1 到着
合宿初日。僕たちは、Y県の合宿所へと向かっていた。合宿所までは、学園がやとった運転手の運転するバスで移動した。車内には引率の先生として、剣道部顧問の新田先生と写真部の顧問だという女性教師、あともう一人、バレー部の顧問の先生という三人が前のほうの席に座っていた。あとは剣道部員七名の他に、バレー部や他の文化部の部活の生徒たちも乗っていて、車内は賑わっていた。その中には、美周と相田、それになぜか幸彦や小林の姿まであった。
二人に事情を問いただすと、幸彦のほうは、どうやら美周が沢を見張るときに必要としていた交代要員として、一緒に来ることになったらしい。しかし、ただで幸彦がそんなことを引き受けるとは到底思えない。裏でなにか特別な取引があったに違いない。
小林のほうはというと、あの球技大会のあとにバレー部に入部していたようで、こちらは普通に部活動で来ているようだった。
本当にたまたま偶然が重なってのことだろうが、こうして一年G組のメンバーが全員同じように合宿所に向かうことになるとは思いもしなかった。しかしやはり、見知った顔が近くにあるのはなにかと心強かった。
剣道部の夏合宿は、もちろん運動部としての強化の意味もあるが、慰安旅行とか親睦会的な意味合いもあり、部活以外のイベントもいろいろと考えられているらしい。二泊三日のうち本格的な稽古があるのは一日目と二日目のみで、二日目の夜には親睦会と称したバーベキュー大会があるらしい。そして三日目は、ハイキングをしたり、自由行動をしたりして楽しむようだ。
そのせいか、部員たちの表情には気負った感じはまるでなかった。半分は旅行気分なのだろう。合宿がどんなものなのかまだ一年の僕にはわからなかったが、地獄のような合宿という感じではないのかもしれない。合宿所までの移動中、バスの中は部活の稽古のことよりも、そのあとのお楽しみのイベントの話題でもちきりだったので、僕も部活動に関しては、特になんら気負うこともなかった。
問題は、例の沙耶ちゃんの見た予知夢のことだ。こちらに関しては、緊張感はいやおうなく増していた。いよいよ真実に迫るときが近づいてきたのだ。何事もなければよし。しかし、なにかが起こるかもしれないということは、常に頭のどこかに置いておく。
どこかうわついた空気の車内で、僕は不穏な気持ちを胸に抱いていた。それは沙耶ちゃんも同様らしく、少し憂えた表情でずっと窓の外ばかり眺めていた。
合宿所には、昼より少し前に着いた。バスから外に出ると、濃い緑の気配が体を包んだ。高原の空気は夏でもさわやかで、気持ちがよかった。ここに来るのはゴールデンウィーク以来だったが、あのころとは森の様子も少々違っていて、より一層緑の勢いが増したように感じた。
「おーし! 着いた着いた!」
「ようやく来たな」
「気持ちいいー」
剣道部の先輩たちが、口々にそんなことを言って伸びをしていた。合宿所には、一般の客も予約すれば泊まることができるらしく、家族連れで来ているらしい人たちの姿も見えた。
「なんか、この前来たのがちょっと懐かしい感じだね。それに、なんだか不思議な感じ」
沙耶ちゃんが僕の横に来て、そんなことを言った。
「不思議な感じ?」
「うん。既視感っていうのとはちょっとまた違うのかもしれないけど、以前もこんなことあったなとかそういう感覚っていうか」
なんとなく沙耶ちゃんの言いたいことはわかるような気がした。実際、この合宿を想定してここに来たことがあるのだ。だから再びここを訪れるのは、既視感の再現をしているような感じがするのだろう。既視感の再現というのも妙な言いまわしではあるが。
「でもあのときは楽しかったね」
僕がそう言うと、沙耶ちゃんは笑って頷いた。
「おーい。みんな自分の荷物持っていくように」
新田先生が、バスのボディトランクから、生徒たちの荷物を次々に出していた。僕は出された荷物の中から自分のものを見つけ、手に取った。剣道部員は剣道具があるぶん、他の生徒よりも荷物の割合が多い。従って、肩に二泊三日ぶんの着替えなどが入ったボストンバッグを提げ、両手には剣道の防具と竹刀袋を持つ形になり、なんとも身重だ。身軽な他の生徒たちを見ると、少々羨ましい。
沙耶ちゃんもその荷物の多さに、細い体で悪戦苦闘していた。
「少し持とうか? ひとつくらいならまだ余裕あるから」
僕はそう言ったが、沙耶ちゃんはかぶりを振った。
「平気だよ。荷物多いのなんていつものことだから」
沙耶ちゃんはそう言うと、僕と同じスタイルになって、同じように荷物に埋もれている剣道部の先輩たちの元へと歩いていった。沙耶ちゃんもいつの間にか立派な剣道部員だ。僕もそんな沙耶ちゃんの後ろについて歩いていった。




