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【160】隊長、帰宅途中に再会する

 元女王ヴィクトリア殿下は、アリス・リットンという名で閣下が所有する領地で第二の人生を送ることになる ――


「ヴィクトリア王女の死亡発表はいつ頃行うのですか?」

「五年後だ」

「闘病生活が長すぎるのではありませんか? 二年が妥当では? 二年後であれば、クローヴィスの慶事も終わっていることでしょう」


 クローヴィスとかいうわたしと同姓の人の慶事と、ヴィクトリア殿下の偽装死亡報告に、なんの関係があるんだろう? 陛下の親戚にクローヴィスはいなかったよなー。


「当初はわたしも二年後にしようと考えたのだが、リリエンタールに早計だと言われてな」

「早計とは?」

「ヴィクトリア……ではなくアリスが庶民の生活に馴染めず、帰国を希望する可能性もあるとのことだ。たしかにアリスは外国生活の経験はない。もちろん庶民の生活もだ。そしてなにより、リリエンタールがそう言ったのだ……きっと帰国を希望するのであろう。その際は受け入れることになる。姪への処分が甘くて済まぬな、キース」

「わたしの関知するところではございませんので、お気になさらずとも結構です。ヴィクトリア王女は五年の闘病生活を経て、快復なさるシナリオなのですね?」

「そうなる。快復後はテサジーク侯爵家の跡取りイェルハルドが、妻として迎え入れてくれるそうだ」


 テサジーク侯爵家の跡取りがイェルハルドさまなのは、貴族年鑑で調べたので知っているが、そのイェルハルドさまとロヴネル准尉、またはリドホルム男爵が同じ人なのかわたしには分からない。


「二十六歳で結婚となるのですか。行き遅れと言われる年ではありますが、わたし個人としては分別のつくよい年頃だと思います」

「ヴィクトリアが産んだ子は、既にテサジーク侯爵家が引き取っている。どう育てるかはテサジーク任せだが、大帝国のもっとも優れた皇帝になったであろう男が、自らの補佐として直接選んだ狗の子だ。そちらの血を強く引いていれば、優秀な人材に育つだろう」

 

 あー。ヴィクトリア殿下、レオニードの子供産んだのか。そりゃあ、産むよな。

 頭からすっぽりと抜けていたといいますか……。そっか、室長のところに引き取られたのか。諜報部員として育つのですか。レオニードに似てたら天職だろうな。


「テサジーク家のお家騒動の果てに、女王とレオニードの間を取り持ったのですから、そのくらいの責任は取って貰わねば。そうは言っても国家への貢献度も高い家ですから、元女王を妻に迎えたという名目で陞爵(しょうしゃく)させるのですか?」


 テサジーク侯爵家はそのうちテサジーク公爵家になるのか。


「表立って功績を評価してやれぬのだ。そのくらいは必要であろう」

「貴族については、わたしは預かり知らぬので。ですが、それでよろしいのでは」


 ヴィクトリア殿下は五年ほど国外生活を経て、国に帰ってくることになるのか。

 良いのか悪いのかはわたしには判断できないが、その流れだと別れた我が子とも一緒に暮らせることに……一緒に暮らしたいと思うのかな?

 陛下の話を聞いていると、閣下はヴィクトリア殿下に第二の人生を、全て選ばせている感がある。

 だから無理矢理ヴィクトリア殿下から子供を取り上げてはいない筈だ。

 ということは、ヴィクトリア殿下は自らの意思で子供を手放した……もちろん悪いことだとは思わないよ。自分で育てられないのなら、育ててもらえるところへ預けるのはいいことだ。

 庶民の生活を送ることになるヴィクトリア殿下には、子供を育てる余裕はないだろう ―― でもそれ(・・)をヴィクトリア殿下が、理解して手放したとは思えないんだよなあ。……わたしが考えたところで、そう決まってしまったものだ。どうにもならないし、身軽なほうが生きやすい。もしかしたら閣下の予想が外れて、ヴィクトリア殿下は庶民として逞しく生きて行くかもしれない。

