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【120】隊長、白に染まりたいと告げる

「以前シーグリッド・ヴァン・モーデュソンと話をしていた際、デビュタントについての話題になりまして。デビュタントと呼ばれる若い上流の女性は、社交界デビューの際に白いドレスを着用すると」


 シーグリッドとお茶をしながら、そんな話をしていたのだ。

 社交界に初めて出る十八~二十歳の上流階級の娘のことを、デビュタントというらしい。

 士官学校時代に貴族令嬢の同期が「出席したくない。そんな時間があったら勉強していたい。トレーニングしたい。学校側も許可しなくていいのに!」と叫びながら出席していた。……これはあまり一般的じゃなくて、普通の貴族令嬢はそれは楽しみなものらしい。

 白いドレスに同じく白のオペラ・グローブ、それにティアラと厳格なドレスコードがあるので、差を見せつけるためには素材で勝負するしかないとか。

 警備についた時に遠くから見ていたので、わたしには素材の善し悪しなんて分からなかったけど。

 それで貴族の子女が通う学習院卒業年齢が十八歳なのは、卒業し最短でデビュタントするため。

 国王に初謁見を果たしてレディと認められて ―― やっと結婚が可能になるのだそうだ。

 貴族なので子供の頃から婚約者はいるが、結婚はレディになってから。

 シーグリッドもデビューを楽しみにしていたのだが、婚約者の不実から……その前に国外退去の憂き目に……。

 いや、今はそれを考えている場合じゃない!


「わたしは貴族とはなんの関係もありませんが、正式な場所に初めて参加する……という意味合いで白のドレスが良いのではないかと考えました」


 産業革命を経て、庶民は憧れの貴族の風習をどんどん取り入れている ―― みんな色々言うけれど貴族階級への憧れはあるし、できるなら同じようなことをしたいのだ。

 そういう流れもあるので、白い結婚用のドレスは、デビュタントなどできない庶民の娘が晴れ着として着用したがった……というのは、突拍子もないことではない。


「モーデュソンの娘のことは追々手を打とう。婚礼衣装のことだが、大尉の提案は悪くはないな」

「それは良かった」

「だが白で良いのか? 金や銀でも良いのだぞ?」


 閣下の感覚ですと、金か銀ですよねー。日本人の感覚にはないけれど、王族は結婚式には金色のガウンのようなものを羽織りますもんね。


「はい。白はなにより、閣下を表す百合(リリエンタール)の色でもありますので、閣下に嫁ぐのには相応しい色であり、閣下の色に染まりたいので…………っ!」


 自分で言っておきながら、なんか恥ずかしい!

 なにを言ってるんだよ! いや、でも百合って白って感じしない?!

 カラフルな百合があるのは知っているけれど、でも百合って白というイメージが。

 するよね! わたし変なこと言ってないはず! 全部変なことかもしれないけれど。

 閣下を見ると、口元を手で隠し目を閉じて……無音で笑われている。


「まったく、この娘は……嬉しいことを言ってくれる。それはもう白のドレス以外ないな。わたしも常々、大尉は白が似合うと思っていたが……いかんなあ」


 ん? なんだろう? なにか閣下が悩まれているというか。

 困らせるようなこと、言ってしまいましたか?


「わたしは大尉には白が似合うと思っていたのだが、白のドレスを仕立てるという考えには至らなかった。白のドレスは社交界デビューする娘が着るものだという概念に囚われていた」

「社交界で白のドレスを着用なさる人はいないので、当然のことでは」


 この世界の常識では、デビュタント・ボール以外の夜会に白のドレスで現れたら、ちょっと頭おかしい人扱い……というか、ドレスコード違反で会場には入れない。

 そのような社会で生きてこられた閣下が「着せてみたいから白のドレスを仕立てよう」と思うはずも……え? わたしに? 白いドレスですか? 閣下はなぜそう思われたのだろう?

 閣下が少しだけ声を出して笑われてから、


「戦争に関してはこれで大胆で因襲に囚われぬ用兵と、奇抜な作戦を次々と考案したともてはやされたこともあったが、愛する女に対しては妾にしようと考え、妃にすることなど思いつかず、散々周囲にからかわれやっと気付き、二度とこのような古い思考に囚われぬと決意したにもかかわらず、またもや同じ間違いを犯すとは。過去から半歩も踏み出せぬ、普通以下の発想しかできない愚者だな」


 そのように仰いました。閣下、戦争に関しては「常勝不敗」「新大陸の覇者」が抜けてますよー。

 わたしに対しては、あまりお気になさらずに。


「よし、白いドレスにしよう。それで、ドレスの形は可愛らしく膨らんで、フリルやレース、リボンで飾り立てたもので良いか?」

「え……」


 閣下、わたしにそんな可愛らしいドレスは鬼門といいますか、似合わないを絵に描いたようになります。


「あ、いいえ。わたしは飾り気も膨らみもないタイプのほうが似合うと思います」


 むしろ、それがギリギリかと。

 それ以外は、顔もそうですがなんか体格も相まって、酷いことになること請け合いです。


「なにを言っている大尉。花嫁が自分の好きなデザインのドレスを着なくてどうする。大尉は可愛らしいものが好きであろう? 大尉は避けたがるが、甘めなデザインのドレスも、大尉の美貌を際立たせ飾るであろうよ」


 バレてる! 閣下にバレてる!

