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第三百四十四話 嫌な気配


 魔王の領土へと足を踏み入れてから約二時間。

 現れる魔物の量に驚きを隠せないが、なんとかここまでは接敵することなく進んで来れている。


「四方八方、魔物しかいないですぜ! 魔物を倒す人間がいないってだけで、こんだけ魔物で溢れ返るんですかい!」

「それだけじゃなく環境も関係あるんじゃないでしょうか。どことなくなんですけど、魔物が生息しやすい環境下になっている気がします」


 スマッシュさんの意見に賛同しつつ、魔王の領土に入ってから感じていたことを伝えた。

 魔物を従える魔王の領土なのだから当たり前だが、魔物が過ごすのに適した環境になっていると足を踏み入れた時から感じていた。


 感覚が近いところでいうと、ランダウストのダンジョンと似たような環境。

 元はこっちでランダウストダンジョンは魔王の領土に寄せた――そんな感じがするほど、細かく魔物の生息域が分かれている気がする。


「というよりもですが……。あれだけ人が平和に暮らしている間近で、これだけの魔物が生息していることに私は恐怖しています。想像よりも魔物が跋扈していないというのが魔王の領土に入っての率直な感想でしたが、実際にこれだけの魔物を目にすると……。一斉に襲い掛かられた時のことが具体的に想像できてしまいますね」


 草陰に身を潜めつつ慎重に歩みを進める中、そんなことをポツリと漏らしたディオンさん。

 確かに、これだけの魔物が魔王の指示一つで襲い掛かってくると思うと怖い。

 

 実際に選抜された魔物たちは既に侵略を開始している訳だし、いつあの都がこの魔物たちに襲われてもおかしくない。

 そのことを考えると、少しでも魔物の数を減らしておいた方がいいんじゃないかと考えてしまうが……。


 今回の目的はあくまで『生命の葉』を入手すること。

 これまで接敵を回避してきた魔物たち全てが、楽に討伐できる強さの魔物ではあったが、ここで戦闘を行ってこれからの動きに支障をきたしてしまうことを考えると不用意に戦闘は行えない。


 俺が【プラントマスター】と『魔力溜まりの洞窟』のお陰で強くなったとはいえ、一人でできることには限界がある。

 魔物の数を減らすことは考えず、今は目的達成のため『生命の葉』を入手することだけを考える。


「ルイン……。顔が怖いでやすが大丈夫ですかい?」

「あっ、大丈夫です。ディオンさんの言葉に色々と考えてしまっただけですので」

「ルイン君、すいません。こんな時に余計なことを考えさせるようなことを言ってしまいましたね」

「いえ。全て事実ですし、いずれは考えなくてはいけないことではありますから。今は考えないようにしますが、いつかはアーメッドさんの仇をしっかり討とうとは思ってます。……もちろん、アーメッドさんと一緒にですが」


 俺のその言葉に、ディオンさんとスマッシュさんも口角を上げてほほ笑み、ゆっくりと頷いてくれた。

 魔物の数に緊張し強張っていた体だが、このやり取りで少し気持ちに余裕が持て、先ほどよりも軽快な足取りで俺達は魔王の領土を進んで行く。


 道中で何度かは接敵し戦闘となることはあったものの、魔物がオークソルジャーにアースエイプ、パラライズホーネットとそこまで強い魔物ではなかったため、苦戦を強いられることもなく切り抜けることができた。

 そして数時間の移動の末、俺達は天爛山を下りた先の森を無事に抜けることができ、森とはまた違った風景の広がる場所へと抜け出た。


「うーん……。ここは草原ですかい?」

「先ほどまでの木々の生い茂って視界の悪かった森とは正反対の、非常に見通しも良く眺めの良い草原ですね」

「少し辺りを確認していますが魔物も見えないです。先ほどまでの魔物の群れが嘘みたいな平和な光景ですが……」


 森を抜けた先に見えたのは、視界の開けた草原だった。

 気持ちのいい風が吹いており、ぽかぽかとする太陽の日差しと合わさって眠くなってくるような場所。


 魔物の気配も背後の森から感じられないし、前方には先ほどまで跋扈していた魔物の気配はないのだが……この先から酷く嫌な気配を感じる。

 その嫌な気配を言語化できないし、非常に曖昧でなんとなくなものだが、俺の直感がこの先に行ってはいけないと叫んでいる。


「この先は危ない気がします。一度、森に戻って右手側を進んでみませんか?」

「……? 危ない気ですかい? あっしにはよく分かりやせんが、ルインがそうしたいなら構いませんぜ」

「私もスマッシュさんと同意見ですが、このパーティのリーダーはルイン君ですし、どこに向かうかはお任せしますよ」

「お二人共、ありがとうございます。それでは一度戻りましょうか」


 目の前に広がる草原は、魔物の気配が一切なく穏やかで気持ちのいい場所。

 そんな草原なら構わず進むのが普通だろうけど、なんとなくという俺の直感に従ってくれた二人と共に、背後の森へと身を隠すように戻った。


 来た道を戻るハメになってしまったが、本当にこの平原かこの平原の奥なのかは分からないけど非常に嫌な感じがする。

 自分のこの直感を信じ、一度気を取り直して右手側を探していくとしようか。

 


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