【138】隊長、登庁しない副官を気遣う
隣国の戦争は懐刀中佐の手腕により、見事に長引いているみたいです。
新生ルース帝国に攻められた際、瞬く間に敗北したフォルズベーグ王国国王ウィレム。
あの国も立憲君主制に移行していたので、ウィレムは軍の象徴であり、実権は前線指揮官で……とはなっていなかったんだってー。
我が国は華麗に立憲君主制に移行したけれど、フォルズベーグ王国は結構ぐだぐだしており、僅かながら国王に政治力と軍事力が残っていたそうだ。
それ立憲君主制なの? 思うが、段階的というのも……否定するもんじゃないのかも。詳しいことは知らないが。
戦争が始まって瞬く間に行方不明になった国王のウィレムですが、ノーセロート帝国軍と新生ルース帝国の戦いが始まる直前に突如姿を現し、義勇兵を集めて解放戦争を始めたとの情報が届いております。
……でね、ふと思い出したの。
わたし、初めてウィレムを見た時『どこかで見たことある』と思ったんですよね。あの理由、今になって心当たりが。
隣国王女を母に持つセイクリッドと、隣国王の子ウィレム。二人って親戚なんだよねえ。
ウィレムはダークブロンドでセイクリッドはブロンドという違いはあるが、雰囲気がとても似ていることに、今頃になって気付いたんだ。
単に似ていることに気付いただけで、それになんの関係があるのかは……考えませんが。
「何か分からないことはあるか」
そんなわたしは、ただいま小隊長四名と朝のブリーフィング中。ミーティングでも会議でも何でも表現はいいのだが、様々な事態に対して、打ち合わせ中なんです。
軍隊なんて訓練ばっかりしているように思われがちですが、隊長職になるとブリーフィングの方が多い。
キース中将の身辺警護に関してですが、中央司令部司令官の仮眠室にて生活しているので、その仮眠室に朝食と新聞を届け ―― 仮眠室と続きの部屋で身辺警護しつつブリーフィング中なのだ。
「特にはありません」
小隊長こと四名の少尉たちを代表して、ネクルチェンコ少尉がそう言ったので、本日のブリーフィングは終了。
毎日資料作成してくれているスタルッカの労をねぎらってやらなくてはな。
「そうか。ではこれらの事態の時は、今回の指示通りに動いてくれ」
わたしの部下は超優秀なので、わたしは楽が出来ている。
アーレルスマイアー大佐のように、徴兵を訓練して前線に連れて行くのとは正反対。なにせ部下は全員、戦闘経験があり、その中でも特に優秀な兵士だからね。
特に訓練する必要はない。もちろん日々訓練を義務付けているが、ほぼ完成されているので、軽いスポーツみたいなものだね。
これが徴兵とか新兵になると、小銃の分解結合をたたき込み、集団行動を教え込まなくてはならない……ほんと、新兵とか徴兵を前線出していいのか? と思うが、指揮官の周囲に咄嗟に動けないだけならまだしも、緊急事態で焦って誤射し、司令官を傷つけたとかなったら困るので。
「隊長のブリーフィングは分かりやすくて良いです」
「複雑で分かりづらくては、ブリーフィングの意味がない」
バウマン少尉が褒めてくれたようだが、実際意思が伝わらないブリーフィングなんて、意味ないと思うよ。時間の無駄だろ。
「これがまた、世の中には自分の頭脳をひけらかしたいだけの、性格悪い上官というものがいましてね」
バウマン少尉の返事を補強するかの如く、ヘル少尉も続ける。
「理解できない部下を罵るのが趣味みたいな上官というのも、いるのですよ」
どんだけ性格悪い上官……というか、意味不明な上官だなあ。
「平時なら腹立たしいで済むが、有事となるとそんな上官、役に立たないだろう」
誰か知らんけどな! そんな無能な上官いるんだ。
「多いもんですよ、隊長」
「お前ならどんな上官でも平気だろう、ユルハイネン」
他の三人は同情するが、ユルハイネンは枠外です。
「ええ。だから隊長の下でも、無事に働けています」
「それは良かったな」
「クローヴィス隊長は、キース中将と陛下の部下にしかなったことがないので、理解しにくいかも知れませんね」
わたしに何かと絡んでくるユルハイネン、そこに割り込み距離を作るネクルチェンコ少尉……という図式が出来上がっている。
「隊長は上官に恵まれておりますな」
「よく言われる。あとほんの僅かだが、史料編纂室に配属された時もあったが、室長は良い人だったよ」
「ああ。無害な方ですものな」
ヘル少尉。室長は良い人だが、決して善い人ではないし、無害でもないよ。無味無臭の遅効性神経毒が具現化したようなお人だよ。
「すぐに異動になったが、今でも気に掛けてくださるし」
今頃室長はなにをなさっているのだろう? ……いや知りたいわけじゃないけどさ。ただなんとなく。
「室長はよく綺麗な女性と食事するの楽しいんだと仰っていると、聞いたことがあります」
「そうなのか」
綺麗な女性好きなのか、室長。それは男性として当然のことだろう。
「隊長のことですよ」
バウマン少尉が若干呆れたような口調で……「綺麗な女性=わたし」って、無理があるだろ!
