【103】隊長、ガイドリクスの事情を知る
「説明会」 ―― なにを説明されるのかよく分からないのだが、閣下からガイドリクス陛下やキース中将などが「なにか」について聞くらしい。
わたしも一応聞く立場だが、階級の問題もあるので、あくまでもキース中将の警護として議場にて聞くという形になる。
どんな形でも閣下のお姿を拝見できて、声を聞けるのは嬉しい。
説明会は王宮で行われる。円卓のある部屋に集まった。説明なさる閣下以外には、
国王たるガイドリクス陛下
総司令官のキース中将
海軍顧問として復帰したヴァン・フィゴ元中将
現在海軍を預かっているビュルヘルス大佐
東方司令部司令官オットーフィレン准将
西方司令部司令官ヴァン・イェルム大佐
南方司令部司令官ミルヴェーデン大佐
北方司令部司令官ヴァン・ヒースコート准将
以上の将校が信頼置ける部下を一、二名伴い円卓についている。
全司令官が中央に集まってるけれど大丈夫なのかなー。とか思うのですが、きっと大丈夫なのだろう。
……で円卓の間には、それ以外の人物も。
セシリア・プルックと瓜二つなエミール・ヤグディンと、そのセシリアの同僚だったノア・オルソン。
あとは室長はいないけれど、リドホルム男爵はいます。法曹界特有のかつらが目立ちますね!
「時間があまりない、すぐに始める」
全員が席につくと、閣下がそのように告げられた。
「そうだな」
「ではガイドリクス。お前とイーナ・ヴァン・フロゲッセルの出会いから話せ」
攻略対象と年齢詐称疑惑の関わり合いが語られるのですか!
わたしに副官のスタルッカを伴うよう指示があったのは、こいつにも年齢詐称疑惑との馴れ初めから関わり合いについて語らせるおつもりですか!
知りたいのですが……声が! 声が……いやもちろん我慢しますけれど。
「分かった。ヴェルナー、キースから順にこれを回せ」
陛下が軍服のポケットから取り出した小さな金色。
ヴェルナー大佐はそれを受け取り、陛下の右隣に座っているキース中将の前へと置いた。
キース中将の肩越しにそれを見ると ―― 我が国の国章が刻印された小サイズのインゴットだった。
キース中将は裏表を何度か見てからわたしに手渡す。
受け取って隣のヴァン・イェルム大佐へと渡した。
それを繰り返し円卓を一周して陛下の隣に座られている閣下の手元に、インゴットがたどり着くと陛下が語り始めた。
「わたしの叔母がルース帝国に嫁ぐ持参金の一つに、国章と婚姻の日付を刻印したインゴットがあった。国力がひどく低下していた時代のことゆえ、少量ではあったが」
たしかにインゴットには暦と日付が刻まれていた。が、わたしは王女とルース皇帝がいつ結婚したのか知らないので、言われなければ分からなかった。いや、結婚した年くらいは分かるけれど、日付まで覚えてないもので。非業の死を遂げられた日付は覚えておりますが。
そして国力のお話……今は小国ながら頑張ってますが、当時は危険水域に達してたからね。
産業革命で力を付けた市民と、時代の流れについていけない王 ―― ガイドリクス陛下の父王は、専制君主であり続けようとし、国が傾いていったんだ。
だから慣れない婚姻政策とかもやったんだ。
我が国に貴賤結婚を禁ずる定めは存在しない ―― 皇族や王族が家臣と結婚するのを禁じる法律は存在していないので、王族は基本的に自国の貴族と結婚していた。
だが時流に乗れず国が傾く。
こうなると近隣諸国から攻められる可能性が出て来る。
弱ったら食われる、これ地続き国家あるあるです。そして回避のために婚姻にて同盟を持ちかけるのもあるある。
陛下の父王は妹王女を最大の脅威ルース帝国へ嫁がせた。
なぜ小国の我が国の王女が嫁げたのか? それはルース帝国が強大なので、他の国は婚姻政策を持ちかけなかったからだ。
婚姻政策の名手として有名なアブスブルゴル帝国などは、ルース帝国とブリタニアス君主国は極力避けている。
何故か? この二国は強すぎて、王位継承権を持った王子が生まれたら、逆に自分たちの国が乗っ取られる恐れがあったからだ。
牽制や調整などの隙間を縫って、小国である我が国の王女が嫁ぐことができたのさ!
王女の結婚は、結果だけ見ると散々だし最悪だけどね!
