前たちの気持ちは嬉しいが、拠点から1km以上離れるなという命令が出ているはずだ」


 拠点待機は「待機」であって、自由時間ではないのですよ。

 そして緊急出動に備えなくてはならないので、自由に移動できる距離は拠点から1km以内と定められている。


「イヴ・クローヴィス大尉。帰っていいぞ」


 部下の前で、憲兵大佐に庭を案内してもらうわけにはいきませんしね。


「はっ! 失礼いたします、マルムグレーン大佐。よーし、ジェームズ、アホカイネン、罰としてわたしに付いてこい。遅れは許さん」


 軽くアキレス腱を伸ばしてから、わたしは駆け出した。


「大尉、馬車……」


 マルムグレーン大佐の声が聞こえたような気もしたが ―― 馬車で三十分程度の距離、一キロを二分三十秒弱で走れるわたしにとっては楽勝です! 部下たちは一キロ三分少し掛かるけどね!

 そういうわけで、わたしはジェームズとアホカイネンの二人を置き去り気味にして拠点に帰ってきた。


「ご無事でしたか、隊長」

「お戻りですか、隊長」


 拠点はわたしが出かける前に比べたら、非常によく片付いていた。あくまでも比較対象は出かける前であって、綺麗になったわけではないのが重要なポイントだが。

 わたしより随分と遅れて戻ってきた二人をねぎらってから、なぜ命令違反を犯したのか尋ねたところ ―― 


「万が一ということもありますし」


 憲兵というのは軍内の評判は良くないので、心配されるのも分かるといえば分かるのだが、違反は違反なので報告を上げなくてはならない。


「以前、一緒に仕事をしたことはあるが、性的暴行を加えてくるような人ではないと思うし、無闇に疑ったら失礼だろう」


 これが本当に尋問を受けていたのならまだ良いのだが、尋問という名目で食事を取って会話を楽しんでいただけなので、そんな状況を知らず心配してやってきてくれた部下の経歴に傷なんて付けたくないじゃないですか!


「そうですけれど」

「隊長はお美しいので」

「美しいと言ってもらえるのは嬉しいが、好みが分かれる容姿だからな。マルムグレーン大佐の好みではないと思うぞ」


 聞けば今回の命令違反は、拠点に残った親衛隊隊員たちの総意で、ジェームズとアホカイネンの二人が、馬車の轍を頼りに追いかけてきたとのこと。

 もしもわたしが暴行されていたら、乗り込んで助け出し、そのままキース中将が滞在している保養所へ逃げ込もうとしていたそうだ。

 部下が優秀でわたしは嬉しいよ。でも命令違反は止めなさい。


「今回のことは、キース閣下に報告しても、譴責(けんせき)にも処されないとは思います」

「精々、戒告くらいかなと」

「お前たちなあ」


 キース中将には報告するが、戒告も譴責(けんせき)も受けないように頼もう。報告しなければいい? そういう訳にはいかない。

 なにせ拠点から離れているのを憲兵大佐に見られているので、憲兵側から「親衛隊員が任務中にほっつき歩き、憲兵の拠点に侵入してきた」と連絡を受け、キース中将が「初めて聞いた。報告は上がっていない」という感じで、問題になるからだ。

 マルムグレーン大佐が報告してくるかどうか? だが、一応ここは規則に則るべきだろう。


「尋問の内容について、お伺いしてもよろしいでしょうか?」


 聞かれたら答えてもいいと言われていたので ――


「レックバリが本部に娼婦を連れ込んでいるのを知っていたかと、夜勤の親衛隊隊員たちは、娼婦を連れ込んではいなかったかについてだ。どちらも”ない”と答えたが、細かく聞かれてな」


