【166】隊長、作戦を続行する
我々は勝利した!
どこから見ているか分からない敵の動きを、無様に慌てる姿でこちらに引きつけ、その隙をついてキース中将を脱出させるという作戦は成功し、キース中将は親衛隊十名と共に、司令本部から速やかに脱出完了!
繰り返す、我々は勝利した!
あとは勝利を完璧なものにするために、襲撃犯を捕らえる。
え? 捕らえる作戦立てたんじゃないの?
いいや、キース中将を逃がすのが作戦のメインだよ。
キース中将親衛隊隊長が、警護対象の安全確保もせず、捕り物しているわけにはいかないので。
わたしはこれから『脱出しようとしている偽キース中将を護衛している小隊長ユルハイネンたち』と合流すべく南棟の兵士を数名連れ、辺りに注意を払いながら、賊を誘い出すポイントへと進んでいる。
兵士たちは新兵ではないのを連れてきたので、ガクガクして足が動かないということはない。そういうのは部屋に置いてきた……まあ、経験者が軒並み居なくなるということで、ますますガクガクしてたけど、そこまでカバーしてやれるほど余裕はないので。
でもお前たちのほうへは行かないとおもうぞ。
この作戦の立案・手引き者と考えられるツェツィーリアは、無駄……遊び……どれも適切な表現じゃないが、とにかく無駄を省きシンプルに最小限で、といった作戦を好む感じがある。
いや、好むというより、大人数を動かすのがあまり得意ではないような気がする。
ツェツィーリアには会ったことがないから、なんとも言えないんですけどね。ツェツィーリアはいいや。いまは司令本部の正門におびき出したオディロンを捕まえることに集中する!
計画通りに進めば正門で捕り物が行われる。
わたしは正面玄関で待機 ―― 既にドアの鍵は開いている。あとはタイミングを見計らい出るだけ。ドアに耳を押しつけて外の音に注意を払う。
注意深くできるだけ音を立てぬよう進んでいることが分かる足音が微かに聞こえ、遠ざかってゆく。聞き覚えがあるので、部下の親衛隊隊員で間違いないだろう。
「何者だ!」
ユルハイネンの声が聞こえ、直後空へ向けての発砲。この発砲が点灯、およびわたしたちへの合図 ―― ここまでの作戦は成功している。あとは捕らえるだけだ!
わたしたちは、正面ホールから外へと飛び出した。
「鍵を!」
「はい、大尉!」
建物内に入って来られないよう施錠させ……ガラスが砕ける大きな音が頭上で響いたかと思うと、次々に降り注ぐ音が聞こえた。幸い入り口には屋根がついているので、浴びることはなかったが、まさか窓ガラス割られた?
「隊長! 上です。飛び上がりや……あっ!」
ユルハイネンの視線がかなり上を向いている。そして、あっ! ってなんだ!
「お前たちは入り口を守れ」
「はい、大尉」
わたしは駆け出し、階段を飛び降りる。頭上をなにか大きなものが、ひゅーっと……。
「え? ええええ!?」
人間が放り投げられた。オディロンを捕らえるために用意した投光器に照らされ、弧を描き背広姿の男性が!
「マルムグレーン大佐!」
あのままの体勢で地面に叩きつけられたら、大変なことに。衝突ポイントまでは余裕で到着できるが、抱きとめられるか? いや抱きとめるんだ! 腕だけじゃなくて、全身で受け止め、膝を使って衝撃を緩めてみせる! マルムグレーン大佐、わたしが受け止めてみせます!
「ぐっ……」
受け止めた勢いで体を前に持っていかれて、思わず落としそうになったが、なんとか耐えた。大佐を降ろし指示を!
「ドアを解錠しろ!」
「は、はい! 大尉」
まさか屋根伝いに飛び上がって、投光器を設置した中三階ホールに飛び込むなんて、思いもしなかった!
「隊長みたいなヤツって、他にもいるんですね」
「そうだな、ミカ。閣下を任せた」
ユルハイネンって言ってる場合じゃない!