「皆も知っての通り、ルース帝国の財宝の類いは、ほぼ行方不明になっている。もちろん叔母の持参金もそれに含まれている」
知られたお話ですね。
我が国のみならずこの大陸に住む成人なら、誰もが一度は聞いたことがある。
「約一年ほど前に元女王の婚約者セイクリッドから”これの持ち主が会いたいと言っている”と、あのインゴットを渡された」
陛下と貴族の面会時に臨席するのは、貴族家の当主でもある元第一副官ヘルツェンバイン中佐だったから、そんなことがあったなんて知らなかった。
「このインゴットの持ち主となれば、わたしの親族、もしくは親族について知っている者だ。だから会うことにした……みなに告げずに」
「なぜ単独でそのような軽率を。我々に打ち明けていれば、大事にはならなかったでしょうに」
ちょうど陛下の正面に座っているヒースコート准将が、とても国王に向けるには不敬な冷笑を浮かべて言う。表情はともかく、意見はごもっともですね。
「姪とは話し合ったのだ。その姪が、このことは王家だけで片付けようと」
「フランシスの妹の助言であろうな」
「リリエンタールの言う通りだろう。この頃、姪は既に心をレオニードに奪われており、王位を捨ててレオニードの所へ行きたいと考えていたらしい。その姪にとって、突然現れた大叔母の血縁の可能性を持つ女性。その者に自分の王位を預けて自由になれると考えたようだ」
あー。なるほどなあ。
キース中将が「二十の小娘」と評したが、まさに「二十の小娘」だったんだなあ。
そんな美味しい話があるはずない。
「わたしがその者の即位を許可しないと、フランシスの妹に言われたのであろうな。だから隠して進めろと」
女王の大叔母ことルース皇后。その人の血縁ということは、ルース皇帝の血を引いているので、ルース帝国の後継者である閣下の許可が下りなければ即位は不可能だろう。
他の国の即位に干渉すんの? そりゃするだろう。自分んちの王家の者が他国で即位するとなれば、当主の許可は必須だし。
「まあな。実際お前は許可しないであろう? リリエンタール」
「人となりによる」
「そうか。姪とも話し合い、セイクリッドの手引きでインゴットの持ち主と会った。その持ち主こそ、王立学習院に通っていたイーナ・ヴァン・フロゲッセル」
そう言えばゲームで陛下はヒロインを養女にするルートあったな。親族だから養女にしたのか!
プレイヤーが知ることのできない裏で、こういう事情があったのかもしれない。
「お前がイーナ・ヴァン・フロゲッセルに会った理由は、それだけではあるまい」
閣下がインゴットを触りながら、陛下に語りかける。
「……」
「当時のロスカネフの金の保有量からして、これは無理であろう」
「悔しいが、その通りだ。ヘルツェンバインがそれに気付いた」
ん? なんの話? なんの話ですか? なんか、円卓についている司令官方は気がついたみたいですけれど……なに? なに?
「見栄を張って持参金リストにK24のインゴットと記載したのであろう」
「ああ。実際はK22とK18しか用意できなかったそうだ。ヘルツェンバインから聞かされた」
元第一副官で現侍従長のヘルツェンバインさんは、貴族で陛下より年上だから、それについて知ってたんだ。
「だがこれはK24であろう」
「そうだ。さすがはリリエンタール、触っただけで分かるか」
「まあな。素晴らしい錬金術ではないか」
「笑わないで欲しいものだ、リリエンタール」
ファンタジーなら錬金術で誤魔化せるが、残念ながら十八金を純金にできるような魔法はこの世界に存在しない。
もちろん十八金を純金にする技術はある。
十八金を溶かして不純物を取り除けばいい。金属により融点が違う特性を生かして精錬する ―― そう、溶かすしかない。
溶かせば当然ながら刻印はなくなる。
だがイーナ・ヴァン・フロゲッセルが持っていたインゴットには、我が国の国章が刻印されている。
これは何者かが王女成婚の際に作られた特別な刻印を、隠れて使用したということだ。
金に施す刻印は、国際社会の信用とイコール。何者かが無断で使用したなどと表沙汰になるのは避けなくてはならない。国際社会から信用を失ってしまう。
いや……約四十年ほど前に見栄張って、十八金を二十四金って偽って、証明である国章を刻印しましたけど……。
陛下がそのインゴットを見せられ「親族です」と名乗るヒロインと出会った頃は、国体を立憲君主制に移行させるために、色々と活動してるとき。
この時期に知られたら、国の威信と我が国の金の信用、王家の信頼がぐらぐらになって、諸外国から金の信用関係で訴えられ、それにより商売に被害を被った平民が暴動を起こしかねない。
そりゃ陛下、誰にも相談できないわ。
まして閣下に「おたくへの持参金の金の延べ棒、リストには純金って書いたけど、実は純金じゃないんです」なんて言えないよね。