 思うところがないと言ったら嘘になるが、それらを含めてヴィクトリア殿下には新しい人生を歩んで欲しい。

 もちろん五年後に帰国なさっても、それはそれで良いとは思いますが。

 アリス・リットン(ヴィクトリア)についての話はそこで終わり、陛下の結婚についての話題になった。


「国内貴族から選ぼうと考えている。慣習に則り、二年の婚約期間を経て結婚するつもりだが、わたしも年が年なので早急に決めねばと考えているところだ」


 二人の前にはメインの肉料理があり食べているのだが、料理の味分かってるんだろうか? と心配になる。余計な心配なのは分かってるけどさー。

 キース中将はサーロインステーキを食べ終え、口をナプキンで拭ってから、


「結婚はそんなに焦らずとも良いのではありませんか。どこぞの王侯も四十目前で庶民に一目惚れして、結婚まで持ち込める時代です。もちろん臣としては陛下には慣習に則り、過不足ない貴族令嬢を王妃として迎えることをお勧めいたしますが、一市民としては余程酷い経歴でもない限り、陛下が惚れた相手を妃として迎えてもよろしいと」


 さらりと恋愛結婚をお勧めした。

 言われた陛下は少し驚いた表情を浮かべてから、微かに笑って軽く首を振る。


「そのように言ってもらえるのは嬉しいが、わたしには庶民から迎えた王妃を支える度量はない」

「そうですか。どちらを選ぶにせよ、アーダルベルト・キースとしては陛下には幸せになっていただきたい。そうでなければ、命をかけて国を守る甲斐がないので」


 その後、二人は近況を語り合い、会食は終わった。

 陛下はヴェルナー大佐と共に帰られ、キース中将は親衛隊を率いて迎えにきたユルハイネンと共に司令本部へ戻る。


「しっかりと送り届けろ」

「はい、キース閣下」


 わたしはというと、キース中将の計らいでボイスOFF(ウィルバシー)が運転する公用車で直帰することになった。


「本部まで一緒に」


 せめてキース中将が本部に入るところまでは同行したい! 希望したのだが、キース中将は許してくれなかった。


「さっさと帰れ」


 ユルハイネンが「にや」と笑っているのが、非常にムカつく!

 不本意ながら、にやけ面の粗ちん(ユルハイネン)儚い詐欺(キース)閣下を敬礼で見送ってから、ボイスOFF(ウィルバシー)が運転する車に乗ったのだが……運転が若干怪しかった。

 

 わたしの休暇中に軍の施設で運転免許を取得するという努力をし、結果を出した出来る元攻略対象ボイスOFF(ウィルバシー)なのだが、公道に出たのはこれで三回目な上に、夜間車を走らせるのは初めてとのことで、小道やら明かりの乏しい裏道などは走らせられず。

 わたしが使用している通勤路はあまり外灯がないので、運転初心者には辛いだろうということで、少々遠回りになるのだが、川沿いの大通りを走らせることにした。

 この道は大きなガス灯が等間隔で設置されているので、夜でもなかなか明るい。対岸もガス灯で飾られているので、夜のデートスポットでもある。

 なんでデートスポットだって知ってるかって?

 ああ、痴情のもつれで傷害事件が多い場所でもあるから抑えてるんだ。

 ボイスOFF(ウィルバシー)の運転に注意を払いながら、川沿いで暴行事件が起きていないかどうかを……刃物を振り上げている大男がいる!


スタルッカ(ウィルバシー)、今すぐ車を止めろ!」


 川幅は35m強、拳銃でも充分届く。


「はい! 隊長」


 拳銃を構え ―― すぐには撃たない。刃物を振り上げている男が、正当防衛という可能性もある。あの体格からすると、過剰防衛になりそうだが、相手が武器を持っていることも考慮しなくては。

 あの大男が刺そうとしている相手は……ん? あの癖毛と顎のライン、そして口元……って、自称閣下の懐刀ことオルフハード少佐じゃないですか! 帰国なさってたんですか! 教えて下さいよ!

 オルフハード少佐は地面に俯せになって、大男に背中を踏まれている状態。

 どうしてそんな状態になってるんですか!

 まあいい、オルフハード少佐が刺されようとしているのなら! 刃渡り20cmほどのナイフの刃に狙いを付けて、


スタルッカ(ウィルバシー)軍曹! あそこへ向かえ!」


 撃つ直前にエンジンをかけることを指示し、引き金を引く。

 刃が砕け散り、刃物を振り上げていた大男がこちらを見た。

 ガス灯の明かりが頼りなので、色ははっきりと分からないが、色素が薄めなのはわかった。その大男は首を少し傾げる。

 その仕草に悪寒が走った。ただの勘でしかないが、あいつ、かなり危険だ。危険の度合いでいったら……多分グリズリーとそんなに変わらないんじゃないか。むしろ、あいつのほうが知恵が回りそうだから厄介かもしれない。


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