「了解しました」
オディロンが建物内に戻ってしまったので、援護に向かわなくては。
「あ……」
砕ける音と叫び声が重なり、明かりが消えた。
兵士が投光器に投げつけられた……のだろう。なんという危険人物。
「いまだ! 行くぞ!」
ユルハイネンが声をかけ、隊員たちが閣下を囲み、門に向かって駆け出す。
……入り口を開けさせたが、わたしも飛ぶ……やめとこう。窓ガラスが飛び散って、下手に手をかけたりしたら、大変なことになりそうだ。
入り口前に落ちているガラスの破片を飛び越えて、建物内へ。
「大尉、ランタンを!」
「おう!」
明かりを手に階段を駆け上る。吹き抜けの階段から、外で聞いたのよりも酷い音が聞こえてくる。
「銃声……」
中三階が見えた! ランタンを捨て、銃を抜き ――
「動くな!」
言いながら身を翻し中三階に飛び込む。
中三階の広さなんかは感覚的に分かるのだが、室内が暗すぎて誰がどこに居るのか分からないので撃てない! ―― 割れた窓の外、雲が切れて暁月が姿を現し、その微かな明かりで室内が照らし出される。オディロンは誰かの胸ぐらを掴み持ち上げていた。
姿が見えたので撃ちたいところなのだが、オディロンの野郎、持ち上げているやつの胸ぐらの締め付けを緩め ―― 気道が開放され咳き込んだ。生きてる! 良かった。でも生きている誰かを盾代わりにされるのは厄介だ。
足先を撃て? 僅かな暁月の明かりでは、足下は暗い。他の誰かが転がっているかも分からないので発砲は控える。
……あ、持ち上げられているのストリベリーブロンド……さすがにハインミュラーでも盾にされたら困るっていうか、試しに撃って被弾したら、あとで御免とか言いたくないし。
割れた窓の向こうから、重い鉄の軋む音が聞こえてくる。正面の門が開く音だ。ユルハイネンたちは、門にたどり着いたようだ。
ここからが正念場だ。偽キース中将はオディロンをつり上げる餌だ。釣り上げた獲物は、司令本部から逃すわけにはいかないのだ。
『おや?』
注意が逸れた。撃……
「うぉぉあああああ!」
ハインミュラーを片手で振り回し……って、180cm以上ある男を片手で振り回して、窓から飛び降りた。
撃てない! 標的の動きがおかしくて撃ち辛い!
「うわあああああ」
屋根の上でハインミュラーが悲鳴を上げるのと同時に、聞こえてはいけない「べきっ」という音が夜の闇に響く。
「ハインミュラー!」
窓から飛び降りて、屋根に着地すると、片足が完全に明後日の方向を向いているハインミュラーが、ガラスの破片の上に転がっていた。
オディロンは既に屋根から飛び降り、門の方へと向かったユルハイネンたちを追っている。
「平気だ。行け! クローヴィス」
「行って下さいだろ、中尉!」
それだけ喋れれば今のところは大丈夫だろう。わたしも屋根から飛び降り ―― 司令本部入り口を守っている兵士に叫ぶ。
「中三階に向かえ。屋根に要救助者一名!」
ユルハイネンと近接戦闘をかましているオディロンを狙う。
外なら暁月の微かな明かりでも充分……なんだが、こいつ乱戦上手いわ。飛び道具潰しの戦闘が上手い。こっちが狙うと、いい感じに部下を盾にしやがる。
くっそー! オディロンは大男だが、部下も皆大男なので、すぐにオディロンの盾になってしまう。
「大佐。閣下を!」
オディロンの隙を作らないと。
「閣下、こちらへ!」
意図を理解してくれたマルムグレーン大佐は、隊員が守っている閣下に近づき腕を掴むと、門ではなく東側に向けて走り出した。
門の外へ向かうことを想定し、動こうとしていたオディロンの体勢に、ほんの僅かながらブレが生じた。その隙、貰った!
オディロンの右脇腹に下から掌底を入れたが……なんだこの体。本当に鋼みたいだ。
ただ少しは効いたらしく、一瞬だが動きが止まった ―― まあ、すぐに身を翻してウィルバシーとマルムグレーン大佐を追おうとしたので、飛びかかり背中に再び掌底をたたき込む。
手加減なしで打ち込んだのだが、倒れなかったー。
「隊長の掌底をまともに二発食らっても、平気そうですね。まともに一発食らって動けなくなった自分としては、ちょっと戦いたくない相手です」
ユルハイネンが唾を吐き捨ててそう言う。
実際のところ、わたしも戦いたくはない。
「戦いたくないなら、閣下と一緒に行っていいぞ」
オディロンはむしろそっちが狙いだけどな。
「小隊長として、隊長を盾に逃げるわけにはいきませんよ……全員離れたほうが、狙いやすいですか」
「それはな。ただ暗い上に賊の動きがおかしくて狙い辛い」
作戦ではわたしたちが足止めして、ハインミュラーが足を撃ってから、みんなでぼこって仕留める予定だったんだけどな。まさか開幕と同時に狙撃手襲撃されて使い物にならなくなるとは。
「隊長が狙撃すれば良かったのに」
「わたしとあいつ、腕っ節はどちらが強い」
「そりゃ、隊長です。拳も射撃も」
「分かってるなら、付いて来い!」
射殺したい気持ちで一杯ですが、マルムグレーン大佐から「瀕死でもいいが、殺すな」と命令が下っているので……まーこいつを瀕死にできるかどうか? 難しいところなんですが。




