【100】隊長、マカロンで一休みする
「姉ちゃん、美味しい!」
ヴェルナー大佐から貰ったマカロンを持ち帰り披露した。
わたしはマカロンを知っているが、カリナや家族は初めて見たので、テンション高く。可愛いもんねマカロン。
ヴェルナー大佐は色々な種類を用意してくれたので、箱の中は色鮮やか。
カリナは「ピンクがいいな」と ―― フランボワーズを選び頬張る。「美味しいもの食べて幸せな時の表情」の見本のような笑顔で食べた。食わせ甲斐があるってもんだ。
そしてボイスOFF希望の声で疲弊したわたしの精神も、
「姉ちゃん。他のも食べていい!」
「もちろん」
カリナの元気な声で癒やされる。
父さんやデニス、継母も各々選び食べていた。
「はいカリナ、終わりよ。夕食が食べられなくなるでしょう」
二個目のピスタチオ味のマカロンを食べ、三個目にと選んだバニラへと手を伸ばしたところで、ぺちりと継母に軽く手を叩かれ箱を取り上げられた。
「ええー!」
まだ入る! 夕食もちゃんと食べる! と言ったが、聞き入れてもらえるはずもない。子供の食事は親の管理下にあるものだからねー我慢してくれ、カリナ。夕食にしようじゃないか。
「イヴ」
「ん? なに、継母」
夕食後に入浴し ―― 風呂上がり髪を拭きながら水を飲んでいると継母が近づいてきて、耳を貸してと囁く。
なんだろう? と腰をかがめると、
「今夜のお話タイムは、マカロンをお供にしなさい」
「継母?」
「でも二個までよ。あとはちゃんと歯磨きさせてね。わたしとあの人は知らないってことで。ちゃんとメイドの二人にも言っているから、飲み物も用意できるわよ」
目尻に笑い皺のある継母は、またその皺が濃くなるだろうなと思うほどの笑顔を浮かべた。
「継母いいの?」
「親は厳しく、兄弟は仲良くよ。お休み、イヴ」
「お休みなさい、継母。愛してるよ」
「わたしもよ、イヴ。わたしの可愛い娘。愛しているわ」
お休みのキスをして別れて部屋に戻り少しすると、パジャマに着替えたカリナがやってきた。
「姉ちゃん。今日もご本を」
「カリナ、カリナ。これからマカロンを食べにいくよ」
「?!」
「もちろん継母と父さんには内緒で。さあ、足音を消していくぞ」
「うん!」
全然足音消えていないのだが、最大限注意して階段を降り、継母専用の台所の棚の上にあるマカロンが入っている箱を手に取る。
カリナは廊下で両親がこないかどうかを、真剣な表情で頭を左右に何度もふりながらうかがっている。その姿がめちゃくちゃ可愛い。
「行くぞ、カリナ」
「姉ちゃん、階段はあっち」
「お菓子にはお茶が必要だよな。淹れてもらうぞ」
「え、でも、父さんが駄目って命じてるよ」
メイドというと雇い主である主人以外の家人であっても、言うことを無条件できくと思われがちだが、雇い主である主人の命令に背くような家人命令は絶対にきかないし、家人の言うことをそう易々ときいたりもしない。
出来や質の悪いメイドならきくかもしれないが、我が家のメイドであるマリエットとローズは優秀なので、きっちりと雇い主である父さんの言いつけを守る。
雇い主ではないわたしたちは、自由にメイドに命じてもよいという許可をもらい、父さんがメイドに命じてから好きに「料理と酒の用意を」と言えるのだ。
わたしにその許可が出たのは士官学校入学後から、デニスは大学入学してから。
今年の九月からギムナジウムに通うカリナは、まだまだ好き勝手にはできない。
更に「カリナの飲食は両親が許可したもののみ」と両親がメイドに命じている。もちろん水は自由に飲めるけれど、それ以外は親の許可が必要。わたしやデニスの命令よりも優先される ――
「姉ちゃんに任せろ。心付けというものがある」
「こころづけ……」
二人でメイド専用の台所に向かい、マグカップにカモミールティーを所望する。
賄賂……ではなく心付けはもちろんマカロン。
「好きなものを二つ選んでいいぞ」
「ありがたくいただきます、イヴお嬢さま」
そう言いながら二人とも目を輝かせマカロンを二つ選ぶ。
「カリナ。わたしの分も選んで皿に」
「分かった姉ちゃん。あ、マリエット、このフランボワーズ美味しいよ」
「そうなんですか? いただいてもよろしいのですか? カリナお嬢さま」
