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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代

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前準備 2






「食材は!?」

「会場の装飾は!?」

「食器はそこに置いてーー!」

「部屋の清掃の確認は誰が―――」

「料理長ーー!!」

「ジョアンナ様ーー!!」




食事会まで残すところ三日となった城は、まさしく戦場だった。







*****************






「では、入国しているのはハルバートの王族代理と一部の貴族。

 ラグゼンファードの王弟閣下とその他の国の外交官、そして国内の貴族ですね」


イルミナは渡された用紙を見ながらヴェルナーに確認した。


「はい。

 国内の貴族は王都周辺の屋敷に滞在している人が多いです。

 ただ、屋敷を持っていない方々は城の貴賓室は既に開放しているので、そちらに滞在して頂いています。

 一部のサロンを開放しているので、そちらでお茶会などをしながら各々情報取集をしているようですね」


「わかりました、国外の方は?」


「そちらの方々は城に滞在して頂いています。

 立ち入り禁止の区域は既に説明してありますので、こちらに来ることはないでしょう。

 国内の貴族の方々とお茶会や、商人を呼んでヴェルムンドの貴金属や衣類などをご覧いただいております」


「そうですか。

 国外の方には明日、時間を取って面通しをします。

 その際の執務はどうなりますか?」


「私も同席する予定ですので、火急の件以外はリヒトたちに任せることになるかと。

 皆にもそのように手配しています」


「ありがとう、あぁ、それとアーサーのことで」


「聞いておりますよ。

 いつからでしょうか?」


「まだ正確には決まっていませんが・・・アーサーが騎士団長を辞すと・・・」


イルミナはそれをどうしたらいいのかわからないようで、少しだけ不安げな色をその瞳に乗せている。

アーサーベルトはヴェルムンド最強だ。

彼の名のお蔭で牽制している部分もある。

その彼が騎士団を辞すなど、本当にいいのだろうか。


「大丈夫でしょう。

 結果的に女王である陛下につくのですから。

 まぁ、次の団長を誰にするかが問題ですがね」


「それもそうですね・・・」


それも頭が痛くなる問題の一つだった。

はじめ、イルミナはアーサーベルトにはそのまま騎士団長を続けてもいいと伝えたのだ。

しかし、当人であるアーサーベルトがそれを拒否した。


―――私は陛下に誓ったのです。

  国民の命より、陛下の命をとってしまいます。

  そんな人間が騎士団長など・・・。


正直に言って、それは予想外であった。

イルミナが命令すればどうにかなると思っていたのだが、イルミナをよく知るアーサーベルトはそれを否定した。

確かに、イルミナの命令であればできる限りのことは聞く。

しかし、アーサーベルトにとって大切なのはイルミナの存在そのものなのだ。

場合によっては、それを破ってもイルミナのことを守ると断言した。


「・・・正直、騎士の誓いというものを理解しなさすぎでした・・・」


イルミナは後悔はしていないが、少しだけ早まったと思っている。

アーサーベルトの名前は絶大だ。

少なくとも、彼がいる限り下手な盗賊などは王都に手を出そうとは思わないだろう。

しかし、それがアーサーベルトが騎士団長という立場にいるからなのか、それとも彼個人なのかを判定するのは難しい。


確かに、アーサーベルトがイルミナに誓っている以上、大きな問題は起こらないのかもしれない。

しかし、それが民の為のものではなく、イルミナ個人の為のものだと知られたら国民はどう思うだろうか。

イルミナの我が侭ではないのかと勘繰られる可能性だって捨てきれない。

そう懸念するイルミナに、ヴェルナーはあっさりと言った。


「何を言っているのですか、陛下。

 それを逆手に取るくらいの考えはないのですか」


「逆手?」


「はい。

 不遇の姫が最強と名高い騎士に忠誠を誓わせる・・・。

 国民が好きそうな話ではないですか。

 そうすれば、貴女へもっと関心を寄せ、貴女のやることに理解を示そうとするでしょう。

 それを切欠として、貴女の存在を国民にもっと親しみやすく、そして必要であると思わせるのです。

 ・・・陛下、貴女の政策はこの先何十年、いえ、下手したら何百年と称えられるものとなります。

 確かに、最初は叩かれることでしょう。

 ですが、そんなものを考えて何になるというのです?

