廃坑の街.1
本日1話目です
「長閑でよい場所ですねぇ!」
馬車から降りると、マリアドールは座り続けて硬くなった身体をほぐすように、両手を上げ伸びをした。
ジェルフも腰に手を当て、コキコキと首を回している。
「ジェルフ様、仕草がちょっとおじさんです」
「悪かったな。誰かが俺の肩に寄りかかりいびきをかいていたせいだ」
「私、いびきなんてかきませんよ」
「知らないだけだろう?」
今回は何故か隣に座ってきたジェルフの肩に、うっかりもたれ眠り込んでいたことを指摘されたマリアドールは頬を赤めながら反論すると、ジェルフはこれ見よがしに肩を揉む。
さらには、肩甲骨をぐるぐる回し始めるジェルフにマリアドールが照れ隠しの意味も含めぶぅ、と膨れていると、後ろからクレメンスが荷物を持ってやってくる。
「マリアドールはいびきをかかないよ。寝言を言うだけです」
「言わないわ」
「この前、ドーナツがって言ってたよ」
「うっ……」
フォローをしてくれるのかと思ったがそうではなかった。
それではまるで食い意地が張った子供のようではないかと、更に不貞腐れるマリアドールに、ジェルフが堪らずクツクツと笑いだす。
馬車での遠出も二回目となれば、気心もしれたものだ。
フレデリックから一週間の婚前旅行を半ば強引に勧められた二人は、行き先をかつてマンテル司教が治めていた鉱山の街に決めた。
焼く温度と時間によって色の変わる鉱物、それを一目見たいとマリアドールが言ったからだ。
レガシー達に旅行することを伝えたところ、クレメンスもその岩石を見たいと言い出した。
物心つく前からマリアドールの父に絵を習い、今もマリアドールに教わりながら描いている。その才能は中々の物で、とくに風景画が好きなようだ。ジェルフに相談したところ、マリアドールの従者として特別に同行することになった。
王都を出て丸二日馬車に揺られ辿り着いたのは、長閑な景色が広がる田舎街だった。
昔は鉱山で賑わっていたらしいけれど、廃坑となってからは農業と林業を中心に生計を立てている家がほとんどだ。
着いたのは夕暮れ時で、スタンレー公爵家の別荘は街を見下ろせる小高い丘の上にあった。
赤茶けたレンガ屋根が目立つ街の中をうねうねと進んでいた大通りは、道幅を細くしそのまま丘の上まで続いた。
月桂樹やナナカマドの林を抜けると平地が見え、そこにある茶色いレンガ作りの屋敷は、確かにこの土地を治める者の家らしいどっしりとした造りをしている。
「昔、鉱物が取れたという山はあれですか?」
見晴らしのよい丘の上から、木々のほとんど生えていない向かいの山をマリアドールが指差す。
ちょうど西日が沈んでいく方向にあり、山際が朱色に染まっていた。
「そうだ。ここから馬車で三十分ほどのところにある」
「ねぇ、マリアドール。僕、ちょっとスケッチしていていい?」
「今着いたところなのに? 構わないけれど、暗くなる前に屋敷に入るのよ」
「はーい」
クレメンスはスケッチブックを鞄から取り出すと、それを膝に置いて木炭でスケッチを始めた。長旅でぐったりのマリアドールからしてみれば、呆れるほど元気だ。
「ジェルフ様、申し訳ありません」
「別に構わない。それに、急なことだったから屋敷の手入れが不充分なのだ。連れてきた従者達に部屋を整えさせるから、マリアドールも暫くここで待ってくれないか」
「分かりました。あっ、誰か来られたようですよ」
従者達が馬車から荷物を降ろす中、荷馬車が一台丘を登ってきた。
ジェルフの前で止まると、四十代ほどの体格のよい男が馬車から降りてくる。
「ジェルフ様、食材を持って来ました。厨房に運んでよろしいですか?」
「あぁ、ありがとう。マリアドール、彼はマントル司教の弟で麓で鍛冶職人をしているマーデリックだ。マーデリック、婚約者のマリアドールだ」
マントルの故郷はこの町。親兄弟が居ても不思議ではない。
(言われてみれば、青い瞳と目じりの皺がよく似ているわ)
兄の方が若干、後頭部が寂しかったけれど。
「ジェルフ様の婚約者ですか。言ってくだされば、もっといい食材を用意したのに」
「今日は疲れている。ご馳走は明日にしてくれ」
「そうですね。では明日はうんと精がつくものを用意しましょう」
ハハハと陽気に笑う所を見ると、二人は親しい仲らしい。
マリアドールはその言葉にぎょっと目を丸くしたけれど、ジェルフは唇の片端を上げるだけで聞き流している。相変わらず演技がうますぎる、いや、大人の余裕だろうか。
マリアドールの反応を初々しいと解釈したらしいマーデリックは、胸に手を当て紳士らしい礼をした。
「男爵家の次男として生まれましたが、今は平民として職人をしています。ですのでマーデリック、と呼んでください」
「分かりました。鍛冶職人ということですが、もしかして、燃える温度や時間によって色が変わる石を見つけたのはマーデリックさんですか?」
「ええ、そうです。うちの悪ガキが、燃える炎の中に石を入れたんです。慌てて出したら、綺麗な赤色になっていて。で、どういうことかと試していくうちに、温度と窯に入れる時間によって色が変わっていくことが分かりました」
石は、廃鉱した山にこっそり遊びに行ったときに持ち帰ったものらしい。
危ないので行かないように言っているのだが、とマーデリックはしかめっ面で付け足した。
「早速だが、明日、工房を訪ねたいがよいか?」
「はい、もちろんです。お疲れでしょうから、ゆっくり休んでから何時でもよいので来てください。工房に居なければ、隣の家におりますから」
では、と頭を下げると、マーデリックは木箱を持って別荘の中に入っていった。
「気さくなかたですね」
「そうだな。マンテルが司教になったのだから、マーデリックが男爵家を継ぐこともできたのだが、昔から鍛冶職人を目指していたので爵位返上して平民になったんだ」
男爵家の次男は、婿養子にならない限り平民になる。
幼い頃から自分が貴族として生きていけないことを理解していたマーデリックは、手に職をつけようと彼の師匠である鍛冶職人に十五歳で弟子入りした。
それから二十年以上経ち一人前になった頃に、マンテルが司教になることを決断した。
もとより貴族として生きていくことを考えていなかったマーデリックは、男爵家の収入源である鉱山が廃坑したこともあり、あっさり爵位を返上したのだ。
何度か別荘と荷馬車を往復するマーデリックは、この土地に馴染み今の生活を気に入っているように見える。貴族という生き方にこだわらないマリアドールにしてみれば、親近感を感じる。
(明日、工房で岩石を見れるのよね。どんな色の石があるのか、今から楽しみだわ)
夕陽が山裾に沈んだころ、従者が部屋の準備ができたと声をかけてきた。
クレメンスに絵は明日にするよう伝え、三人は夕食のメニューは何だろうと話しながら屋敷に入っていった。
起承転結の転、に入りました。
今日から寒くなるらしいです。炬燵から出れない…
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