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【118】隊長、式場について話し合いをする

 深夜デートのお誘い……父さんから許可を得るための手紙を受け取り、その後食事を楽しみ「情報らしいことも話しておこう」とも言われ、いくつかキース中将に伝えるべきことを教えてもらい ―― 


「じゃあね、クローヴィス隊長。そうそう、送り狼になっちゃ駄目だよ、リヒャルト」

 

 室長はそう言って迎えの馬車に乗り去っていった。

 わたしは閣下の馬車に乗り、ベルバリアス宮殿までご一緒するのだ。

 そこで馬を貸して貰い、同行者と共に帰宅することになっている。馬車に乗り込み、向かい側に腰を下ろす。

 馬車の内装の色がはっきりと分かるほど車内は明るい。

 オイルランプのランタン二つが、車内を照らし出している。揺れる馬車内でオイルランプは危ない……と思わないでもないが、万が一、火事になった場合、扉を蹴破り閣下を突き出し後、わたしが被っている軍帽でバンバン叩けば大丈夫なはず。


「閣下、衛兵の座り方でもよろしいでしょうか?」


 本当は閣下の前に座るのだから、足を閉じてすこし斜めにする、女性らしい座り方をしようと思ったのだが、軍服着用しているし、閣下の身辺には注意を払い、何事かがあった際にはすぐに動きたいので、足を開き手を膝の上に置くスタイルに。


「構わぬよ」


 女性らしい座り方より、こっちのほうが性に合うのだから仕方ない。

 馬車が走り出し、馬蹄と車輪が石畳の上を進む硬い音が聞こえてくる。


「本当は大尉を自宅まで送り届けたいのだがな」


 さすがにこんな高級馬車が、庶民の家の前に止まったら目立ち過ぎます。

 実際、閣下が冬に我が家に訪れたのを見られ、近所の人に少し聞かれたからねー。

 その時の馬車はただの高級馬車でしたが、今日の馬車は車体に閣下の文様がしっかり入っているので、誰が訪れたのかすぐにバレてしまいます。


「お気持ちだけで充分です……閣下と一緒に馬車に乗るの、久しぶりですね」


 サスペンションのきいた馬車と閣下 ―― アディフィンの街に黒ビールを飲みに出た時以来だなあ。

 また一緒にお出かけしたいなあ。


「そうだな。本当は毎日乗馬し、二人きりで出かけたいのだが」

「申し訳ございません」


 我が国の戦争にお付き合い下さるばかりか、我が国の生命線を担っていただき、本当にもう感謝の言葉もございません。


「申し訳ない……などと言う必要はない、大尉」

「ですが」


 我が国は基本閣下にとって、なんの関係もない国だからね。

 モルゲンロートから戦費を引っ張ってきてくれる上に、我が国を大陸縦断貿易鉄道計画の第二拠点にまでしてくださるとか。

 大統領に立候補したら、みんな投票しますわ! 対立候補が閣下に投票しても、誰もなにも言わなさそうな気がしますよ。


「大尉にとって生まれ育った大事な国であろう? ならばわたしにとっても大切な国だ」

「閣下」

「わたしは以前大尉に話した通り、ブリタニアスで生まれ、物心ついてからは教皇領で育ち、ルース皇太子と定められてからアディフィンの幼年学校に入学し、そして継ぐはずだった国がなくなったこともあり、故国というものがなくてな。故郷を欲しいと思ったことはなかった。一生何処にも定住せず、流離い続け死ぬのだろうなと思っていたのだが……大尉が生まれ育った国を、わたしの故郷にしてもいいかな?」


 微笑まれた閣下の表情がとても嬉しそうで、思わず身を乗り出してしまった。


「もちろん! あの、あまり大きくない、いえ、小さな国ですけれど。寒さ厳しいところもありますが、悪くない国です。九割以上がサーモン大好き人間ですが! ウィンナーよりサーモンなお国柄ですが! よろしくお願いいたします」


 自分の国の良さを的確にプレゼンできない己の不勉強が恨めしい。でも寒さとサーモンしか浮かんでこないんですよ!


「うん」


 閣下は微笑んだまま、本当に言葉少なく ――


「閣下……」 

「どうした? 大尉」

「いいえ」


 わたしの勝手な予想だが、閣下は支配者になりたくなかったから、国を渡り歩いていたのでは ―― きっと閣下が我が国の陛下(ガイドリクス)のような生まれなら、国を継ぎたくないと国外へ出て終わりだが、閣下はそうはいかないもんなあ。

 何故閣下が国を継ぎたくないのかは分からない。いつか教えてくれたら嬉しいなとは思うが……目に入る大地全てを支配できる血筋の持ち主って、どんな気持ちなのだろう?


「大尉。近々大尉のご両親を、我が家に招待したい。よければ妹御も一緒に」

「妹は喜ぶと思いますが、両親になにか?」


 閣下のお住まいはお城。あのシーグリッドですら驚いていたくらいだし、実際シーグリッドの元実家と閣下の邸を比較すると、閣下の邸のほうが立派というか……派手とは違うんだけど、一つ一つがなんか重厚な感じがするんだ。

 そんな邸にカリナを連れていったら、大喜びするだろう。でもカリナまで伴って……とはどういうことなのかな?