 貴女が目指したものは、もっと先に芽吹くものでしょう」


ヴェルナーの言葉にイルミナは目を見開いた。

そしてそうだ、とも思った。

今の政策とて、最初話した時に全員の賛同を得られなかったではないか。

それを知っていて、自分はその道を選んだというのに。

いまさら何を怖がる必要があるのだ。


確かに、アーサーベルトという名は大きい。

それをうまく使おうとしないで、何が女王だ。

全てを使ってでも、女王となり国をよくすると決めたのは、自分ではないのか。


「・・・失言でしたね。

 わかりました。

 ではアーサーの代わりとなる人物の選定をできる限り迅速に行ってください。

 副団長のマルベールであれば問題ないと思いますが、彼個人の意思を無視するつもりはありません。

 それとアーサーに時間が取れ次第、私のところに来るように伝えて下さい。

 彼の意見も聞きたいです」


「わかりました、伝えておきます」


ヴェルナーはそう言って一礼するとすぐさま執務室を出て行った。








*****************








「団員!!全員!!集合!!」



キリクの声が鍛錬所に響いた。

その声に、誰一人として文句は言わず、駆け足で従う。

それは、全員がしっかりと訓練された一つの部隊であることを示していた。


「集合したな・・・。

 これより!騎士団長殿よりお言葉がある!!

 皆!心して聞け!!!!」


キリク本人も、背筋をピンと伸ばした。

そして、ゆったりともいうべき動作で登場したアーサーベルトの言葉を待ちわびる。

キリクは、アーサーベルトがなぜこのような場を作ったのかを聞いている。

だから緊張しなくてもいい人間だ。

しかし、実際にアーサーベルトが言うとなると、理由がわかっていても緊張は隠せなかった。


「―――今日は、私から報告がある!!

 私は、騎士の誓いを行った!!」


アーサーベルトの響くその声に、騎士団はざわついた。

確かに、その言葉は幾度となく聞いたことがある。

しかし、それを実際にする人は見たことがなかった団員がほとんどだ。

ざわつく団員を横目に、アーサーベルトは続けた。


「それによって、私は団長の座を辞する!

 ・・・お前たちを呼んだのは、次の団長の件についてだ!!」


その言葉に、さらにざわついた空気が流れた。


「私的には、現副団長であるキリク・マルベールがその場に相応しいと考えている!

 しかし、我こそはと思う者がいれば挙手してほしい!!」


アーサーベルトの言葉に、その場は一瞬でしん、と静まった。

誰一人として挙手しないあたりに、キリクへの信頼が伺える。

彼という人物を認めているのだろう。


「・・・いないようだな。

 では、現状ではキリク・マルベール副団長を次期団長として、推薦する!

 以上だ!!」


「「「「はっ!!!!!」」」


そしてアーサーベルトが団員の前から下がると、今度はキリクが前に出た。


「今回の件に関しては、まだ正式に決定しているわけではない。

 副団長の座も空くことや、引継ぎなどがある。

 しかし覆ることは無いので皆、心しておくように。

 アーサーベルト団長も団員ではなくなるが、同じヴェルムンドを守る同志だ。

 それを忘れるな。

 食事会が終えるまでは、アーサーベルト団長はそのままの地位にいていただく。

 食事会のあと、各隊長とその件についての会議を行うのでそのつもりでいてくれ。

 団員は何か思うところ、副団長の推薦などあれば各隊長に言うように。

 何か現時点で質問は?」


誰も質問はないのか、その場はまたもしん、とした。


「ないようだな。

 ではこれにて解散だ。

 各自、業務に戻れ」


「「「はっ」」」




そうしてほとんどの団員が消えたその場には、数人の男が残っていた。


「団長、どなたに誓ったんですか?」


そう口火を切ったのは第一騎士団の隊長、トーマスだ。

日に焼けた肌は浅黒く、真っ黒な髪は短く切られている。

見た目はアーサーベルトより細身だが、腕力に関しては天性の才をもっている。


「イルミナ女王陛下だ」


アーサーベルトの答えに、第三騎士団隊長のジョシュアがキリクに先越されたなぁと声をかけた。

ジョシュアは隊長の中でも若い方だが、隊長に上り詰めるまでの実力があった。

間延びした話し方が特徴的だが、戦闘の際はどの隊長よりも身軽に素早く動く。


「知らないんですか、団長。

 副団長も陛下に誓おうか迷うって話、あったんすよ」


ジョシュアの言葉に、第四騎士団隊長のフィグも頷いた。

フィグは大柄な人だが、その見た目に反して温厚な性格をしている。

しかし一度戦闘となれば、鬼と呼ばれるほどの力を振るう。


「一度そんな話あったなぁ・・・。

 ま、迷ったら駄目だわなぁ」


「煩い。

 俺だって団長が誓う気配がないから、誓わないかと思ったんだよ」


キリクは少しだけ不貞腐れたような表情を浮かべていた。

そんなこと知らなかったアーサーベルトは、苦笑を浮かべる。


「悪いがキリク、諦めてくれ」


「そもそも団長はなんで初めから誓わなかったんですか?

