【125】隊長、下準備の一端を知る
閣下の愛情のコントロールはさておき ――
「スタルッカ軍曹、接触してくる偽聖職者スパイを捕らえろとは言ったが、それほど無理しなくてもよい。むしろ本部へと誘き入れても良い……とリリエンタール閣下が仰ったのですが、閣下のご判断を仰ぎたく」
本部に誘い込むとなると、キース中将の許可が必要ですからね。事後報告で誘い込んだら、わたしとスタルッカがキース中将にボコボコにされる可能性……いや、確実にボコられる。
「構わん。むしろこちらに誘導してやれ、スタルッカ。教会内で捕り物になったら、下手しなくともそいつは拷問される。スパイ風情だ、拷問は構わないが、こっちも情報を得たい。わたしとしては、使い物にならなくなる前に尋問したい」
聖職者を騙るなど言語道断ですが、我が国にくるのは止めた方がいいと思いますよ。来たら拷問らしいですから。
「まさか、異端審問官が?」
キース中将の話を聞いたスタルッカが表情を強ばらせて、禍々しいとは正反対の役職ながら、あまりにも禍々しく感じられる存在の名を口にした。
教会に存在する異端審問官 ―― かつてのように、魔女狩りはしないが、異教徒に関しては……聞くな!
もっとも現在は聖職者を騙る者の取り締まりが主な仕事らしいが、やり方は中世の頃と変わらぬアレっぷりらしいです。
もちろん彼らの仕事ぶりは拝見したことなどない。
できることなら生涯見たくないです。
もっと言うと、異端審問官とか会ったこともないです。
もちろん会いたくないです。
「この国に居る。主席宰相閣下が数名飼っている。あの人の城が不可侵とされる理由の一つだ」
閣下のお城に異端審問官もいたのかー!
うわー。閣下のお城に滞在している時、適当ながら毎日お祈りしておいて良かったー。お祈りしないから何されるわけじゃないだろうが、絶対しておいたほうがいいよね。
「分かりました……ですが、この誘導すらリリエンタール閣下の手の内では?」
喋るなボイスOFFと思う反面、会話をぶった切るわけにもいかないので、わたしは直立不動でスタルッカの声を聞く。
「それに関しては考えるな。俺たちは、出来る範囲で努力する。あれの手の内で全力で踊る。それだけだ」
ヴェルナー大佐のお言葉。言いたいことは分かります。
わたしなんかは、踊っていることすら気付かなさそうですが。
さて、まだまだスタルッカ関連の話は続くよ。
「偽聖職者を捕らえたら、軍の独身寮に住めるよう憎悪は排除なさってくださるそうだ」
「分かりました、隊長。頑張ります!」
あんまり気負うなよー。もっともお前は攻略対象だった過去を持っており、非常に優秀だからきっと成功させるだろう。
「リリエンタール閣下が仰るには、必ずスタルッカ、お前に接触してくるとのことだ」
「何故……」
「海軍の絡みだろう。お前は元海軍将校だ。それも親の七光りと揶揄されながらも、真面目に仕事をこなし、相応の実力もある。実父であるエクロースの犯罪に気付けるほどにな」
キース中将はやはり分かるようです。
凄いなー。わたしは昨晩聞かされた時、鱸のポワレを前に硬直してたんだけど。
「それは」
「スタルッカ、お前は我が国の海に関して詳しい。我が国の港からブリタニアスまでの海路、補給地点などに関してしっかりと押さえている。昨日主席宰相閣下が説明会にて語られた通りバルニャー王国に共産連邦海軍が攻め込んだ場合、補給基地とされるのはバルニャーとフォルズベーグ。バルニャー方面は分からんが、フォルズベーグ近辺ならば、海路も補給もお前の得意とするところであろう」
スタルッカは攻略対象らしく、非常に優秀なのである。
なので現在不遇な扱いのスタルッカに必ず声を掛けてくる ――
「閣下の仰る通り、スタルッカ軍曹は海に関して非常に詳しく優秀な男です。そして貴族でもあったゆえプライドも高い。その優秀な人物が、現在不遇の身となれば、甘言を囁き味方に引き入れられると、浅はかにも考えると。スタルッカ軍曹が、それら甘言に惑わされぬことは、リリエンタール閣下も室長もご存じだ」
説明を一切せずに教会に突っ込んだのは、それを見極めるというか、性根が腐っていないかどうかを確認するために、必要なことだったんだって。
やさぐれていたり、自分は悪くないのに、などと世の中に不満ばかりこぼすようならば、ここで事実を教えることもなく ―― 見捨てられたっぽい。
「もちろんです。小官の忠誠はロスカネフに捧げられております」
きりっ! と喋っているが、お前の声は嫌いです。
だがこの場面でボイスOFFされても困るので、わたしも頑張って話続けるよ!
