【150】隊長、上官からお祝いを貰う
「主席宰相閣下もそう仰っていた……ただ、これはこれで別の問題が発生するのだが、我が国には関係ないので放置して構わん」
あちらこちらで問題が噴出するなあ。
首脳部の皆さま頑張ってください。わたしは賊を狙撃することくらいしかできませんので。狙撃するときには、いつでも呼んで下さい。
とくにオレクサンドル射殺のご用命の際には、是非とも。
ペルシュロンにあんな残酷なことをしたヤツですから、射殺命令が出て当然かと。
ストロベリーブロンド七三ハインミュラーの五十倍は腹立たしいわ!
「オレクサンドルの陛下暗殺計画だが、二年ほど前から動いていたと推察される」
わたしが射殺せねば! と息巻いている中、話は進んでいます。
「ヴィクトリア元女王では代襲相続ができないからですか?」
ユルハイネンの言葉にキース中将が頷いた。
若干分からないらしい小隊長たちに「一般的に甥の子は相続から外れるんだよ」と教えると、
「そうなんですか。わたしには財産を残してくれそうな親族はいないので、そういうのには疎くて」
「分かる、ネクルチェンコ少尉。わたしも同じだ」
ヘル少尉とネクルチェンコ少尉は軽快に笑って納得した。
「オレクサンドルとしては、ヴィクトリア元女王が独身のうちに王位から退ける必要があった。だが元女王陛下は体調を崩され病気療養のため退位なさったので、その毒牙に掛からずに済んだ」
「てっきりオレクサンドルが何かをしたのかと思いましたよ」
「それはないようだ。だが……スタルッカ、説明を」
キース中将が椅子に深く座り直したので、わたしは机の水差しからコップへと水を注ぎそっと差し出した。
きっとわたしたちに説明して、喉が渇いたことでしょう。
「はっ……この一件が、この段階まで露見しなかったのは、オレクサンドル・ヴァン・クルンペンハウエルに王位継承権がなかったからだと思われます」
継承権ない貴族が、王位を狙っているなんて、普通は考えないよな。
「ですが、ロルバス・ヴァン・クルンペンハウエルには僅かながら、即位の芽はあります。元モーデュソン令嬢にして現クルンペンハウエル夫人は、かなり低いながら王位継承権があるのです」
え……。
元モーデュソン令嬢に王位継承権があるってことは、シーグリッドにもあるということか?
「オレクサンドルは妻である低いながら継承権を持つ夫人を王妃として、自ら即位しようと考えているものと思われます」
そういう即位の形態があるのは知っている。
我が国がそれを現在認めているのかどうかは知らないが、ボイスOFFがそう言うのだから、法律的にいけるのだろう。
たしかにシーグリッドは完璧な悪役令嬢だった。
悪役令嬢は基本名家で、王家の血を引いているのも割とよくある設定だ。
だからシーグリッドがそうであったとしても、おかしくはない。
王家の血を引いていない場合は、聖女とか女神とかそっちの血筋だったり……それはさておき、前宰相とロルバス母は兄妹で、王家の血を引いているのか。
となれば、この二人だけで継承順位を比較すると、当然先に生まれた前宰相のほうが高いよな。
前宰相の娘シーグリッドとクルンペンハウエル夫人の息子ロルバスなら、シーグリッドのほうが継承権は高いわけだ。
……ん? 代襲相続に王位継承、王籍剥奪……なんだ、途轍もなく嫌な感じが……するぞ。
ただ残念ながらここで時間切れになった。
「我々はオレクサンドル・ヴァン・クルンペンハウエルとその親族に注意を払えばよろしいのですね」
親衛隊はキース中将を守るべく、清々しいまでにゲスな親子に注意を払うことに専念いたします。
「そうだ。資料は直に届く」
「了解いたしました」
本日のブリーフィングは終わり、日勤のユルハイネンが引き継ぎをしている間に、キース中将に昨晩のことを話しておかなくては。
「閣下。少々お時間を」
「執務室で聞こう」
キース中将は人目を憚る話というのをすぐに察して下さった。
「昨晩、ユルハイネンに特殊警護員のことがバレてしまいまして。閣下が付けて下さったということで誤魔化したのですが」
執務室に入ってからすぐに、昨日の出来事を告げる。
「そうか……粗ちんのくせに優秀だな、ユルハイネン」
「ええ、まあ。ウルライヒ少尉の主席を脅かせる才を持った男でしたので」
才を持っていただけで、脅かすことなかったけどさ。それと粗ちんと優秀さって、比例するんですか?