「もちろん! ……いいよね、姉ちゃん」
「ああ」
薬缶をコンロに掛けてから、箱をのぞき込み三人が楽しそうに選んでいる。
茶葉が入っているポットに沸騰した湯を注ぎ蒸らす。
「でも姉ちゃん。一気に八個も減ったら、母さんにばれちゃうんじゃない?」
「大丈夫、そこも考えている」
カリナが尊敬の眼差しを向けてくれるが、大したことではない。
「空き缶あるか?」
「ございますよ」
「明日の朝”職場で食べる分持って行く。職場にいる人にも少し分ける”と言って、その空き缶にいくつか詰める。マカロンはわたしのものだから、継母のぞき込んできたりはしないからばれないさ」
「綺麗に拭いておきますね、イヴお嬢さま」
「頼む」
カモミールティーの入ったマグカップを持ちカリナの部屋へ行き、食べながら今日の出来事について取り留めなく会話をする。
「このマカロンって、どこで売ってるの?」
「モルゲンロートだよ。世界的大資本モルゲンロート家が経営しているホテルが客に提供している。本来はホテルの客にしか提供されず、販売する相手もお得意様だけ。簡単には買えない」
「へぇ……じゃあ、大事に食べないとね」
「でもあまり日持ちしない」
「ええー」
「どうしても食べたくなったら言って。姉ちゃん頑張って知り合いに頼んで買ってくるから」
そうこうしているうちに、皿もマグカップも空になり、カリナも欠伸をし始めたので、歯磨きをさせて眠る準備を早々に終わらせる。
カリナをベッドに寝かせて、お休みのキスをすると、
「姉ちゃんもお休み」
眠い目を擦りながらも、頬にキスをしてくれた。
翌日、証拠隠滅という名のお芝居が ――
「わたし空き缶持ってくるね! ローズ! ローズ! 空き缶頂戴! はやく! 急いで!」
カリナは大声で叫びながら台所へと走っていった。
勢い込みすぎてバレバレなカリナの動きに、父さんの頬は緩みっぱなし。目元は完全に「娘が可愛い」と物語っている。
デニスはいい笑顔でサムズアップ。継母に至っては、笑いを堪えるのが大変だったみたい。
「はい、姉ちゃん」
「ありがとう、カリナ」
「この空き缶、たくさんはいるから、十個以上持っていっていいからね!」
息を切らせて空き缶を持ってきてくれたカリナに礼をいい、三個だけ詰めて蓋をする。カリナは「やり遂げた」って顔をしていた。
秘密にしきれていないが、やり遂げたのは確かだよカリナ。
マカロンはちゃんと職場に持っていき、書類選考業務の合間、休憩タイムにコーヒーを淹れ、ソーサーに一個ずつ乗せてだした。
その際に夕べの話をしたら三人 ―― ヴェルナー大佐とその副官、ウィルバシーが”それ、あるある”と頷きながら笑っていた。
「クローヴィスの分がないだろう」
「帰ったら食べるので、今はいいです。ヴェルナー大佐」
ヴェルナー大佐が「食え」と渡そうとしてきたが、食べるつもりなら四つ持ってきておりますのでお気になさらずにー。ヴェルナー大佐から貰ったものだけど。
「そうか」
帰ったら一緒に食べような、カリナ。
そして姉さんの耳を癒やしてくれ。いや耳というより脳? それとも精神?
「そう言えばスタルッカは、どこに住んでいるんだ?」
話し掛けているのはわたしです。
生理的に声が無理なら話し掛けるなって? そういうわけにもいかないだろ! 一応スタルッカ軍曹の直属の上官だ。さらにこいつは犯罪者の息子なので、色々と当たりが厳しいのは想像出来る。
そこらの調整というか、目配りをするのはわたしの役目。
ある程度意思疎通ができて、困ったことがあったら相談できるくらいの関係は築いておかなくてはならない。
人との関係を築くには会話が重要。
声が生理的に無理だから筆談にしろなんて命じて、信頼関係なんて構築できるはずもない。
放置しておいて刃傷沙汰なんかになったら、事態収拾に途轍もなく苦労する。そもそも犯罪者の息子でもあるスタルッカが親衛隊隊長の副官に就任したのには理由がある。
最大の理由は「軍人不足」
猫の手も借りたいレベルの我が軍において、当人に咎ない優秀な軍人を遊ばせておくなんて余裕はないのだ。
「修道院に住まわせていただいております」
軍の寮に住めないあたりに、感情問題の根深さを感じますね。




