【146】隊長、専門家を召喚する
「陛下! ご無事ですか」
暴走が止まった陛下の車体へ、近衛たちが下馬し近づいて声を掛ける。
わたしはユルハイネンと共に周囲の警戒を……というか、ここは何処だ?
暴走馬車は当たり前だが道を進まず、原っぱを好き勝手に抜け突き進んだので、ここがどこか分からない。
「ユルハイネン。近くに何か目印になるものはないか? 捜してこい!」
「はい」
わたしたちが乗ってきた馬も疲れ切っていて、これ以上走らせるのは無理だ。
何らかの手段で連絡を取り、迎えを呼ばなくては。
……わたしが走るのが一番確実かな? 道まで戻ってから街を目指す……走れない距離じゃない。
「せーの! せーの!」
転倒した際、ドア側が地面に面してしまった車体を、近衛四名が息を合わせて起こす。
陛下、ご無事でお願いします。
ヴェルナー大佐ももちろん。あとは同乗しているという侍従も。
軽い怪我で済んでいて下さい。最悪骨折くらいまでで。
致命傷とかなしでお願いいたします! ペルシュロンが倒れた時よりも小さめな音を上げて、車体は起こされた。
ただし片側の車輪が外れているので、すっごい斜め。
幸いだったのは横転した際、衝撃でドア部分がひしゃげたことで、暴走中でもドアが開くことがなかったことだ。
「先遣どもめ、なにを見ていやがったんだ」
車体から出てきたヴェルナー大佐は、額から血を流しているが、表情といい口調といい、いつも通りで安心いたしました!
ちなみに先遣とは、陛下の馬車の安全を確保すべく、ルートを先に走り異常がないかを確認する先遣部隊のこと……見落としちゃったんだろうなあ。戒告受けるんだろうなあ……。でも仕方ない。
陛下は麗しのご尊顔のあちらこちらに擦り傷ができていますが、大怪我を負っているようには見えません。
もっともわたしは医者じゃないので、見えない箇所、内臓とか脳へのダメージは判断できないので……この世界の医学水準を考えると、その辺りの負傷は怖すぎる。
馬車に乗っていてもっとも重い怪我を負ったのは侍従で、腕の骨を折ったようです。でも骨折は普通の閉鎖骨折で済んだ! 感染症を引き起こすヤバイ開放骨折じゃなくて一安心……だが全員を早く病院へ連れていかないと。
移動手段をどうするべきか? だよなあ。
まさか陛下に「走りましょう」と言うわけにもいかないし。言ったらヴェルナー大佐にぶん殴られるの確実だし。
「クローヴィス?」
「陛下、ご無事でなによりです」
わたしを見て心底驚いたといった表情の陛下と、その後にいるヴェルナー大佐の「貴様、何してやがるんだ」と物語っているアイスブルーの瞳が痛い。
「隊長。周囲には人も居ませんし、建物もありません」
「そうか」
戻ってきたユルハイネンからの、嬉しくない報告。
「ただし線路が通っています。あの線路沿いに進めば……お、蒸気機関車」
蒸気機関車から昇る煙が見えた。これは好機!