 本当は全く聞かれておりませんがね。嘘つくの辛いけど、ここはつかなくてはならないのです。


「レックバリの野郎はどうでもいいのですが、俺たちもですか?」

「定期的に夜勤をこなしている者、全員が対象だとか。最終的にはキース閣下にも伺うらしいぞ……キース閣下、連れ込んでないよな」


 自分で聞いておきながらだが、ないわー。キース中将に限ってないわー。司令本部に住み着いていますが、それはないわ。


「全く聞きませんね」

「自分で決めた規則を、自分で破るような人じゃありませんから」


 自分で決めた規則とは、キース中将がいるフロアにわたし以外の女性の立ち入りを禁じること。


閣下(キース)の寝室に立ち入った女性ですか? 我々は隊長以外は知りませんが」

「そうか」


 夕食は庭でウィスキーを飲みながら肉やウィンナーを焼く簡単なものだが、これはこれでいい。

 夕食を取っていると、交代要員の隊員五名が食糧や燃料と共にやってきて、また酒が進み ――


「マルムグレーン大佐はリリエンタール閣下の隠し子って噂があるんですよね」


 拠点にやって来た交代要員 ―― 憲兵隊から選抜されたヘル少尉隊の親衛隊員が、他の隊員からわたしが憲兵に尋問された話を聞き、尋問した人物の名を挙げると、そんなことを言いだした。

 閣下の隠し子? えー!


「隠し子?」

「はい。憲兵の上層部は徹底的に自らの身辺を隠します。それでもちらほら分かるものですが、マルムグレーン大佐だけは誰も知らないとのこと」


 それは、閣下が後ろにいるからだろう。


「リリエンタール閣下が背後にいるらしいんですよ」


 あ、そこはバレてるんだ。


「リリエンタール閣下の身辺にいるのは、親戚が多いんですよ」


 親戚……ああ、ベルナルドさんも親戚だね。あれ? でもベルナルドさんが親戚だなんて、お前たち知ってるの?


「警備責任者のアイヒベルク閣下とか」

「あの閣下の住まう場所全ての警備を担当している、アイヒベルク閣下か?」


 閣下のお住まいは、ロスカネフが軍人を派遣し警備に当たらせているが、監督はアディフィン貴族リーンハルト・フォン・アイヒベルクなる人物が担当している。

 黒髪でライトブラウンの瞳を持つ、髭が立派で大柄な、これぞアディフィン軍大将といった風貌の男性で、わたしも何度も見たことはある。もちろん話したことはないけれど。他国の大将閣下になんて話し掛けられませんからね。

 えっと……親戚ということは、閣下の父上(ゲオルグ)と前妻との間に生まれた子……の息子? 


「らしいですよ」

「伯爵と三日違いで生まれたらしいですよ、アイヒベルク閣下」

「はぁ? えっと、アイヒベルク閣下はリリエンタール閣下の父、ゲオルグ公の愛人の子なのか?」

「はい。そのようです」


 愛人の子だった! 三日違い! シュレーディンガー博士の五ヶ月違いもどうか? と思ったが、三日はキツいわ。


「マルムグレーン大佐はそのアイヒベルク閣下よりもリリエンタール閣下の側におかれ、重用されており、アイヒベルク閣下がなにか用事を言いつけることもないので、隠し子なんじゃないかと囁かれています」

「あの人、そんなに若いの……か?」


 わたしもなんとなく、最近は若いのではないかと思っております。それこそ、わたしと同い年くらい……わたしは若くはないのですが、階級的な意味での若さね。そこ勘違いしないでね! 誰に弁明しているのかは知らないが。


「はっきりとした年齢は分かりませんが、若いとは言われてますよ」

「伯爵が十五、十六才あたりの子と考えると、今は二十五才前後ですので、年齢的に合うよなと言われていますね」


 ……隠し子……隠し子かあ。

 閣下の身分でずっと独身だと、隠し子がいてもおかしくないと思われるのか。

 隠し子はいない……よね?

 そんなの聞いたことないけれど。普通、聞かないよね。わたしには聞く勇気がないけど、一度は聞くべきなのだろうか?

 でもここはあらぬ噂ということで、話を進めよ……待てよ?

 これ、オットー・マルムグレーンという存在のバックボーンとして、まことしやかに囁かれているものだとしたら、全力で否定するわけにはいかない。


「隊長の身が心配だったのは、あの人が隠し子で権力持ってるって噂されているからです」

「気にくわない女を数名、消したとか聞いたこともありますし」


 権力はどうか分からないが、女を消したは……消されたのはきっと、どこかの諜報部の女性だったんじゃないかなー。


 マルムグレーン大佐がどうかは知らないが、隠し子だなんて考えたことがなかったので……でもきっと違うよね。隠し子とかいないよね。いたら教えて下さるよね……。だから隠し子なんて存在しないと信じている。

 でもこの噂って、閣下と女性との関係が根底にあるんだよね……気にならないと言えば嘘になるけど、聞ける度胸なんてない。


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