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【108】隊長、漠然と震える

 室長が「ずっと立ってたから疲れた。休憩にしようよ」 ―― ということで、各自昼食を取ることに。

 もちろんみんな一緒に食事を取るわけではなく、各々に割り当てられた個室で。

 いや普段は会食になるのだが、今日は一堂に会して食事となると、説明会の延長になってしまうだろうから、個別にされたらしい。

 運ばれてきた食事の配膳は副官のエサイアスが担当で、わたしと副官スタルッカは、部屋の片隅でエサイアスが買ってきてくれた黒パンとハム、オレンジジュースを飲む。


「よろしいのですか? 隊長」

「いいからさっさと食え、スタルッカ(ウィルバシー)軍曹」


 護衛のわたしの食事は王宮では出ないので持参です。わたしの昼食が出ないということは、わたしの副官にも出ません。そこでエサイアスに金を渡して、わたしとスタルッカ(ウィルバシー)の分を買ってきてもらった。

 貧しい……じゃなくて清貧な生活を送っているスタルッカ(ウィルバシー)、昼は安くて食べ放題の食堂で賄っているので、無駄な出費はしたくはない ―― っていうか、無駄な出費ができるような懐具合じゃない。

 だからこうして出先で食事が出ない場合は、上官が奢るのは当然のこと。前世とは違い、この時代の上官ってのは、部下の私生活の世話もいろいろとしてやるもんなんだ。

 一番良くあるのが見合いだね。わたしがスタルッカ(ウィルバシー)に見合いを持ちかけることはないけどさ。

 もちろん軍曹って贅沢はできないけれど、普通に生活できるくらいの給与は支払われているのだが、元大貴族のぼんぼんスタルッカ(ウィルバシー)は、上手くお金を使えていない。

 というわけで、給与の使い方も現在わたしが指導中だ ―― まあ安い店を教えるだけなんだけどね。


「ですが白パン」

「そっちのほうが、口に合うんだろ」


 エサイアスに頼んでスタルッカ(ウィルバシー)軍曹の分は白パンにしてもらった。栄養的には黒パンのほうがいいとは思うが、どうせ奢るなら、本人の好きなものを奢りたいじゃないか。食べ慣れた味というのも大事だからさ。

 テーブルについてエサイアスの給仕で食事中のキース中将ですが、一言も発しませんでした。

 すげー難しそうな表情して、あと食べるの早い。……ま、士官学校では大量の食事を短時間で食うという訓練しておりますので、みんな食べるの早いんだよね。

 そんな訓練必要なの?

 必要といえば必要。大量の食事、必要なの? そちらはガチで必要。

 ほら我が国って冬場、かなり寒いじゃないか。

 冬場マイナス20℃は普通だし、戦場は人気のない辺境 ―― 人が住めないような更なる極寒の地、平均最低気温マイナス35℃なんて場所が選ばれるわけ。

 その状況で野戦が想定されているので、一日一万キロカロリー相当の食事を取れないと死んじゃうのね。

 カロリー不足で死ぬのも辛いが、料理そのものが食えなくて死ぬこともある(もちろん結果的にはカロリー不足なんだが)……というわけで、わたしたちは食う訓練をしている。さらにその量をかなりの速さで食べることが要求される。

 ここは王宮なので、寒さは関係ないが、説明の内容からキース中将の中では戦争みたいなものなのだろう。食べ方が完全に社交の場の高級将官じゃなくて、戦場にいる前線分隊長みたいになっている。


「ありがとう、エサイアス」

「頑張ってくれ、イヴ」

スタルッカ(ウィルバシー)軍曹、食べ終えてから来い」


 食べ終えるとキース中将は早々に議場へ。

 わたしはもちろん護衛なので付き従う。スタルッカ(ウィルバシー)は、まだ食事中。切り上げて付いて来ようとしたのだが、とりあえず食えと。

 ほらスタルッカ(ウィルバシー)って元大貴族の嫡子さまだから、早食いとかできないんだ。士官学校でも良いところのご子息、ご令嬢は食事試験(規定量を時間内に食べきる)でかなり苦労していたし、入学してからもよく噎せてた。

 スタルッカ(ウィルバシー)は士官学校出てないから、早食いはできなくて当然。……早食いを教えるのか。でも教えないと、これから先大変だろう。でも大食いも兼ねなきゃならないから……。

 わたし? わたしは特に苦労せずとも、大食いで早食いはできた。体に見合った食欲と、あと顎の強さがものを言ったんだと思う。苦労したことないから……同期の食事で苦労していた貴族令嬢にコツでも聞いてみようかな。


「どうした? クローヴィス」

「キース閣下」

「悩みがあるのなら言え」

「いえ」

「初めての隊長職だ、悩み事の一つくらいあるだろう」


 くっ! なんですぐに察知されてしまうのだ! でもいいや、キース中将にスタルッカ(ウィルバシー)の食事のとろさについて聞いてみよう。


「たしかに貴族の坊ちゃんに早食いさせるのは難しいな。慣れるしかないが……隊員が揃ったら、たたき上げのみ(・・)で編成されている分隊に、研修と称してスタルッカ(ウィルバシー)を定期的に放り込め」


 うわああ、スパルタだ。悪魔だ、悪魔がいる。儚い雰囲気をまとった悪魔ー!