 陛下が殿下の時代から一緒に居ましたよね?」


トーマスの言葉にそれぞれが頷く。


「・・・さぁな。

 それをお伝えするのは陛下が先だ。

 お前たちにはいつか言うかもしれないがな」


「だんちょーー。

 それは無いっすよぉ」


しばしの間、男七人は年甲斐も無く騒いだ。

そしてコホン、とアーサーベルトが一度堰をすると一瞬で収まる。


「とりあえず、だ。

 ハザをこちらに戻す。

 これからは私が専属になるからな。

 しかし、食事会までの間、何かあればすぐに報告して欲しい。

 陛下の傍にいるため、通常業務はほとんどキリクに任せてしまうかもしれないが、何かあればすぐに持って来てくれ」


「わかりました。

 それまでにはこちらも準備しておきます」


第二騎士団隊長のアレンが頷く。

アレンは理知的な人物で、見た目だけなら文官と呼んでも通りそうな見た目をしている。

しかし実際はえげつないほどの策を考えるのに長けている人物だ。


「いいなぁ、団長・・・。

 オレも陛下みたいな人に誓いてぇなぁ・・・。

 !そうだ、団長!

 オレも一緒に・・・!」


「駄目だ、ベンジャミン」


第五騎士団隊長の言葉を、アーサーベルトは瞬殺した。

彼は隊長の中でもつい最近隊長になったばかりの人物だ。

しかしその弓の腕前は騎士団の中でも随一で重宝されいている。

難があるとすれば、やたらとお調子者のように見えることくらいだろうか。


「っちぇ・・・」


分かってはいたが、そこまでザックリやられると思っていなかったベンジャミンは唇を尖らせた。


「おいおいベンジャミン、

 お前より先にキリクが行くだろう、諦めておけ」


ダメ出しのような言葉に、ベンジャミンはさらに落ち込んだ。


「キリク、これから陛下のところへ行く。

 付いて来い」


「わかりました」


「じゃあ、後は頼んだぞ」


「「「「「はっ!」」」」」




「・・・」


「・・・」


男たちは、無言で廊下を歩いていた。

しかし、後ろを歩いていた男は耐えきれなくなったのか、目の前を歩くアーサーベルトに声をかける。


「・・・団長」


「どうした、キリク」


歩みを止めないでも、その歩調を少しだけ落としたアーサーベルトはキリクを振り返る。


「・・・どうして、団長は決められたのですか」


それは、先ほどトーマスが聞いた質問と同じで、それよりも深く響いた。


「・・・そうだな。

 本当は、ずっとなりたかった」


アーサーベルトは秘密を話すように声を低めながら続ける。


「あのお方が幼き頃に、私たちは出会った。

 しかし、あの頃のあのお方は、守られることを望んでいなかったのだ」


「守られることを?」


「あぁ。

 あのお方は、守れるように強くなりたいと考えていらした。

 そのあとも、ずっと、だ。

 だから、私があのお方だけを守ろうとする騎士の誓に、難色を示すだろうことはわかっていたんだ」


「・・・」


黙ったまま、続きを促すキリクにアーサーベルトは続ける。


「しかし、あのお方は学んだ。

 確かに、守ろうとするその意思は尊い。

 しかし、それだけでは駄目なのだと気づかれたのだ。

 王女の時は、守られることがなさ過ぎて守る側にいこうとしていたが、いまやあのお方はこの国の頂点だ。

 そんなお方が守られずにいることなど不可能。

 だからようやく、守られるということを享受し始めた。

 私は、この時をずっと待っていたんだ」


アーサーベルトはほう、と息を吐いた。

そんな彼の姿は、キリクにとって予想だにしないものだった。

いつだって、まっすぐに歩いているように見えたその人は、ただただ待ち焦がれていたのだ。

その人の傍に居られるようになる日を。


出会ってすでに五年以上という短くない時を、目の前にいる男はただただ待ち続けたのだ。


「・・・そこまで、陛下は素晴らしい方なのですか」


そう言葉にしたが、キリクはイルミナの資質を疑ってなどいない。

自分が認め、敵わないと知り、それでも追いかける男が認めているのだから。

しかし、あまりにもキリクはイルミナと接しなさ過ぎた。


キリクの言葉に、アーサーベルトは微笑む。


「あぁ・・・。

 我が生涯を賭けるのが惜しくないほどには、素晴らしい方だ」


微笑むアーサーベルトに、キリクは雷に打たれたかのような衝撃を受ける。

目の前の鬼神とも恐れられるこの男は、このように微笑む男だっただろうか。

それを変えたのが女王陛下だとすれば・・・。

キリクは言葉に出来ない感情を胸中に吹き上がらせる。


「・・・そうですか。

 ぜひ、俺も知りたいですね・・・」



キリクがそういうと、アーサーベルトは嬉しそうに笑った。




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