村長と護衛騎士
信じられない思いと言うのは、きっとこういうことを言うのだろう。
タジールは、イルミナが部屋へと上がるとグイードを呼んだ。
「なんだよ、ジジィ」
「ちょっくらわしに付き合ってくれ」
タジールは有無を言わさずグイードを連れて外に出る。
外は夜の帳が降りてきており、その色を暗く染めている。
「ジジィ、どこに行くんだよ」
「黙ってついてこい」
その言い方に、グイードは不信感を覚える。
自分の祖父は、基本的に本気で怒ったりすることがあまり無い。
その祖父が、今は苛立ちを隠そうとしないでいる。
グイードは大人しくついて行き、そしてその理由を知った。
「おや、これは長ではないですか。
このようなところに何用でしょう?」
タジールが向かった先は、イルミナの護衛達の野営地だった。
そこには、和やかに談笑する男たちが火を囲んでいる。
皆が皆、がっしりとした体格を持っており、グイードが束になっても敵うことは無いだろう。
「護衛殿、話がしたいので時間をいただけるかの?」
タジールはにこやかに笑っているように見えるが、グイードにはわかった。
祖父がものすごく怒っていることを。
「・・・えぇ、もちろんですよ」
護衛官も、そんな祖父に気付いたのか、一瞬目を細めるとにこやかに対応した。
そんな二人を見るグイードは、今すぐ逃げだしてしまいたいと思った。
「何故、殿下をお守りしないのじゃ」
護衛官―――ハザと名乗った男は、タジールとグイードを馬車の一つへと案内した。
聞かれて困るような話ではないが、聞いていて気分が良くなる話でもないだろうと踏んだハザは、だからこそ話の聞かれ辛い馬車へと案内した。
そして開口一番に言われたその言葉に、少しの苛立ちを感じた。
「・・・お守りしていますよ?」
ハザはそう答えた。
黒の短髪に精悍な顔つきの彼は、その年にしては強く今回の護衛も、団長であるアーサーベルトから直接指示されたものだった。
そのくらい、彼には実力があった。
しかしそれを、タジールたちは知らない。
「あれでかのぅ・・・。
毒味もしない、宿泊先に護衛が一人。
それで殿下をお守りしている?」
グイードは、タジールの言葉を聞き、ようやく思い立ったのか少しだけ目を見開いていた。
こんなにわかりやすくては、騎士団では即刻クビになるな、と思いながらもハザは続ける。
「毒味に関しては、何も言えない所ですがそもそも殿下には出されるものに関して、時前に口にしないよう伝えてありました。
護衛に関しては王女殿下からの要望にございますので」
ハザは冷静にそう返した。
実際そうだからだ。
「おかしいじゃろ。
本来の王族にする対応じゃないとわしは思うんじゃが?」
「そういわれましても。
第一王女殿下は、我が騎士団長に手ほどきを受けていたようですから。
そこらの悪漢程度であればご自身で対処できるとも仰っておられましたしね」
ハザのその言葉に、二人は絶句した。
王女ともあろう彼女が、悪漢を倒せる自信が付くほどには手ほどきを受けている?
最強と名高い団長から?
騎士団長であるアーサーベルトの噂は、こんな辺鄙な村でも届くほどだ。
その彼に、王女であるイルミナが手ほどきを受けていることに、目の前の男は少しも疑問を覚えていない。
笑える冗談であればこれ以上秀逸なものはない。
しかし、それが本当のことだと、分かってしまった。
「それで、はいそうですかと、お主らは引くのか・・・!」
タジールの言葉の端々から、抑えきれない怒りを感じる。
それは、グイードもそうだ。
こいつは、何を言っているのだろう。
「第一王女殿下は、リリアナ王女と違ってお強いそうですから。
今回も本当に気休め程度で同行して・・・」
「バカ野郎!!!!」
ハザのあまりの物言いに、グイードは怒鳴った。
抑えきれなかった。
グイードのその言葉に、ハザは眉根を吊り上げている。
「・・・君にそれを言われる覚えはないのだが?」
「お前は、何も、知らないんだな・・・!」
グイードは、それだけ言い捨てると馬車を乱暴に降りた。
ハザはため息をついた。
何故、自分があのような事を言われなければならない?
今回のことだって団長から言われているから渋々来ているだけなのに。
しかしそれを言葉にはしない。
だが、そんなハザにタジールは静かに声をかけた。
「ハザ、と言うたかね」
「・・・なにか」
「第二王女様がか弱く美しいのは、こんな辺境の村でも知っていることじゃ。
じゃがの、それにもましてイルミナ殿下は貴いということを、わしらは知った・・・だが、お主らはそれを知らないのじゃな」
タジールの瞳に怒りは既になく、代わりに哀れみの色が浮かんでいる。
ハザは、それに対してカっとなりそうになる。
「あなた方こそ、何を知っている。
会って間もない第一王女の何を知っているというのだ。
そもそも今回のことだって第一王女のお遊びのようなものだろう!」
イライラと言葉を吐くハザに、タジールは静かな湖面のような声音で言う。
「知らぬよ、お主の言う第一王女の事はの。
しかし、きっとわしはお主よりイルミナ殿下のことを知っておるぞ」
だからどうしたと続けようとしハザに、タジールは畳みかけるように言葉を連ねる。
その言葉には、見た目の老いが一切感じられず、気迫に満ちていた。
「知らぬのなら、いい。
しかし、殿下はきっと名を遺残す名君となられよう。
それを、いつか身をもって知ることにならんといいな?・・・小僧」
タジールはそう言うと、そのままさっさと馬車から降りた。
「・・・なんだっていうんだ・・・ちくしょう・・・」
ハザは、同じような事を団長に言われていた。
今回だって、しっかりとお守りし、その目で殿下を見て来いと言われ叩き出されたのだ。
正直、納得していなかった。
自分は、第二王女であるリリアナの近衛となりたくて頑張っているというのに。
だからと言って、団長のもとにつけたことを後悔している訳ではない。
彼の元で学ぶことは非常に多かった。
しかし、団長は第二王女よりも第一王女を気にかけている。
それが悪いとは言わないが、それを押し付けようとするのは止めて欲しいとハザは思っていた。
今回だって、王女の酔狂でここまで来させられたんだ。
何をしたくて来たのかまでは知らないが、迷惑だけはかけてくれるなと思う。
いくら自身で責任を取ると言っても、何かあれば自分が責任から逃れることは不可能だ。
だからと言って、要らないと言われた護衛を付けるのもなんだかと思う。
彼女は非力なわけではない。
そう団長から聞いている。
部下である自分ですら弱音を吐きそうになるあの人のしごきを耐えたのだ。
そんな女性が、か弱いわけないだろうと思う。
それに比べて、リリアナの美しくか弱きこと。
ハザは深く息をつくと、意識を切り替える。
あまりやる気が起きないのには変わらない。
好き放題言われたことに関して苛立ちはするが、ここにいるのだってそんな長いものではない。
団長の望むしっかりと見て守る、ではなくとも、字面通りに見て護衛しておこうと。
そうハザは考えて火を囲む仲間の元へと歩を進めた。




