前準備1
「グラン、首尾はどうですか?」
「駄目だな。
・・・やはりアリバルの言う通り、食事会で発表した方が早いのかもしれない」
「そもそも憶測の範囲内だろう?
奇跡的に状況が合ってしまったのかもしれない」
「ジェフ、正直に言ってそれはあり得ないと思いますが・・・。
ですが証拠が見つからない以上、これ以上やるのは無駄でしょう。
あちらも気づいていながら何も言ってこないのが良い証拠です」
「・・・わかった。
もうこれ以上探りを入れるのはやめておこう。
宰相の部下も限界だろうからな」
「そうなのか?」
「えぇ、これ以上やるのは危険ですね。
信頼を失いかねませんから」
「・・・仕方あるまい。
それも一つだ。
・・・それで、グランはこれからどうするつもりだ?」
「食事会で発表するにしても、万全の守りが欲しい。
アーサーベルトと警護体制の確認、
それに発表の件もあるから、その打ち合わせを近々しに行く予定だ」
「まぁそれが良いでしょう。
私のほうでもラグゼンファードに動きがあったとの報告は来ていませんから。
場合によっては静観する可能性もあります」
「リチャード、それはいくらなんでも楽観しすぎではないのか?」
「仕方ないでしょう。
あちらは動いていないのですから。
こちらとしても、動いてくれていたら何かしらの対策が練れるのですがね・・・」
男たち三人、グラン・ライゼルト、ジェフェリー・ブラン、リチャード・アリバルはグランの屋敷で静かに情報を交換し合っていた。
既にイルミナは即位したとはいえ、食事会が初めて他国にも公にする場である。
その為に万全を期したいのは当然だった。
「そういえばグラン、貴方のところのヘンリーから何か連絡は?」
「知っているのか・・・。
いや、一人で動くと言ってからは一度も。
お前のほうでも掴めないのか?」
グランは、アリバルのその情報網の広さに驚きながらも、彼ならそれもあり得るかと思った。
「何の話だ?」
「いえ、グランの部下のヘンリーが一人で動くと言ってそれから何も情報が入ってこないのです。
騎士と名乗るより隠密に優れていますから間者といったほうがいいのでは?」
「あいつは騎士だ。
それを望んで騎士団に入団している。
今回の一件は私の我が侭を聞いてもらっているのに過ぎない」
グランがそう言うと、アリバルはでしたらいいですけど、とだけ言った。
「そのヘンリーというものは、そんなに隠密に長けているのか?」
事情をよく知らないブランは疑問を口にする。
ブラン自身、手の内にそういったことをする人間はいるが、どうしたってアリバルにはばれてしまうのだ。
「正直、私からすれば腹立たしいほどには。
この私が掴めないなんてそうそうあるはずはないのですからね」
以前に、出された情報を鵜呑みにして一杯食わされた記憶のあるアリバルは、それ以降情報戦というのを徹底していた。
しかし、そのアリバルですら掴ませないヘンリーという男にブランは興味を示した。
「そんな奴がいるのか・・・。
俺のところにもいたらいいのだがな」
「ものじゃない。
やらんぞ」
「無駄話はそこまでで。
では、グランはこれから陛下と話をしに行くということで。
我々はこれ以上面倒が起きないように、それぞれの動向に目を光らせるということでいいですか?」
「構わん」
「私もだ。
・・・そういえばアリバル、グイードはどうだった?」
グランはタジール、そしてグイードと面識があったので気になって聞いてみた。
自身の領地の貴族も何人か出席したそれは、村人が行ったにしてはやたらと完成度が高かったと報告を受けているのだ。
まぁ、目の前にいるアリバルの指導のもと行っているのだから、下手なものはないとわかっていたが。
「あぁ、とてもいい青年でしたよ。
彼がもっと成長したら、私の知り合いの貴族に紹介してもいいと思うくらいには」
それが、アリバルの最大の褒め言葉だと知っている二人は驚きに目を見開く。
「まだ若いというのはありますが、それでも彼は見どころがあります。
成長すればいい線まで行くでしょう。
・・・まぁ、あの祖父にしてあの孫あり、といったところですかね」
「タジール村長か?
