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第九十四話 脅威を振り払い……


 振り下ろした剣の先で、頭から血を流して倒れているアングリーウルフを見て、俺は茫然とする。

 斬ったと言う感触は、一切手に残っていない。


 気配だけを感じ取り、アングリーウルフのことを確認せずに放った一撃だったため、自分でもなにがなんだか理解出来ていない状態。

 余りの手ごたえのなさに、俺が斬ったのではなく、ライラかバーンが助太刀に来てくれたのかとも一瞬考えたのだが、俺に握られている鋼の剣の先にはしっかりと血が残っていた。


 …………しばらく茫然と立ち尽くした後、ハッと二匹のアングリーウルフが俺を追ってきていることを思い出し、すぐさま俺の目の前で倒れている死体から目線を外し、視線を前へと上げる。

 すぐ近くまで迫ってきていると思っていた二匹のアングリーウルフは、遠くで立ち尽くしたまま俺のことを見ているだけで、そこから一歩たりともこちらに近づこうとしていない。

 

 ……もしかして、俺が一撃でこのアングリーウルフを屠ったから警戒しているのか?

 正直、もう一度同じことをやれと言われても絶対に出来ないため、詰めてこられていたらかなり危なかったと思う。

 遠巻きで俺を見ているアングリーウルフに、こっちに来るなと言う意味も込めて剣を構えながら睨みを利かせていると、後ろからライラとバーンがやってきた。


「ルインッ!! 大丈夫だった!? ごめん……全然間に合わな——って、やっぱりルインがアングリーウルフを倒したんだよね!?」

「無事で本当に良かった。予想以上にルインが追いつかれるのが早くて、援護が間に合わないと感じたときは焦ったし、ルインがアングリーウルフに向き直ってから、血が噴き出たときは終わったと、本気で思ったが……ルインが倒した側で一安心だ」


 俺に駆け寄るなり二人とも、各々に心配の言葉を掛けてくれた。

 正直、俺は前方にいる二匹のアングリーウルフのことで頭がいっぱいで、返答できる余裕がないのだが、心配してくれている二人の気持ちは本当に嬉しい。


「ライラ、バーン。それよりもまだ前方にアングリーウルフが二匹いる」

「ああ、分かってる。ルインがこのアングリーウルフを瞬殺したお陰で、相当ビビってるようだ。こっちから少し追いかければ逃げる可能性もあるから、合図と一緒にルインも走ってくれないか?」

「ああ、もちろんやらせてもらう」

「それは本当に助かる。ルインが向かって行ってくれるのが一番効果的だろうからな。……とりあえずアングリーウルフが逃げても深追いはせず、アングリーウルフが逃げずに襲ってきたらルインは下がってくれ。余計なお世話かもしれないが、残り二匹は俺たちで処理させてもらおう」


 バーンからのありがたい提案に俺は一つ頷いてから、合図と共にアングリーウルフ目掛けて走り出す。

 俺たちが走って距離を詰めてきたことを察すると、アングリーウルフは二手に別れて、森の中へと素早く逃げだした。

 深追いはしないと言ったが、一応逃げていった道なき場所までは走って向かう。


 ……………………。

 逃げて行った場所から周囲を見渡すが、先ほどまで感じていた気配が嘘のように消えている。

 どうやら、あの二匹は本当に逃げて行ったみたいだ。


 目の前の脅威が去ったことで全身の力が抜け、俺は腰がストンと地面へと落ちた。


 これで俺は、アングリーウルフ相手に三度目となる死を感じた。

 なぜ三回共、俺の方が生き残っているのか……思い返しても何一つ分からない。

 まさしく、奇跡の積み重ねだと俺は思う。


「ルインッ!やったよ!! アングリーウルフの群れを追い返した!! ねぇ!ルイン一人でアングリーウルフの群れをやっつけたんだよ! —―それでどうやったのさ!? あのアングリーウルフの頭を一刀両断って!! 本当に凄すぎるでしょ!?」