 目上の人の邸を訪れる際に、子連れはないよなあ。


「挙式について、大尉のご家族と話をしたくてな。あと妹御に、顔を覚えて欲しくてな。いきなり顔合わせより、徐々に慣れていったほうが良いと考えたのだ」

「挙……式ですか」

「そうだ。来年の六月に式を挙げるであろう」

「そ、そうでしたね」


 一年切ってた! 閣下と結婚するまで一年切ってる!

 忘れてたのかよ? 言われそうだが……正直に言うと、忘れてた。いや忙しすぎて、わたしのキャパシティでは、結婚式の手配までは。

 結婚式自体は楽しみなんだが、そこに至るまでに国の命運をかけた戦争があるので ―― 閣下がおいでなので、勝利は確定しているのでしょうが、それでも下っ端は一杯一杯なのです。


「イヴは何処で結婚式を挙げたい?」


 閣下の口調や仕草、態度からは近隣諸国が侵略され、我が国にもそれが近づいてきて、戦火を交えることになるとはとても思えませんが。


「何処……といいますと」

「どの教会がいい? 王宮の大聖堂、わたしの礼拝堂、ロスカネフの大教会、または九番街の家族で通っている教会など希望を言って欲しい。わたしの邸以外は、そろそろ予約せねばならぬからな」

「そうでした」


 普通は家族で通っている教会で式を挙げるのが一般的。そして六月は前世と同じく、ジューンブライドという概念が存在するので人気の時期。一年前から予約を入れたら取れるけどさ。ほら、庶民って婚約期間は長くても六ヶ月くらいだから、街の教会に一年前から予約入れる人はいないのだ。


「好きな場所を選んで欲しい。ただ祝福を挙げる聖職者はイヴァーノに任せてやって欲しい」


 イヴァーノ……イヴァーノ! イヴァーノ・デ・ボナヴェントゥーラ枢機卿閣下?!


「あのボナヴェントゥーラ枢機卿閣下? ですか」


 閣下の神学校時代のご友人というボナヴェントゥーラ枢機卿が、いらっしゃるのですか? 枢機卿ですよ、枢機卿。

 枢機卿が挙式のために、わざわざ教皇領から我が国までやってくるのですか! わたしの結婚式……閣下クラスなら、おかしくないことですね。


「そうだ。自分に祝福を挙げさせねば、僧籍返還は受け付けないと、教皇まで巻き込んでしまってな。教皇は人が良いので”親友であるアントニウス(アントン)の、新しい門出を祝いたいのですよ”と、すっかりイヴァーノに抱き込まれてしまってな。これを覆すとなると、あと式に呼べるのは教皇のみだ。イヴが教皇のほうが良いというのならば、呼んでくるが。イヴァーノはお供で付いてくるであろうがな」

「枢機卿閣下で充分にございます!」


 そこまで信仰心篤くありませんが、教皇猊下はご遠慮させていただきます。まだ次期教皇(イヴァーノ)さまのほうがいいです。


「教皇は嫌か?」

「嫌なのではなく、恐れ多いと申しますか」

「では会ってくれるか?」

「はい?」

「教皇もな、わたしの妻に会いたいと。面倒であろうが、教皇領まで出向いてもらえるか?」

「はいはい、幾らでも!」


 こちらから出向くのは問題ありません。そしてすでに教皇猊下、わたしのことをご存じなのですか?

 わたしも教皇猊下のことはご存じですがね。もちろん、一方的な「ごぞんじ」ですが。


「わたしはあまり世話になったと思う相手はいないのだが、その数少ない一人が教皇でな。教皇は年も年なので、できれば早めに会わせたいのだが、いいか?」

「勿論です!」


 幼い頃の閣下をご存じの御方かあ。

 そういう方に会ったら、閣下がどんな子供だったのか聞きたいと思っていたのだが、相手が教皇猊下では……。


「イヴの両親にご足労願う理由だが、式を挙げる場所として、わたしの邸も一応候補に入れているであろう? ご両親は邸の礼拝堂を知らぬので招きたいのだ。王宮の大聖堂に関してだが、庶民向けに見学会を開催する。見学者は抽選で……という形を取って、大尉のご両親を案内しようと考えている。少人数の班分けで、一班に一人聖職者が付き案内するスタイルで、大尉のご両親にはシャルルを付け案内させる。故にその前に、わたしの邸に招きシャルルと顔合わせをしていただきたい。わたしの邸に招くのに……少々不自然さはあるだろうが、大尉に馬を試し乗りして欲しいという名目で招かせてもらう。国の代表に選ばれた大尉に、わたしが金にあかせて買った馬を任せるのは、まあおかしくはなかろう」


 セシリアの手紙(写真)で力尽きていたわたしと違い、閣下のこの……凄さ! いや、閣下の凄さに感動している場合ではない!


「きっちりと馬を走らせます」

「偶に乗るように誘う。その時は邸内限定だが、一緒に駈けようではないか」

「はい! 喜んでお供させていただきます」


 いまのわたしにできるのは、閣下と共に馬を駈ることだけ!



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