表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/335

【146】隊長、専門家を召喚する

「陛下! ご無事ですか」


 暴走が止まった陛下の車体へ、近衛たちが下馬し近づいて声を掛ける。

 わたしはユルハイネンと共に周囲の警戒を……というか、ここは何処だ?

 暴走馬車は当たり前だが道を進まず、原っぱを好き勝手に抜け突き進んだので、ここがどこか分からない。


「ユルハイネン。近くに何か目印になるものはないか? 捜してこい!」

「はい」


 わたしたちが乗ってきた馬も疲れ切っていて、これ以上走らせるのは無理だ。

 何らかの手段で連絡を取り、迎えを呼ばなくては。

 ……わたしが走るのが一番確実かな? 道まで戻ってから街を目指す……走れない距離じゃない。


「せーの! せーの!」


 転倒した際、ドア側が地面に面してしまった車体を、近衛四名が息を合わせて起こす。

 陛下、ご無事でお願いします。

 ヴェルナー大佐ももちろん。あとは同乗しているという侍従も。

 軽い怪我で済んでいて下さい。最悪骨折くらいまでで。

 致命傷とかなしでお願いいたします! ペルシュロンが倒れた時よりも小さめな音を上げて、車体は起こされた。

 ただし片側の車輪が外れているので、すっごい斜め。

 幸いだったのは横転した際、衝撃でドア部分がひしゃげたことで、暴走中でもドアが開くことがなかったことだ。


「先遣どもめ、なにを見ていやがったんだ」


 車体から出てきたヴェルナー大佐は、額から血を流しているが、表情といい口調といい、いつも通りで安心いたしました!

 ちなみに先遣とは、陛下の馬車の安全を確保すべく、ルートを先に走り異常がないかを確認する先遣部隊のこと……見落としちゃったんだろうなあ。戒告受けるんだろうなあ……。でも仕方ない。

 陛下は麗しのご尊顔のあちらこちらに擦り傷ができていますが、大怪我を負っているようには見えません。

 もっともわたしは医者じゃないので、見えない箇所、内臓とか脳へのダメージは判断できないので……この世界の医学水準を考えると、その辺りの負傷は怖すぎる。

 馬車に乗っていてもっとも重い怪我を負ったのは侍従で、腕の骨を折ったようです。でも骨折は普通の閉鎖骨折で済んだ! 感染症を引き起こすヤバイ開放骨折じゃなくて一安心……だが全員を早く病院へ連れていかないと。

 移動手段をどうするべきか? だよなあ。

 まさか陛下に「走りましょう」と言うわけにもいかないし。言ったらヴェルナー大佐にぶん殴られるの確実だし。


「クローヴィス?」

「陛下、ご無事でなによりです」


 わたしを見て心底驚いたといった表情の陛下と、その後にいるヴェルナー大佐の「貴様、何してやがるんだ」と物語っているアイスブルーの瞳が痛い。


「隊長。周囲には人も居ませんし、建物もありません」

「そうか」


 戻ってきたユルハイネンからの、嬉しくない報告。


「ただし線路が通っています。あの線路沿いに進めば……お、蒸気機関車」


 蒸気機関車から昇る煙が見えた。これは好機!


