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【書籍化決定、コミカライズ進行中】私、一夜の夢を売る毒婦らしいのですが、英雄を溺愛に目覚めさせてしまいました  作者: 琴乃葉
第1章

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廃坑にあるもの.7

1話目


 ウォレンが出ていくのを見送ったマリアドールは視線をジェルフへと移した。


「ジェルフ様が眠っていらっしゃった時、騎士様達は入れ替わり立ち替わりこちらに来られたのですよ。中には、かつてジェルフ様に命を救われたと、涙ながらに話してくれた方もいます」

「そうだったのか」


 マリアドールはジェルフの手に自分の手を重ねた。


「それを見て、私、思ったのです。ジェルフ様とお父様はやはり違います。部下を守るために剣を振るったご自分を責めないでください。ジェルフ様に恐ろしい血は流れていません。だって、こんなに慕われているのですから。この指輪がここにあるのがその証拠です」


 地図が燃えてしまったことを知って、再び描いてくれと頭を下げたのはウォレンだけでない。

 多くの騎士が、ジェルフのために今できるのはそれぐらいしかないと、ブラッドルビーを探すことを志願したのだ。


「ウォレン様はこともなげに仰いましたけれど、実際は廃坑内に水が溜まっていて大回りしなければいけなかったり、崩れて穴が塞がったところもあって大変だったようです」


 もちろん安全にも配慮し、街に残っていた元鉱夫達にも協力を仰いだ。

 そうやって今、ブラッドルビーはジェルフの手にあるのだ。


「マリアドールはずっと傍にいてくれたのか?」

「私が三日間眠っていた時にジェルフ様がしてくださったことと同じことをしただけです」

「目の下にクマができているし、頬もカサカサだ」

「ジェルフ様。そういうことは思っていても直接女性に言ってはいけませんわ」


 頬に手を当て口を尖らせるマリアドール。

 今さらだけれど距離が近いことに気が付いたようで、少しジェルフから離れようとしたのだけれど。


「マリアドール」


 真剣な声音にジェルフを見上げると、離さないとばかりに腰に手を廻された。


「手を出してくれ」


 戸惑いながら出した指にあるのは、ジェルフからもらった婚約指輪。

 ジェルフはそれをはずすと、変わりにブラッドルビーの指輪を嵌めた。


「あ、あの。これはスタンレー公爵家に代々伝わる指輪ですよね。確かに私はジェルフ様の婚約者ですが、それはあくまで契約です。この指輪をお借りするのは、かなり荷が重いのですが」

「マリアドール。こんな体勢で申し訳ないが、もう一度やり直させてもらえないか?」


 何のことか分からず首を傾げるマリアドールの髪を、ジェルフはさらりと撫でた。


「マリアドール・ジーランド女男爵、私、ジェルフ・スタンレーの()()()になってくれませんか?」

「……もうなっていますよ?」


 今さら何を言うのかとライトブルーの瞳をパチパチさせると、ジェルフの赤い瞳がじっと見つめてきた。

 何だかやけに見られている。


 意味深長でありながら熱がこもったその視線は、鈍いマリアドールがいつ言葉の意味に気づくのかを楽しんでいるように見えた。


 その赤い瞳に映るライトブルーの瞳がはっと丸くなった。首、頬、目元と順に赤く染まり、最後には湯気が頭からボッと出そうになる。


「あ、あの。……それは、もしかして」

「こんな俺でも家族を持っていいと言ったのはマリアドールだ」

「はい、人を愛してよいとも言いました」

「ああ、それでだ、愛するマリアドール。貴女を抱きしめたいのだが、許してくれるか?」


 はらり、と零れた涙に、マリアドール自身が驚いた。

 どうして涙が出たんだろう。


 毒婦と噂される自分を愛すると言ってくれたからだろうか。


 人を愛さないと心を閉ざしていたジェルフが、愛を口にしたからだろうか。


(違う。大好きな人が自分と同じ気持ちだったのが嬉しいんだわ)


 マリアドールはそっと自分の身体をジェルフに傾けた。

 それを受け止める腕は逞しく力強い。


「私もジェルフ様を愛しています。ずっと傍にいていいですか?」

「もちろん。二人で生きていこう。夢を見させる仕事だって続ければいい。悪評からは俺が守ってやる」


 マリアドールを抱きしめていた手が頬に触れた。

 促されるように見上げると、柔らかく微笑むジェルフの顔がすぐそこにある。


 そっと瞳を閉じれば、柔らかく熱い口づけが落とされた。

 唇からお互いの体温を分け合うようにさらに深く重ねると、二人の身体はゆっくりとベッドに沈んでいった。



ーー


「おやおや、よく寝ているな」


 三十分後ぴったりにやってきた医師は、ベッドに並んですやすや眠る二人に苦笑いをこぼした。

 顔色もよいし、このままにしておくかと布団をかけ直しそっと部屋を出て行ったことは、ウォレンの口からその日のうちに騎士団へと伝わった。


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

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