「隊長は綺麗な女性じゃあないですよね」
「それに関しては同意する、ユルハイネン」
はいはい、男女だからな。仮眠室のドアが開いたので、わたしを含む全員が立ち上がり、キース中将に敬礼をし ―― こんな感じで毎回ブリーフィングは終わる。
「ユルハイネン。十にも届かぬガキでもあるまいし、そんな絡み方をしてクローヴィスに思いが通じるとでも?」
キース中将は上着は着用せず、ドレスシャツ姿で部屋から出てきて、ユルハイネンの膝後を蹴った。お気になさらずとも結構ですよ、キース中将。
これに絡まれてるくらいなら、なんてことないので。鬱陶しくなったら腹パンして沈めておきますから。
部屋の外に立っている従卒に、理容師を呼ぶよう指示を出す。キース中将がシェービング中に、夜勤だったバウマン少尉の隊と本日の日勤担当のユルハイネンが引き継ぎを行う。
そうしているとキース中将の副官の二人が登庁する。いつも通りの……おや? わたしの副官、ボイスOFFがやってこない。
修道院で寝泊まりしているボイスOFFが、寝坊するなんてことはあり得ない。更に言うと修道院は朝が異常に早いので、いつもかなり早くに登庁していた筈。体調崩したか? 昨日見た時は、体調不調は感じられなかったけれど……。
「隊長、引き継ぎ終わりました」
「了承した」
バウマン少尉とその隊は帰して、ブリーフィングの為だけに登庁したヘル少尉とネクルチェンコ少尉も帰宅……ヘル少尉隊は今日の夜勤担当だから、
「ネクルチェンコ少尉、頼まれてくれるか」
「なんでしょう、クローヴィス隊長」
「いつもは既に登庁しているスタルッカ軍曹がまだ来ていないのだ。ちょっと様子を見てきてくれないか? 報告は近所の無線からで構わない」
ネクルチェンコ少尉に帰り際に様子を見に行ってもらおう。
「わかりました」
「頼む」
万が一、偽聖職者と遭遇してやり合っていたとしても、ネクルチェンコ少尉の援護があれば、上手く捕縛できると思うんだ。
時間外労働させて済まんなー。でも簡単に連絡取れるところじゃないから、人を送らないと何があったか分からないんだ。
で、仕事を始めたのだが、日勤時間帯の登庁時間を既に過ぎても、わたしの副官が登庁してきません。無線室にも「連絡が来たらよろしく」と通達しておいたのだが、伝令が走ってくる気配もない。
もしかして、ボイスOFFすでに捕まった?
仲間に引き入れようとしたが、拒否されたから、力尽くで連れていった? いや、でもそういうことになったら、室長のほうから連絡が来ると思うんだ。
「ウルライヒ、官房長官のテサジークに出頭命令を出せ」
「はっ! 出頭理由は?」
「理由を聞かれたら、貴様の胸に聞けと言え。大至急出頭させろ」
キース中将もなにか思うところがあったようで、室長を呼び出すことにしたようです。