「ヴェルナー大佐。ここでお待ち下さい。小官が助けを呼んで参りますので!」
「おい、クローヴィス。ここがどこか分からんだろう」
そうだ。ヴェルナー大佐にライフル銃と弾帯を預けていこう。
さすがにもう何もないと思うが、万が一のためにね。
「ご安心を! 我が家の愚弟に聞けば、ここがどこかくらい、すぐに割り出してくれますので! これで陛下をお守り下さい、ヴェルナー大佐」
急ぎ弾帯を外し、ライフル銃共々ヴェルナー大佐に渡してから、わたしは線路に向かって走り、
「ユルハイネン! クローヴィスに同行しろ」
「走ってる蒸気機関車に飛び乗るんですか!?」
ヴェルナー大佐に「いけ!」と命じられたユルハイネンが追いかけてくる。別にお前こなくても大丈夫ですが……連れていかないと、あとで更に叱られそうだなあ。
目の前の線路を通過したのは貨物。
これに飛び乗るくらいは余裕、余裕。砂利を蹴り上げ、突起に掴まりユルハイネンに腕を差し出す。
「……!」
ユルハイネンは目を見開くも、わたしの手首にしっかりと掴まった。わたしもユルハイネンの手首を掴み引き上げる。
「凄まじい腕力ですね、隊長。とても女性とは思えませんよ」
「女だと思ってくれる必要はないが」
お前に男と思われようが、わたしとしてはなんら問題はないので。あとどうでもいいが、手首を放せ。いつまで握っているつもりだ。
懐中時計で時間を確認してから、鬱陶しい粗ちんの手を払いのける。
「隊長、つれないですよね。それじゃあ、男にもてませんよ」
「そうか。その言葉は胸に刻んでおく」
どうでも良いを通り越して、意味不明過ぎるぞ、ユルハイネン。
そんなユルハイネンを伴って貨物の機関室へと向かい、事情を説明し停車駅ではないが、無線が設置されている駅に停車してもらい ―― まずは鉄道本部に緊急事態で貨物列車を停めたので、追突事故が起こらぬようダイヤを変更して欲しいと告げてから、中央司令本部へと連絡を入れた。
階級と姓名を名乗ると、
『クローヴィスか。キースだ』
なぜ我が軍の総司令官閣下は、わたしが無線を入れる時には、いつも無線室にいらっしゃるのだ。
「閣下にご報告いたします。陛下はご無事です」
『そうか。救助を向かわせる。場所はどこだ?』
「色々ありまして些か蛇行し、暴走したため、場所を専門家に割り出して貰う必要があります」
『クローヴィスの弟、デニス・ヤンソン・クローヴィス准尉のことか?』
「はい」
駅から無線を入れているから、デニスに結びついたっぽい。
『無線室にいるから替わる』
なんでデニス、無線室にいるんだ?
お前の担当は兵站であって、通信じゃないだろ。
『クローヴィス大尉。ヤンソン・クローヴィス准尉であります』
それについては家に帰ってから聞こう。
『准尉。これらの情報から、場所を割り出してくれ ――』
わたしは飛び乗った貨物列車の出発駅と出発予定時刻、及び実際に発車した時刻。
機関車の型、車両の編成と車掌から聞いた”この車両の運行中、何事もなかった”なる証言。そして緊急停車した駅名と停車時刻、最後にわたしが貨物列車に飛び乗った時刻を告げた。
「分かるか? 准尉」
脇で聞いていたユルハイネンが「はあ? そんなんで、分かるわけねえじゃん」といった表情に。
まー普通の人間ならそうだよなあ。
でもデニスならきっと割り出してくれる。姉さん信じてる!
『はい分かりました。大尉が仰った場所ですが』
「待て准尉! 場所は無線で言うな。誰に聞かれているか分からん」
思案する時間なんて、デニスには要らなかった!
聞いただけで割り出してるー!
デニス、お前は出来る男だとは思っていたが、まさかこれほどまでとは! ユルハイネンが引いてる。うちの弟に対して失礼なヤツだ! でも、姉であるわたしですら若干引くわ!
『では誰にお伝えすれば?』
「キース中将閣下にお伝えせよ」
『キース中将閣下? ……ですか?』
無線越しにも分かる「それ誰なの? 姉さん」 ―― その人、軍のトップだから、そろそろ覚えてくれないかな、デニス。
「准尉に無線に出るよう命じた、白い軍服を着用しているアッシュブロンドの男性だ」
『ああ』
デニス「ああ」じゃないから。
あとはキース中将に駅のお偉いさんに連絡を入れ、先ほどのわたしの依頼を軍命令として出してくれるよう頼む。
『クローヴィス、お前は帰宅しろ』
「ですが」
皆さんの容態が気になるのですが……。
『ユルハイネン』
「隊長の隣におります、総司令官閣下」
『居て当然だ。居なかったら、ぶん殴る。ユルハイネン、貴様はクローヴィスを自宅まで送り届けろ。その後はなにをしても構わん』
ええーユルハイネンの警護とか、必要ありませんよー。
もちろん思うだけでキース中将の命令に従い、ユルハイネンと一緒に……
「ここは奢りますね。お返しはレストランの食事でいいですよ」
「分かった。食事代分込みで返せばいいんだな」
駅にいたのでそのまま鉄道で中央駅へと向かうことにしたのだが、わたしの手持ちがないので、乗車料金をユルハイネンが立て替えてくれた。
なんとも屈辱ですが、もうじき二十四歳になるというのに、1カルフォも持っていなかった自分が悪いので仕方ない。まー1カルフォ持ってたところで蒸気機関車には乗れないけどさ。