確かにしっかりした御仁だとは思ったが」
グランは村でのことを思い出しながら言う。
好々爺というイメージが強く、アリバルが言うほどの人なのかはかりかねていた。
「彼はとても聡明ですよ。
確かに、生まれが違うのでその土俵は違いますが。
やはりミスリルの鉱山を持つ村に住むだけはあります。
彼は、貴族との付き合いというものをよく知っていましたから」
あの日、タジールとグイードが貴族に治水技術を紹介するあの場。
リチャード・アリバルは、うまくいかせるためにありとあらゆることを教え込んだ。
祖父に関しては貴族のことが主だったが、孫には話し方はもちろんちょっとした動作も叩き込んだ。
総じて、貴族というのは面倒だ。
建前や礼儀を重んじる傾向はどうしたってある。
それはリチャードが貴族だからこそ知っている。
だから二人には、その面倒さを受け流す方法を教えるように手配した。
それでも、当日にはある程度失態を見せると踏んでいたのだ。
しかし、アリバルの予想を二人・・・というか祖父は超えてくれた。
―――確かに、貴族の方々に、村・・・否土地は守られております、
しかし、その土地をもっと発展させたいとは思われませぬか―――
それは、貴族の自尊心を酷く擽る言葉だった。
貴族たちは、その領地を統治していることに自尊心を持っている。
その心を理解したうえで提案するその老人は、強かに瞳を光らせながら話を続けた。
下手に出ているのだが、明らかにその場の流れを掴んでいた。
それを見て、アリバルは能力に貴賤はないのだと改めて思い知らされた。
「まぁ、あの御仁が特殊なのだとは理解していますがね。
ただ、村人だからといって下に見るのは違うと改めて思い知らされたましたよ」
リチャードがそこまで言うということは、タジールはうまくやったのだろうとグランは判断した。
「そうか。
お前がそう言うのであれば確かだろう」
「本当に、貴方の領地にあれだけの人材がいたことに嫉妬すら覚えます」
「そう言うな。
あそこからこの国は変わるかもしれないのだからな」
そう、アウベールの学び舎機関が上手く行けば、この国は変わる。
良い方向へと。
国民の水準が上がり、もっと良い暮らしが出来るようになるだろう。
それを、彼らが見ることはないのかもしれない。
それでも、国の為に、自分の子孫の為にそれを行うことを決めたのだ。
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「・・・それで、これから貴方はどうするつもりですか」
「それを貴方に言って、なにかなりましょうか」
「さぁ、
それを判断するのは俺の役目ではありませんから。
ただ、俺の大切な人を傷つけようとするのであれば・・・もちろん抵抗させてもらいます」
そこは、酷く暗い場所だった。
光の一筋も入って来ないそこは、自分の姿ですらまともに見えない。
それでも、対面する二人は気配だけで互いの位置を分かっていた。
「正直、私を見つける人がいるなんて驚きました。
なぜ、と伺っても?」
「知っていましたから」
「何を?」
「俺は、かつて貴方を見たことがあります」
「・・・私を?」
男の声は怪訝そうな色を浮かべて響いた。
「えぇ、貴方のことも、良く聞きました」
男は、齎された情報を吟味する。
自分を知っている、目の前の男は確かにそう言った。
沈黙した男に、もう一人の男は続けた。
「隠密に長けた貴方のことは、よく知っていますよ。
だからここを見つけられた」
「・・・それを知っているのであれば話は早い。
敵か否か。
それだけを答えろ」
その言葉に、男の空気はがらりと変わった。
先程までの空気のような存在感ではなく、猛獣のような威圧感がもう一人の男を襲う。
しかし、その男は微動だにもせずに受け流した。
「敵かどうかは、貴方の行動に依るでしょう。
・・・貴方の本当の主の意思に」
「・・・」
沈黙を保ったままの男に、もう一人の男は続けた。
「もう一度言います。
俺は、貴方を知っています。
だから、貴方を見たときは信じられない思いでした。
知っていなければ、こうして聞きに来ることもなかった。
もう一度問います。
貴方は、これからどうするつもりですか。
俺の大切な人に危害を加えるつもりですか?」
「・・・言って、どうにかなるというのか」
「わかりません。
俺は貴方の本当の主の考えを知りません。
ただ、もしそれが俺の大切な人の望みと近いのであれば・・・」
もう一人の男は、溜め息をつくと考えを一瞬でまとめ、口を開いた。
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男三人の会合から二日、グランはイルミナを訪ねた。
これからのことの確認と話し合うためだ。
執務室へと通されたグランは、イルミナの首元に目をやって微かにその目を細める。
そしてイルミナの表情を見て、以前に比べて隈が薄れているのを見てほっとした。
「ようこそ、グラン。
ジョアンナ、お茶とちょっとした菓子をお願い出来ますか?