「ヴェルナー大佐。ここでお待ち下さい。小官が助けを呼んで参りますので!」

「おい、クローヴィス。ここがどこか分からんだろう」


 そうだ。ヴェルナー大佐にライフル銃と弾帯を預けていこう。

 さすがにもう何もないと思うが、万が一のためにね。


「ご安心を! 我が家の(鉄オタ)愚弟(デニス)に聞けば、ここがどこかくらい、すぐに割り出してくれますので! これで陛下をお守り下さい、ヴェルナー大佐」


 急ぎ弾帯を外し、ライフル銃共々ヴェルナー大佐に渡してから、わたしは線路に向かって走り、


「ユルハイネン! クローヴィスに同行しろ」

「走ってる蒸気機関車に飛び乗るんですか!?」


 ヴェルナー大佐に「いけ!」と命じられたユルハイネンが追いかけてくる。別にお前こなくても大丈夫ですが……連れていかないと、あとで更に叱られそうだなあ。

 目の前の線路を通過したのは貨物。

 これに飛び乗るくらいは余裕、余裕。砂利を蹴り上げ、突起に掴まりユルハイネンに腕を差し出す。


「……!」


 ユルハイネンは目を見開くも、わたしの手首にしっかりと掴まった。わたしもユルハイネンの手首を掴み引き上げる。


「凄まじい腕力ですね、隊長。とても女性とは思えませんよ」

「女だと思ってくれる必要はないが」


 お前に男と思われようが、わたしとしてはなんら問題はないので。あとどうでもいいが、手首を放せ。いつまで握っているつもりだ。

 懐中時計で時間を確認してから、鬱陶しい粗ちん(ユルハイネン)の手を払いのける。


「隊長、つれないですよね。それじゃあ、男にもてませんよ」

「そうか。その言葉は胸に刻んでおく」


 どうでも良いを通り越して、意味不明過ぎるぞ、ユルハイネン。

 そんなユルハイネンを伴って貨物の機関室へと向かい、事情を説明し停車駅ではないが、無線が設置されている駅に停車してもらい ―― まずは鉄道本部に緊急事態で貨物列車を停めたので、追突事故が起こらぬようダイヤを変更して欲しいと告げてから、中央司令本部へと連絡を入れた。

 階級と姓名を名乗ると、


『クローヴィスか。キースだ』


 なぜ我が軍の総司令官閣下は、わたしが無線を入れる時には、いつも無線室にいらっしゃるのだ。


閣下(キース)にご報告いたします。陛下はご無事です」

『そうか。救助を向かわせる。場所はどこだ?』

「色々ありまして些か蛇行し、暴走したため、場所を専門家(・・・)に割り出して貰う必要があります」

『クローヴィスの弟、デニス・ヤンソン・クローヴィス准尉のことか?』

「はい」


 駅から無線を入れているから、デニスに結びついたっぽい。


『無線室にいるから替わる』


 なんでデニス、無線室にいるんだ?

 お前の担当は兵站であって、通信じゃないだろ。


『クローヴィス大尉。ヤンソン・クローヴィス准尉であります』


 それについては家に帰ってから聞こう。


『准尉。これらの情報から、場所を割り出してくれ ――』


 わたしは飛び乗った貨物列車の出発駅と出発予定(・・)時刻、及び実際に発車した時刻。

 機関車の型、車両の編成と車掌から聞いた”この車両の運行中、何事もなかった”なる証言。そして緊急停車した駅名と停車時刻、最後にわたしが貨物列車に飛び乗った時刻を告げた。


「分かるか? 准尉」


 脇で聞いていたユルハイネンが「はあ? そんなんで、分かるわけねえじゃん」といった表情に。

 まー普通の人間ならそうだよなあ。

 でもデニスならきっと割り出してくれる。姉さん信じてる!


『はい分かりました。大尉が仰った場所ですが』

「待て准尉! 場所は無線で言うな。誰に聞かれているか分からん」


 思案する時間なんて、デニスには要らなかった!

 聞いただけで割り出してるー!

 デニス、お前は出来る男だとは思っていたが、まさかこれほどまでとは! ユルハイネンが引いてる。うちの弟に対して失礼なヤツだ! でも、姉であるわたしですら若干引くわ!


『では誰にお伝えすれば?』

「キース中将閣下にお伝えせよ」

『キース中将閣下? ……ですか?』


 無線越しにも分かる「それ誰なの? 姉さん」 ―― その人、軍のトップだから、そろそろ覚えてくれないかな、デニス。


「准尉に無線に出るよう命じた、白い軍服を着用しているアッシュブロンドの男性だ」

『ああ』


 デニス「ああ」じゃないから。

 あとはキース中将に駅のお偉いさんに連絡を入れ、先ほどのわたしの依頼を軍命令として出してくれるよう頼む。


『クローヴィス、お前は帰宅しろ』

「ですが」


 皆さんの容態が気になるのですが……。


『ユルハイネン』

「隊長の隣におります、総司令官閣下」

『居て当然だ。居なかったら、ぶん殴る。ユルハイネン、貴様はクローヴィスを自宅まで送り届けろ。その後はなにをしても構わん』


 ええーユルハイネンの警護とか、必要ありませんよー。

 もちろん思うだけでキース中将の命令に従い、ユルハイネンと一緒に……


「ここは奢りますね。お返しはレストランの食事でいいですよ」

「分かった。食事代分込みで返せばいいんだな」


 駅にいたのでそのまま鉄道で中央駅へと向かうことにしたのだが、わたしの手持ちがないので、乗車料金をユルハイネンが立て替えてくれた。

 なんとも屈辱ですが、もうじき二十四歳になるというのに、1カルフォも持っていなかった自分が悪いので仕方ない。まー1カルフォ持ってたところで蒸気機関車には乗れないけどさ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