「それに関しては、わたしが取り計らう」
「お手数をおかけいたします」
「構わん。クローヴィスがただのクローヴィスであったとしても、わたしが警護を付けただろう」
「閣下」
「性犯罪者につきまとわれ、下剤を盛られるような部下を、そのままにしておくほど、わたしは薄情ではない」
「申し訳ございません」
居たたまれないとはこのことだ。
「クローヴィス」
「はい」
「シーグリッド・ヴァン・モーデュソンの手に4104の徽章が渡った理由だが、オレクサンドルが即位するのにモーデュソン家が邪魔だったからというのが、政府および軍部の見解だ。宰相を引きずり落とすには、娘が国家反逆罪で処刑されるくらいは必要だ」
許 す ま じ オ レ ク サ ン ド ル !
ペルシュロンを使い捨てただけでも許しがたいというのに、将来のある娘さんを、自分の欲を満たすために、謀殺しようとするとは!
娘が共産連邦と通じていた可能性があるとなれば、公職を辞して蟄居せざるを得ない。その過程でシーグリッドがわたしに自慢しなかった低い王位継承権だって、剥奪されてしまうだろう。
「ツェツィーリア・マチュヒナは息子のロルバスだけではなく、父親のオレクサンドルにも接触していたのだろう」
婚約者がいるのに、余所の女に入れあげる男だもんなー。実家につれて行くような馬鹿な行動を取ったとしても、納得できちゃうな。
「野郎の徽章の入手方法は分からんが、共産連邦党員幹部の徽章を見せることで、自らを共産連邦所属だと思わせたのではないかと考えられる」
「普通は憲兵に突き出されると思うのですが」
善良な市民なら、憲兵に突き出しますわ。実際シーグリッドはわたしの手により捕縛され、憲兵に出されたわけですし。
「クローヴィス。お前はオレクサンドルの妻が、奇跡が起きたら王位を継承できるような血筋だと知っていたか?」
「知りませんでした。一週間ほど話をしたシーグリッドからも、そのような話は聞いたことはありませんでした」
きっとそれは、シーグリッドの中では自慢出来る程のものじゃなかったんだろう。
「陛下になにかあった場合、跡を継ぐのはアレクセイだ。そして架空の人物ではあったが、エリーゼが陛下に名乗った通り、アレクセイの姉たちの子のほうが、オレクサンドルやシーグリッド嬢より王位継承権は高い。退位したがっていたヴィクトリア元女王ですら、前宰相やクルンペンハウエル夫人には王位を渡そうとは思わなかった」
それは王位継承権があるというのかな? と思うが……女王の座に前向きではなかった、ヴィクトリア王女ですら排除していたというのだから……そんなヤツが財産狙いで玉座を! なんて誰も考えもしないよなあ。
「アレクセイのロスカネフ王位継承権は、消え失せますが……閣下。随分と良いタイミングでアレクセイは挙兵いたしましたね」
「そうだな。財産がロスカネフに流れてくるのには、アレクセイが独身のまま、陛下よりも先に死亡する必要がある。アレクセイも二十も過ぎていたのだから、そろそろ結婚話が出てきてもおかしくはなかっただろうな」
まさに好機。そして ――
「アレクセイに挙兵させたのは、ツェツィーリア・マチュヒナですか?」
ゲームでは男爵令嬢に励まされてアレクセイは挙兵する。逆ハーレムルートで好感度が高かった三人も仲間となって。
「おそらくな。挙兵させるに至って、オレクサンドルにも協力させたのではないか。行方不明になった息子ロルバスは、おそらくアレクセイと共にいるのであろう」
オレクサンドルにとって、アレクセイは陛下よりも先に、独身のまま死んでもらわなくては困る。そして殺すなら戦争はうってつけだ。
下手な国を率いると、閣下が味方に付く……ことはないが、可能性がある。だが共産連邦とつながれば、閣下が味方に付くことは絶対にない。
「我が国の王に即位させてから、殺害を目論めば良かったのでは?」
遠隔地で殺害するより、近場でのほうが殺害は楽なのでは?
「アレクセイがロスカネフ王になった場合、ルース皇后の財産は没収されることになっているそうだ。当人はヴィクトリア元女王が即位したのを知り、自分のほうが王に相応しいと騒いだこともあり、そのように定めたそうだ。それがなければ、ヤツはとっくに我が国に乗り込んできていただろう」
いつもながら、閣下に我が国の面倒事を……。
「お前の休暇が終わった頃には、全て片が付いているはずだ。その時委細を教える」
「はい」
「休暇中は仕事を忘れて楽しめ。間違っても主席宰相閣下に仕事の話題を振るな」
「はい」
そしてキース中将は机の引き出しから、分厚い封筒を取り出し「優勝した祝いだ。好きに使え」と ―― 本当は記念になる品などをプレゼントしたいのだが……そんなものもらったら盗まれる。そういうことを散々経験してきたキース中将は、内緒でお金をくれた。
また休暇明けに「祝勝会」と称して、部下たちを伴い、酒を飲みに連れて行ってくれるとのこと。
楽しみだな……今日色々なことを聞かされて、考えることはあるけれど、休暇を楽しむとします。