 たたき上げ編成分隊に、貴族の子弟を放り込むとか、ヴェルナー大佐(スパルタ教官)の如き所行! あ、この二人友人同士だったわー。間違いなく思考が似てるんだ。


「キース」


 円卓の間へと続く廊下には、立ったままサンドイッチを食べているヴェルナー大佐がいた。行儀悪いことに関してはいいのですが、そのサンドイッチ、副官のオクサラ中尉のものでしょうに。

 コース料理と交換したのかなあ……したんだろうなあ。


「ヴェルナー。財務省からの返事は?」

「明後日、陛下臨席で会議を行うよう調整した」

「そうか。俺は予定変更は無理だが、上手くやってくれ」

「難しいな。そもそもあの、個人金保有量世界一と言われている男に金30kgを受け取ってもらうのは、至難の業だ」


 金30kgで財務省、そして受け取ってもらう……個人の金保有量世界一って閣下のことですかー!

 わたしなんかは金30kgとか見たらテンション上がると思うが、閣下にしてみれば単に見慣れた金属の塊程度なんだろう。

 それにしても、当時王女の嫁入りの際に金30kgを誤魔化さなくてはならなかったという我が国の国力って、本当に危険水域に達していたんですね。

 時代の流れに乗れない為政者って、本当に困ったものです。当時生まれていなかったキース中将や赤子だったヴェルナー大佐が苦労するはめに。


「女性の宝飾品にして、祝いとして渡すのがもっとも楽なのだが」

「二度目はないと釘を刺されているぞ、キース」


 美しく澄んだ青い瞳の持ち主のお二人が、わたしを見ているのですが……あ、うん、ご免なさい。そういうの、わたしはノータッチでお願いします。


「それはな……もっとも30kg程度の宝飾品を渡したら、二度目はないと言われていなくても怒りを買うだろうな」

「たしかにあの男に国から30kg程度の金をお祝いに等と渡したら、ない方がマシだと言われるだろうよ……はぁ、どうやって返せばいいんだよ」

「その前に金の確保だろう、ヴェルナー」

「戦費の大半が主席宰相(リリエンタール)掛かりの上に、金まで……ちっ! 金はあるところにはとことんあるが、ないところには腹立たしいまでにねえ」


 ん? ……戦費の大半が閣下掛かり……って、閣下にお金を用意してもらって戦争するってことなんですか? 要するに借金をして戦争! 借金してまで戦争ってするものじゃないと思うのですが。ああ、でも、共産連邦がやたら乗り気だから、こっちが嫌だといっても襲い掛かってくるから、防衛戦ながらも戦争は避けられない。

 総力戦だもんなあ、二十八万人を総動員したとして(もちろん総動員はしないが)掛かる戦費は……計算しちゃ駄目なやつだ。勢いで突っ走らないと戦争なんてできない級の金額だ。

 ああ! そうか。我が国の信用だけではお金を貸してもらえないから、閣下の信用で戦費を借金するんだ! だから臨時政府の主席宰相に就任してもらい、さらに大統領になって貰わないといけないんだ。

 国際的な信用は「我が国<閣下」ってことなんですね! 分かってはいるが、小国って辛い。


「ヴェルナー、その戦費だが、どこから出てくるんだ?」


 そろそろ徴集が掛かるというのに、総司令官ですら戦費の出所が分かっていないとか。いやまあ、戦費は政府が用意するものだから、総司令官には関係ないと言えば関係はないのだが。


説明(・・)して下さるようだが。自腹を切るといっても俺は驚かんぞ、キース」

「それはな。思えば、主席宰相(リリエンタール)閣下は、慎ましい生活をしていらっしゃるな」


 漠然と閣下はお金持ちなんだろうなーと思っていたのだが、二人の会話から察するに閣下の個人資産は我が国の総資産よりも上みたいですね。

 たしかに前世でも大富豪の個人資産が、小規模国家の予算を凌ぐということはありましたが……わたしは漠然と「閣下はお金持ち」な認識でいいよね? 財産なんて聞かないでもいいよね。ってか、聞きたくない! 多分ゼロの数、数えられないに違いない!

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