【114】隊長、国家代表に内定する
「ブリタニアスの女王陛下の周辺には、下策であると進言するものはいなかったのですか?」
海軍のビュルヘルス大佐の質問に対する閣下のお答えは ――
「三名ほど海軍将校が進言したようだが、それは戦争に限ってのことだからな」
「戦争……政治としては、この策が良いと?」
政治とか絡んでくると、ちょっと分からないですね。もっとも戦争も大規模戦闘すぎて、わたしには分からない域に達しています。士官学校卒業していますが、経験不足が露呈というか……キース中将絶対にお守りいたしますので、指揮をよろしくお願いいたします!
「グロリアの希望は戦争をすぐに終わらせること。別に大陸の治安を案じているのではなく、来年の夏に開催されるスポーツの祭典オリュンポスを成功させたいという野望があるのだ」
この世界には三年に一度、オリンピックが開かれる。名称はオリュンポス……まあ、似て非なるゲームの世界だから、そこはあまり突っ込まないが。
ほとんどオリンピックと同じで、各国持ち回りで開催されているらしい。
他人ごとなのは、映像が配信される時代ではないので、競技場に足を運ばない限り見ることができないので、なんか遠いところでスポーツ大会が行われているなーくらいしか。あとは時代背景からして当然なのだが、参加者は男性のみ。
さらに我が国は小国故、メダル取ったこともないし、誘致なんてもちろんできないので盛り上がらない。
……国際博覧会を見に行ったほうが楽しいんだ! 子供の頃、父さんと実母と家族旅行で国際博覧会見に行ったなあ。その前年にオリュンポスが開催されていたが「今年と来年、どっちにする?」と父さんに聞かれ「来年の国際博覧会!」と実母と声を揃えて叫んだ記憶がある。
父さんは父さんで「オリュンポス見に行きたいって言われたら、どうしようかと思ったよ。父さんも万博がいいと思ってたんだ」って……ま、今の時代オリュンポスは人気無いわけですよ。
「オリュンポスを成功……ですか?」
円卓についている方々も「え、なにそれ、成功って……本気かよ」みたいな感じになってる。
「グロリアは特段スポーツ好きではない。来年はグロリアが女王の座についてから五十年目で、祝賀式典が目白押しなのだ」
在位五十年でしたか! おめでたいことですね。
「グロリアは君主らしい顕示欲の強さから、在位五十年式典の際には、国際大会を派手に成功させたいという野望を持っていてな。本当は万博を開催したかったのだが、アブスブルゴルのレオポルトに万博を取られ、あまりぱっとしないスポーツの祭典で祝わなくてはならなくなった」
閣下までぱっとしないって……。そしてアブスブルゴルのレオポルトって、レオポルト五世のことかな?
「そこで引かないのがグロリアだ。自分が女王であることを最大限に生かし、史上初オリュンポスに女性を参加させることにした。女性初のメダリストの首にメダルを掛ける。それがグロリアの希望だ」
「二種目の規定変更はそのためでしたか」
陛下の後に立っているヴェルナー大佐は、なにか心当たりがあるらしい。
他の将校は全く心当たりはないようだ。うん、オリュンポスは知名度低いからね。
「乗馬となにが規定変更になったのだ? ヴェルナー」
乗馬……そっか! ヴェルナー大佐、騎兵隊隊長も兼務してた!