「敵は聖職者を騙ることを考え、実行に移すような屑の集まりだ。よって人質を取る可能性が考えられる……が、リリエンタール閣下はそれを見越して、スタルッカ軍曹の離婚した細君は、国に帰さずリリエンタール閣下の城にて保護しているとのこと。万全を期するために、諜報部員が偽装し細君は国外に出たことになっているので安心せよ」
可愛いわんこ系が目を大きく見開き、瞳をうるうるさせている。
二十九歳の男が瞳をうるうるさせるのはどうかと思うが、わたしにとっては話されるよりマシである。
うん、感動してうるうるし続けていなさい。喋らなくていいからねー。
「相変わらずだが、どの段階でこうなることに気付いていたのか」
キース中将が腕を組んで、力の無い笑いを漏らす。
その姿は儚い。詐欺であると知っているわたしが見ても、その儚さには息を飲むね!
月明かりが差し込む散りゆく桜の花びらをバックにしても、まったく違和感ないくらい儚いよ。本当は全く儚くない癖して、散る桜の花びらよりも儚さがあるとか。
さすが儚い詐欺。
「こっちが聞かされた時には、八割方終わってるんだから困ったもんだ」
ヴェルナー大佐、過去に何度か遭遇したことあるんですね。
わたしは初めての遭遇で、何が何やら。
「それも手遅れじゃなくて、勝利への道筋が整っているから困る」
後手後手にまわってぐしゃぐしゃ……ではないから、余計に何も言えないんだろうなあ。
「それと、スタルッカ軍曹。わたしは委細を知らぬので、リリエンタール閣下とテサジーク室長の言葉をそのまま伝えるが”母上のことは安心せよ”とのこと」
病気療養中だったんじゃないんですかー。
……知りたいという気持ちがないとは言わないが、他人の家庭に踏み込むのもなんなので、深く追求はしなかった。
決して目の前にトリュフが乗ったフィレステーキが登場したから、そちらに気を取られたわけではない。
そして可愛いわんこ系二十九歳角刈りは、さらに目をうるうるさせている。
泣くのを我慢していることだけは、高く評価するよ。
「話をまとめると、新生ルース帝国を援助しているのは共産連邦だ。そしてまだ共産連邦の人民を表に出すわけにはいかない。そのための新生ルース帝国でもある。この新生ルース帝国のトップであるアレクセイは、アディフィン王国と共産連邦の境にあるバイエラント大公領で育ったため、海を見たことはない。故に海軍に関しての知識はほぼないそうだ」
乙女ゲームの選択肢「海を見に行く」が、ここでこれほど重要な意味を持つとは。
「アレクセイと共にいる者たちの、ほとんどが同じく海を見たことがない。なにせルース帝国の遺臣であり、陸路でバイエラント大公領へと入ったのだからな。よって海軍を補佐せよと共産連邦から命令を下されても、誰も上手く動くことができない。専門家がいないことを、連絡員に訴える。連絡員は知ったことか……と突き放したいところだが、補給が上手くいかなかった理由を、連絡の不備とされて粛清されてはたまったものではない。そこで隣国に不遇を託つ優秀な元伯爵嫡子の海軍将校がいることを教え、仲間に引き入れるよう指示を出す」
フォルズベーグの港を補給基地とするために、わざわざ新生ルース帝国に侵略させたのだから、補給を確保できる人員を補給しなくてはならない。それも信頼できる ―― 侵略された国の湾岸関係者が素直に従う筈がない。だから国で冷遇されているスタルッカに狙いを定める。
「スタルッカ軍曹が候補に上がったのは、父であるエクロース元海軍長官がエミール・ヤグディンという共産連邦のスパイに殺害されたためだ。これにより、共産連邦の一部にウィルバシー・ヴァン・プリンシラという、優秀な海軍中将がいることを印象づけた。だがこれは実際は間違いで、共産連邦の幹部がスタルッカ軍曹に接触してくるよう新生ルース帝国に指示するようにするために、エクロース元海軍長官をエミール・ヤグディンに殺害させたのだ」
話を聞いて最初は意味が分からなかったのですが、どうも閣下は共産連邦海軍が動くことを想定し、スパイがスタルッカに接触するように、事態を動かした……らしいのだ。
キース中将やヴェルナー大佐が言う通り、話を聞いた時には八割方終わってるは、本当に正しいようだ。