 閣下が仰る通り、こんな大女ですが、可愛らしいデザインのドレスは大好きです。そして閣下は、この大女がレースとリボンとフリルにまみれても、本心より似合うと仰って下さるでしょう。それは確信しております。

 ……ですが! そういう問題ではないのです、閣下。膝に乗せている拳を更にきゅっと握り締め、意を決して恥ずかしいながら、言わなくてはならない台詞を!


「わたしの好みより、他者から見て似合っているドレスを着たいのです」

「何故だ? もちろんそれが大尉の希望ならば叶えるが、わざわざ好きなデザインを避ける理由を教えてくれないか?」


 ぐっと腹筋に力を込めて、はっきりと大きな声で ―― いや待て、あまり大きすぎると、馬車内だから閣下の耳がきーんとしてしまうので、適度に大声で。


「それは閣下に小官の一番美しい姿を見て欲しいからであります!」


 折角結婚式挙げるのだから、最も似合う格好の自分を見て欲しいじゃないですか! 自分が好きな格好より、自分に一番似合う格好だよ!


「……そうか。もっとも美しい大尉をな」

「ひゃい……はい。ま、まあ……それをいったら、ドレスより軍服のほうが似合うと思うのですが」


 男性士官はほとんど軍服で式を挙げる……あれ? わたしも軍服でも良くないか? 似合うし、結婚しても軍に在籍できるというアピール……あ、いやでもやっぱりドレスが着たい。


「本当にお前(・・)は、可愛らしいことばかり言ってくれる。分かった、ドレスは職人を呼ぼう。ただそれが、フリルとレースとリボンが似合うといったら、素直に着てくれるか?」

「それはもちろん。専門家の意見に従います」

「結婚式用とは別に、白でふわりとした可愛らしいデザインの大尉のドレスを仕立てるので着て欲しい。二人きりの時にだ」

「は、はい! それは婚礼衣装とは別に楽しみです」


 その他ドレスに関し継母(かあさん)に手伝ってもらうところなどを話していると、馬車の進みがやや遅くなった。

 小窓から見える景色から、ベルバリアス宮殿の敷地内に入っていることが分かる。閣下とお話できるのもあと僅か。

 ふと会話が途切れ、黙って見つめ合う形に。

 緩やかに進んでいた馬車が停車した。停車の僅かな振動でランタンが揺れ、室内を照らしていたオイルランプの炎が微かに踊り、影が僅かに動く。

 石畳を走る車輪の音や、馬蹄が届かなくなった車中はとても静かだ。

 そして出迎えの衛士たちの足音が近づいてくる。


「閣下。とても楽しかったです」

「ああ。もっと一緒にいたいのだが」


 軍帽を脱いで目を閉じたら、唇に触れる感触が。なんだろう、馴染みのあるというか、慣れたというか。唇と唇が触れているだけなのに幸せだなって……。

 閣下が軽く下唇を噛まれ、唇が離れた。


「イヴ、馬車に乗ったまま厩舎へ向かえ」

「え……あ、先に降りますが」


 閣下が馬車を降りる際に、先に弾よけが降りなくてどうします! などと思っていたら、両頬を手で包み込まれ、額の薄くなった傷を親指でなぞられた。


「この煌めくエメラルドの瞳を潤ませ、濡れた唇を人前に晒すのを許すほど、わたしは寛容ではない」


 そして額の傷にキスを ――


「名残惜しい。このまま押し倒してしまいたい……これ以上一緒にいると我慢できなくなるので、わたしは早々に去るとする。イヴと結婚できる日が待ち遠しい。それではお休み、イヴ」


 そう言われ、わたしの頬から手を離し、内鍵を開けてステッキを手に取られドアを叩かれた。それが合図だったようで、外からドアが開き、閣下は馬車を降りられた。


「ヒュー、大尉が乗っている。そのまま馬車を厩舎へ回せ」

「御意」


 そんなやり取りが聞こえ ―― ドアが閉められ馬車は再び動き出す。

 ……馬車が厩舎につくまでの間に、閣下から降車許可が出ないような表情をどうにかしなくては!

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