 

 酷く興奮した様子のライラが、俺を手放しで褒めながらまくし立てている。

 質問をしている割に俺が話す隙がなく、どこで返答したらいいのか分からない。


「ライラ一回落ち着けって。ルインが返答に困ってるぞ」

「落ち着けって! そんなの……無理だよ。だって!!……だってさ。私、本当に間に合わないと思ったから……。……目の前で友達が殺されたと思ったからさ。生きていてくれたのが嬉しくて……。本当に辛い役をやらせちゃってごめんね、ルイン」


 酷く興奮した様子から一転、涙目となって俺に謝ってきたライラ。

 この謝罪は、ぶっつけ本番で行った囮作戦が噛み合わず、助太刀が間に合わなかったことに対する謝罪だろう。


 ライラはこうして謝ってきてくれたが、正直に言って失敗したのは俺の方だ。

 囮作戦を言い出したのも俺だし、アングリーウルフの速度を見誤って速攻で追いつかれたのも俺。

 ライラを含む【鉄の歯車】さん達はなにも悪くないし、目の前で知り合いが殺されるかもしれないと言う恐怖を味わわせてしまった。


「ライラ、俺の方こそごめん。無茶な作戦なんかやらなければ、みんなに余計な心配をさせなかった」

「ルインはなにも悪くないっ! それを言うなら囮役を止めなかった私達も悪いんだから。……そもそも、依頼人に囮役をやらせるなんて失格だ——」

「あー!! 二人ともそこまでにしよう。折角、窮地を脱したんだし、責め合うのはやめようぜ。――とにかくルインには助けられた。本当にありがとうな」


 バーンが一つ手を鳴らして、ライラと俺の責め合いをストップさせた。

 結果で見れば最高の結果だったと言えるかもしれないが、過程が良くなかったのも事実なんだよな。

 前回に引き続き、俺は無茶なことをしてしまった。


 今回もまた、お互いに何か思う部分が残りそうだが、命があるならこの失敗も次への糧に出来ると考えれば、バーンの言う通り今は窮地を脱したことを素直に喜ぶべきか。

 俺に関して言えば、本当によく分からないけど、アングリーウルフを一撃で屠れた訳だし。


 三人でそんな話をしていると、少し遅れて後衛のポルタとニーナも合流し、少し話してから俺の狩ったアングリーウルフの解体を行うこととなった。

 頭部の斬り裂かれたアングリーウルフの惨い死体を解体しながら、俺は四人に手放しで褒められたのだが……何度も言うが俺自身の手ごたえは一切ないため、なんと返答したらいいのか分からないな。


 【鉄の歯車】さんと話しながら、トレーニングのお陰で力がついてきたのかもしれないとも思いつつ、今度弱い魔物相手に今の実力を試してもいいかもしれない。

 なんだかんだ言って、ずっと素振りしかやっていなかった訳だし、トレーニング後の初実戦がアングリーウルフだった訳だから、自分ではそりゃ分かるはずがないよな。

 


 そんなことを考えながら解体を終えたあと、五人でその夜の内にテントの撤収と荷物を纏め、日が昇り始めたと同時に下山を開始した。

 アングリーウルフは逃亡してからは、一度も姿も気配すらも見せることなく、俺達は何事もないまま無事に下山出来たのだった。



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― 新着の感想 ―
もう一度同じことをやれと言われても絶対に出来ないため 絶対に出来ない理由は? そもそも単独で倒すことも不可能だったはず。 私の国語力がないだけ?
[良い点] ルイン君の地道な努力が確実に身になっていってるのが良いですね、 魔力も順調に、増えてますが、攻撃魔法とかも覚えたりするのかな? [気になる点] 「鉄の歯車」に「さん」付けが気になると言って…
[一言] 次回、来るときはまたトレーニングして強くなってるから、アングリーウルフが襲ってきてもカモですね!
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