第79話 孤立した村35 荒れ狂う感情
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その光景をみた瞬間、頭が現実を否定した。喉が引きつるのを感じた。嘘だと、ありえないとどれだけ現実を否定してもしかし目に映る光景に変化はなかった。
リリアの目の前で、ハルトが倒れ伏していた。それも大量の血を流しながら。動く気配はない。血だまりの中に沈むハルトの姿、それがかつてみた姉の姿と被ってしまう。
「あ……ぁ……」
ハルトの、宗司の目の前で血を流し倒れる月花の姿。それと今こうしてリリアの目の前で倒れるハルトの姿。それが重なり、リリアの思考が赤く染まっていく。
誰がこんなことをしたのか。なぜこんなことになったのか。
「守るって……私が……ハルトを……守るって……」
呆然と呟くリリア。しかし守ると誓ったはずのハルトはもう動かない。それに気づいた瞬間、体中の血が沸騰するような感覚に襲われた。
(誰が……やった? いや、わかってる。そんなこと、わかってる。あいつが……あいつがハルトを……!)
リリアの前にいたイルともう一人の少女、シア。その手は赤く染まっていた。燃えるような激情の後に襲い掛かってきたのは氷のように冷たい感情だった。
(許さない……絶対に……許さないっ!)
リリアの体から溢れ出る力に気付いたのか、シアがリリアの方を見る。リリアの放つ怒りに気圧されたのか、一瞬だけ動揺したような顔を見せたシアだったが頭を振ったシアはイルの近くを離れてニヤリと笑った。
しかしもうリリアには全てがどうでもいいことだった。この時リリアの頭にあったのは殲滅する、ただそれだけなのだから。
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部屋に入ってきたリリアの姿を見てワーウルフ——シアは一瞬だけ恐怖を覚えてしまった。
(怖いと思った? このワタシが? あの御方以外に恐れを抱いたと……ふざけるなふざけるなふざけるな! そんなことを、認めるわけにいくか!)
自分の感情に苛立ちを覚えたシアは、無理やりに挑発的な笑みを浮かべリリアの前に立つ。イルのことは後回しにすることにしたのだ。
「あぁこんにちはリリアさん。どうしたんですか? そんなに怖い顔をして」
「…………」
「そんなに怖い顔をしていたらせっかくの綺麗な顔がだいな——っ!」
言葉を途中で切ったシアは、慌てて大きく後ろに飛び退く。一瞬前までシアのいた空間を、剣が通り過ぎる。もしシアが動かなければ間違いなくシアの首を刎ねていただろう。
リリアの剣に、まったく躊躇いはなかった。シアはまだワーウルフに変身しておらず、シアがワーウルフであることを知らないはずのリリアにとっては、普通の少女にしか見えていないはずなのに。
「怖いなー、まったく。お話も無しだなんて」
「お前がハルトを……ハルトをぉ!!」
「っ……」
リリアの体から吹き出す力の奔流。しかしそれが魔力でないことだけはシアにもわかった。自身でも抑えきれていないのか、溢れ続ける力が爆風のように周囲を襲う。イルもその力に当てられて、立っていることすらできないほどだった。
「な、なんだよこれ……この力……あ、ハルト!」
リリアの体から溢れ出る力は無差別に周囲を襲い、倒れたままのハルトもそれは例外ではなかった。そのことに気付いたイルが慌ててハルトのことを部屋の隅へと移動させる。
「ハルト……」
その体は驚くほどに冷たく、未だ溢れ出る血がイルの服を赤く染めた。
その時、ひと際大きな衝撃が起こる。驚いたイルが視線を向けるとリリアがシアに向かっていくところだった。
まっすぐに直進してくるリリアのことを見て、シアはワーウルフとしての姿へと変化する。それを見てもリリアは眉一つ動かさず、止まる気配すら見せない。
「問答無用ってわけ」
迎え撃とうと拳を構えるシア。シアには自信があった。リリアにも勝てるという自信が。ワーウルフの魂とシアの魂。二つが完全に融合し、精神的にも肉体的にもはるかに成長していたからだ。さきほどまでハルトと戦っていた時とは比べ物にならないほどだ。リリアが強いということは知っている。しかし、それも【カサルティリオ】で強化されたハルト同等かそれ以下だとシアは思っていたのだ。リリアはただの《村人》で、手にできる力など高が知れているのだから。
そう、思っていたのに。
「殺す殺す殺す、確実に、絶対的に、塵の一つも残せると思うな」
「なっ、こ、この!」
現実はまるで違った。押しているのはリリアの方で、シアは防戦一方だった。剣での攻撃を避けたと思ったら、下から蹴りが飛んでくる。その蹴りは鋭く、重く、ヒトよりもはるかに頑強な、イルの魔法にも耐えきった肉体に一撃で多大なダメージを与えた。
(たったの一撃で……このワタシが。それにこの速さ……ありえない。普通じゃない。なんだ……なんなんだこいつは!)
「ウ、ガァアアアアアアア!!」
このままやられてなるものかと、必死に反撃するシア。それは当たらないわけではない、ちゃんと当たっている。リリアが避けようとしないからだ。それでもリリアは止まらない。血を流しながら、傷をつけられながら攻撃の手を止めようとはしない。体の内から湧き上がる衝動に耐えられないのか、リリアは涙を流しながら動き続ける。
(壊す……こいつを、ハルトを、オレのハルトを殺したこいつを!)
「オレがハルトを守らないといけなかったのに! お前が、お前が、お前が!!」
荒れ狂う感情だけがリリアのことを突き動かす。その先に待つものなどリリアには見えていない。今のリリアは、感情に従うだけの獣だった。
「あぁあああああああっ!!」
渾身の蹴りがシアの体に叩き込まれる。受け身を取り損ねたシアは吹き飛び、壁に叩きつけられる。
「クフ、フハハハハハッ!」
壁に叩きつけられたシアは、笑いながら立ち上がる。リリアの攻撃で傷ついた体を【治癒魔法】で治し、体の状態を確認するシア。負けかけている、そして殺されかけたのにそれが楽しくてしょうがないのだ。ワーウルフとしての本能が、闘争の楽しみを訴えかけてくる。
「そんなにハルト君を殺されたことが許せない? もう少し早く来れてたら……助けれたかもしれないのにね」
「なんだと?」
「ハルト君のことを守る。でも現実は? あなたは守れなかった。ハルト君のことを。無様に、ワタシに、奪われた!」
「っ!」
「クハハハハ! これが笑わずにいられるわけがない! そしてあなたは自分の感情の赴くままにワタシを殺そうとしてる。あのローワと同じ。どれだけ取り繕っても、ヒトは結局自分の感情のままに動くことしかできない獣と同じなのよ!」
「……まれ」
「だからワタシ達が支配する。魔王様の支配下に置いてこそ、ようやくヒトは平和を得られるのだから!」
「黙れぇ!」
怒りの感情のままに動き出したリリアは、再びシアに向かって直進する。ワーウルフとしての本能をむき出しにして迎え撃つシア。
「うらぁああああああああっ!」
「アハハハハハハハハハハッ!」
暴虐の嵐がぶつかり合った。
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次回投稿は5月11日18時を予定しています。