そしてオリュンポス競技種目の馬術の出場権利は、騎兵隊将校のみでしたね。
あーはいはい、思い出した。オリュンポス出場の関係で去年行われた、二年に一度の軍の馬術大会。
わたし実際は優勝したんだけど、国際大会出場者が準優勝だと格好悪い……じゃなくて都合が悪いということで、わたし準優勝になったんだ。
読み上げられた合計点数は完全にわたしのほうが上だが、オリュンポス出場の関係で……と場内アナウンスが流れ、順位が変更になったのだ。
腹立たないのか? 準優勝なのに優勝者にされた騎兵隊所属のシベリウス少佐が一番怒っていたので悔しがりそびれ、更に応援に来ていたカリナが「うわーん! 姉ちゃん優勝してたのにー。ひどい! ひどい! 姉ちゃんの優勝返せ!」と、シベリウス少佐に蹴りを入れ ―― 避けられただろうに、シベリウス少佐は黙ってカリナの蹴りを受けた上に謝罪。
父さんと継母がシベリウス少佐に謝罪。
それでも怒りが収まらないカリナが大泣きしたのを必死に宥めていたら、なんかどうでも良くなった。
そっかーあれから規定が変更になったのか。
あの後は国家ざまぁ阻止のために必死になって、大統領規定すら目を通す暇のない忙しい日々を送っていたので、オリュンポスの馬術出場者規定変更なんて、気付くはずもないなあ。
「射撃も出場規定が改正されました。乗馬は騎兵隊将校、射撃は将校ならば性別は問わないとのことです」
へえ。まあたしかにその二つは、男女でさほど差がなさそうだから、ねじ込みやすかったのかもね。
「なるほど。グロリア女王は「初」となるスポーツの祭典を成功させたいのですな」
「そうだ、キース。グロリアに”年だから次はないから、この大会を成功させたい”と言われると、首脳部も従わざるを得ない。わたしの見立てでは、グロリアは余裕であと二十年は生きると思うが。何にせよ国際大会を成功させるためには、戦争を早々に終わらせる必要がある。わたしがブリタニアス側に提示した作戦は下策ではあるが、ブリタニアスの兵士が戦いに巻き込まれるわけでもない。”早期決着”と”被害最小”この二本柱でブリタニアスの首相が策を押し通す」
そして閣下が凄く楽しそう。
女王陛下のことババアと呼ばれていますが、やっぱりそれだけの関係ではないのでしょうね。
「では今年の軍射撃大会の優勝者を、オリュンポスの射撃の選手とし、馬術は去年の順位変更を訂正するということでよろしいのでしょうか?」
ヴェルナー大佐の問いに閣下が頷かれ、陛下も「そうだな」と小声で ――
ん……あれ? ということは、わたし来年のオリュンポス、馬術の国代表として出場するってことですか?
「クローヴィス大尉」
「はっ!」
「期待しているよ」
「リリエンタール閣下のご期待に添えるよう、最大限の努力を致します」
敬礼し返事をしたら、なんか円卓についている皆さんの眼差しが……なんだ?
……で説明会なのですが、ヒースコート准将曰く「リリエンタール閣下が関与している各国の政治経済まで全て聞くとなると、時間が足りないだろう」となりまして、さすがに皆さん閣下に細部まで語ってもらうのは無理ということで、まとめに入るそうです。
「まずノア・オルソン。お前は出版社を名乗る間諜どもに殺害されるところだった。セシリア・プルックが先に始末され、正規の軍人と共にインタバーグへと向かったことで、運良く生き延びることができた」
出版社の三人、現在は編集長と給仕の二名に命を狙われているということか。
「アミドレーネ出版社のほうはこちらに一任せよ。そしてお前は一足早く従軍記者として招集する。説明会が終わり次第、手続きを行い、そのまま待機せよ」
ノア・オルソンは黙って頷いた。
共産連邦間諜の隠れ蓑であるアミドレーネ出版がどうなるのか……そこは、知らなくていいんだろうな。うん、室長が微笑んでたから。きっと、彼らにとって悪い方向に、どうにかなるんだろう。
「エミール・ヤグディン。貴様の姉の殺害を命じたのはエリーゼ・ヴァン・フロゲッセルだが、わたしに使われるのであれば、お前にエリーゼを殺害させてやろう。どうする?」
エミール・ヤグディンも頷き閣下に従った。
「協力ではなく、使われるというあたりが、リリエンタール閣下らしいですな」
オットーフィレン准将の台詞だが、それには同意する。なんだろう……うん、使役だよなあ。
「それで間諜だが、ヤグディン姉弟やアミドレーネ出版は共産連邦の間諜で、イーナたちは共産連邦打倒を掲げる間諜とその仲間たちだ。ロスカネフの脅威は共産連邦の間諜だが、それらはもう抑えたので心配はない。イーナたちだが、最終的な目的は、わたしを引きずり出し共産連邦を討たせることだ」
閣下がそのように語られたら、皆さん大笑いした。キース中将も手袋を嵌めている手で円卓叩いて笑ってる。高級将校の笑いどころが分からない……高級将校じゃないからいいんですが。皆さんなにがそんなに楽しくて笑っているのですか?