場所は・・・私の執務室で」
「かしこまりました、陛下」
イルミナは、グランを誘って昔から使っている執務室へとグランを誘った。
別にそのままの執務室でも構わないが、せっかく来てくれたグランとはゆっくりと話をしたい。
ここだと、いつ誰が来るか分からないからだ。
部屋の前に立つ騎士に、少し休憩がてら部屋を空けると伝える。
そうして行ったイルミナの執務室は、以前よりかは少しだけ物が増えていた。
卓上のガラス細工、小さな円卓の上に置かれた玩具。
それらはヴェルナーやアーサーベルトからもらったものだ。
「・・・付けてくれているんだな」
「!
・・・はい」
イルミナは微かに頬を赤くしながら首元に触れた。
その華奢な首には、繊細な作りの首飾りがある。
それは以前、グランがイルミナに贈ったものだった。
イルミナがそれを付けるのは、貰ったあの日以来初めてのことだった。
グランの思いに応えられないと思ってしまっていたあの頃は、自分にこれを付ける資格などないと思ってしまったのだ。
しかし、好きな人から貰った初めての贈り物だった為、手放すことも出来ずに大切に箱に保管されていた。
「やはりとても良く似合っているな」
グランは瞳をとろりとさせながら言った。
その彼の視線に、イルミナの頬の熱は更に上がる。
「・・・そういえば、私はグランに何も贈っていませんでしたね。
何かありませんか?」
思えば、グランと出会ってすでに数年、グランも四十目前までその年を重ねていた。
ヴェルナーたちから幾度か贈り物を貰っていたし、その際に大切な人に贈るものだと聞いていたのだが、どうしても自分にそれを当てはめることができなかったのだ。
しかし、大切な人というものがしっかりと分かるようになってから、貰ってばかりの自分にようやく気づいた。
それ以降、誕生日には何かしらを贈るようにしていたが、グランの好みがよく分からず彼にだけは贈っていなかったのだ。
「何か、か。
そうだな・・・、貰えるのであれば、一つ欲しいものがある」
「何ですか?
私に用意できるものであれば、言ってください」
グランの言葉に、食いつき気味で問うイルミナのその姿に、グランは微笑みを禁じえなかった。
どうしたって、彼女はこうも可愛い反応を見せるのだろうか。
それを無意識にする彼女は、どこかで聞いた小悪魔というものなのだろうか。
「君にしかできないことだ」
「何でしょう?」
グランは向かい合っているイルミナの隣へと移動した。
近くなる距離に、イルミナは顔を真っ赤にする。
抱きしめられたことだって何度もあるのに、どうしても自分の体温が近くに感じられるとイルミナは恥ずかしくなってしまうらしく、耳まで赤くする。
それを知っているからこそ、グランはやめられない。
そんなイルミナを横目に、グランは耳元で囁くように言った。
「―――イルミナの婚礼衣装を着た姿が見たい」
「!!!!」
囁かれた耳を抑え、イルミナは顔を真っ赤にしながらグランを見た。
「それ、は」
目を潤ませ紅潮した頬のイルミナを見たグランは、ますますその笑みを深める。
「私に、記憶をくれ、イルミナ。
思い出を、愛した記憶を・・・愛してくれた記憶を。
物も確かに嬉しいが・・・それよりもイルミナが私のために着飾ってくれたりするほうが、君が私を想って行動してくれるほうが何倍も欲しい」
グランの言葉は、イルミナにとって想像したことのないものだった。
いつだって、イルミナの周りには物をあげることで愛情表現している人ばかりだった。
特に、両親とリリアナの関係はそうだった。
だから、それが愛情の目に見える形だとイルミナは思っていたのだ。
それゆえに、両親から何も貰えなかったときに、自分は愛されていないのだと知った。
そうした結果、自分が大切な人に何かを贈るという考え自体が思いつかなくなっていたのだ。
だが、それも今までは、の話だ。
今は違う。
そうイルミナは思える。
「・・・ぜ、善処します・・・」
イルミナは、かろうじてそれだけを口にした。
それを聞いたグランは、さらにとろりと表情を溶かした。




